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第六章『山邊先生の更生指導室』
01
しおりを挟む目の前で人が死んだ。
これはなにかドッキリのセットで、目の前で転がっているこの篠山の死体も全て作り物なのではないか――誰もがそう思っていただろう。
今まで何度も死にそうな目に遭ったが、それでもここまで生き延びてこれた。
だから今回もなんとかゲームをクリアしてこの学習室を抜け出せると思っていた。
けれど、現実はどうだ。
これでわかった。確定してしまった。
俺達の命はこの悪趣味なゲームの主催者の手の上だと。
ずっとここにいるわけにはいかない。
学習室の毒ガスがなくなるのを待ってから学習室に足を踏み入れるということで一旦落ち着いた。
けれど、実際はなにも解決していない。
「……」
学習室の扉のロックが外れるまで待った。
誰しもが疲れたような顔をしている――あの男を除いて。
陣屋を盗み見たとき、不意にガラス越しに中の様子を探っていたやつと目があった。
陣屋は目を逸らすことなく、無言で顎をしゃくる。……どうやら話があるようだ。
おしゃべりする気分ではないが、ここでじっとしている時間は堪えられたものではない。俺はそのまま図書室の貸し出しカウンターの方へと歩いていく陣屋を見送ったあと、やや間を空けて学習室から離れた。
――図書室・貸し出しカウンター。
一足先にカウンターまでやってきていた陣屋は、適当な椅子に腰をかけてその足を組んで座っていた。
陣屋は現れた俺を確認するなり、無言で隣の椅子をとんとんと叩く。命令されているようでムカついたので俺は敢えてその椅子に座らず、やつの前に立った。
「……なんだよ」
「ここだったら話して大丈夫だったな」
「ああ」
「さっきのゲーム、お前はどう思った?」
「……どうって、どうもこうもねえだろ。なにが言いたいんだ」
「ここに来るまで、俺たちに課せられたルールは死ぬ可能性はあるがクリアできるようなものだったよな」
確かに、一番最初に目を覚ました音楽室から始まり科学室、技術室と散々な目に遭ったがなんとかやってきた。どうやら陣屋は俺と同じ違和感を抱いたのだろう。
「……けど、さっきのは明らかにプレイヤーを殺すつもりだった」
「パズルのピースが欠けていたものか」
「パスワードは分かるようになっていたが、それでもどちらにせよ一人犠牲にならなければならないようなルールを用意するなんて今まではなかったはずだ」
「……何が言いたい?」
「恐らく、この主催者には別の意図があったんじゃねえかって話だ。――そして、篠山はそれに利用された」
陣屋の言葉は聞いてて気持ちのいいものではなかった。
それはつまり、
「――まだゲームは終わってないってことか?」
陣屋は少しだけ考えているようだった。
そして、こちらを真っ直ぐに見据える。何を考えているのかいまいち分かりにくいその目が突き刺さる。
「どちらにせよ、あの場で俺があのゲームに出ようとしても篠山は代打を打って出ていただろうな」
「……なんでそう言い切れる?」
「篠山自身がそう選ぶようにあの手この手で扇動していたはずだ。でなければ、俺や他のやつらがあのガス部屋で死んだとしても『意味がない』からだ」
お前になにがわかるのだ。そう言い返してやりたかったが、今起こせば図書室に来てからずっと篠山の様子がおかしかったのはわかった。
――それに、あの日記。
まるで篠山の不安を煽るものや思い出したくもない記憶を刺激するような仕掛けを仕込んできたのも間違いなく主催者だ。
けれど、だとすれば。
「篠山類が死んで、一番ダメージを食らっているのは誰だ?」
陣屋の言葉に思わず舌打ちが漏れた。
脳裏に浮かんだのは木賀島の顔だ。
――この中で一番篠山と仲良かった木賀島だ。
「お前は、これがあいつへの――木賀島への復讐かなにかだっていうつもりか?」
最低な思考が過り、胃が締め付けられるような胸糞の悪さだった。
陣屋は「だろうな」と静かに頷いた。
「今ここにいる連中を見て、篠山だけが浮いていた。お前らはともかく、篠山のやつは悪い噂は聞かなかったからな。寧ろ被害者側だ」
「……」
「運良くここまで生き残っていた篠山を確実に振り落とすつもりだったんだろうな。それか、これ以上生き残っていられたらこの先でなにか不都合なことがあるのか」
そんな身勝手な理由で人を殺せるのか――いや、殺せる。ここまでご丁寧に仕込むような執念深いやつだ。少なくとも、俺たちが苦しむ様を見て嗤いたいという変態ならばそれくらい朝飯前なのだろう。
無意識に拳に力が入る。躙りしめた掌に爪が食い込んだ。
「木賀島に気をつけろ」
「次になにかされるとしたら、今一番不安定になっているあいつだ」と陣屋は静かに続けた。
まるで自分の態度は棚に上げ、偉そうに忠告してきやがる目の前の男に呆れ果てて思わず言葉に詰まった。
「……そう思うんだったら煽るような真似をするなよ」
「あのままだったら木賀島那智は暴走してただろ。ヘイトを俺に向けていた方がお前もやりやすいだろ」
「っ、お前……」
まさか最初からわざと木賀島に目を付けられるような真似をしていたのか。
目を見張る俺に、陣屋は「あいつの真似だがな」と冷ややかに吐き捨てるのだ。そこで俺は普段からわざと敢えて陽太を怒らせるような態度を取っていた木賀島のことを思い出す。
……ヘイト管理なんて、誰も頼んでねえことしやがって。
「木賀島になにかあるか、俺があいつに殺されるか――お前次第だな」
「んなこと人に頼むな。……周子とかに言えばいいだろ」
そうだ、何故いちいち俺に言うのだ。
言い返せば、陣屋はどこか遠くを見つめたまま「あいつは駄目だ」と呟いた。
「アドリブも下手くそだし打たれ弱い。下手すりゃ火に油を注ぐことになる」
「けど、さっきのあいつらを見て思った。……お前は何を見ても動じない」俺のなにを知ってるのか。そんなことを言い出す陣屋の言葉にムカついたが、否定するのも面倒だった。
あいつが死ぬところを見て何も感じなかったわけではない。ただ、恐らく自分が考えている以上に痛覚が鈍っている……そんな気はした。
「……進藤は。あいつも落ち着いてただろ」
「あいつは何考えているかわかりにくい」
「俺だって、」
「お前は分かりやすい」
「全部顔に出てるからな」と遮るように答える陣屋にムカついた。なにより、否定することは肯定してるようなものだ。そんな俺を見て、ほらな、と陣屋は呟くのだ。
「とにかく、あいつから目を離すなよ」
「おい、まだ話は……」
「俺は終わった。これ以上二人だけ抜けていたら変に勘繰られる。お前は先に戻ってろ」
「……命令すんじゃねえよ」
「精々上手くやれよ」
なんなんだ、この男は。
どこまでも自分本位な男がムカついたが、これも作戦の内だとでもいうのか。だとしてもこいつのこういう態度は好きになれないな、と改めて思った。
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