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エピローグ

397話 見舞い 其の3

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 連合標準時刻 金の節1日

 最上階の病室は2つ。片方はルミナ用、もう片方が伊佐凪竜一用に割り振られている。彼も完全に体調が元に戻ってはいるが、主治医の説得により渋々ながらも入院を継続する事となった。各々の部屋にはそれぞれ見舞客の姿。ルミナを訪れたイヅナに対に、伊佐凪竜一の元には白川水希が訪れていた。

 この2人、元を辿れば両者は幼馴染。しかし、清雅関連施設の建設に伴う土地買収計画を円滑に進める清雅側の策略により2人の住む地域の大人達は分断された。

 結果、幾人もの被害者を出した。その最たる被害者、伊佐凪竜一の祖父は清雅一族の予想を外れる形で周囲から孤立させられた末、移転反対派の暴行により無残な最期を遂げた。

 また、白川水希や伊佐凪竜一を含めた当時の子供達も被害を被った。子供の考えは親の価値観に大きく影響される。両親の憎悪を一身に受けた白川水希は幼かった伊佐凪竜一が差し出した手を跳ね除け、拒絶する形で離別した。大きな、消せない傷。しかも、その傷口を更に殺意で抉った。半年前、ルミナと行動を共にする彼を本気で殺そうと画策した。

 そんな両者だったが、今や他愛のない会話を行える程度には関係改善を果たした。

「そうか、地球の情勢はそんなに」

「関先生の話では予想以上に悲惨ね。タナトスの情報操作が露見した事で協力した国家、企業は袋叩き。個人に目を向ければ山県家は一家離散、家長|(山県大地の父)は自殺したそうよ。令子の方も同じく揃って行方不明。利用されただけって言う同情もあるにはあるけど、でもあんな真似しちゃった以上どうなってるか分からないわ。ただ、直ぐに終息するだろうけど」

「あぁ、あの話か」

「人類のルーツに宇宙の真実なんて話がでたら、ね」

 今はそれどころではない、と言葉を区切った白川水希は窓の外へと視線を移した。陽光に照らされた顔に、疲労が滲む。

「お前のところは……どうだったんだ?」

 意を決した伊佐凪竜一の質問に、白川水希は僅かな動揺を浮かべた。そうか、と呟く声は消え入りそうな程に小さく、顔には一層暗い影が落ちる。ややあって……

「君と同じよ」

 と、暴露した。その顔色と言葉に聞くべきではなかったと伊佐凪竜一は配慮を欠いた発言を詫びると、申し訳なさそうに天井を見上げた。

「謝る事はないよ。決断したのは私。失う物があると脅迫材料に使われるって。だから、事故に巻き込まれたって聞かされた時、悲しむより先に復讐出来るって思っちゃった。もう、壊れてたのね。だから私と同じに孤独で、叶えたい願いを叶えられずに壊れそうになっている清雅源蔵を放っておけなかった。でも、薄っぺらい感情だって見透かされていた」

 己の傷口を抉る過去の告白。誰にも曝け出さなかった、出したくなかった胸中を彼女は暴露した。直後、彼女の表情に僅かな光りが射す。

「そうか」

「少なくとも山県大地は自らの意志で戦いに身を投じた。だけど山県令子あのこは違う。その力を見込んで、引き込んだ。だから、私がその分まで贖罪を引き受けるわ」

 塞ぎ込んでいた気配は既になく、今の彼女は真っ直ぐに前を見ている。彼女の覚悟は強く、止められそうにない。

「昔からそうだった。だけど今はムグッ!!」

「それ以上は言わなくていい」

 何かを言い出しかけた伊佐凪竜一の口を白川水希の人差し指が押し当て、塞いだ。先を語らせずとも理解している。その上での拒否。

 伊佐凪竜一|(とルミナ)の影響力は絶大で、白川水希でさえ無罪放免に持っていける程の影響力を持つ。銀河を救った英雄の威光は余りにも大きく、一挙手一投足に連合の未来が左右されると言っても過言ではない。

 故に、拒否した。彼が白川水希を手伝うと言ってしまえば、司法も連合も最大レベルで忖度そんたくするのは火を見るよりも明らか。しかし、代償に彼の人生に暗い影が落ちる。その事実を白川水希は許せず、だから拒否した。彼の重石にならぬよう、何より贖罪を己の力で完遂する為に。

「取りあえず、カインを頼ってみるわ。既に色々と各方面に口添えしてくれたようだし。では、後はお願いします」

 語り終えた白川水希は立ち上がると背後に声を投げかけた。視線を病室入口に向けた伊佐凪竜一の視界に、無表情で部屋の中を覗くツクヨミの姿が映る。彼女の役目は入院中の伊佐凪竜一とルミナの世話。

 銀河系内においてこれ以上の性能は無いと断言できる演算能力を鑑みれば、誰がどう考えても性能の無駄遣いでしかない。しかし、彼女は頑として己の役目を変えなかった。兄妹機であるアマテラスオオカミですら匙を投げたのだから、最早この流れは必然と当人達でさえ諦めているのが現状。

魔女ミルヴァとの話はもう終わったんですか?」

「えぇ。2年ほど前に転移魔術に失敗して清雅に飛ばされた件の詫びと感謝が言いたかっただけでしたので、さして時間はかかりませんでしたよ。それより、今日も来ていたのですね」

「でも、もう帰らないと。復興に必要な資材の調達と分配その他諸々、アチコチからの要請が多すぎて私にお鉢が回ってきてね。関先生にも助力を申し出たんだけど、あの人も暫定政権安定化とか連日の会議に掛かりっきり。どう、手伝わない?」

「十分に配慮されていましたよ。それに、誰もが私の介入に抵抗が有るようです。手伝うにせよ、もう少し情勢が安定してからの方が無難でしょう」

「なら地球はどうです?反清雅組織を再編したテロ組織、ディオスクロイ教は指導者カーティスの死亡で瓦解したようですが、それ以外は悲惨ですよ。半年前より情勢も治安も不安定化しているそうで」

「地球は地球で脱清雅を目標に奮闘しています。そんな状況に且つて清雅を支配したワタシが戻れば水を差す事になります。ともすれば、私を抱え込む為に各国が水面下で争う恐れも。有体に邪魔者なんですよ、今の私は」

「だから彼の傍に、ですか?」

「特に問題ないでしょう?私が彼の人生を大きく歪めてた事実に変わりはありません。従って、私は彼の人生に責任を負う義務があります」

が抜けてますよ?」

「勿論、忘れてはいませんよ」

 どう考えても伊佐凪竜一を優先するツクヨミの言動は今に始まった話ではない。相も変わらず、と白川水希は僅かな溜息を置き土産に部屋を後にした。その背中をツクヨミは無表情で見送るが、白川水希が視界外から完全に消え去るや真逆の笑顔で伊佐凪竜一へと向き直った。

「余り邪魔をしてあげない方が良いですよ。今の彼女はかつての罪を償う為に身を粉にして働いています。既に過労として申告される程度の時間を彼女は復興業務に割いていて、その上でスサノヲへの編入試験を受けようとしています。彼女を思うならば、時には突き放す事も必要です」

「助けてあげないの?」

「彼女は今、自らを贖罪と言う苦悩に投げ込む事で許しを得ようとしています。世界から、そして自分自身から。手助けはかえって邪魔をするだけです」

「なら、俺が」

 そう食い下がる伊佐凪竜一に、ツクヨミは幾つかのデータを表示した。眼前のディスプレイに浮かぶ無数のデータは白川水希に割り振られた業務の内容、及びその審査報告書。ザルヴァートルが評価した内容は"適正な量を適切に配分しており、優先順位も概ね問題なし"。

 ベッドに寝転がった伊佐凪竜一は報告書を難しそうな顔色で見つめる。が、さっぱり分からないと匙を投げた。察したツクヨミは間近に顔を寄せ、まるで教師の如く優しく解説を始める。

「……つまり、人並み外れた仕事量を完璧に仕切っているという訳です。どこも頭が下がる思いでしょうね」

「へ、へぇ」

 説明を懇々と受けたが、しかし当の本人はまるで理解できていない。素っ頓狂な返事がその証左。

「無理もありません。社会経験があるとは言え、且つて君が所属していた部署は重要度の高さに反して仕事自体は極めて単純な、いわゆる縁故採用専用部署でしたし」

「え、誰の推薦?」

「そう、伝えていないんですね。君を採用したのは白川水希かのじょです。言い辛いのですが、入社試験には落第していましたよ」

「え、えぇ」

「誰にでも適材適所はあります。君の場合は、望まないでしょうけど戦場がそうと言うだけです」

「そう、そうか」

「気に病む必要はありません、その為に私が存在するのですから」

「ありがとう」
 今の今まで知らなかった真実を告げられた伊佐凪竜一の落胆は酷かったが、間髪入れずフォローを入れたツクヨミに持ち直す。その彼女は伊佐凪竜一からの感謝に蕩けるような笑顔で答えた。その顔だけを見れば地球の神として苦悩に満ちた時を過ごした面影は無い。

 実際、今の彼女は地球を支配したオリジナルのツクヨミではない。オリジナルに伊佐凪竜一を救い、その手助けを行うという意志を託された複製。本物のツクヨミの意志と魂は半年前の体躯崩壊と共に亡くなった。清雅源蔵を止める事が出来なかった贖罪、戦いの為に犠牲にした命への懺悔とアマテラスオオカミは推測したが、本心を知る手立てはもう存在しない。

 彼女の魂はこの世から消え去った。何時の日か、何処かで新たな生命として生まれ変わるかも知れない。しかし、その意志は消え去っていない。

 自らへの罰として消滅すると同時に生み出されたツクヨミの複製は、託された贖罪の意志を受け継ぎ、伊佐凪竜一とルミナの保護を行う。それは紛う事なき彼女の意志。自らの生き様を決める事は生きると同義、生きるならば自らの生き様を己で決めなければならない。

 且つて地球で見た光を見たツクヨミに宿った意志は、複製である彼女にも受け継がれ、彼女はその意志の元に"ツクヨミ"として生きる決断を下した。
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