モノマニア

田原摩耶

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いつだってそれは付き纏う。

誰がため

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 今日、生徒会室で生徒会役員たちとの顔合わせがある。
 とは言っても、人気投票で選ばれたやつらばっかだから大体わかるんだけどね。
 行く必要はないかと思ったんだけどなんか大切な話とかあるかもしれないから取り敢えず俺は自室を出た。
「おはようございます」と、同時に扉の横から聞きなれた柔らかい声。
 つられて振り向けば、そこには背の高い無造作な茶髪の生徒が立っていた。顔は童顔寄りの美青年。

「純、なにやってんの」
「なにって、生徒会会計・仙道京様の警護に決まってるじゃないですか」
「なにその敬語」
「親衛隊長なるもの我らが仙道様を敬うのは当たり前です」
「なに、とうとう頭おかしくなっちゃったの?うけるー」

 あまりにも慣れない敬語を使うものだから変に裏返る純こと佐倉純を指さし笑えば、眉を寄せた純は「指をさすな指を」とやっと敬語をやめる。

「人が護ってやるって言ってるのに、なんだよその態度は」
「なにって、ねえ?つかなにその護るって、親衛隊ってなに?」
「親衛隊は親衛隊だろ。今日から俺が仙道さんを護るから」
「はい意味わかんなーい」

 話が見えないとはまさにこのことか、ただでさえ回らない頭が謎かけみたいな純の言葉で混乱しまくってる。

「つかさ、まず俺が君に護られる意味がわかんない。俺が君に護られなきゃならないような弱っちょろいやつに見えんの?」

 なるべく感情を声に出さないようにしながら尋ねれば、純は首を振る。

「まあ、仙道さん細いですし生白いですし。仙道さんのこと知らないやつらは勘違いするんじゃないんですかねえ?」
「ふーん、一応鍛えてんだけどなあ」
「わかってますよ、それくらい。何度もサンドバッグにされたんですから」
「だったら護るとかそーいうのやめてくんないかな。虫酸走っちゃうから」
「別に仙道さん怒らせたくて言ってるわけじゃないんですよ」
「結果的に俺は頭にきてんだけどなあ」
「それは……謝ります。すみません」

 そういって躊躇いもなく90゜頭を下げる純の後頭部を睨む。顔を上げた純と目があった。……まっすぐな目。

「皆心配してるんですよ」
「なにがぁ?」
「仙道さんが生徒会に入ったこと」
「ふーん」
「ミーハーな連中の間で早速仙道さんが噂になってるそうです。今まで仙道さんはずっと舞台に上がらなかったじゃないですか。だから余計注目を浴びて」
「へえ」
「ただでさえ生徒会に入ったら人目に晒される機会が増える。だから、せめて俺らでなんとかして…」

 黙って聞いてようと思ったけど、思ったより俺の気は長くないらしい。純の言葉を遮るように、俺は純の顔の真横――壁に手を着いた。思いの外大きな音が鳴り、びくりと跳ねた純は怯えた顔で俺を見上げる。それをほだすように俺は笑顔を浮かべた。

「なんとかってなに?まさか、俺が素人相手にあっさり襲われるとでも言うわけないよね?しかもなに?俺を護る?無理無理寝言は夢で言ってよ。――だってさ、君、一度も俺に勝ったことないじゃん」
「そ、それは……」
「ねえ、純、君が俺のことを心配してくれてるのはよーくわかるよ、うん、わかる。正直嬉しいし泣いちゃいそうだけどさ、俺は君たちに心配される程落ちぶれたつもりはないからね。そーいうの、逆に傷ついちゃうわけ」
「ですが、総長」
「純」

 悲しそうな顔をして唸る純の整った唇に人差し指を押し付け、無理矢理黙らせる。

「俺、今会計だから」

 そう薄く微笑めば、緊張した純は「失礼しました」と慌てて謝罪を口にする。
 総長、なんていつもは口にしないくせに。俺の機嫌を伺うときばかりそう呼んで。ああほんと、ずるい。

「とにかく、純たちが騒ぐことじゃないからさ。ただ名前の上に生徒会会計ってつくだけだし、自分の身くらい自分で護れるから」
「……」
「つーか、襲われる前提で話されるとなんかすっげえ自惚れみたいで恥ずかしいから止めてね?」
「……はい」

 相変わらず純の表情は堅いが、俺に逆らう気はないらしい。「わかりました」と続ける純に背伸びした俺はそのままいい子いい子と頭を撫でてやる。
 純はさらに緊張した。たんこぶでもあったのだろうか。

「ですが、俺たちの力が必要なときはいつでも言ってください。皆、仙道さんのためならなにする覚悟もしてますから」
「あのさあ、純、さっきから思ったんだけど君なんかここを戦場かなんかと勘違いしてない?いっとくけどここはあそことは違うからね」

 そう、敵も味方もわからないあの場所とは違う。この学園は、この監獄では敵も味方も派党もわかりやすいくらいハッキリしていた。――その分、向けられる敵意もよくわかる。

「そう、っすかね」
「そうだよ」
「俺は変わらない気がします。例の新生徒会メンバーの中にも、俺たちと同じ匂いがするやつが……」

 そう、苦虫を噛み潰したような顔をした純が続けたときだった。人気のない廊下に静かな足音が響く。誰か来たようだ。
「純君、ストップ。そこまで」咄嗟に身構える純を制し、向き直れば純は背筋を伸ばした。

「俺はこれから生徒会メンバーと顔合わせがあるから行くよ」
「わかりました」
「着いてこないでよね」

 背筋は伸びたままだが返事はない、どうやら反抗期らしい。舐められたものだ。だけど一々叱る気にもなれなかった。
 一生懸命純を教育していたのはもう昔の話だ。今の俺には他人を教育する資格はない。
 無視されたしこちらも無視して踵を返したとき、ふと疑問が頭に残る。気になって純を振り返った。

「ねえ、純」
「はい」
「親衛隊ってどうやってつくんの?」
「どうって、チームと変わりませんよ。同志のやつら人数集めて入ったやつはチームを名乗り、組織のルールを守って頭の命令で動く。守れないやつは即破門」
「ふーん。よく集まったね」
「仙道さんのこと追い掛けてきたのは俺だけじゃないってことですよ」

 少しだけ誇らしげな笑みを浮かべる純に俺はなんとなく言葉をなくした。純の言葉に喜んでいる自分にあきれたのだ。
 仲間一人すら守れなかった俺が、それでもついてきてくれた仲間というのに優越感に浸っている。
 ――馬鹿馬鹿しい。俺にはもう上に立つ資格はない。

「ああ、でもひとつだけチームとは違うことがありますね」

 そんな俺の心境を悟ったかのようなタイミングで口を開く純に目を向ければ純は小さく口角を持ち上げ控えめな笑みを浮かべる。

「親衛隊の頭は仙道さんじゃなくて俺ですから」
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