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第7章 平穏は遥か遠く
244話 壁
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自動運転車の様子は外も中も平和そのもの。規則正しく進む車の中では雑談、休息、あるいは明日の準備などごく一般的な光景が映る。しかしその表情は平時とは真逆に暗く、更に色濃い疲弊の色が浮き出る。
頻発するデモ、スサノヲとヤタガラスの権威失墜に伴う情勢不安、堕ちた英雄の蛮行。報道番組は旗艦アマテラスがかつてない程の危機に直面している事を嬉々として垂れ流すが、しかし大多数の人間の心中に響く筈も無く、ただ彼等に労働に忙殺される。不安定な情勢を改善する為、誰もが且つての生活を取り戻す為に必死で生きる。
必死。そう必死で、だから、誰も自分の隣を走る車の中に指名手配犯が乗っているなど考えもしない。
「全て順調、問題ありません。さて、良い加減に決めませんか?」
ガブリエルにせっつかれる伊佐凪竜一は何度も端末に表示される地図を睨む。が、そうしたところで次の目的地が決められる筈もなく。
「あ、そう言えば第5」
「既に多数の守護者に監視されております」
記憶の片隅に残る白川水希の言を頼りにしてみるが、しかし反応は芳しくない。即答で否定された彼は大きく項垂れた。
「ハァ、では私が代わりに判断を行います」
冷めた溜息が一つ、車内を冷やす。夜光と街灯を反射、滑らかな光を描くナノマシン製の長い髪が揺れる様子を伊佐凪竜一は少しバツが悪そうに見つめる。車内の様子はずっとこんな調子で、何か問われる度に棘のある冷めた口調で応対するガブリエルに戸惑う伊佐凪竜一という図式に支配されたまま。
彼にこうもズケズケと物を言う相手は居なかったのでどうにも苦手意識が先行しているようだ。本来その役目はツクヨミなのだが、過去を思い返せば完全に甘やかしているに等しく、さながら聖母か過保護な母親と言った有様だった。
「どうやら碌に休息をとっていないようですね。では監視が緩く、且つ休息を取れそうな施設が有る条件で絞り込みます。例えばココ……いえ……」
「どうした?」
彼から端末を取り上げたガブリエルは手早く操作し始め、やがて何かを発見すると車中に幾分か離れた区域の地図を展開、とある一点を凝視した。その態度はそれまで機械的且つ無機質な応対とは違い、何と言うか壊れた機械を連想させ、端的に余りにも不自然。
そんな態度を見れば、伊佐凪竜一は自然と彼女に視線を重ねる。監視レベルに応じた色分けされた地図は、赤くなるにつれ危険度が上昇、青に近づくほど低下するといった感じで塗り分けられているのだが、彼女が凝視する区域はあろうことか真っ白。予想でしかないが、恐らく守護者の数が極端に少なく、更に監視も緩いのだろう。
しかし、だ。大半が濃淡の差はあれども赤に染まる地図の中に、まるで安全地帯の様な場所があるのは何故なのか。
「怪しくない?」
当然の帰結。が、伊佐凪竜一の呼びかけにガブリエルは一切応じない。私や彼ですら辿り着いた結論にセラフが辿り着かない筈が無い。守護者側も極端に有能な人物と愚にもつかない無能が混在しているが、有能な中にはタナトスとアイアースがいる。特段の理由が無ければ確実に罠。
しかし、一方でココまで安全な場所も無い。罠を想定して避けるか、それとも罠でない可能性に賭けるか。同行する伊佐凪竜一の体調と罠の可能性を秤に掛けた彼女がどのような結論を出すかは未知数だ。
が、私の頭の片隅には別の問題が引っ掛かっる。真っ白に染まる第64区域には、確か宿泊施設らしきものは存在しなかった筈。広大な土地の大半が湖で構成された、連合内に存在するある惑星の景観を再現したその場所の主だった施設は湖の中央の小島に佇む荘厳な教会ただ1つ。
普段は湖の畔でゆったりとした時間を楽しみ、夜は人工的に再現された地域特有の景色を見ることが出来る。そう、確かに確かそんな記録を見た覚えがあると、端末に表示された観光情報が私の記憶の正しさを証明した。
「伊佐凪竜一」
不意に、ガブリエルが声を張り上げる。奇妙で、違和感を覚える。
「はい」
「ココに向かいましょう」
その返答に彼は驚く。一体何をどう判断して許可するのか、彼も私も理解出来なかった。タナトスの危険性を認識していないのか、あるいは考え過ぎているだけか。何方にせよガブリエルの返答に私も伊佐凪竜一も違和感を覚えた事だけは確かだ。
「いや、でも大丈夫か?」
「何がでしょうか?」
「いや、だってどう見ても正常じゃなかったんだけど?」
「質問の意味を測りかねます。何れも問題は有りません」
その言葉は言い過ぎとは思えない。不自然な長考の間に何をどれだけ思考したのか、どんな可能性を考慮した末に結論を導き出したのか全く理解できないが、しかしセラフの頭脳が問題ないと結論を出した以上、ソレが最も安全なのだろうと伊佐凪竜一は納得した。
こうして、一抹の不安を残しながら2人は64区域を目指す。
※※※
アレから数時間。自動運転車を降り、転移施設を経由して更に幾分か歩いた末、漸く2人が目指す64四区域に入った頃には既に空は夜の闇に染められていた。随分と時間が掛かったのは安全な経路を選択した為であり、事実として何らのトラブルも起きなかった。
一方、ルミナの方は波乱万丈。端的に、彼女は守護者に情報を渡していたコノハナを目の前で殺され、その罪を擦りつけられた。事態は一進一退、出来れば彼女も無事に明日を迎えて欲しいが、果たして……
「時間は有益に使いましょう。何か聞きたい事は有りますか?」
他方、伊佐凪竜一の方は今のところ問題ない。ガブリエルの決断に理解し難い思考と雰囲気を感じたのは確かだが、アレ以後の彼女は少々棘のある何時もの口調へと戻っていた。
その彼女の能力で監視網は完全に沈黙、更に不審者の姿を光から遮る夜の闇が追い風となり、確実かつ安全に目的地へと近づく。となれば、現時点で唯一の問題は体調面に絞られる。やや遅れる伊佐凪竜一を他所に、疲労など存在しないガブリエルが黙々と先を歩くという状況が彼の現状を雄弁に語る。
「ルミナが殺した証拠が無いのに、一体どうやって?」
伊佐凪竜一は前方を歩くガブリエルの質問に反応した。ルミナの窮状、その理由を。
「真実を歪める事は可能です。金、力、あるいは恐喝。特に復興が立ち遅れた旗艦の現状は、財団が介入するには絶好の機会です」
が、聞くべきではなかった。その言葉に伊佐凪竜一は全てを察した。白も黒に塗り潰される不義がまかり通る現状に、ソレが彼女を追い詰めた事に。自然、彼の表情が歪む。
「金で?それじゃあタダの小悪党だ」
「返す言葉もございません」
「どうにか出来ないのか?」
「後ろ盾となる守護者が手を引き、その上で然るべき人物が新たな総帥となれば」
そこまで語ったガブリエルは意味深に動きを止め、伊佐凪竜一へと振り返る。
「ルミナが?」
「私も質問してもよろしいでしょうか?」
彼を真っすぐ見据えながらガブリエルは質問と、そう呟いた。鬱蒼と茂る樹々から僅かに零れる星の輝きの中に浮かぶ端正なガブリエルの顔は余りにも無表情で、何を聞きたいのか全く想像がつかない。
「伊佐凪竜一、貴方はルミナにどうなって欲しいのですか?」
「任せる。だけど、アイツが正しいなら支えるし、間違ってたら力づくで止める」
「答えが曖昧で要領を得ませんが、要約すれば彼女の意志に任せると言う事ですね」
「そうだよ、誰だって自分の道は自分で決めなきゃぁな。そんでソレは君もだけどな」
「私もですか?」
君も。不意に話題が自らへと向いた刹那、彼女の表情が僅かに崩れた。
「自分の生き方は自分で決めるモンだ」
「生き方?我々に自由はありません。しかし、不自由とも思っていません。人もそうでしょう?そもそも人は生き方を選べるのでしょうか?違いますよね?誰もが生まれ、人種、環境、社会、様々な名前のレールに沿って生きる事を強要されます。間違っているか否かなど考えません。誰もが自らを正しいと言い聞かせ、正否から目を背ける。もう1つ尋ねて宜しいでしょうか?貴方は自らの考えが正しいと思っておられるのですか?そうならば、何を根拠にしておられるのですか?」
唐突な質問攻めに伊佐凪竜一は口ごもる。まさかいきなり哲学的な話題に踏み込んでくるとは予想していなかったらしい。彼は考え込みながらも歩き続けるが、しかし思考に意識を割かれているのか次第にゆっくりとなり、程なくガブリエルに追いつくと足を止めた。無人の道路から道なき道、整備が遅れ雑草塗れとなった歩道と、草を掻き分ける音が不意に止まる。
「言葉にし辛い。ずっと考えてみたけど、ハッキリと断定できる何かは無かった」
静寂の中に伊佐凪竜一の言葉が木霊する。
「では漠然とした理由でこんな真似をなさっているのですか?」
「そうなるな」
「僭越ながら、そんな危うい思考でこの先を戦い抜けるのでしょうか?」
「ならどうして俺に付いてきたんだ?漠然としているのはセラフも同じだっただろう?」
ガブリエルの指摘に対する伊佐凪竜一の返しは的を射ている。セラフ達も直属の上司である新総帥に不穏な何かを感じたからこそ、今ここにいるのだから。
「もしかして聞きたかった理由はそれか?」
無言のガブリエルに伊佐凪竜一は推測を重ねると……
「はい、そうですね。私も初めてで言語化し辛いのですが、こんな漠然とした理由で行動を決めた事がありませんでしたので……」
彼女は素直に認めた。その返答は先程までの冷静冷徹な印象を覆すには十分で、人間らしく見えた。鉄面皮の下にあったのは、忠誠を誓った財団に初めて弓を引くという行為への不安。
「それでいいと思う。生きていれば曖昧な理由で何かを決めなくちゃいけない時が結構あるよ」
「しかしそうであっても可能な限り情報を集め、論理的に判断するべきです」
「今みたいに時間が許してくれない場合もある。完璧を求めるのが性分なんだろうけど、もう少し人間らしくてもいいんじゃないかな?」
「その理由は?」
「人らしさを望んだからその姿に造られたんじゃないかなって思った。それにこれだけ科学が発展して、人と人じゃないヤツの境目も曖昧になって、だったら生まれとか育ちなんてどうでもいいんじゃないとも考えた。人だって言われた通りにしか動けない奴も居れば、人じゃないのに自分の思うままに生きてる奴もいる。だから違いなんてないんだよ。自分が勝手にそう思い込んでるだけで、違いなんてないんだよ。ただ、違うって壁を作ってるだけだって、そう思う」
不器用で、それ以上に曖昧な答え。しかし、その言葉は本来ならばソレとは対極にあり、もっとも忌み嫌うセラフと、それ以上に私を動かした。壁。心の壁。人と式守を隔てる壁。監視者とそれ以外を隔てる壁。
「そうですか。貴方は私に人間らしさを求めるのですね。或いは人間として認めている。残念ですがザルヴァートルがセラフを人型にした……貴方が言う人らしさを望んだ理由は唯一つ、意志の獲得への期待です。意志があればマガツヒと戦える、マガツヒと戦えるならば人の代わりに戦場に立てる。より多くの人間を守り導き、やがて何時か銀河系外へと旅立つ。セラフが人の姿をする理由は貴方が考えるよりも多くの意味を含んでいます」
「そうなんだ」
「しかし、アナタの言葉には"人の方が優れている"という厭味を感じませんでした。人として扱われた事も、機械として扱われた事もありましたが、好きに生きろと言われたのは歴代の総帥以外では貴方だけです。余り有意義な議論ではありませんでしたが、その言葉は頭の片隅に記録しておきます」
「有意義ではない……ね。まぁ、覚えておいてくれるなら少しは嬉しいかな」
伊佐凪竜一は隣に立つガブリエルの目を見つめながらそんな言葉で話を締めると、再び闇の中を目的地へと歩き始め、その僅か後ろをガブリエルが歩く。
夜の闇の中、しかも人目に付かないように鬱蒼とした森林を歩く2人を不意に明るい光が照らす。人工の夜空を覆い尽くす木々の僅かな隙間から漏れ出た星空の光は、能面を崩しほんの僅かに微笑むガブリエルの姿を浮き彫りにした。
頻発するデモ、スサノヲとヤタガラスの権威失墜に伴う情勢不安、堕ちた英雄の蛮行。報道番組は旗艦アマテラスがかつてない程の危機に直面している事を嬉々として垂れ流すが、しかし大多数の人間の心中に響く筈も無く、ただ彼等に労働に忙殺される。不安定な情勢を改善する為、誰もが且つての生活を取り戻す為に必死で生きる。
必死。そう必死で、だから、誰も自分の隣を走る車の中に指名手配犯が乗っているなど考えもしない。
「全て順調、問題ありません。さて、良い加減に決めませんか?」
ガブリエルにせっつかれる伊佐凪竜一は何度も端末に表示される地図を睨む。が、そうしたところで次の目的地が決められる筈もなく。
「あ、そう言えば第5」
「既に多数の守護者に監視されております」
記憶の片隅に残る白川水希の言を頼りにしてみるが、しかし反応は芳しくない。即答で否定された彼は大きく項垂れた。
「ハァ、では私が代わりに判断を行います」
冷めた溜息が一つ、車内を冷やす。夜光と街灯を反射、滑らかな光を描くナノマシン製の長い髪が揺れる様子を伊佐凪竜一は少しバツが悪そうに見つめる。車内の様子はずっとこんな調子で、何か問われる度に棘のある冷めた口調で応対するガブリエルに戸惑う伊佐凪竜一という図式に支配されたまま。
彼にこうもズケズケと物を言う相手は居なかったのでどうにも苦手意識が先行しているようだ。本来その役目はツクヨミなのだが、過去を思い返せば完全に甘やかしているに等しく、さながら聖母か過保護な母親と言った有様だった。
「どうやら碌に休息をとっていないようですね。では監視が緩く、且つ休息を取れそうな施設が有る条件で絞り込みます。例えばココ……いえ……」
「どうした?」
彼から端末を取り上げたガブリエルは手早く操作し始め、やがて何かを発見すると車中に幾分か離れた区域の地図を展開、とある一点を凝視した。その態度はそれまで機械的且つ無機質な応対とは違い、何と言うか壊れた機械を連想させ、端的に余りにも不自然。
そんな態度を見れば、伊佐凪竜一は自然と彼女に視線を重ねる。監視レベルに応じた色分けされた地図は、赤くなるにつれ危険度が上昇、青に近づくほど低下するといった感じで塗り分けられているのだが、彼女が凝視する区域はあろうことか真っ白。予想でしかないが、恐らく守護者の数が極端に少なく、更に監視も緩いのだろう。
しかし、だ。大半が濃淡の差はあれども赤に染まる地図の中に、まるで安全地帯の様な場所があるのは何故なのか。
「怪しくない?」
当然の帰結。が、伊佐凪竜一の呼びかけにガブリエルは一切応じない。私や彼ですら辿り着いた結論にセラフが辿り着かない筈が無い。守護者側も極端に有能な人物と愚にもつかない無能が混在しているが、有能な中にはタナトスとアイアースがいる。特段の理由が無ければ確実に罠。
しかし、一方でココまで安全な場所も無い。罠を想定して避けるか、それとも罠でない可能性に賭けるか。同行する伊佐凪竜一の体調と罠の可能性を秤に掛けた彼女がどのような結論を出すかは未知数だ。
が、私の頭の片隅には別の問題が引っ掛かっる。真っ白に染まる第64区域には、確か宿泊施設らしきものは存在しなかった筈。広大な土地の大半が湖で構成された、連合内に存在するある惑星の景観を再現したその場所の主だった施設は湖の中央の小島に佇む荘厳な教会ただ1つ。
普段は湖の畔でゆったりとした時間を楽しみ、夜は人工的に再現された地域特有の景色を見ることが出来る。そう、確かに確かそんな記録を見た覚えがあると、端末に表示された観光情報が私の記憶の正しさを証明した。
「伊佐凪竜一」
不意に、ガブリエルが声を張り上げる。奇妙で、違和感を覚える。
「はい」
「ココに向かいましょう」
その返答に彼は驚く。一体何をどう判断して許可するのか、彼も私も理解出来なかった。タナトスの危険性を認識していないのか、あるいは考え過ぎているだけか。何方にせよガブリエルの返答に私も伊佐凪竜一も違和感を覚えた事だけは確かだ。
「いや、でも大丈夫か?」
「何がでしょうか?」
「いや、だってどう見ても正常じゃなかったんだけど?」
「質問の意味を測りかねます。何れも問題は有りません」
その言葉は言い過ぎとは思えない。不自然な長考の間に何をどれだけ思考したのか、どんな可能性を考慮した末に結論を導き出したのか全く理解できないが、しかしセラフの頭脳が問題ないと結論を出した以上、ソレが最も安全なのだろうと伊佐凪竜一は納得した。
こうして、一抹の不安を残しながら2人は64区域を目指す。
※※※
アレから数時間。自動運転車を降り、転移施設を経由して更に幾分か歩いた末、漸く2人が目指す64四区域に入った頃には既に空は夜の闇に染められていた。随分と時間が掛かったのは安全な経路を選択した為であり、事実として何らのトラブルも起きなかった。
一方、ルミナの方は波乱万丈。端的に、彼女は守護者に情報を渡していたコノハナを目の前で殺され、その罪を擦りつけられた。事態は一進一退、出来れば彼女も無事に明日を迎えて欲しいが、果たして……
「時間は有益に使いましょう。何か聞きたい事は有りますか?」
他方、伊佐凪竜一の方は今のところ問題ない。ガブリエルの決断に理解し難い思考と雰囲気を感じたのは確かだが、アレ以後の彼女は少々棘のある何時もの口調へと戻っていた。
その彼女の能力で監視網は完全に沈黙、更に不審者の姿を光から遮る夜の闇が追い風となり、確実かつ安全に目的地へと近づく。となれば、現時点で唯一の問題は体調面に絞られる。やや遅れる伊佐凪竜一を他所に、疲労など存在しないガブリエルが黙々と先を歩くという状況が彼の現状を雄弁に語る。
「ルミナが殺した証拠が無いのに、一体どうやって?」
伊佐凪竜一は前方を歩くガブリエルの質問に反応した。ルミナの窮状、その理由を。
「真実を歪める事は可能です。金、力、あるいは恐喝。特に復興が立ち遅れた旗艦の現状は、財団が介入するには絶好の機会です」
が、聞くべきではなかった。その言葉に伊佐凪竜一は全てを察した。白も黒に塗り潰される不義がまかり通る現状に、ソレが彼女を追い詰めた事に。自然、彼の表情が歪む。
「金で?それじゃあタダの小悪党だ」
「返す言葉もございません」
「どうにか出来ないのか?」
「後ろ盾となる守護者が手を引き、その上で然るべき人物が新たな総帥となれば」
そこまで語ったガブリエルは意味深に動きを止め、伊佐凪竜一へと振り返る。
「ルミナが?」
「私も質問してもよろしいでしょうか?」
彼を真っすぐ見据えながらガブリエルは質問と、そう呟いた。鬱蒼と茂る樹々から僅かに零れる星の輝きの中に浮かぶ端正なガブリエルの顔は余りにも無表情で、何を聞きたいのか全く想像がつかない。
「伊佐凪竜一、貴方はルミナにどうなって欲しいのですか?」
「任せる。だけど、アイツが正しいなら支えるし、間違ってたら力づくで止める」
「答えが曖昧で要領を得ませんが、要約すれば彼女の意志に任せると言う事ですね」
「そうだよ、誰だって自分の道は自分で決めなきゃぁな。そんでソレは君もだけどな」
「私もですか?」
君も。不意に話題が自らへと向いた刹那、彼女の表情が僅かに崩れた。
「自分の生き方は自分で決めるモンだ」
「生き方?我々に自由はありません。しかし、不自由とも思っていません。人もそうでしょう?そもそも人は生き方を選べるのでしょうか?違いますよね?誰もが生まれ、人種、環境、社会、様々な名前のレールに沿って生きる事を強要されます。間違っているか否かなど考えません。誰もが自らを正しいと言い聞かせ、正否から目を背ける。もう1つ尋ねて宜しいでしょうか?貴方は自らの考えが正しいと思っておられるのですか?そうならば、何を根拠にしておられるのですか?」
唐突な質問攻めに伊佐凪竜一は口ごもる。まさかいきなり哲学的な話題に踏み込んでくるとは予想していなかったらしい。彼は考え込みながらも歩き続けるが、しかし思考に意識を割かれているのか次第にゆっくりとなり、程なくガブリエルに追いつくと足を止めた。無人の道路から道なき道、整備が遅れ雑草塗れとなった歩道と、草を掻き分ける音が不意に止まる。
「言葉にし辛い。ずっと考えてみたけど、ハッキリと断定できる何かは無かった」
静寂の中に伊佐凪竜一の言葉が木霊する。
「では漠然とした理由でこんな真似をなさっているのですか?」
「そうなるな」
「僭越ながら、そんな危うい思考でこの先を戦い抜けるのでしょうか?」
「ならどうして俺に付いてきたんだ?漠然としているのはセラフも同じだっただろう?」
ガブリエルの指摘に対する伊佐凪竜一の返しは的を射ている。セラフ達も直属の上司である新総帥に不穏な何かを感じたからこそ、今ここにいるのだから。
「もしかして聞きたかった理由はそれか?」
無言のガブリエルに伊佐凪竜一は推測を重ねると……
「はい、そうですね。私も初めてで言語化し辛いのですが、こんな漠然とした理由で行動を決めた事がありませんでしたので……」
彼女は素直に認めた。その返答は先程までの冷静冷徹な印象を覆すには十分で、人間らしく見えた。鉄面皮の下にあったのは、忠誠を誓った財団に初めて弓を引くという行為への不安。
「それでいいと思う。生きていれば曖昧な理由で何かを決めなくちゃいけない時が結構あるよ」
「しかしそうであっても可能な限り情報を集め、論理的に判断するべきです」
「今みたいに時間が許してくれない場合もある。完璧を求めるのが性分なんだろうけど、もう少し人間らしくてもいいんじゃないかな?」
「その理由は?」
「人らしさを望んだからその姿に造られたんじゃないかなって思った。それにこれだけ科学が発展して、人と人じゃないヤツの境目も曖昧になって、だったら生まれとか育ちなんてどうでもいいんじゃないとも考えた。人だって言われた通りにしか動けない奴も居れば、人じゃないのに自分の思うままに生きてる奴もいる。だから違いなんてないんだよ。自分が勝手にそう思い込んでるだけで、違いなんてないんだよ。ただ、違うって壁を作ってるだけだって、そう思う」
不器用で、それ以上に曖昧な答え。しかし、その言葉は本来ならばソレとは対極にあり、もっとも忌み嫌うセラフと、それ以上に私を動かした。壁。心の壁。人と式守を隔てる壁。監視者とそれ以外を隔てる壁。
「そうですか。貴方は私に人間らしさを求めるのですね。或いは人間として認めている。残念ですがザルヴァートルがセラフを人型にした……貴方が言う人らしさを望んだ理由は唯一つ、意志の獲得への期待です。意志があればマガツヒと戦える、マガツヒと戦えるならば人の代わりに戦場に立てる。より多くの人間を守り導き、やがて何時か銀河系外へと旅立つ。セラフが人の姿をする理由は貴方が考えるよりも多くの意味を含んでいます」
「そうなんだ」
「しかし、アナタの言葉には"人の方が優れている"という厭味を感じませんでした。人として扱われた事も、機械として扱われた事もありましたが、好きに生きろと言われたのは歴代の総帥以外では貴方だけです。余り有意義な議論ではありませんでしたが、その言葉は頭の片隅に記録しておきます」
「有意義ではない……ね。まぁ、覚えておいてくれるなら少しは嬉しいかな」
伊佐凪竜一は隣に立つガブリエルの目を見つめながらそんな言葉で話を締めると、再び闇の中を目的地へと歩き始め、その僅か後ろをガブリエルが歩く。
夜の闇の中、しかも人目に付かないように鬱蒼とした森林を歩く2人を不意に明るい光が照らす。人工の夜空を覆い尽くす木々の僅かな隙間から漏れ出た星空の光は、能面を崩しほんの僅かに微笑むガブリエルの姿を浮き彫りにした。
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