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第六章『山邊先生の更生指導室』
02
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学習室まで戻ってくれば、あの忌々しい煙は大分薄まっているようだ。天井が開き、律儀に換気扇が動いている。
蹲っていた周子は、俺達が戻ってきたのを見て顔を上げる。そして真っ直ぐにこちらへと歩いてきた。
「右代君」
「……あの換気扇はなんだ」
「僕たちにもよくわからないけど、あれが動いている間は扉は開かないみたいだ」
「……」
周子の言葉を聞いて、学習室の扉の方へと歩いていく。言われた通り、ドアはロックされているようだ。
「わざわざご丁寧な真似してくれるな」
「だから、それまで少し待とうって話になって……」
木賀島の横には進藤がついているようだ。床の上、座り込んだ木賀島の顔はここからは見えない。
代わりに、俺の視線に気付いた進藤が「まあ、そういうことだ」と手を振った。
「……それまでは、どちらにせよここからは動けないし」
「なにかやり残したこととかあったら今のうちに済ませた方が良さそうだな」
そう口を開いたのは陣屋だ。
陣屋の言葉にぴくりと周子が反応したが、全ての発言に噛み付くわけでもないらしい。「そうだね」と周子は静かに目を伏せる。
ヘイト管理云々を抜きにして、陣屋の言葉には一理あった。
「そうだな、階層移動した先で戻れなくなる可能性はあるだろうし」
「やり残したことな。……俺は別に思いつかねえけど」
俺の言葉に考えるように顎を撫でる進藤だったが、やがて思い出したようにこちらを見るのだ。
「なあ右代。お前は大丈夫なのか」
「大丈夫って、なにが」
「なにって、あいつのことに決まってんだろ」
あいつ、と敢えてかわざとか名前を出さない進藤だったが、俺にはそれが誰を指しているのか分かった。
――旭陽太。
今のところ、まだあいつは図書室に顔を出していない。場所が分からないわけではないはずだ。それでも今の今まで姿を眩ませているということは、つまりはそういうことなのだろう。
あいつは、俺達についてくるつもりはない。
そう言ってるにも等しい。そんなやつのことをなぜ俺が心配しなければならないのか。
「右代、お前顔に出過ぎ」
「……あいつのことは忘れろ」
「本当にいいのか? このまま置いていったりして。もしかしたらこのまま一生閉じ込められるかもしれねーんだぞ」
進藤にしては珍しく真剣なトーンだった。
いつどこで死ぬかもしれないこの場所で、ただでさえ負傷している陽太が一人で生きて脱出できる可能性は高くはないはずだ。
つまり、見殺しにする。そういうことになる。
「……右代君」
「うるせえよ、そもそもあいつが来てねえんだから俺が知るかよ」
それに、最悪あいつを見つけ出したとして木賀島の二の舞になってみろ。
もう俺にはあいつがなにをしでかすか分からない。あいつの方から俺の手元を離れたのだ。
それなのになぜ俺が薄情なやつ扱いされているのかと思うと腹立たしい。
それに、と俺は座り込んだままの金髪頭を見下ろす。血液が固まってところどころ変色したその髪。
今のこいつと陽太を突き合わせてみろ、それこそ考えたくもない。
「旭陽太か」
そんな中、わざわざ伏せていた名前を口にする陣屋に思わず舌打ちが出た。
「お前には関係ねえだろ」
「まあな。けど、手紙でも残しておけばいいんじゃないか。……殺す気がないんならな」
「……お前な」
「手紙か、いいじゃないか。右代君。それなら、後から旭君が見たときに伝わるし」
なんでお前が賛成してんだよ、と周子を睨む。
陣屋の提案はあくまでも俺が余計な罪悪感を抱え込まなくていいようにというまさに『気休め』のようなものだ。そのあともしどこかで陽太のやつが野垂れ死にしようが、俺は手紙を出したという免罪符にしかならない。
「必要ねえよ、あいつなら勝手にすんだろ」
「右代君……じゃあ、僕が代わりに書くよ」
「ああ?」
「それだったらいいんじゃないか」
「……ッ、……」
この能天気馬鹿が、と喉元まで出かけて、深いため息になる。
「……ッ、勝手にしろ」
「うん、そうさせてもらうよ」
「……」
お前だってあいつに殺されかけたんだぞ、と周子を睨むが、あいつはこちらの視線に気にすることなくそそくさと紙とペンを取りに図書室のカウンターへと向かっていた。そのあとを追いかける気にもならなかった。
「周子のやつ、真面目だよなあ本当」
「進藤」と進藤を睨み、カウンターの方へと視線を向ける。俺が言わんとしていることに気付いたようだ。
「分かった分かった。……ちょーっと、様子見てくるな。……ったく、右代も心配性だよな」
「心配してねえよ。……あいつ一人でなにかがあったら面倒だからだ」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
毎回余計な一言が多いんだよ、お前は。
周子の後を追ってその場を後にする進藤。それを尻目に、「俺も図書室の様子をもう一度見てこよう」と陣屋は口を開いた。
「一人でか?」
「ああ。お前もくるか」
「行かねえ」
「換気が終わったら呼んでくれ」
本当に自己中な野郎だな。
最初から俺が来ると思ってなかったのだろう、あっさりと引き下がった陣屋はそのまま後にする。
そもそも、こんな状態の木賀島から目を離すなと言ったのはあの男自身なのだから。
これも敢えて聞いたのだとすれば、余計癪に障る男だ。
蹲っていた周子は、俺達が戻ってきたのを見て顔を上げる。そして真っ直ぐにこちらへと歩いてきた。
「右代君」
「……あの換気扇はなんだ」
「僕たちにもよくわからないけど、あれが動いている間は扉は開かないみたいだ」
「……」
周子の言葉を聞いて、学習室の扉の方へと歩いていく。言われた通り、ドアはロックされているようだ。
「わざわざご丁寧な真似してくれるな」
「だから、それまで少し待とうって話になって……」
木賀島の横には進藤がついているようだ。床の上、座り込んだ木賀島の顔はここからは見えない。
代わりに、俺の視線に気付いた進藤が「まあ、そういうことだ」と手を振った。
「……それまでは、どちらにせよここからは動けないし」
「なにかやり残したこととかあったら今のうちに済ませた方が良さそうだな」
そう口を開いたのは陣屋だ。
陣屋の言葉にぴくりと周子が反応したが、全ての発言に噛み付くわけでもないらしい。「そうだね」と周子は静かに目を伏せる。
ヘイト管理云々を抜きにして、陣屋の言葉には一理あった。
「そうだな、階層移動した先で戻れなくなる可能性はあるだろうし」
「やり残したことな。……俺は別に思いつかねえけど」
俺の言葉に考えるように顎を撫でる進藤だったが、やがて思い出したようにこちらを見るのだ。
「なあ右代。お前は大丈夫なのか」
「大丈夫って、なにが」
「なにって、あいつのことに決まってんだろ」
あいつ、と敢えてかわざとか名前を出さない進藤だったが、俺にはそれが誰を指しているのか分かった。
――旭陽太。
今のところ、まだあいつは図書室に顔を出していない。場所が分からないわけではないはずだ。それでも今の今まで姿を眩ませているということは、つまりはそういうことなのだろう。
あいつは、俺達についてくるつもりはない。
そう言ってるにも等しい。そんなやつのことをなぜ俺が心配しなければならないのか。
「右代、お前顔に出過ぎ」
「……あいつのことは忘れろ」
「本当にいいのか? このまま置いていったりして。もしかしたらこのまま一生閉じ込められるかもしれねーんだぞ」
進藤にしては珍しく真剣なトーンだった。
いつどこで死ぬかもしれないこの場所で、ただでさえ負傷している陽太が一人で生きて脱出できる可能性は高くはないはずだ。
つまり、見殺しにする。そういうことになる。
「……右代君」
「うるせえよ、そもそもあいつが来てねえんだから俺が知るかよ」
それに、最悪あいつを見つけ出したとして木賀島の二の舞になってみろ。
もう俺にはあいつがなにをしでかすか分からない。あいつの方から俺の手元を離れたのだ。
それなのになぜ俺が薄情なやつ扱いされているのかと思うと腹立たしい。
それに、と俺は座り込んだままの金髪頭を見下ろす。血液が固まってところどころ変色したその髪。
今のこいつと陽太を突き合わせてみろ、それこそ考えたくもない。
「旭陽太か」
そんな中、わざわざ伏せていた名前を口にする陣屋に思わず舌打ちが出た。
「お前には関係ねえだろ」
「まあな。けど、手紙でも残しておけばいいんじゃないか。……殺す気がないんならな」
「……お前な」
「手紙か、いいじゃないか。右代君。それなら、後から旭君が見たときに伝わるし」
なんでお前が賛成してんだよ、と周子を睨む。
陣屋の提案はあくまでも俺が余計な罪悪感を抱え込まなくていいようにというまさに『気休め』のようなものだ。そのあともしどこかで陽太のやつが野垂れ死にしようが、俺は手紙を出したという免罪符にしかならない。
「必要ねえよ、あいつなら勝手にすんだろ」
「右代君……じゃあ、僕が代わりに書くよ」
「ああ?」
「それだったらいいんじゃないか」
「……ッ、……」
この能天気馬鹿が、と喉元まで出かけて、深いため息になる。
「……ッ、勝手にしろ」
「うん、そうさせてもらうよ」
「……」
お前だってあいつに殺されかけたんだぞ、と周子を睨むが、あいつはこちらの視線に気にすることなくそそくさと紙とペンを取りに図書室のカウンターへと向かっていた。そのあとを追いかける気にもならなかった。
「周子のやつ、真面目だよなあ本当」
「進藤」と進藤を睨み、カウンターの方へと視線を向ける。俺が言わんとしていることに気付いたようだ。
「分かった分かった。……ちょーっと、様子見てくるな。……ったく、右代も心配性だよな」
「心配してねえよ。……あいつ一人でなにかがあったら面倒だからだ」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
毎回余計な一言が多いんだよ、お前は。
周子の後を追ってその場を後にする進藤。それを尻目に、「俺も図書室の様子をもう一度見てこよう」と陣屋は口を開いた。
「一人でか?」
「ああ。お前もくるか」
「行かねえ」
「換気が終わったら呼んでくれ」
本当に自己中な野郎だな。
最初から俺が来ると思ってなかったのだろう、あっさりと引き下がった陣屋はそのまま後にする。
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