【完結】G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~

風見星治

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エピローグ

409話 回想

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 連合標準時刻 火の節85日

 決戦の日より4日ほど時間を遡る。場所は主星フタゴミカボシ、摂政専用別荘。黄昏時を過ぎ、暗闇の中に僅かな明かりで照らされるデウス家別荘近傍に男が降り立った。その足元には十数人以上の死体が散乱する。

 何れもが、且つて男と轡を並べた者達。ある者は慕い、ある者はよそ者とか田舎者などと侮蔑し、ある者は溢れる才能に嫉妬し、しかし何れもが厳しい選別を潜り抜ける事叶わなかった者達。

 そうした者の大半は軍へと入隊した。守護者としては不適格であっただけで、常人と比較すれば十二分に有能。そんな人材の受け皿が軍。その為に|(試験成績次第では)入隊試験の免除などの制度も用意されている。

「コイツ等は?」

 別荘に到着したオルフェウスは足元に転がる無数の死体に吐き捨てた。顔見知りと気付いていないのは暗闇ではなく、ましてや時間でもなく、端から興味など持っていなかった為。

「特殊部隊"ヒュドラ"です。この状況を不審に思った軍部より摂政に接触、必要に応じて護衛か逃亡させる為に派遣されたようです」

「漏れてはいないのだな?」

「はい。ですが、結果的には。やはりレアー=デウスの護衛まで守護者が担うのは強引であったかもしれません」

「そうか。だが、邪魔されたくはない」

 オルフェウスは淡々と語りながら別荘に向けゆっくりと歩を進める。

「我々も承知しております。どうか、どうかッ」

 オルフェウスを見送る声はしどろもどろで、先程までとは打って変わっていた。知っている、この後の惨劇を。が、覚悟は持てどもいざその時となれば迷いが生じるのは人のサガ

「ぐぅ……しょ、正気かッ」

 別荘へと消えゆく背中を、誰かが呼び止めた。オルフェウスは足を止め、言葉に耳を傾ける。

「全ては姫の為」

「その為ならば正気を捨て狂気へと落ちる事など容易い」

 黙して語らないオルフェウスに代わり、守護者が代弁した。

「ば、馬鹿なッ!?か、ん、がえな、お……せ」

「考えたさ。長い間、ずっと、ずっと。その答えがコレだ」

「ぐ……ひ、め。幸運……星。どう、か……ごか、ゴフッ!!」

 今にも消えかかりそうな男はそれ以上を語れず、息絶えた。男の心臓に、冷たい鈍色の刃が突き立てられた。

「そんなだからッ、だから殺すんだ!!どうしてそれが分からないッ!!」

 激高。耐え難い、抑えきれない怒りが叫びに表出する。止めを刺したオルフェウス踵を返し、苦痛に塗れた表情のまま、刀を握り締めたまま別荘へと向かった。

 守護者の誰もがその男をただ見守る。口を挟むなど出来なかった。殺した側だというのに、まるで満身創痍の如く顔に苦悶を張り付ける男を。男の胸中に、自らが叫んだ言葉が反響する。何度も何度も繰り返しては、責め、苛む。更に、心の底から別の声が湧き上がる。

オマエはコレで良いのか)

(この選択は正しいのか)

オマエはフォルトゥナ=デウス・マキナを助けたいのではないのか)

 しかし、声は歪んだ意志の前に全て塗り潰された。その目に、光が宿る。誰が見ても正気とは思えない、淀んだ昏い輝きが。

 これは己が出した結論。オルフェウスは自らが心の奥底から訴える声を、迷いを強引に塗り潰し、前へと進む。幸運の星を次代に受け渡した事で役目を終え、漸くの平穏を手に入れた先代の器レアー=デウスを殺す為に。

 ※※※

 幸運の加護を持たない女など殺すに容易い。男は呟きながら巨大な別荘をゆっくりと探して回り、最奥の巨大な客室前で足を止めた。忌まわしいその姿を見た男の目から殺気が滲み出す。常人ならば震え、動けなくなったであろう威圧と恐怖。しかし、女はまるで予期していたかの如く動じない。

「俺が来た理由は理解しているだろうなァ!!」

 まるで余裕と言わんばかりの態度はオルフェウスの怒りに火をつけた。堪えきれず、叫ぶ。

「ええ、承知しています」

 が、それでもレアーは動じない。

「お前だけか?」

「いいえ」

 と、レアーが返答した直後、物陰から何者かが飛び掛かった。息を潜めていたのはレアーの夫、クロノス=マキナ。が、刃は空を切る。死角から振り下ろされた一撃を容易く回避したオルフェウスは、返す刀で刀を振り抜いた。クロノスから鮮血が飛び散る。

 致命傷。袈裟切りされたはクロノスは剣を落とし、床に膝を付いた。息も絶え絶えと言った男の身体からは血が止め処なく溢れる、程なく失血死するだろう。

「悲しむな、後でその女も同じ場所に送ってやる。夫婦仲良く黄泉へ堕ちろ」

「や……やめろ」

「俺はッ、その為に此処まで耐えてきたんだ!!」

「し……知っているよ。わ、私も……昔はそうだった……からね」

 クロノスの告白にオルフェウスは驚いた。復讐を望み姫に近づこうと考えたのは自分だけではないだろうとは予測していたが、まさか仇の夫までもが同じだとは思いもせず。

「ならばどうして殺さない、何故生んだッ!!貴様のせいでッ!!貴様らがッ!!」

 その決断を認めない、許せない。怒りが胸中から弾け、言葉となり、瀕死のクロノスを追撃する。

「し、知っている……よ。私も、彼女も重々承知の上だ」

「ふざけるなよッ!!貴様等はッ、生まれる子の不幸を知りながら、それでも生んだと言うのかッ!!」

「この世界は貴方や私達が思うほどに救いが無い訳でもないし、醜くもありません」

「貴様がそれを言うか!?あの時、貴様が俺達の星に来なければこうはならなかったッ!!俺は平穏無事に生きてッ、この手を血に染める事はなかったし、悪夢の様な人生を歩む事も無かったッ!!」

「そう、やはり貴方は」

「知っているならなぜ救わなかったッ!!」

「出来得る限りの補填は行ったつもりです」

「俺達が救われねば意味など無いッ!!だからッ」

「決意は……変わらんのか」

「あぁ、貴様と違ってな」

「そうか……グ……済まない。先に……」

 今際の際、クロノスはレアーを想いながら己が作る血だまりに沈んだ。オルフェウスは、婚約者の父親を躊躇いなく手に掛けた。が、止まらない。最も憎い者、本命が目の前にいる。

 フォルトゥナ姫の婚約者として謁見したあの日を思い起こせば、自らの意志を殺すだけで精一杯だった。"緊張しておられるのですね?"レアーが最初に掛けた言葉は今でも記憶に残っている。優しく、気高く、それ以上に吐き気がする声にオルフェウスは考えた。

 もしかしたらこの場を取り繕う方便は見抜かれており、いつかこの日が来ると予感していたのかも知れない。あるいはクロノスもまた己と同じく一度はレアーの母を殺しに来ており、その時に一族の運命を悟っていたのかも知れない。しかし何方であろうとも男には何の関係もない。

 憎い、だから殺す。それが、今の己を支える全て。否。そう思い込みたいが為に、それ以外の感情全てを憎悪に塗り潰した。

「はい、アナタ。今日まで私は幸福でした」

 レアーは夫を見送った。声に幸福を乗せ、顔に満面の笑みを浮かべながら。死者を、愛した者を見送る態度ではない。

「最後の言葉はそれでいいか?」

 オルフェウスは静かに怒りを吐き出した。

「では一つお願いできるかしら?あの子とに伝えて下さい。貴方達が後悔しませんように、貴方達の人生の最後が幸福でありますように。選んだ道で苦しむ事がありませんように。フォル、不出来な母でしたがそれでも精一杯愛しました、と」

 レアーは最後の言葉を言い終えると同時に目を閉じた。オルフェウスはレアーの覚悟を見るや躊躇いなく斬り捨てた。肉と骨を切り裂く生々しい感触が刃を通し男の手に、更には魂にまで伝わる。

 男は考えた。この後どうしてやろうかと。息絶えるまで切り刻んでやろうか、それとも一思いに頭を跳ね飛ばしグチャグチャに潰してやろうか。この日を夢見た男は今まで散々に残酷なシミュレートを頭の中で何度も何度も何度も何度も繰り返してきた。

 ああしてやろう、いやこうしてやろう。

 ……しかし、意に反し何も出来なかった。目的は果たしたその筈なのに、散々に夢見た目的の一つを果たしたオルフェウスの目は虚空を彷徨っていた。ともすれば救いを求めているような、虚ろな目。オルフェウスは美しく曇りないガラスに己の姿を映した。虚ろな目をした血塗れの男が映る。

「ダレダ、オマエ?」

 無意識に、そんな言葉を零した。もう、己の姿さえ見失っていた。

「始末出来たか?」

 部屋に低い男の音声が響いた。オルフェウスの目が傍と現実を認識する。通信端末を取り出し、操作すると見慣れた嫌な顔が浮かび上がった。忌々しい、神を自称する男。

「あぁ、星の力が無ければ呆気ない」

「そうか、手を回した甲斐があった。だがこれは前哨戦に過ぎん、油断などするなよ」

「分かっている」

 オルフェウスは通信を切り、再びガラスに映る己の姿を見た。見て、笑った。これは本当に己か、と。ガラスの向こうには、己の行いが正しいか分からないままに行動する、糸の切れた道化人形が映っていた。

「待っていろ、フォル。次は、貴様だ!!」

 オルフェウスは血と死で塗れた別荘を後にすると、闇の中へと消え去った。男が縋りついたのは、歪で歪んだ、愛するが故に殺すという希望。淀んだ光に迷走する男は、己が正しいと言い聞かせながら、闇の中を歩む。が、そんな有様で正しい道を進める筈もなく。
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