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エピローグ
410話 光
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連合標準時刻 金の節6日
――覚醒。ぼやけた視界が、白と黒の二色の空間を映す。対して思考は未だ鈍い。気絶していたようだと、男は漸く己の状況に気付いた。この場所は旗艦アマテラスの高天原最奥に位置する極刑囚拘束区画"黄泉"。
「気分が、悪い」
溜息と共に、感情を空に吐き捨てた。寝覚めは最悪。その理由は心身を苛むこの空間、ではなく微睡の中に見た悪夢のせい。あの時は感じなかった人を斬った感触が心を奥底から軋ませ、湧き上がる罪悪感が身体と頭と魂を締め上げる。
男はぼうっと天井を見上げた。何一つない灰色の天井。壁も床も同様に気が滅入るような灰色に囲まれ、更に内部は常に不快な温度と湿度と重力に調整され、挙句に刻一刻と変化する。心を休めるなど一時として許さない。その末に、幻覚を見た。
黄泉の環境はそれ程に過酷で、弱ければ数時間、如何に強靭であろうとも数日で精神が狂乱し、その果てに幻覚を見始める。当然、男も例外ではない。チ、と舌打ち。忌々しいと見上げる男に映った幻覚は、己を見下ろすように立つ見知った老年の男。
「まだ正気を保っとるようじゃな」
幻覚とは確実に違う、しゃがれた声に男は我に返った。直後、身体を襲う不快感が消失する。
「何の用だ?」
男は精一杯の強がりを視界に浮かぶ顔に吐き捨てた。男の名はオルフェウス。フォルトゥナ姫を殺し、連合の瓦解を企んだ男。
「随分と口が減らん。少しは頭が冷えておるかと思えば、いい加減に反省せんかい」
黄泉に踊る男の影が、露骨な不満を眼下に向けた。もう一方の男はスサノヲの老兵、スクナ。
「そんな事を言いに来たのか」
「決心は変わらんか?」
「くどい、今更俺が生きる事に何の意味が、ッ!?」
言い訳に終始するオルフェウス。しかしそれ以上を語れず、音もなく一足飛びで近寄ったスクナに殴り飛ばされた。苛烈な環境に精神を削られ、自責に判断が鈍ったオルフェウスは真正面から拳を喰い、ゴロゴロと灰色の床を壁際まで転がり激突した。
「殺したければとっとと……」
獰猛な獣の様にスクナを睨み上げるオルフェウス。が、再び言葉が止まる。眼前には憤怒に染まったスクナの顔。
「そんな不貞腐れた態度で、何時まで本心を隠し続ける気だ!!見ただろう、あの時!!宿っただろう。お前にも、英雄と同じ光が!!」
襟首を掴まれ、吊り上げられ、罵倒されるオルフェウス。
「五月蠅い」
が、まるで親に叱られる子供の様に情けなく抵抗するばかり。
「喧しいのは貴様だ、馬鹿者!!ワシは今まで散々お前の様な若造を見送って来た。誰も彼も後悔を口にして死んでいった。悔いなく死ぬなんて出来んのかも知れんが、生きている貴様までそうやって自分の心に蓋をしたまま死ぬつもりか!!それで満足かッ、そんな最後で良いのか!!」
「俺には、もう何も無いんだよッ!!」
「ならば見つけろ!!フォルトゥナ=アウストラリスは己が進むべき道を見つけていると言うのに、お前はこんな場所でウジウジと死ぬのを待つつもりか!!」
「そう、見つけたのか……」
その言葉に、オルフェウスが初めて揺らいだ。涙が滲む目、くしゃくしゃに崩れた顔に隠していた本音が滲み出す。スクナはその光景に毒気を抜かれ、襟首を離した。力なく床に崩れ落ちたオルフェウスは"そうか"と、力なく呟き続ける。
「もう目は曇っていまい。あの時から黙り込んだまま貯め込んだ本音を吐き出せ。誰に、何を伝えたい?言えッ」
「伊佐凪竜一に伝えてくれ。俺を止めてくれて……フォルを救ってくれて感謝する、と」
スクナの怒号にオルフェウスが本音を吐露した。フォルトゥナ姫を救った伊佐凪竜一への感謝。その目に僅か前までの弱さはなく、僅かだが確かに英雄と同じ光が宿る。
「随分と遅い反抗期だな。さて、待たせてスマン。入っていいぞ」
「誰か、居るのか?」
「まぁ、な」
オルフェウスに宿る輝きに怒気を収めたスクナは、開け放たれた扉の向こうに合図を出した。直後、幾人かが扉を潜り黄泉へと雪崩れ込んだ。セオ、アレム、アックス、そして最後に白川水希。
「コイツ等は確か」
「4人は代表で、他にもまだ大勢おる。さて、司法局からの許可は取りつけた。お前には本日付で彼らを一人前に鍛え上げる指導役に就いてもらう」
「何があった?」
「色々だ。先ず、復興はザルヴァートル財団に一任する事となった。次にこれから起こる戦いに向けた戦力向上。お前の役目はこっちだ」
「それ以外にも何かあったんじゃないのか?」
間髪入れず、オルフェウスがスクナに重ねた。
「ご名答。連合の一部と連絡が付かん」
「機甲連合か。オラトリオ、ボーダー、バーナー、後は幾つかの準同盟惑星は俺達に同調していた」
「尋問の通りか。確か、小型化した超長距離転移装置と通信機能を搭載した中型艦を提供したんだったな」
「必要以上に与えて背後から撃たれては堪らないからと、各惑星に2隻程度しか渡していない」
「成程、頭の痛い話だ。それ以外に何か知っているか?」
「いや、何も。だが、幸い今の旗艦には各惑星の最高戦力が残っている。疲弊はしたが離脱した連中を相手取るには十分以上の筈だ。今頃は必死で証拠隠滅に走っているんじゃないか?」
万全を期したアルヘナが敗北するなど予測不可能。しかし現実は敗北し、勝利を見込んでいた連中の当ては外れた。となれば、連合に合流する為の証拠隠滅に走るのは必定。アルヘナを討った英雄を擁する旗艦を敵に回すのは誰がどう考えても得策ではない。以上を根拠にオルフェウスは現状を予測した。
「誰が連合だけと言った?」
が、間髪入れずスクナが否定した。怪訝そうな表情を一瞬浮かべていたオルフェウスだったが、直ぐに激しい動揺に顔を歪めた。
「まさか、もう銀河系外から来るのか!?」
「カインの話では接触はまだ当分先らしいが、この銀河に向かう反応が一つあるそうじゃ。しかし問題があってな。喧嘩別れしたせいで、ココ以外が今どんな状況かサッパリ分からんらしい」
「つまり、連絡を絶った不穏分子に未知の技術で武装した原初人類、あるいはその先兵を相手にする可能性があるという訳か」
「そんな訳で、お前という才能をむざむざ死なせる余裕が無くなった。異論がなければ首輪をつけて部屋から出ろ。嫌ならここで死ぬまで不貞腐れてろ」
突き放すようなスクナの言はオルフェウスへの発破。予想通り、彼は罪人管理用の首輪を装着するや颯爽と部屋を後にした。その背を、5つの影が見送る。
「聞いていた話とは違って、随分とやる気のようですね」
「本当はああいう奴なんだろう。ところで水希嬢、実は各所から名指して手伝って欲しいと要請が来ておってな。ワシとしても、前線よりも後方支援の方が適任と思っておるが、どうかな?」
スクナの提案に、白川水希の隣に立つアレムとセオが冷ややかな視線を向けた。両者は過去、白川水希達が行った人体実験の被験者。本来ならば並び立つなどあり得ない関係。
「確かに、適材適所は貴女の好きな言葉だったでしょう?よく覚えていますよ、私はね」
「結果で判断して下さい。それまではしがみつきます」
「それは結構だが、しかし時間はあるのか?マリン=ザルヴァートルが直々に接触してきたようじゃが?」
「財団の次期総帥候補のあのマリンか?凄ぇな、アンタ」
「先生にも連絡が来ていたようです。何でも桁違いに有能な一団とか」
「ならば、もしや引き抜きですか?」
「そうそう。そうやって有能を引き入れ無能を追い出してデカくなったのさ、ザルヴァートルって組織は」
「だな。しかしマリンのヤツ、相も変わらず抜け目も節操もない」
「白川水希、断ったのか?」
「返事は出しました。その上での決断です」
子細を語らない白川水希。が、聞かずとも決断の内容を解した。訓練と並行し、財団に己を売り込む。言わずもがな茨の道。しかし彼女は過酷な道を渡り切ると言い切った。彼女に並々ならぬ恨みを持つセオとアレムだったが、偽りない贖罪の意志、その覚悟に怒りを飲み下さざるを得なくなった。
「ならばワシは何も言わんが」
「アレか、ナギか?そうか、そうだッッッッ痛ってェよ何すんだ爺さん!!」
「やかましい、茶化すな。さて、長話が過ぎた。そろそろ戻ろうか」
「スクナ殿、ありがとうございます。我々にも機会を与えて下さった事、感謝してもしきれません」
「最初にも言ったが人手が足らん。かといって誰彼構わず取り込めばアラハバキの様な暴走を許す。死を覚悟で戦いに参じた君達には期待させてもらうよ」
「俺もだよな?」
「無論。取りあえず寝食以外は全て特訓と思って貰おう。後、奴を好きなだけコキ使って構わん」
「しかし、彼が持たないような」
「伊達にあの若さで総代補佐に上り詰めた訳ではない。それに、必要だしな」
「贖罪、ですか?」
「そう。水希嬢、アナタと同じくな。では行こうか」
スクナはそう言うと黄泉からの退室を促す。程なく黄泉から人の気配が消え、静寂が訪れた。
※※※
一人の男がいた。男は且つて一人の少女を殺そうとした。最初の理由は憎しみからだった。男の住む星に身重の姫が降り立った丁度その時、とある病が突如として流行した。
当初は根絶されていなかったと推察されたウィルスを原因とする疾患は姫を始めとした大勢の人間に襲い掛かった。幸運の力を制御出来ない姫は次代の姫を生かす為に周囲の幸運を際限なく吸い上げた。結果、桁違いの被害者を生んだ。過大な補償と共に揉み消された事件。
男には家族がいた。少々乱暴な父。そんな父の尻を引っぱたく豪快な母。年下の妹。特に妹は可愛い盛りで、"お兄ちゃん、お兄ちゃん"と自分の後ろを付いてきた。家族以外にも大勢の知り合いがいた。近所に住む父親の呑み仲間、学校の仲間達、親戚もいたし、初恋の女性もいた。
全員、死んだ。
強烈な殺傷能力と感染能力を持たないウィルスは、幸運を奪われた人間を瞬く間に死へと誘った。
男は一気に不幸のどん底に突き落とされた。過大な補填は当たり前の如く末端まで行き届かなかった。地獄のような日々を、必死で生き延びた。生きる為にはなんでもした。身を焦がす程の復讐心を支えに。そんなある日、男は救われた。
救いの手を差し伸べた者の名はアルヘナ。アルヘナは男に道を示した。男は復讐の為にその身を捧げた。偽りの人生を手に、守護者への道を歩んだ。不断の努力は実を結び、やがて守護者へと昇りつめた。そして遂に憎むべき相手の娘、幸運の星と共に連合を導く次代の姫と謁見した。
男は尚も憎しみを糧に行動した。好青年という偽りの仮面は、その容姿と相まって人心を掴んだ。誰も彼の本心を知らず、上辺を全てと信じた。
男はその後も順調に実績を重ね続け、遂には総代補佐へと昇りつめた。その功績と忌々しい過去の幸運により、当代の姫との婚姻関係を結ぶにまで至った。
男の心は踊った。復讐の機会が訪れたと。だが、姫と交流を重ねる中で、男は当代の姫の中に亡き妹の影を見た。見てしまった。遠い過去に置き去りにした家族と言う温もりを男は少女の中に見た。何時の間にか、男の中に憎しみ以外の感情が生まれた。
だが、もう引き返せないところまで来ていた。また、己を正す強さも持ち合わせていなかった。苦悩の末、愛するが故に殺すという結論を出した男は、それを真っ向から否定する別の男に止められた事で漸く己の心の向き合った。
ミハシラの外に出た男を歓迎したのは穏やかな晴天と荒れ果てた居住区域。その中に、男は幻覚を見た。陽光の中に、家族の姿を見た。死んだあの時から何一つ変わらない家族の幻覚は、男をただずっと見つめ続ける。
「ごめん」
幻覚に、自然と口が懺悔を紡いだ。しかし幻覚の家族は男に何も語らず、哀しみの表情を浮かべながら消えていった。何を言いたかったのか、あるいは自らの心は何を考えて家族の幻覚を見せたのか、男には分からなかった。だが、それでも今は前に進む以外に選択肢は無い。男は道を踏み外し、大勢を死に至らしめた。その罪を償わなければならない。この後に起きる戦いで一人でも多くを助ける為に。
「さて、じゃあ行くかの」
「済まない、その前に一つ頼みがあるのだが」
「なんだ?」
「花を、買いたい」
「花ね。ま、その程度なら良いか。クシナダ、一緒に付いて行ってやれ」
「えー、まぁいいけど。私が可愛いからって襲わないでよ?」
「だからそれは自分で言う台詞じゃない」
「馬鹿を言うな。カストールの力を受け取ったお前に誰が勝てるか」
「ンー、そうかぁ。じゃ、行こうか。ついでにオリンピアへの転移許可もネ」
「感謝する」
旗艦を照らす人工の恒星。頭上から照らし続ける光を男は鬱陶しく見上げた。陽光に、顔が僅かに綻んだ。偽物の光でもいい、今は自分を照らしてくれるだけで良い。何時の日か、誰かを照らす日を夢見ながら男は光の中に一歩を踏み出した。
男は、漸く、自らの意志で己が決めた道を歩む。
――覚醒。ぼやけた視界が、白と黒の二色の空間を映す。対して思考は未だ鈍い。気絶していたようだと、男は漸く己の状況に気付いた。この場所は旗艦アマテラスの高天原最奥に位置する極刑囚拘束区画"黄泉"。
「気分が、悪い」
溜息と共に、感情を空に吐き捨てた。寝覚めは最悪。その理由は心身を苛むこの空間、ではなく微睡の中に見た悪夢のせい。あの時は感じなかった人を斬った感触が心を奥底から軋ませ、湧き上がる罪悪感が身体と頭と魂を締め上げる。
男はぼうっと天井を見上げた。何一つない灰色の天井。壁も床も同様に気が滅入るような灰色に囲まれ、更に内部は常に不快な温度と湿度と重力に調整され、挙句に刻一刻と変化する。心を休めるなど一時として許さない。その末に、幻覚を見た。
黄泉の環境はそれ程に過酷で、弱ければ数時間、如何に強靭であろうとも数日で精神が狂乱し、その果てに幻覚を見始める。当然、男も例外ではない。チ、と舌打ち。忌々しいと見上げる男に映った幻覚は、己を見下ろすように立つ見知った老年の男。
「まだ正気を保っとるようじゃな」
幻覚とは確実に違う、しゃがれた声に男は我に返った。直後、身体を襲う不快感が消失する。
「何の用だ?」
男は精一杯の強がりを視界に浮かぶ顔に吐き捨てた。男の名はオルフェウス。フォルトゥナ姫を殺し、連合の瓦解を企んだ男。
「随分と口が減らん。少しは頭が冷えておるかと思えば、いい加減に反省せんかい」
黄泉に踊る男の影が、露骨な不満を眼下に向けた。もう一方の男はスサノヲの老兵、スクナ。
「そんな事を言いに来たのか」
「決心は変わらんか?」
「くどい、今更俺が生きる事に何の意味が、ッ!?」
言い訳に終始するオルフェウス。しかしそれ以上を語れず、音もなく一足飛びで近寄ったスクナに殴り飛ばされた。苛烈な環境に精神を削られ、自責に判断が鈍ったオルフェウスは真正面から拳を喰い、ゴロゴロと灰色の床を壁際まで転がり激突した。
「殺したければとっとと……」
獰猛な獣の様にスクナを睨み上げるオルフェウス。が、再び言葉が止まる。眼前には憤怒に染まったスクナの顔。
「そんな不貞腐れた態度で、何時まで本心を隠し続ける気だ!!見ただろう、あの時!!宿っただろう。お前にも、英雄と同じ光が!!」
襟首を掴まれ、吊り上げられ、罵倒されるオルフェウス。
「五月蠅い」
が、まるで親に叱られる子供の様に情けなく抵抗するばかり。
「喧しいのは貴様だ、馬鹿者!!ワシは今まで散々お前の様な若造を見送って来た。誰も彼も後悔を口にして死んでいった。悔いなく死ぬなんて出来んのかも知れんが、生きている貴様までそうやって自分の心に蓋をしたまま死ぬつもりか!!それで満足かッ、そんな最後で良いのか!!」
「俺には、もう何も無いんだよッ!!」
「ならば見つけろ!!フォルトゥナ=アウストラリスは己が進むべき道を見つけていると言うのに、お前はこんな場所でウジウジと死ぬのを待つつもりか!!」
「そう、見つけたのか……」
その言葉に、オルフェウスが初めて揺らいだ。涙が滲む目、くしゃくしゃに崩れた顔に隠していた本音が滲み出す。スクナはその光景に毒気を抜かれ、襟首を離した。力なく床に崩れ落ちたオルフェウスは"そうか"と、力なく呟き続ける。
「もう目は曇っていまい。あの時から黙り込んだまま貯め込んだ本音を吐き出せ。誰に、何を伝えたい?言えッ」
「伊佐凪竜一に伝えてくれ。俺を止めてくれて……フォルを救ってくれて感謝する、と」
スクナの怒号にオルフェウスが本音を吐露した。フォルトゥナ姫を救った伊佐凪竜一への感謝。その目に僅か前までの弱さはなく、僅かだが確かに英雄と同じ光が宿る。
「随分と遅い反抗期だな。さて、待たせてスマン。入っていいぞ」
「誰か、居るのか?」
「まぁ、な」
オルフェウスに宿る輝きに怒気を収めたスクナは、開け放たれた扉の向こうに合図を出した。直後、幾人かが扉を潜り黄泉へと雪崩れ込んだ。セオ、アレム、アックス、そして最後に白川水希。
「コイツ等は確か」
「4人は代表で、他にもまだ大勢おる。さて、司法局からの許可は取りつけた。お前には本日付で彼らを一人前に鍛え上げる指導役に就いてもらう」
「何があった?」
「色々だ。先ず、復興はザルヴァートル財団に一任する事となった。次にこれから起こる戦いに向けた戦力向上。お前の役目はこっちだ」
「それ以外にも何かあったんじゃないのか?」
間髪入れず、オルフェウスがスクナに重ねた。
「ご名答。連合の一部と連絡が付かん」
「機甲連合か。オラトリオ、ボーダー、バーナー、後は幾つかの準同盟惑星は俺達に同調していた」
「尋問の通りか。確か、小型化した超長距離転移装置と通信機能を搭載した中型艦を提供したんだったな」
「必要以上に与えて背後から撃たれては堪らないからと、各惑星に2隻程度しか渡していない」
「成程、頭の痛い話だ。それ以外に何か知っているか?」
「いや、何も。だが、幸い今の旗艦には各惑星の最高戦力が残っている。疲弊はしたが離脱した連中を相手取るには十分以上の筈だ。今頃は必死で証拠隠滅に走っているんじゃないか?」
万全を期したアルヘナが敗北するなど予測不可能。しかし現実は敗北し、勝利を見込んでいた連中の当ては外れた。となれば、連合に合流する為の証拠隠滅に走るのは必定。アルヘナを討った英雄を擁する旗艦を敵に回すのは誰がどう考えても得策ではない。以上を根拠にオルフェウスは現状を予測した。
「誰が連合だけと言った?」
が、間髪入れずスクナが否定した。怪訝そうな表情を一瞬浮かべていたオルフェウスだったが、直ぐに激しい動揺に顔を歪めた。
「まさか、もう銀河系外から来るのか!?」
「カインの話では接触はまだ当分先らしいが、この銀河に向かう反応が一つあるそうじゃ。しかし問題があってな。喧嘩別れしたせいで、ココ以外が今どんな状況かサッパリ分からんらしい」
「つまり、連絡を絶った不穏分子に未知の技術で武装した原初人類、あるいはその先兵を相手にする可能性があるという訳か」
「そんな訳で、お前という才能をむざむざ死なせる余裕が無くなった。異論がなければ首輪をつけて部屋から出ろ。嫌ならここで死ぬまで不貞腐れてろ」
突き放すようなスクナの言はオルフェウスへの発破。予想通り、彼は罪人管理用の首輪を装着するや颯爽と部屋を後にした。その背を、5つの影が見送る。
「聞いていた話とは違って、随分とやる気のようですね」
「本当はああいう奴なんだろう。ところで水希嬢、実は各所から名指して手伝って欲しいと要請が来ておってな。ワシとしても、前線よりも後方支援の方が適任と思っておるが、どうかな?」
スクナの提案に、白川水希の隣に立つアレムとセオが冷ややかな視線を向けた。両者は過去、白川水希達が行った人体実験の被験者。本来ならば並び立つなどあり得ない関係。
「確かに、適材適所は貴女の好きな言葉だったでしょう?よく覚えていますよ、私はね」
「結果で判断して下さい。それまではしがみつきます」
「それは結構だが、しかし時間はあるのか?マリン=ザルヴァートルが直々に接触してきたようじゃが?」
「財団の次期総帥候補のあのマリンか?凄ぇな、アンタ」
「先生にも連絡が来ていたようです。何でも桁違いに有能な一団とか」
「ならば、もしや引き抜きですか?」
「そうそう。そうやって有能を引き入れ無能を追い出してデカくなったのさ、ザルヴァートルって組織は」
「だな。しかしマリンのヤツ、相も変わらず抜け目も節操もない」
「白川水希、断ったのか?」
「返事は出しました。その上での決断です」
子細を語らない白川水希。が、聞かずとも決断の内容を解した。訓練と並行し、財団に己を売り込む。言わずもがな茨の道。しかし彼女は過酷な道を渡り切ると言い切った。彼女に並々ならぬ恨みを持つセオとアレムだったが、偽りない贖罪の意志、その覚悟に怒りを飲み下さざるを得なくなった。
「ならばワシは何も言わんが」
「アレか、ナギか?そうか、そうだッッッッ痛ってェよ何すんだ爺さん!!」
「やかましい、茶化すな。さて、長話が過ぎた。そろそろ戻ろうか」
「スクナ殿、ありがとうございます。我々にも機会を与えて下さった事、感謝してもしきれません」
「最初にも言ったが人手が足らん。かといって誰彼構わず取り込めばアラハバキの様な暴走を許す。死を覚悟で戦いに参じた君達には期待させてもらうよ」
「俺もだよな?」
「無論。取りあえず寝食以外は全て特訓と思って貰おう。後、奴を好きなだけコキ使って構わん」
「しかし、彼が持たないような」
「伊達にあの若さで総代補佐に上り詰めた訳ではない。それに、必要だしな」
「贖罪、ですか?」
「そう。水希嬢、アナタと同じくな。では行こうか」
スクナはそう言うと黄泉からの退室を促す。程なく黄泉から人の気配が消え、静寂が訪れた。
※※※
一人の男がいた。男は且つて一人の少女を殺そうとした。最初の理由は憎しみからだった。男の住む星に身重の姫が降り立った丁度その時、とある病が突如として流行した。
当初は根絶されていなかったと推察されたウィルスを原因とする疾患は姫を始めとした大勢の人間に襲い掛かった。幸運の力を制御出来ない姫は次代の姫を生かす為に周囲の幸運を際限なく吸い上げた。結果、桁違いの被害者を生んだ。過大な補償と共に揉み消された事件。
男には家族がいた。少々乱暴な父。そんな父の尻を引っぱたく豪快な母。年下の妹。特に妹は可愛い盛りで、"お兄ちゃん、お兄ちゃん"と自分の後ろを付いてきた。家族以外にも大勢の知り合いがいた。近所に住む父親の呑み仲間、学校の仲間達、親戚もいたし、初恋の女性もいた。
全員、死んだ。
強烈な殺傷能力と感染能力を持たないウィルスは、幸運を奪われた人間を瞬く間に死へと誘った。
男は一気に不幸のどん底に突き落とされた。過大な補填は当たり前の如く末端まで行き届かなかった。地獄のような日々を、必死で生き延びた。生きる為にはなんでもした。身を焦がす程の復讐心を支えに。そんなある日、男は救われた。
救いの手を差し伸べた者の名はアルヘナ。アルヘナは男に道を示した。男は復讐の為にその身を捧げた。偽りの人生を手に、守護者への道を歩んだ。不断の努力は実を結び、やがて守護者へと昇りつめた。そして遂に憎むべき相手の娘、幸運の星と共に連合を導く次代の姫と謁見した。
男は尚も憎しみを糧に行動した。好青年という偽りの仮面は、その容姿と相まって人心を掴んだ。誰も彼の本心を知らず、上辺を全てと信じた。
男はその後も順調に実績を重ね続け、遂には総代補佐へと昇りつめた。その功績と忌々しい過去の幸運により、当代の姫との婚姻関係を結ぶにまで至った。
男の心は踊った。復讐の機会が訪れたと。だが、姫と交流を重ねる中で、男は当代の姫の中に亡き妹の影を見た。見てしまった。遠い過去に置き去りにした家族と言う温もりを男は少女の中に見た。何時の間にか、男の中に憎しみ以外の感情が生まれた。
だが、もう引き返せないところまで来ていた。また、己を正す強さも持ち合わせていなかった。苦悩の末、愛するが故に殺すという結論を出した男は、それを真っ向から否定する別の男に止められた事で漸く己の心の向き合った。
ミハシラの外に出た男を歓迎したのは穏やかな晴天と荒れ果てた居住区域。その中に、男は幻覚を見た。陽光の中に、家族の姿を見た。死んだあの時から何一つ変わらない家族の幻覚は、男をただずっと見つめ続ける。
「ごめん」
幻覚に、自然と口が懺悔を紡いだ。しかし幻覚の家族は男に何も語らず、哀しみの表情を浮かべながら消えていった。何を言いたかったのか、あるいは自らの心は何を考えて家族の幻覚を見せたのか、男には分からなかった。だが、それでも今は前に進む以外に選択肢は無い。男は道を踏み外し、大勢を死に至らしめた。その罪を償わなければならない。この後に起きる戦いで一人でも多くを助ける為に。
「さて、じゃあ行くかの」
「済まない、その前に一つ頼みがあるのだが」
「なんだ?」
「花を、買いたい」
「花ね。ま、その程度なら良いか。クシナダ、一緒に付いて行ってやれ」
「えー、まぁいいけど。私が可愛いからって襲わないでよ?」
「だからそれは自分で言う台詞じゃない」
「馬鹿を言うな。カストールの力を受け取ったお前に誰が勝てるか」
「ンー、そうかぁ。じゃ、行こうか。ついでにオリンピアへの転移許可もネ」
「感謝する」
旗艦を照らす人工の恒星。頭上から照らし続ける光を男は鬱陶しく見上げた。陽光に、顔が僅かに綻んだ。偽物の光でもいい、今は自分を照らしてくれるだけで良い。何時の日か、誰かを照らす日を夢見ながら男は光の中に一歩を踏み出した。
男は、漸く、自らの意志で己が決めた道を歩む。
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なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
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