モノマニア

田原摩耶

文字の大きさ
上 下
2 / 85
いつだってそれは付き纏う。

二人の日常

しおりを挟む
 背中に当たったコンクリートの硬く冷たい感触に、焼けたようにひりつき痛む肌に触れるやつの力強い手。
 覆い被さってくるシルエットに、充満した噎せ返る程の鉄の臭い。辺りに転がる、ついさっきまで馬鹿やって騒いでた友人たちの体。
 息が詰まりそうな程の、恐怖。
 夏になると思い出す。そしてそれは夢となり俺の心を確かに蝕んでくる。
 ――ほら、また。
 じぐりじくりと体のどこかが軋み始めるのを感じながら、俺は鉛のように重い瞼を無理矢理こじ開け強制的に脳裏に浮かび上がる映像を終了させる。


【いつだってそれは付き纏う】


 朝からやな夢みて気分は最悪。
 制服に着替えたのはいいけど動く気になれなくて俺はベッドに腰を下ろしたままぼんやりと自分の手を眺めていた。
 手首に走った一本のミミズのような傷口。
 これ以上その傷はもう消えないだろうと医者に言われたのを思い出す。
 リスカみたい。
 なんて思いながら傷を指でなぞったとき、不意に、自室の扉が開く。

「京」

 そして聞こえてきた、愛しい愛しい心地のいい声。
 顔を上げれば、そこにはルームメイトの敦賀真言が立っていた。

「マコちゃん、おかえり」
「ああ、ただいま。……じゃなくて、どういうことだ。これは」

 黒い髪にフレームの細い眼鏡。
 ズカズカと目の前までやってきたマコちゃんは怖い顔をしたままそれを突き出した。
『今年度新生徒会メンバー』と大きく書かれたその薄っぺらな紙の会計の欄には『仙道京』とちょうかっこいい名前が書かれているではないか。まあ俺だけど。

「お前、なんで生徒会に入ってんだよ」
「なんでって、頼まれたから?」
「だからって、なんでよりによって会計なんだ。お前計算駄目だったろ」

 怖い顔のまま責めてくるマコちゃんに気圧される。
 俺だってそれは思う、なんで会計なんだって。しかしまあ、総選挙の投票で選ばれてしまったのだから仕方ない。まあ、拒否も出来たんだけどね。

「電卓打つのは得意だよー」
「なら風紀になれ。風紀にも会計はある」
「やだよ、俺なんか風紀のやつらに目の敵にされてるし」
「それは京が服装違反をするからだ」

 言いきるマコちゃん。
 これくらい普通なのになあ、なんて思いながら二段開けたシャツの襟をつい、と引っ張ってみた。胸元が大きく露出して、うわやべ乳首見えたとか思いながら手を離せばマコちゃんは慌てて顔を逸らす。耳が真っ赤。
 風紀委員じゃ鬼の委員長とか言われてるくせに、こういうのは苦手な可愛い可愛い委員長様。

「マコちゃんのえっち。今俺の乳首みたでしょ」
「バカ、お前が勝手にしたんだろっ」

 声が震えてる。本当にそんなつもりはないのだろう。変に純情なマコちゃんの性格は嫌いではない。
 ……むしろ、今の俺には有り難かった。

「とにかく、今からでも遅くはない。辞退しろ」

 でも、しつこいマコちゃんは嫌い。

「やだ」
「なぜだ」
「だって、生徒会の特典ほしーし」

 そうはっきりとした口調で続ければマコちゃんは押し黙る。
 顔面には相変わらずの仏頂面、納得半分不満半分。

「マコちゃんはさ、心配し過ぎなんだって」
「…当たり前だ。お前に会計が務まるはずがない」

 あまりにもしつこいマコちゃんに「浮気ならしないから安心して」と笑えば、マコちゃんはぎょっとする。
 構わず、俺はマコちゃんの大きな手を握り締めた。相変わらず、固い指。

「俺はそういうことを言ってるんじゃない」
「え、じゃあなに。浮気していーの?」
「ちっ違う!駄目に決まっているだろう!」

 つられて大きな声を出すマコちゃんは取り乱す自分にはっとして顔を赤くする。あまりにも動揺したマコちゃんが可愛くて嬉しくてつい俺は頬を弛めた。

「なら、信じてよ」
「……京」
「ちょっと忙しくなるかもだけど、マコちゃんと遊ぶ時間はちゃんと作るからさ」

 にぎにぎとマコちゃんの手を握り締めれば、相変わらず不服そうだったマコちゃんは仏頂面のままそっと握り返してくる。

「……なにかあったらすぐに言えよ。無茶だけはするな」
「うん」
「あと、先生方に迷惑をかけるなよ。ただでさえお前は目立つんだから」
「うん」
「それと、お前ボタン一つ止めろ」
「……マコちゃんのえっち」
「ち、違う!断じて違う!目の前でお前がちらちら動くから悪いんだ!みたくて見たわけではない!」

 いじったらすぐムキになるマコちゃんはからかい甲斐がある。

「……見たくないの?」

 そうシャツの襟に手をかけ、くいっと指を引っ掻けてみせればつられて俺の胸元に目を向けたマコちゃんはごくりと固唾を飲み、そしてタコみたいに真っ赤になって俺に背中を向けた。

「お前のそういうところ、嫌いだ」
「俺はマコちゃんのそーいうとこ、好きだよ」

 マコちゃんとはこの学園に転入したときからのルームメイトで、まあ、そういう関係だったりする。
 と言ってもセックスもしたことないしまともに告白したわけでもない。友達以上恋人未満という妙なラインをキープした感じだろうか。
 俺はマコちゃんが大好きだし、マコちゃんもきっと俺が好き。そんなよくわからない関係。でも、俺はこの中途半端な立ち位置は嫌いじゃなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

処理中です...