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第三章【注文の多い魔物たち】
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「ん、ぅ……っ、ん……」
驚いたが、それ以上に酔いが回っていたようだ。
ひんやりとした水の通る感覚が余計気持ちよくて、無味無臭の水だとしてもいつも以上に美味しくて――ついうっとりと目を閉じる。こくこくと喉の奥が鳴る。焼けたように熱い喉に冷水は急速に染み込んでいった。……美味しい。
もっと、と、ついせがみそうになったときだった。
「……は、呆れたな。先程からやけに煩いと思えばそういうわけか」
聞こえてきたアヴィドの声に、ハッとした。
そして急激に冷めていく頭。そうだ、ここ、人前だ。というか今俺、なにした?!
咄嗟に巳亦の肩を叩けば、口の中が空になったのを確認して巳亦は唇を離す。そして、アヴィドの方へと視線を向けた。
「アンタが用意した水に何が入ってるかわからないからな、一度確認したまでだ」
巳亦には全く悪びれた様子もない。「見上げた執着心だ」と呆れたようにアヴィドは笑った。
「み、また……な、な……なにやって……」
「酔いは覚めたようだな。……説明してもらうぞ、どういうことか」
「え……」
「せっかく気持ちよく酒を嗜んでいたところを悪いな少年、君のご友人に説明してやってくれないか。俺の言葉では聞く耳を持たんようだ」
明らかに怒ってる巳亦と、そんな巳亦を楽しんでる様子すらあるアヴィド。二人の間で縮み込む俺。
とにかく、巳亦を落ち着かせるのが先のようだ。
俺は巳亦に、アヴィドに協力してもらうことになったその経緯を説明することになったわけだが……。
「……というわけで、そのー……アヴィドさんに協力してもらってたというか……」
「それで、まんまと差し出されるがまま酒を飲んでいたと」
「う゛……」
「そう怒ってやるな。俺が無理矢理奨めただけだ、少年は悪くない」
「アヴィドさん……」
流石大人だ。いや、巳亦も俺からしてみたら考えられないほど大人どころか神様のはずなのになんだこの……大人!って感じは。そう感動するのも束の間。
「妖怪連中は古臭い規則に縛られて窮屈で仕方ないなぁ、伊波」
さらりと巳亦を挑発するアヴィドに冷や汗がどっと溢れる。そして案の定巳亦の瞼がぴくりと反応するのを見てしまった。
「アンタがルーズすぎるだけだろ。魔界はだらしないやつらばかりで曜の教育によくない」
「み、巳亦……もう……っ、ごめんなさい、アヴィドさん……」
「曜、俺何か間違ってること言ってる?」
「お、俺が悪かったんだからそうやってアヴィドさんに突っ掛からないでよ。……その、もう呑まないから……」
「……本当に?」
「うん……」
「……」
「ごめんなさい、巳亦……」
こうなったらもう反省の意を示すしかない。とはいえ俺の中での反省といえばただ謝ることしかできない。項垂れる俺に、じとりと俺の目を覗き込んでいた巳亦だったがやがて「はあ」と脱力したように肩を落とす。そして。
「……もう、本当俺って曜に甘すぎるんだよなぁ……」
「巳亦……っ」
先程よりも幾分柔らかくなったその声、表情に俺は慌てて顔を上げた。目があった巳亦は少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。
「黒羽さんだったら絶対許さないだろうけど」
「う゛……っ」
「とにかく、曜が無事……でよかったよ」
よしよし、と頭を優しく撫でられる。いつもの巳亦だ!と安堵したとき、巳亦はアヴィドへと視線を向けた。
「曜が協力するっていうなら、俺も一緒に行くよ」
「え」
「俺が嫌だと言ったら?」
「え」
「曜を連れて俺だけでヴァイスを捕まえてくる」
「み、巳亦さん……?」
本気ですか……?と怯える。というか巳亦だったら本気でやりかねない。
恐らくアヴィドも今までの巳亦の様子を見てきてそれがただの脅しではないとわかったのだろう。なるほどな、とアヴィドは笑った。
「まあいい、足手まといになることはなさそうだしな」
「い、いいんですか……?」
「そうでもしないと少年の協力を得られそうにないからな」
「す、すみません……」
今日だけはなんだか巳亦と立場が逆転したみたいだ。黒羽さんっていつもこんな気持ちなのかな、ってぼんやり考えながら俺は巳亦を宥め付かせていた。
「それよりも、そうだ、巳亦、その格好……」
「ああ? これ? ……まあ、色々あってな」
「大丈夫だったのか? あの後……」
そうだ、ヴァイスによって無理やり引き裂かれたあとのことが気になった。巳亦は「ああ、俺は大丈夫だよ」と安心させるように笑った。
あの後一人取り残されたという巳亦は俺たちを探していたようだが、どうやらヴァイスの邪魔のせいで上手く居場所を突き詰めることができなかったらしい。そして、途中出会った店員から制服を奪ったのだと。
その店員がどうなったのか聞くのは恐ろしかったが、その制服が汚れていないのを見る限り手荒な真似はしていない……と思いたい。
「どこを探し回っても曜たちの気配は見つからないし一時はどうなるかと思ったんだが、曜が無事ならよかった。……そうだ、先程からテミッドの姿が見当たらないがどうした?」
「そ、それが……その」
指摘され、俺は酔いが醒めていくのを感じた。
そしてなるだけ手短に、俺は、巳亦がいない間に起きたことについて説明する。そして、アヴィドを頼ることになった経緯についてもだ。
一通り俺の話を聞いた巳亦は「まずいな」と呟いた。
「急いでテミッドを探した方が良さそうだな」
「そう急く必要はない。わざわざ探し回らずともすぐに居場所は割れる。まあ、邪魔が入らなければ直ぐだったのだがな」
「邪魔だって? まさか、俺のことを言ってるのか?」
「なに、諸々だ」
「……………………」
……しかもまたなんかギスギスしてる。
アヴィドに至っては絶対にからかってる気がするんだが、明らか不快感を隠そうとしない巳亦の背中を「どうどう」と擦って宥めた。
グラスに残っていたワインに口を付けたアヴィドはそのままソファーに凭れかかった。そして、バーカウンターの方角に視線を向けた。
「動いたな」
そうだ、先程アヴィドがレモラに何か埋め込んだとか言っていた。バーカウンターの方を確認すれば、レモラは奥に引っ込んだようだ。そこには他の魔物しかいない。
「見えるんですか?」
「ああ。君の友達――テミッド君だったか? ……ああ、なるほど。見つけた。リューグが虐めていたグールの子供か」
「居たんですかっ?」
俺には見えない何かを見てるのだろう。アヴィドの言葉に思わず顔を上げた。
「無事ですか? テミッドは……っ!」
「ああ、心配ない。拘束はされてるようだが元気にジタバタ暴れている。……ここが厨房だろうな、今クリュエルに向かわせてるから安心しろ」
「お、俺も行きます! 場所は……っ」
「少年はここにいろ。……下手に君が動いた方が危険だ」
「……っ、それは……」
足手まとい、と言われてるのが分かった。
アヴィドの指摘に対し、俺は何も返すことができなかった。
確かに、そうだ。もしヴァイスが動いたとしてまたバラバラにされたらどうする?また妙な魔法を掛けられたら?
それでも、助けたいと逸る気持ちを抑えられない。そんな俺を見透かしたのだろう、アヴィドはふ、と微笑んだ。
「助けに行きたいという気持ちはわかるが、ここは君の安全を守る方が優先だ。安心して俺たちに任せておけ、少年」
「っ、はい……」
そっと背中を撫でられれば、胸の中で燻っていた不安がみるみるうちになくなっていくようだった。リューグと似ていないと思っていたが、自信に満ち溢れたアヴィドを見てるとふとリューグと重なるのだ。
あいつも、自分を卑下するようなことを言うわりにはいつも堂々としていた。
そんなときだった。アヴィドの動きが止まった。
「アヴィドさん……?」
「……なるほど、見つけたぞ。ここか」
「え、あ、あの、アヴィドさんっ?」
そういうなりいきなり立ち上がるアヴィド。
先程までの柔和な笑みはない、そこには冷ややかな笑みが浮かんでいた。
「……一体クリュエルがやられた、恐らくここがやつが隠したがってる部屋だ」
「え……」
やられたって、まさか殺されたってことか?
「直にここへ別のクリュエルが君の友人を連れてくるだろう。蛇男、お前はそこで彼と合流するといい」
そう、巳亦に対し命じるアヴィド。不遜なその態度に巳亦は案の定反応した。
「おい、待てよ。まさかそこに曜を連れて行くつもりじゃないだろうな」
「連れて行くさ。少年はヴァイスへの抑止剤だからな」
「数分前曜のことを危険な目には遭わせない、と言っていたのはどこの誰だ?」
「お前といるより俺といる方が遥かに安全だろう。それに、さっきのは俺が出る幕ではなかった」
「なら俺も行く」
「駄目だ、お前は少年の友人を捕まえてそのまま地上へ帰れ」
「なんで……」
「言っただろう、クリュエルがやられたと。アンデッド以外の魔物を強制排除する魔法をヴァイスは掛けている」
納得いかない巳亦に対し、アヴィドは態度を変えぬまま続けるのだ。クリュエルが淫魔だというのは聞いていた。仮死状態の俺と吸血鬼のアヴィドはともかく巳亦は蛇神だ。
「っ、それって……もし巳亦がいったら巳亦も……」
「ああ、そうだな。相手は魔物殺しの魔術師だ。不老不死の獣とてどうなるかわからない」
「それでも、曜が危険な目に遭うくらいなら……」
構わない、そう言いかける巳亦に、俺は地下監獄でのことを思い出し、血の気が引いた。巳亦、と咄嗟にその腕にしがみつけば、二つの赤い目が俺を捉えるのだ。
「俺は、大丈夫だから……テミッドを守ってくれ」
「……曜、どうしてそんなこと言うんだ」
「もし、巳亦に何かあったら……俺……っそっちの方が耐えられない」
「曜」と、その目が揺らぐ。本心だった。巳亦が弱いとかそんなことを言ってるわけではないが、何かがあったとき、そのなにかが怖いのだ。また、血だらけになった巳亦を見たくない。
巳亦だったら俺のために傷付くのは構わないと言うだろうが、俺が耐えられなかった。
我儘だと分かっていたが、これだけは譲れなかった。しがみついて離さない俺に、巳亦は暫く黙っていた。けれど、そっと俺の頭を撫でてくれるのだ。
……そして。
「わかったよ」
「っ、巳亦……!」
「けど、俺たちは帰らないからな。まだ何も見つけれてはいない」
「アヴィドさん、曜を頼んだ。けど、こっちはこっちで勝手に動かさせてもらうからな」そう、巳亦はアヴィドに釘を打つ。アヴィドは微かに微笑んだ。
「構わない、勝手にするといい。なんなら、クリュエルを貸してやってもいいぞ。捜し物には役立つだろう」
「そりゃお気遣いどうも」
……どうやら和解することはできたようだ。
ほっと胸を撫で下ろすのも束の間。
「それじゃあ少年、行こうか」
アヴィドの言葉に俺は慌てて「はい」と頷いた。クリュエルの分身が消されたのだ、何かがあることには間違いないだろう。せっかく会えた巳亦と別れるのは心細いが、クリュエルの無事が確認できただけでも大分気持ちに変化があった。
……あとは黒羽さんと、ホアン……リューグか。
早く見つけたいが、今はクリュエルたちに任せるしかない。
驚いたが、それ以上に酔いが回っていたようだ。
ひんやりとした水の通る感覚が余計気持ちよくて、無味無臭の水だとしてもいつも以上に美味しくて――ついうっとりと目を閉じる。こくこくと喉の奥が鳴る。焼けたように熱い喉に冷水は急速に染み込んでいった。……美味しい。
もっと、と、ついせがみそうになったときだった。
「……は、呆れたな。先程からやけに煩いと思えばそういうわけか」
聞こえてきたアヴィドの声に、ハッとした。
そして急激に冷めていく頭。そうだ、ここ、人前だ。というか今俺、なにした?!
咄嗟に巳亦の肩を叩けば、口の中が空になったのを確認して巳亦は唇を離す。そして、アヴィドの方へと視線を向けた。
「アンタが用意した水に何が入ってるかわからないからな、一度確認したまでだ」
巳亦には全く悪びれた様子もない。「見上げた執着心だ」と呆れたようにアヴィドは笑った。
「み、また……な、な……なにやって……」
「酔いは覚めたようだな。……説明してもらうぞ、どういうことか」
「え……」
「せっかく気持ちよく酒を嗜んでいたところを悪いな少年、君のご友人に説明してやってくれないか。俺の言葉では聞く耳を持たんようだ」
明らかに怒ってる巳亦と、そんな巳亦を楽しんでる様子すらあるアヴィド。二人の間で縮み込む俺。
とにかく、巳亦を落ち着かせるのが先のようだ。
俺は巳亦に、アヴィドに協力してもらうことになったその経緯を説明することになったわけだが……。
「……というわけで、そのー……アヴィドさんに協力してもらってたというか……」
「それで、まんまと差し出されるがまま酒を飲んでいたと」
「う゛……」
「そう怒ってやるな。俺が無理矢理奨めただけだ、少年は悪くない」
「アヴィドさん……」
流石大人だ。いや、巳亦も俺からしてみたら考えられないほど大人どころか神様のはずなのになんだこの……大人!って感じは。そう感動するのも束の間。
「妖怪連中は古臭い規則に縛られて窮屈で仕方ないなぁ、伊波」
さらりと巳亦を挑発するアヴィドに冷や汗がどっと溢れる。そして案の定巳亦の瞼がぴくりと反応するのを見てしまった。
「アンタがルーズすぎるだけだろ。魔界はだらしないやつらばかりで曜の教育によくない」
「み、巳亦……もう……っ、ごめんなさい、アヴィドさん……」
「曜、俺何か間違ってること言ってる?」
「お、俺が悪かったんだからそうやってアヴィドさんに突っ掛からないでよ。……その、もう呑まないから……」
「……本当に?」
「うん……」
「……」
「ごめんなさい、巳亦……」
こうなったらもう反省の意を示すしかない。とはいえ俺の中での反省といえばただ謝ることしかできない。項垂れる俺に、じとりと俺の目を覗き込んでいた巳亦だったがやがて「はあ」と脱力したように肩を落とす。そして。
「……もう、本当俺って曜に甘すぎるんだよなぁ……」
「巳亦……っ」
先程よりも幾分柔らかくなったその声、表情に俺は慌てて顔を上げた。目があった巳亦は少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。
「黒羽さんだったら絶対許さないだろうけど」
「う゛……っ」
「とにかく、曜が無事……でよかったよ」
よしよし、と頭を優しく撫でられる。いつもの巳亦だ!と安堵したとき、巳亦はアヴィドへと視線を向けた。
「曜が協力するっていうなら、俺も一緒に行くよ」
「え」
「俺が嫌だと言ったら?」
「え」
「曜を連れて俺だけでヴァイスを捕まえてくる」
「み、巳亦さん……?」
本気ですか……?と怯える。というか巳亦だったら本気でやりかねない。
恐らくアヴィドも今までの巳亦の様子を見てきてそれがただの脅しではないとわかったのだろう。なるほどな、とアヴィドは笑った。
「まあいい、足手まといになることはなさそうだしな」
「い、いいんですか……?」
「そうでもしないと少年の協力を得られそうにないからな」
「す、すみません……」
今日だけはなんだか巳亦と立場が逆転したみたいだ。黒羽さんっていつもこんな気持ちなのかな、ってぼんやり考えながら俺は巳亦を宥め付かせていた。
「それよりも、そうだ、巳亦、その格好……」
「ああ? これ? ……まあ、色々あってな」
「大丈夫だったのか? あの後……」
そうだ、ヴァイスによって無理やり引き裂かれたあとのことが気になった。巳亦は「ああ、俺は大丈夫だよ」と安心させるように笑った。
あの後一人取り残されたという巳亦は俺たちを探していたようだが、どうやらヴァイスの邪魔のせいで上手く居場所を突き詰めることができなかったらしい。そして、途中出会った店員から制服を奪ったのだと。
その店員がどうなったのか聞くのは恐ろしかったが、その制服が汚れていないのを見る限り手荒な真似はしていない……と思いたい。
「どこを探し回っても曜たちの気配は見つからないし一時はどうなるかと思ったんだが、曜が無事ならよかった。……そうだ、先程からテミッドの姿が見当たらないがどうした?」
「そ、それが……その」
指摘され、俺は酔いが醒めていくのを感じた。
そしてなるだけ手短に、俺は、巳亦がいない間に起きたことについて説明する。そして、アヴィドを頼ることになった経緯についてもだ。
一通り俺の話を聞いた巳亦は「まずいな」と呟いた。
「急いでテミッドを探した方が良さそうだな」
「そう急く必要はない。わざわざ探し回らずともすぐに居場所は割れる。まあ、邪魔が入らなければ直ぐだったのだがな」
「邪魔だって? まさか、俺のことを言ってるのか?」
「なに、諸々だ」
「……………………」
……しかもまたなんかギスギスしてる。
アヴィドに至っては絶対にからかってる気がするんだが、明らか不快感を隠そうとしない巳亦の背中を「どうどう」と擦って宥めた。
グラスに残っていたワインに口を付けたアヴィドはそのままソファーに凭れかかった。そして、バーカウンターの方角に視線を向けた。
「動いたな」
そうだ、先程アヴィドがレモラに何か埋め込んだとか言っていた。バーカウンターの方を確認すれば、レモラは奥に引っ込んだようだ。そこには他の魔物しかいない。
「見えるんですか?」
「ああ。君の友達――テミッド君だったか? ……ああ、なるほど。見つけた。リューグが虐めていたグールの子供か」
「居たんですかっ?」
俺には見えない何かを見てるのだろう。アヴィドの言葉に思わず顔を上げた。
「無事ですか? テミッドは……っ!」
「ああ、心配ない。拘束はされてるようだが元気にジタバタ暴れている。……ここが厨房だろうな、今クリュエルに向かわせてるから安心しろ」
「お、俺も行きます! 場所は……っ」
「少年はここにいろ。……下手に君が動いた方が危険だ」
「……っ、それは……」
足手まとい、と言われてるのが分かった。
アヴィドの指摘に対し、俺は何も返すことができなかった。
確かに、そうだ。もしヴァイスが動いたとしてまたバラバラにされたらどうする?また妙な魔法を掛けられたら?
それでも、助けたいと逸る気持ちを抑えられない。そんな俺を見透かしたのだろう、アヴィドはふ、と微笑んだ。
「助けに行きたいという気持ちはわかるが、ここは君の安全を守る方が優先だ。安心して俺たちに任せておけ、少年」
「っ、はい……」
そっと背中を撫でられれば、胸の中で燻っていた不安がみるみるうちになくなっていくようだった。リューグと似ていないと思っていたが、自信に満ち溢れたアヴィドを見てるとふとリューグと重なるのだ。
あいつも、自分を卑下するようなことを言うわりにはいつも堂々としていた。
そんなときだった。アヴィドの動きが止まった。
「アヴィドさん……?」
「……なるほど、見つけたぞ。ここか」
「え、あ、あの、アヴィドさんっ?」
そういうなりいきなり立ち上がるアヴィド。
先程までの柔和な笑みはない、そこには冷ややかな笑みが浮かんでいた。
「……一体クリュエルがやられた、恐らくここがやつが隠したがってる部屋だ」
「え……」
やられたって、まさか殺されたってことか?
「直にここへ別のクリュエルが君の友人を連れてくるだろう。蛇男、お前はそこで彼と合流するといい」
そう、巳亦に対し命じるアヴィド。不遜なその態度に巳亦は案の定反応した。
「おい、待てよ。まさかそこに曜を連れて行くつもりじゃないだろうな」
「連れて行くさ。少年はヴァイスへの抑止剤だからな」
「数分前曜のことを危険な目には遭わせない、と言っていたのはどこの誰だ?」
「お前といるより俺といる方が遥かに安全だろう。それに、さっきのは俺が出る幕ではなかった」
「なら俺も行く」
「駄目だ、お前は少年の友人を捕まえてそのまま地上へ帰れ」
「なんで……」
「言っただろう、クリュエルがやられたと。アンデッド以外の魔物を強制排除する魔法をヴァイスは掛けている」
納得いかない巳亦に対し、アヴィドは態度を変えぬまま続けるのだ。クリュエルが淫魔だというのは聞いていた。仮死状態の俺と吸血鬼のアヴィドはともかく巳亦は蛇神だ。
「っ、それって……もし巳亦がいったら巳亦も……」
「ああ、そうだな。相手は魔物殺しの魔術師だ。不老不死の獣とてどうなるかわからない」
「それでも、曜が危険な目に遭うくらいなら……」
構わない、そう言いかける巳亦に、俺は地下監獄でのことを思い出し、血の気が引いた。巳亦、と咄嗟にその腕にしがみつけば、二つの赤い目が俺を捉えるのだ。
「俺は、大丈夫だから……テミッドを守ってくれ」
「……曜、どうしてそんなこと言うんだ」
「もし、巳亦に何かあったら……俺……っそっちの方が耐えられない」
「曜」と、その目が揺らぐ。本心だった。巳亦が弱いとかそんなことを言ってるわけではないが、何かがあったとき、そのなにかが怖いのだ。また、血だらけになった巳亦を見たくない。
巳亦だったら俺のために傷付くのは構わないと言うだろうが、俺が耐えられなかった。
我儘だと分かっていたが、これだけは譲れなかった。しがみついて離さない俺に、巳亦は暫く黙っていた。けれど、そっと俺の頭を撫でてくれるのだ。
……そして。
「わかったよ」
「っ、巳亦……!」
「けど、俺たちは帰らないからな。まだ何も見つけれてはいない」
「アヴィドさん、曜を頼んだ。けど、こっちはこっちで勝手に動かさせてもらうからな」そう、巳亦はアヴィドに釘を打つ。アヴィドは微かに微笑んだ。
「構わない、勝手にするといい。なんなら、クリュエルを貸してやってもいいぞ。捜し物には役立つだろう」
「そりゃお気遣いどうも」
……どうやら和解することはできたようだ。
ほっと胸を撫で下ろすのも束の間。
「それじゃあ少年、行こうか」
アヴィドの言葉に俺は慌てて「はい」と頷いた。クリュエルの分身が消されたのだ、何かがあることには間違いないだろう。せっかく会えた巳亦と別れるのは心細いが、クリュエルの無事が確認できただけでも大分気持ちに変化があった。
……あとは黒羽さんと、ホアン……リューグか。
早く見つけたいが、今はクリュエルたちに任せるしかない。
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