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いつだってそれは付き纏う。
二人の日常
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背中に当たったコンクリートの硬く冷たい感触に、焼けたようにひりつき痛む肌に触れるやつの力強い手。
覆い被さってくるシルエットに、充満した噎せ返る程の鉄の臭い。辺りに転がる、ついさっきまで馬鹿やって騒いでた友人たちの体。
息が詰まりそうな程の、恐怖。
夏になると思い出す。そしてそれは夢となり俺の心を確かに蝕んでくる。
――ほら、また。
じぐりじくりと体のどこかが軋み始めるのを感じながら、俺は鉛のように重い瞼を無理矢理こじ開け強制的に脳裏に浮かび上がる映像を終了させる。
【いつだってそれは付き纏う】
朝からやな夢みて気分は最悪。
制服に着替えたのはいいけど動く気になれなくて俺はベッドに腰を下ろしたままぼんやりと自分の手を眺めていた。
手首に走った一本のミミズのような傷口。
これ以上その傷はもう消えないだろうと医者に言われたのを思い出す。
リスカみたい。
なんて思いながら傷を指でなぞったとき、不意に、自室の扉が開く。
「京」
そして聞こえてきた、愛しい愛しい心地のいい声。
顔を上げれば、そこにはルームメイトの敦賀真言が立っていた。
「マコちゃん、おかえり」
「ああ、ただいま。……じゃなくて、どういうことだ。これは」
黒い髪にフレームの細い眼鏡。
ズカズカと目の前までやってきたマコちゃんは怖い顔をしたままそれを突き出した。
『今年度新生徒会メンバー』と大きく書かれたその薄っぺらな紙の会計の欄には『仙道京』とちょうかっこいい名前が書かれているではないか。まあ俺だけど。
「お前、なんで生徒会に入ってんだよ」
「なんでって、頼まれたから?」
「だからって、なんでよりによって会計なんだ。お前計算駄目だったろ」
怖い顔のまま責めてくるマコちゃんに気圧される。
俺だってそれは思う、なんで会計なんだって。しかしまあ、総選挙の投票で選ばれてしまったのだから仕方ない。まあ、拒否も出来たんだけどね。
「電卓打つのは得意だよー」
「なら風紀になれ。風紀にも会計はある」
「やだよ、俺なんか風紀のやつらに目の敵にされてるし」
「それは京が服装違反をするからだ」
言いきるマコちゃん。
これくらい普通なのになあ、なんて思いながら二段開けたシャツの襟をつい、と引っ張ってみた。胸元が大きく露出して、うわやべ乳首見えたとか思いながら手を離せばマコちゃんは慌てて顔を逸らす。耳が真っ赤。
風紀委員じゃ鬼の委員長とか言われてるくせに、こういうのは苦手な可愛い可愛い委員長様。
「マコちゃんのえっち。今俺の乳首みたでしょ」
「バカ、お前が勝手にしたんだろっ」
声が震えてる。本当にそんなつもりはないのだろう。変に純情なマコちゃんの性格は嫌いではない。
……むしろ、今の俺には有り難かった。
「とにかく、今からでも遅くはない。辞退しろ」
でも、しつこいマコちゃんは嫌い。
「やだ」
「なぜだ」
「だって、生徒会の特典ほしーし」
そうはっきりとした口調で続ければマコちゃんは押し黙る。
顔面には相変わらずの仏頂面、納得半分不満半分。
「マコちゃんはさ、心配し過ぎなんだって」
「…当たり前だ。お前に会計が務まるはずがない」
あまりにもしつこいマコちゃんに「浮気ならしないから安心して」と笑えば、マコちゃんはぎょっとする。
構わず、俺はマコちゃんの大きな手を握り締めた。相変わらず、固い指。
「俺はそういうことを言ってるんじゃない」
「え、じゃあなに。浮気していーの?」
「ちっ違う!駄目に決まっているだろう!」
つられて大きな声を出すマコちゃんは取り乱す自分にはっとして顔を赤くする。あまりにも動揺したマコちゃんが可愛くて嬉しくてつい俺は頬を弛めた。
「なら、信じてよ」
「……京」
「ちょっと忙しくなるかもだけど、マコちゃんと遊ぶ時間はちゃんと作るからさ」
にぎにぎとマコちゃんの手を握り締めれば、相変わらず不服そうだったマコちゃんは仏頂面のままそっと握り返してくる。
「……なにかあったらすぐに言えよ。無茶だけはするな」
「うん」
「あと、先生方に迷惑をかけるなよ。ただでさえお前は目立つんだから」
「うん」
「それと、お前ボタン一つ止めろ」
「……マコちゃんのえっち」
「ち、違う!断じて違う!目の前でお前がちらちら動くから悪いんだ!みたくて見たわけではない!」
いじったらすぐムキになるマコちゃんはからかい甲斐がある。
「……見たくないの?」
そうシャツの襟に手をかけ、くいっと指を引っ掻けてみせればつられて俺の胸元に目を向けたマコちゃんはごくりと固唾を飲み、そしてタコみたいに真っ赤になって俺に背中を向けた。
「お前のそういうところ、嫌いだ」
「俺はマコちゃんのそーいうとこ、好きだよ」
マコちゃんとはこの学園に転入したときからのルームメイトで、まあ、そういう関係だったりする。
と言ってもセックスもしたことないしまともに告白したわけでもない。友達以上恋人未満という妙なラインをキープした感じだろうか。
俺はマコちゃんが大好きだし、マコちゃんもきっと俺が好き。そんなよくわからない関係。でも、俺はこの中途半端な立ち位置は嫌いじゃなかった。
覆い被さってくるシルエットに、充満した噎せ返る程の鉄の臭い。辺りに転がる、ついさっきまで馬鹿やって騒いでた友人たちの体。
息が詰まりそうな程の、恐怖。
夏になると思い出す。そしてそれは夢となり俺の心を確かに蝕んでくる。
――ほら、また。
じぐりじくりと体のどこかが軋み始めるのを感じながら、俺は鉛のように重い瞼を無理矢理こじ開け強制的に脳裏に浮かび上がる映像を終了させる。
【いつだってそれは付き纏う】
朝からやな夢みて気分は最悪。
制服に着替えたのはいいけど動く気になれなくて俺はベッドに腰を下ろしたままぼんやりと自分の手を眺めていた。
手首に走った一本のミミズのような傷口。
これ以上その傷はもう消えないだろうと医者に言われたのを思い出す。
リスカみたい。
なんて思いながら傷を指でなぞったとき、不意に、自室の扉が開く。
「京」
そして聞こえてきた、愛しい愛しい心地のいい声。
顔を上げれば、そこにはルームメイトの敦賀真言が立っていた。
「マコちゃん、おかえり」
「ああ、ただいま。……じゃなくて、どういうことだ。これは」
黒い髪にフレームの細い眼鏡。
ズカズカと目の前までやってきたマコちゃんは怖い顔をしたままそれを突き出した。
『今年度新生徒会メンバー』と大きく書かれたその薄っぺらな紙の会計の欄には『仙道京』とちょうかっこいい名前が書かれているではないか。まあ俺だけど。
「お前、なんで生徒会に入ってんだよ」
「なんでって、頼まれたから?」
「だからって、なんでよりによって会計なんだ。お前計算駄目だったろ」
怖い顔のまま責めてくるマコちゃんに気圧される。
俺だってそれは思う、なんで会計なんだって。しかしまあ、総選挙の投票で選ばれてしまったのだから仕方ない。まあ、拒否も出来たんだけどね。
「電卓打つのは得意だよー」
「なら風紀になれ。風紀にも会計はある」
「やだよ、俺なんか風紀のやつらに目の敵にされてるし」
「それは京が服装違反をするからだ」
言いきるマコちゃん。
これくらい普通なのになあ、なんて思いながら二段開けたシャツの襟をつい、と引っ張ってみた。胸元が大きく露出して、うわやべ乳首見えたとか思いながら手を離せばマコちゃんは慌てて顔を逸らす。耳が真っ赤。
風紀委員じゃ鬼の委員長とか言われてるくせに、こういうのは苦手な可愛い可愛い委員長様。
「マコちゃんのえっち。今俺の乳首みたでしょ」
「バカ、お前が勝手にしたんだろっ」
声が震えてる。本当にそんなつもりはないのだろう。変に純情なマコちゃんの性格は嫌いではない。
……むしろ、今の俺には有り難かった。
「とにかく、今からでも遅くはない。辞退しろ」
でも、しつこいマコちゃんは嫌い。
「やだ」
「なぜだ」
「だって、生徒会の特典ほしーし」
そうはっきりとした口調で続ければマコちゃんは押し黙る。
顔面には相変わらずの仏頂面、納得半分不満半分。
「マコちゃんはさ、心配し過ぎなんだって」
「…当たり前だ。お前に会計が務まるはずがない」
あまりにもしつこいマコちゃんに「浮気ならしないから安心して」と笑えば、マコちゃんはぎょっとする。
構わず、俺はマコちゃんの大きな手を握り締めた。相変わらず、固い指。
「俺はそういうことを言ってるんじゃない」
「え、じゃあなに。浮気していーの?」
「ちっ違う!駄目に決まっているだろう!」
つられて大きな声を出すマコちゃんは取り乱す自分にはっとして顔を赤くする。あまりにも動揺したマコちゃんが可愛くて嬉しくてつい俺は頬を弛めた。
「なら、信じてよ」
「……京」
「ちょっと忙しくなるかもだけど、マコちゃんと遊ぶ時間はちゃんと作るからさ」
にぎにぎとマコちゃんの手を握り締めれば、相変わらず不服そうだったマコちゃんは仏頂面のままそっと握り返してくる。
「……なにかあったらすぐに言えよ。無茶だけはするな」
「うん」
「あと、先生方に迷惑をかけるなよ。ただでさえお前は目立つんだから」
「うん」
「それと、お前ボタン一つ止めろ」
「……マコちゃんのえっち」
「ち、違う!断じて違う!目の前でお前がちらちら動くから悪いんだ!みたくて見たわけではない!」
いじったらすぐムキになるマコちゃんはからかい甲斐がある。
「……見たくないの?」
そうシャツの襟に手をかけ、くいっと指を引っ掻けてみせればつられて俺の胸元に目を向けたマコちゃんはごくりと固唾を飲み、そしてタコみたいに真っ赤になって俺に背中を向けた。
「お前のそういうところ、嫌いだ」
「俺はマコちゃんのそーいうとこ、好きだよ」
マコちゃんとはこの学園に転入したときからのルームメイトで、まあ、そういう関係だったりする。
と言ってもセックスもしたことないしまともに告白したわけでもない。友達以上恋人未満という妙なラインをキープした感じだろうか。
俺はマコちゃんが大好きだし、マコちゃんもきっと俺が好き。そんなよくわからない関係。でも、俺はこの中途半端な立ち位置は嫌いじゃなかった。
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