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第四章【モンスターパニック】
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「し、白梅さん……っ! あの、お酒、これもらいます……っ! だからあの、ありがとうございました」
このままではなんだか厄介なことになりそうな空気を察知した俺は、慌ててそう白梅に頭を下げる。先程まで巳亦を睨んでいた目とは打って変わって、「おや」と白梅はにこりと微笑む。
「構いませんのよ、曜殿だったらいくらでも選んでもらっても」
「え? あ、でも……流石に申し訳ないというか……」
先程のお酒がどれほどまで上等のものか分からない俺からしてみれば、正直こうして喜んでもらえるだけで充分だった。
それに、何故だか知らないが、白梅さんは俺に優しいんだよな。……人間だからか?
妖怪の性質は聞いていたし、とはいえどそれに甘えてばかりなのも悪い。あと何よりここにいるとどんどんと巳亦の機嫌が悪くなっていくのだ。まあ、多分それが大きい。
ごにょごにょと口籠る俺に、ふと白梅は思いついたようにぱんと掌を重ねる。
「そうだわ。ねえ、曜殿。相談があるんだけど、少々よろしいですか?」
「え? 相談?」
予想だにしていなかった白梅の言葉に、俺は小首を傾げた。白梅は「そう」と小さく顎を引き、頷く。さらりとした艷やかな黒髪が彼女の目元に影を落とした。
「貴方達にとっても悪くない話だと思うのだけど――如何でしょう、曜殿」
相談というから困ってることでもあるのだろうかと思ったが、目を細めてこちらを見詰めてくる白梅の目は楽しげだった。
なんだろうか。言葉にし難い圧のようなものを感じ、一瞬返事に戸惑ったとき。
「内容による」
背後から伸びてきた手に、肩を抱かれた。巳亦だ。
「貴方には聞いてないわよ、耳まで悪くなったのかしら」
「それと、それは自分の役目だ」
そしてまた白梅と黒羽に責められる巳亦の図になっていたが、当の本人はどこ吹く風である。
「黒羽さんの仕事を奪ってしまったのは申し訳ないと思ってるいるが、いやなに、相談の内容を話さずに先に承諾を得ようとするやり方は個人的に気に入らなくてね。すまなかった」
はは、と笑う巳亦の言葉に、ぴくりと白梅と黄桜の眉間が反応するのを見た。またこの流れである。慌てて俺は「ま、まあまあ!」と肩に置かれた巳亦の手を掴んだ。
「曜」とこちらを振り返る巳亦。「心配してくれてありがとな」という意を込めて手の甲をそっと撫でれば、巳亦は気持ち良さそうに目を細める。どうやら機嫌は直ったらしい。
「取り敢えず、その相談のこと聞いてもいいかな」
すり、ともっと撫でてと言わんばかりに頭をこちらへと傾けて「曜……」ともたれかかってくる巳亦に押し潰されつつ、俺は白梅と向き合った。
ものすごく鬱陶しいものを見る顔で俺の隣の巳亦を見ていたが、それも一瞬。小さく咳払いをした白梅は気を取り直したように微笑んだ。
「ええ、その宴に京極様もご相伴に預かってもよろしくて?」
「――え」
予想していなかった方向からの提案に、俺も黒羽と巳亦も目を丸くした。
「何を考えてる、鬼女」
「烏の、私が今交渉をしているのは曜殿よ」
「ですわよね、曜殿」と微笑みかけてくる白梅に、俺は「ええと、まあ、そうなのかな?」と曖昧に頷くことしかできなかった。
……予想してなかった相談内容だ。
京極について知ってることというのは、挨拶したときくらいの印象と、黒羽でも頭の上がらない妖怪――鬼というくらいだ。そうなると、身構えてしまうのは当然だ。
「あの、俺はいいんだけど……京極さん……様のこと、勝手に決めていいのかな」
「ああ、そのことでしたら心配なさらないで。元より、京極様はかねてより曜殿のことを気に掛けていましたのできっと喜ぶに違いありませんわ」
「え、ええ?」
「それに、ここ最近では酒友である能代殿が行方知れずとなり、毎晩一人で寂しそうに晩酌をされていましたから」
――能代。
久し振りその名前を聞いた気がする。隣にいた巳亦が少しだけ反応したが、何も言わなかった。
能代と京極、二人がどんだけ親しいかこの目で確かめたことはなかったものの、少なからず能代が行方を暗ました件に大きく関わってる身としては胸が傷んだ。
「黒羽さん」とちらりと黒羽の方へと振り返れば、「うむ……」と顎を擦ったまま黒羽は考え込んでいる。
――黒羽がここまで迷っているのも珍しい。基本ノーから入る男だと知ってるからこそ、余計。
ならば、と俺は心を決める。
「……分かったよ、京極さんとは俺も一度話してみたかったんだ」
「い、伊波様……っ?」
「曜殿、よろしいのですか」
「うん、もちろん。食事は大勢の方が楽しいから。……ね、黒羽さん」
いいよね、と黒羽の方を見上げれば、「伊波様がそう仰るのならば」と重々しく頷く。
どう接していいか分からないが、別に無茶なことを言われてるわけでもない。ぱあっと表情を明るくした白梅と黄桜は「ありがとうございます」と声を揃えて頭を下げる。
「では、宴会場の準備は私に任せてくださいませ」
「え、宴会場って……」
「? 無論、専用の宴会場ですわ。一般の宴会場に京極様をお呼びするわけにはいけませんので」
「黄桜。曜殿のことよろしく頼むわね」と黄桜に耳打ちした白梅は、もう一度俺に頭を下げ、それから一瞬にして煙のように姿を暗ました。人が消える瞬間というのは何度見てもまだ慣れない。
……というか、専用の宴会場なんてあるのか。
「つい勢いで言っちゃったけど、もしかして俺、やんごとなき相手に失礼なことしちゃってる?」
「……そんなことない。京極様はふらんくな方だから」
「ふ、ふらんく」
「そう、ふらんく」
こくりと小さく頷く黄桜は「それでは、私たちも行きましょう」と出口へと向かって歩き出す。
終始黒羽の緊張した面持ちが気になったが、反対してこないということは……大丈夫なのか。失礼にならないよう、妖怪界隈の作法など予め習っておけばよかっただろうか。なんて悶々としつつ、俺はしっかりと酒瓶を抱いたまま酒蔵を後にした。
アンブラは極限まで自分の気配を殺していたようだ。酒蔵から出てようやく息をしていた。
このままではなんだか厄介なことになりそうな空気を察知した俺は、慌ててそう白梅に頭を下げる。先程まで巳亦を睨んでいた目とは打って変わって、「おや」と白梅はにこりと微笑む。
「構いませんのよ、曜殿だったらいくらでも選んでもらっても」
「え? あ、でも……流石に申し訳ないというか……」
先程のお酒がどれほどまで上等のものか分からない俺からしてみれば、正直こうして喜んでもらえるだけで充分だった。
それに、何故だか知らないが、白梅さんは俺に優しいんだよな。……人間だからか?
妖怪の性質は聞いていたし、とはいえどそれに甘えてばかりなのも悪い。あと何よりここにいるとどんどんと巳亦の機嫌が悪くなっていくのだ。まあ、多分それが大きい。
ごにょごにょと口籠る俺に、ふと白梅は思いついたようにぱんと掌を重ねる。
「そうだわ。ねえ、曜殿。相談があるんだけど、少々よろしいですか?」
「え? 相談?」
予想だにしていなかった白梅の言葉に、俺は小首を傾げた。白梅は「そう」と小さく顎を引き、頷く。さらりとした艷やかな黒髪が彼女の目元に影を落とした。
「貴方達にとっても悪くない話だと思うのだけど――如何でしょう、曜殿」
相談というから困ってることでもあるのだろうかと思ったが、目を細めてこちらを見詰めてくる白梅の目は楽しげだった。
なんだろうか。言葉にし難い圧のようなものを感じ、一瞬返事に戸惑ったとき。
「内容による」
背後から伸びてきた手に、肩を抱かれた。巳亦だ。
「貴方には聞いてないわよ、耳まで悪くなったのかしら」
「それと、それは自分の役目だ」
そしてまた白梅と黒羽に責められる巳亦の図になっていたが、当の本人はどこ吹く風である。
「黒羽さんの仕事を奪ってしまったのは申し訳ないと思ってるいるが、いやなに、相談の内容を話さずに先に承諾を得ようとするやり方は個人的に気に入らなくてね。すまなかった」
はは、と笑う巳亦の言葉に、ぴくりと白梅と黄桜の眉間が反応するのを見た。またこの流れである。慌てて俺は「ま、まあまあ!」と肩に置かれた巳亦の手を掴んだ。
「曜」とこちらを振り返る巳亦。「心配してくれてありがとな」という意を込めて手の甲をそっと撫でれば、巳亦は気持ち良さそうに目を細める。どうやら機嫌は直ったらしい。
「取り敢えず、その相談のこと聞いてもいいかな」
すり、ともっと撫でてと言わんばかりに頭をこちらへと傾けて「曜……」ともたれかかってくる巳亦に押し潰されつつ、俺は白梅と向き合った。
ものすごく鬱陶しいものを見る顔で俺の隣の巳亦を見ていたが、それも一瞬。小さく咳払いをした白梅は気を取り直したように微笑んだ。
「ええ、その宴に京極様もご相伴に預かってもよろしくて?」
「――え」
予想していなかった方向からの提案に、俺も黒羽と巳亦も目を丸くした。
「何を考えてる、鬼女」
「烏の、私が今交渉をしているのは曜殿よ」
「ですわよね、曜殿」と微笑みかけてくる白梅に、俺は「ええと、まあ、そうなのかな?」と曖昧に頷くことしかできなかった。
……予想してなかった相談内容だ。
京極について知ってることというのは、挨拶したときくらいの印象と、黒羽でも頭の上がらない妖怪――鬼というくらいだ。そうなると、身構えてしまうのは当然だ。
「あの、俺はいいんだけど……京極さん……様のこと、勝手に決めていいのかな」
「ああ、そのことでしたら心配なさらないで。元より、京極様はかねてより曜殿のことを気に掛けていましたのできっと喜ぶに違いありませんわ」
「え、ええ?」
「それに、ここ最近では酒友である能代殿が行方知れずとなり、毎晩一人で寂しそうに晩酌をされていましたから」
――能代。
久し振りその名前を聞いた気がする。隣にいた巳亦が少しだけ反応したが、何も言わなかった。
能代と京極、二人がどんだけ親しいかこの目で確かめたことはなかったものの、少なからず能代が行方を暗ました件に大きく関わってる身としては胸が傷んだ。
「黒羽さん」とちらりと黒羽の方へと振り返れば、「うむ……」と顎を擦ったまま黒羽は考え込んでいる。
――黒羽がここまで迷っているのも珍しい。基本ノーから入る男だと知ってるからこそ、余計。
ならば、と俺は心を決める。
「……分かったよ、京極さんとは俺も一度話してみたかったんだ」
「い、伊波様……っ?」
「曜殿、よろしいのですか」
「うん、もちろん。食事は大勢の方が楽しいから。……ね、黒羽さん」
いいよね、と黒羽の方を見上げれば、「伊波様がそう仰るのならば」と重々しく頷く。
どう接していいか分からないが、別に無茶なことを言われてるわけでもない。ぱあっと表情を明るくした白梅と黄桜は「ありがとうございます」と声を揃えて頭を下げる。
「では、宴会場の準備は私に任せてくださいませ」
「え、宴会場って……」
「? 無論、専用の宴会場ですわ。一般の宴会場に京極様をお呼びするわけにはいけませんので」
「黄桜。曜殿のことよろしく頼むわね」と黄桜に耳打ちした白梅は、もう一度俺に頭を下げ、それから一瞬にして煙のように姿を暗ました。人が消える瞬間というのは何度見てもまだ慣れない。
……というか、専用の宴会場なんてあるのか。
「つい勢いで言っちゃったけど、もしかして俺、やんごとなき相手に失礼なことしちゃってる?」
「……そんなことない。京極様はふらんくな方だから」
「ふ、ふらんく」
「そう、ふらんく」
こくりと小さく頷く黄桜は「それでは、私たちも行きましょう」と出口へと向かって歩き出す。
終始黒羽の緊張した面持ちが気になったが、反対してこないということは……大丈夫なのか。失礼にならないよう、妖怪界隈の作法など予め習っておけばよかっただろうか。なんて悶々としつつ、俺はしっかりと酒瓶を抱いたまま酒蔵を後にした。
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