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第二章【祟り蛇と錆びた断頭台】
脱獄囚に素晴らしき重罰を※流血・公開レイプ
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巳亦を先に歩かせ、その後を獄長がゆっくりとついていく。
そして、誘導されるがまま連れて行かれた先にあったのはどこかで見たことのある重厚な造りの鉄製の扉だ。
「扉を開け。妙な真似はするなよ」
静かに獄長は命じる。その声は自分のものなのに、まるで自分の声とは違う鋭利な冷たさを孕んでいた。
鍵もついていないその扉を巳亦が開いた瞬間、中からは錆びた鉄のような匂いがぶわりと鼻腔へと染み渡る。催す吐き気。けれど獄長はそれを意図ともせず、「中へ入れ」と巳亦を先に歩かせた。
「ここは……」
扉の向こうにあったのは、薄暗い部屋だった。
石畳の床にできた赤黒い染み。それがこの部屋の異臭の原因に違いないだろう。
たくさんの西洋人形が落ちているその部屋には窓はない。明かりもない。蝋燭を立てるタイプの照明ものが壁に取り付けられるだけだ。
目を拵えると中央に何かがあることがわかる。
それは椅子のように見えた。一脚の椅子が、そこにぽつんと置かれていた。
なんの変哲もなく見えるがなぜだろうか、酷く嫌な気配を感じるのだ。
俺の中に入った獄長が、一歩、また一歩とその異様な部屋の中へと足を踏み入れる。
その瞬間。膝から力が抜ける。……膝だけではない、全身を支えていたものがごっそりと抜け落ちたみたいに体が脱力し、いきなりのことに対応しきれず俺はそのまま床の上に倒れそうになり、背後から伸びてきた何かに体を支えられる。
「曜!」
まだぼんやりと夢見てるような居心地の中、こちらを振り返った巳亦が目を見開いた。
それとほぼ同時だった。
「動くな」
すぐ背後から聞こえてきたのは、嫌ってほど聞き覚えのあるその低音の声。
腰に回された手は、俺の幻覚ではない。巳亦も信じられないものを見るかのようにこちらを見て、そして目を細める。
「……スペアか、随分と用意周到だな」
「職業柄体一つでは保たんのでな」
人形に変えられたはずのユアン獄長がそこにいた。
媒体があればそれを自我のように扱うことができる人形使い。改めてその事実を知れば、俺達が相手をしてるこの男が途方もない存在のように思えてゾッとした。
変わらない、それどころか傷一つもついていない無傷の相手を見てめまいを覚える。
「そこの椅子に座れ」
俺を捕まえたまま、獄長は巳亦に命じた。
あの椅子に座れば最後、本当に、本当に手遅れになってしまう気がして怖かった。
「み、また」
やめろ、と身を乗り出そうとすれば、首筋にひやりとした感触が押し当てられる。それを見た瞬間、巳亦は「やめろ」と聞いたことのないような大きな声で叫んだ。
「……っ、座る! 座ればいいんだろ……!」
「巳亦……っ!」
「曜……俺は大丈夫だから」
俺の心情を察したのだろう。
そう、安心させるように笑うが、俺は正直気が気ではなかった。
言われた通り、巳亦が椅子に腰をおろした瞬間。
どこからともなく大量の鎖が生え、巳亦の首を、足を、両腕を、胴体を椅子へと縛り付ける。
「っ……」
肘置きに固定された腕を見た巳亦は、忌々しそうに顔を顰めた。身じろぎをするが、緩む気配はない。それどころか、鎖同士がぶつかる音ともに一層拘束が強まるのがわかった。
「どうした、随分と驚いた顔をしているな。……この魔力制御椅子の効果に驚いたか?そうだろうな。大抵の魔族ならこの椅子に座ったら最後……――どんな化物も無能同然だ」
なんでそんなものがここに、と思ったが、この施設がなんなのかを思い出す。魔界の危険因子を集めた政府公認の収容施設、その地下監獄だ。
巳亦の様子からして、獄長の言葉がただの仰々しいものではないとわかる。
「……っ、巳亦……っ」
「動くな」
このままでは、と駆け寄ろうとしたときだった。
それよりも早く銃を手にした獄長が巳亦の胸に向かって発砲する。瞬間、巳亦の体が跳ね上がり、鉛玉を食らったそこからは血が吹き出した。
「ぐ……ッ!」
「巳亦ッ!」
「俺の指示もなしに動くなと言ってるだろう、貴様の頭では理解できないか? 貴様が俺に逆らう都度この男の体に穴が開くと思え。……それとも、なんだ。貴様は風通しがいい方が好みか?」
「…………っ!」
足が、動かない。動けるわけがなかった。
俺の行動一つで巳亦が傷付く。
巳亦の胸から溢れ出す赤い血がシャツを汚す。濃厚な血の匂いが更に濃さを増した。
逃げも隠れもできない巳亦は、強張った顔に無理やり笑顔を浮かべるのだ。
「……大丈夫だ、曜……俺は死なない」
「くく……そうだな、不死者は肉体的に完全に死ぬことはない。けれど、心はどうだ?」
「な……」
「任しておけ。不死者の処刑は何度かしたことがある。皆、夢を見るただの肉塊になった。ある者は悪夢に耐えられずに自ら生きることを放棄し、ある者は自我を失った。……貴様はどこまで耐えられるのだろうな」
「そりゃ楽しみだな……生憎、こちらと悪夢は見慣れてるんでね」
胸を撃ち抜かれてもなお、笑い、言い返す巳亦。
不死身とは言ったが、痛覚がないわけではないだろう。人間の体とは違う、わかってても正気でいられなかった。
「巳亦……み、また……血が……っ」
「大丈夫だ、曜、大丈夫だからそんな顔するな……俺は平気だから……こんなの……」
安心させるように巳亦は笑う。けれど、あふれる血は止まらない。巳亦は傷付いている。その事実に、酷く自分が情けなくなった。
俺がもっと強ければ、ここにいるのが俺じゃなくて黒羽さんやテミッドだったら、助けられたかもしれない。
けれど今は俺が下手な真似をするだけで巳亦が傷付く。
そんな条件を出されてしまえば、なにもできない。それと同時に、何もできない自分がなによりも嫌で、悔しくて、泣きそうになる。
そんな俺の肩を、獄長に掴まれた。革手袋越しの感触にぎょっとしたとき、変わらない冷たい表情でやつは言い放つのだ。
「そうか。ならば人間、貴様の手で傷をつけてやれ」
一瞬、この男が何を言ってるのかわからなかった。
「……な、に言って……」
「聞こえなかったか。やれと言ってるんだ」
掴まれた手に、短刀を握らされる。
硬い感触が嫌で、慌てて手を離そうとするのを無理矢理手のひらごと掴んで握り込ませられる。
「……っ、い、いやだ……そんなこと、できるわけ……っ」
「曜」
「……み、また……」
「……俺のことはいいから、やってくれ」
……おかしいだろ、いくら不死身だからって痛覚はあるんだ。
そんなことすれば、巳亦が辛い思いするのはわかってる。
助けたい相手を自分の手で傷付ける、そんなことできるわけがない。
喉が酷く乾くようだった。
そんなことしたくないのに、巳亦はやれというのだ。そうしないと、俺達の身が危ない。否、きっと巳亦のことだ、自分のことは二の次で俺のことしか考えてない。俺が、この男の手から逃れる方法を。
だから、そんな残酷なことが言えるのだ。
「肺を潰すか、それとも筋肉の筋を切断するか。ここは内臓を引き摺り出して血抜きするのも悪くないな。悲鳴は聞けるように喉は最後まで残しておけ」
「っ、嫌だ……っ、そんな真似……」
「……っ、曜……」
「拒むつもりか」
「で、きるわけないだろ……っ!いくら巳亦が不死身だからって……こんな……酷い真似……!!」
「なら俺がしてやろう」
え、と俺が声をあげるのとそれはほぼ同時だった。
俺の手から短刀を取り上げられたかと思った瞬間、獄長は躊躇なくその短刀を巳亦の腹部に突き立てるのだ。
「ぅ゛、ぐッ!」
それを横一文字に裂いた瞬間、巳亦の体が大きく跳ねる。口から赤い液体がどろりと溢れ出し、拭うものもないその血が巳亦の口元を、首筋を、上半身を真っ赤に濡らすのだ。
一瞬何が起きたのかわからなかった。けれど、深く根本まで突き刺さった短刀を見た瞬間、口から悲鳴のような声が漏れた。
「巳亦ッ!!」
「だ、い……じょ……ぶだ……曜……」
咳をする巳亦。その度に血が溢れる。青い顔。けれど、その目は輝きを失っていない。俺を確かに捉え、そしてやっぱりあの優しい顔で笑うのだ。
「巳亦ッ、巳亦……ッ」
「貴様がしなくてもこいつを痛めつけることは容易い。不死者となればあらゆる手段を使うこともできて興も尽きない。……ああそうだ、貴様がしなくてもだ」
耳元、囁くように吐き捨てられるその言葉は呪縛のように脳髄へと染み渡り、俺をどん底へと突き落とす。
俺が巳亦を傷付けることを拒んだところで、何も変わらない。獄長の言うとおり、これは獄長が楽しむためだけの余興だ。そこに俺の意思なんて関係ないのだ。
目の前が真っ暗になる。呆然としたところに、いきなりの前髪を掴まれた。
「っぐ、ぅ」
「しかし、俺の命令に従わなかった処罰は受けてもらうぞ……曜」
濡れたような黒髪の下覗くこちらを見つめる赤い目が、細くなる。薄く、色の失せたその唇は歪に笑ってみせた。
温かみを感じさせない無機質な笑顔。
……けれど、その目の奥渦巻くそれは人間なんかよりも遥かに残忍で、その目に見つめられた俺は命の危機を肌で感じた。
「ッ曜に、手を出すな……」
「妙な真似をするなと言ったはずだ。このガキの腹にお揃いの風穴開けてやってもいいんだぞ」
「……ッ」
「やはり、貴様はどんな悪夢よりもこんな小便臭いガキが傷つくことを恐れるらしいな」
「惚れているのか」そう、囁くように問いかけるその声は俺ではなく、確かに巳亦へと向けられていた。
伸びてきた手に喉元を掴まれる。顔を上げさせられ、顎と首の付け根をなぞる革手袋の感触に息を詰める。
「ユアン……ッ」
巳亦がそう、目を見開いた瞬間だった。
巳亦の腹を裂いた短刀が、首筋に沿うように向けられる。
「妙な真似をするなと言っただろう」
赤黒く濡れた、肉片のようなもので汚れたその短刀から目をそらせなかった。冷たい汗が滲む。濃厚な巳亦の血の匂いに、頭の奥が熱くなる。息が苦しい。
この男は人を傷付けることをなんとも思っていないのだ。
それを知ってる巳亦は、口を閉じた。肘置き部分を掴むその手に、青筋が浮かぶ。
おとなしくなった巳亦を一瞥し、獄長はその赤い目をこちらに向けるのだ。愉しそうに。
「口を開け」
「……っ」
「ああ、そうだ。……その小さい舌も出すんだ」
刃物を握った手で、俺の唇を摘む。
すぐ顔の側で嫌に光るそれを意識しながら、俺は、言われるがままに口を開いた。本当は従いたくもないが、これ以上巳亦が傷つくのを見たくなかった。
ゆっくりと口を開けば、口の中に親指が捩じ込まれる。革の乾いた感触に全身が強張る。無遠慮にねじ込まれたそれにより思い切り口をこじ開けられた。
顎が外れそうになったときだ、視界が陰る。
唇に何かが触れた。そう思ったときにはもう遅かった。
「ん゛ぅ……ッ、ふ、んぅう……ッ!」
咥内を掻き回される。俺よりも冷たいその舌の感触で口はいっぱいになり、粘膜同士が擦れるたびに全身が震えた。忘れていたかったあのときの熱が蘇る。
獄長に意識を乗っ取られたあのときの羞恥すらも。
「やめろッ! ユアン!」
微睡みかけた意識の中、聞こえてきた巳亦の怒声にハッとする。俺から唇を離した獄長は、自分の唇を指で拭った。
「たかが接吻程度で反応するとはな。そうやってこの男も誑かして可愛がってもらったのか、人間」
「それともなんだ、もう種付はしてもらったのか」そう、獄長は反応しかけていた俺の下腹部を掴み、猥雑に笑う。不可抗力とはいえ、見境なく熱を持ち始めていた自身を暴かれ、羞恥と情けなさで顔が熱くなった。
けれど、それ以上に頭にきたのは巳亦に対する言葉だ。
「っ、違う、巳亦は、そんなことしない……っ!」
「……ほお。そうか、この蛇男とはまだ何もしていないのか。……ククッ、なるほどな」
少なくともまだ何もされていないのは事実だ。
撤回してもらいたくて言った言葉だが、獄長はもっといい玩具でも見つけたかのように低く喉を鳴らし笑うのだ。そして、俺の腰を抱いた。
裾の下から滑り込んでくるその手は、円を描くように腹を撫でた。すると、獄長の手に反応するかのように触れられた箇所が暖かくなる。じわりじわりと下腹部に熱に全身が震え、息を呑む。
「巳亦、お前の大切な人間は俺が丁重に扱ってやろう。二度と貴様がわからなくなるようにな」
「貴様……っ!!」
「暴れても無駄だ。力を使おうとしたところでその椅子が全て吸い取るだけだ。貴様はそこで指を咥えて見ているといい。このガキが俺に陵辱され苦痛で泣き叫ぶ姿をただ指咥えてな」
その言葉に、血の気が引いた。
あのときは、リューグが助けてくれた。けれど今は、いない。いるのは手足も出ない巳亦だけだ。
まずい、と思ったときには何もかもが手遅れだった。獄長の腕から逃れようとしたとき、耳朶に唇を押し付けられた。
「っ、や、め」
「さっきの約束をもう忘れたか。貴様が抵抗すればあの男の体に穴が空く」
「今度は……そうだな、あの目障りな目を潰すか」そんなことを平然と言ってのけるこの男に何も言えなかった。逃げようと伸ばされた手はやり場を失う。
巳亦が傷つくのは、嫌だ。それなら、俺が我慢すれば……。
「ッ俺のことはいい、曜、逃げろ! 黒羽さんたちのところに行くんだ!」
俺の思考を掻き消すほどの声だった。
巳亦の言葉に、弾かれたように俺は獄長の指に噛み付いた。舌打ちとともに拘束が緩む。その瞬間を狙い、獄長を突き飛ばそうと腕を突っぱねるが……びくともしない。
「愚かな。……俺から逃げられると本気で思ってるのか?」
……そして、聞こえてきたのは底冷えするほどの冷たい声。視界の隅で刃物が光ったと思ったときには全ての遅かった。胸倉を掴まれ、大きく横一文字に切り裂かれる胸元。
薄手の制服を突き破り、皮膚に走る痛みに息を呑む。
「っ、ぅ……っ!」
「曜ッ!!」
「貴様が暴れればあの男が傷つき、あの男が余計な真似をすれば貴様を傷付けよう。そうすれば公平だ。そうだろう?」
「な、に……言って……ッ」
「ああ……そういえば貴様、俺の指を噛んだな」
まさか、と思ったときにはもう遅い。獄長の手に握られた黒い銃、その銃口が巳亦に向いた瞬間、俺は「巳亦っ!」と叫んだ。けれどその声は破裂音に掻き消される。
赤く染まる巳亦の顔半分。濡れたような黒髪は赤い血で汚れ、前髪の下、破裂したように抉られたその右目部分を確認することはできなかった。
息が、浅くなる。ぼたぼたと濡れる赤い血。巳亦は悲鳴すらもあげなかった。ただ、食いしばる歯の奥、獣じみた浅い呼吸を繰り返していた。残った片方の血走った左目は、こちらを見た。大丈夫だ、そう言うかのように口が動いたが、言葉の代わりに溢れたのは赤が混ざった涎だ。
「み、また……」
声が震える。傷ついた体は、いくら不死身とはいえど普通ならば致命傷となり得るものばかりだ。散らばる脳漿、体液、溢れる臓物、血。それらを見て平気でいられるほど俺はできていないし、そんな人間になりたいとも思えない。
吐き気すらわからなかった。ただ、胸が苦しい。呼吸が浅くなり、目の前が暗くなる。巳亦が、俺のせいで苦しんでいる。
「他の男の心配か? ……随分と余裕があるようだな」
胸の傷口から溢れる血で体を汚すように上半身を撫でられる。俺は、今の一発で抵抗する気力が削がれていた。
逃げないといけない、以前として警報は頭の中で響きっぱなしだったが、それ以上に失敗したときのことを考えると恐ろしかった。
「……ほお、急に大人しくなったな。貴様もあれがそんなに大切なのか」
巳亦を指して笑う獄長に何を返す気力もなかった。
何も答えない、無反応を決め込む俺に獄長は不満に思ったらしい。胸を強く掴まれ、傷口から赤い血が溢れ出す。その痛みに堪らず喘いだ。
「ひ、く……っ」
「クク……何を泣いている、そんなに痛いか?それとも、あいつのために胸でも痛めてるのか」
「う、るさい……っ」
「貴様、誰に向かってそんな口を利いている」
「っ、い……ッ」
ぎゅっ、と胸の先端部を摘まれ、針を指すような鋭い痛みが走る。堪らず声を漏らせば、獄長はその指先に更に力を加えるのだ。潰され、そして引っ張られる。傷口が広がり、焼けるような熱と痛みに堪らず喘いだ。
「曜……ッ!」
片目を潰された巳亦は、真っ赤な声で俺を呼ぶ。
心配させてはいけない、そう思って咄嗟に唇を噛めば、獄長は楽しげに喉を鳴らして笑った。
「涙ぐましいな」
「ぅ、ぐ……んぅ……ッ!」
「けれど貴様の体はその口よりもずっと正直者のようだ。……痛みすら快感になるとは、人間の体の順応性というのは恐ろしいな」
「何、言って……っ」
言い終わるよりも先に、ぐっと肩を掴まれ、胸を無理矢理逸らされる。破けた皮膚、血で濡れた自分の胸が視界に入り、思わず目を反らしそうになった。
「見ろ。……貴様の粗末な生殖器官だけではなくこの胸もまるで女のように尖っている。俺を求めてな」
「バッカじゃねーの……っ、そんなわけ……」
ないだろ、と声を上げるよりも先に乳首を転がされ、思わず息を飲む。死ぬほど痛いし、油断したら涙だって出そうなのに、散々弄り回されたそこを捏ねられたら変な感じが腹の中からぞぞっと這い上がってくるのだ。
気持ちよくなんかない、寧ろこの男に体を好き勝手されるってだけで気持ち悪いのに、なんだこれ。
「は、なせ……っ、やめろ……ッ!」
「どうした、声が甘くなっているな。……俺のこと殺してやると息巻いていたのはどこのどいつだ?」
「……ッ、く……ぅ……ッ」
うるさい、うるさいうるさい。
耳元で囁かれるだけで頭の中が不安と焦りでグチャグチャになってもうわけわかんなくなる。
言い返してやりたいのに、口を開ければ変な声が出てしまいそうで嫌だった。
気持ちいいはずないだろ、こんな。
手袋越しに揉まれて、こんなちっこい場所イジられたって俺は男だ。気持ちいいはずなんかあるわけない。
「……っ、も……良いだろ……」
「……どうした? 平気なんだろう、ならば堂々と胸を張っていろ」
「あの男も心配してるぞ」と、耳元で囁かれ、カッと顔が熱くなる。巳亦から見たら俺は男相手に胸なんて揉まれてさぞ滑稽なことになってるだろう。もしかしたら呆れられてるかもしれない。愛想だって尽かされてるかもしれない。……それだけは嫌だ。
「ッ……」
「くく……ッ、今度はだんまりか。少しは学習できたか? ……最初からそうやって大人しくしてればいいものを」
この野郎、調子に乗りやがって。
殴ってやりたいけど、この男に圧倒的に負けてる。それに、巳亦をこれ以上傷付けられるのも耐えられない。
ぐっと唇を噛み、応える代わりに顔を反らした。
「……どこまで保つのやら」
項に吹き掛かる息に心臓が停まりそうになる。
好き勝手されるのは癪だけど、これはチャンスを伺うためだ。そう言い聞かせ、俺は目を閉じ、胸を這うその指を無視しようと試みた。
息を殺す。潰して押し出し、穿り返され、まるで玩具かなにかのように揉み扱かれ、転がされる。死ぬほどではない、我慢しようと思えばできる。徐々に迫り上がる体温、滲む汗、息を吐いて呼吸の乱れを誤魔化そうとした。
「……っ、ふ……」
「どうした、背筋が丸くなってるぞ。胸を逸らすな、と言ったはずだが?」
「ぅ、く……っ!」
「しかし少し弄っただけでさっきまで粒のようなものがここまで大きくなるとはな。……そんなに俺の指は良かったのか?」
「……っ」
獄長の言葉に、顔が焼けるように熱くなる。
嫌でも目に入った自分の胸に、血の気が引いた。
赤く汚れたそこは俺の目からわかるくらいツンと主張し、赤く腫れている。勃起したそこの側面から撫でるように柔らかく揉まれれば、得体の知れない感覚が腹の奥から込み上がってくる。
「ぅ……ふ……っ!」
「どうした、もじもじして。……また小便でも垂れ流すつもりか?」
巫山戯るな、という言葉を飲み、無意識に弓ぞりになる。下腹部が変だ、下腹部だけじゃない、触られてる胸もなんにもないはずなのに……むずむずしてくる。
股間の奥が熱く無数の虫が這いずるような気持ち悪さに身悶えた。かゆい、違う、なんだこれ。変だ。
また何か妙なことしたのか、この男は。
「っ……ぅ……く……ふ……っ」
「腰が揺れているぞ、曜。男のくせに胸を揉まれて悦んでいるのか、一丁前に」
「ふ……ッく、ぅ……ん……ッ!」
「巳亦、見ているか? 貴様の愛しい人の子は胸をイジられただけで勃起するような淫乱小僧だぞ。……いや、だからこそ貴様も誑かされたのか? ――子作りしか能のない淫乱同士お似合いだな」
「っ、おま、え……ッ」
俺のことはまだいい、けれど巳亦のことまで人聞きの悪いこという獄長にムカついて咄嗟に身を捩らせ、殴ってやろうかとしたとき。
「……お前、じゃないだろう、曜」
背筋が凍るようなその声に、体が縛り付けられたかのように動けなくなる。
ツンと尖った胸を指で弾かれ、腰が震えた。息が乱れる。目の前が熱い。怒りと熱に飲まれそうになる思考の中、不思議と獄長の声だけが頭の中に冷たく確かに届くのだ。
「……『獄長様、触ってください』だろう」
黒羽さんでもテミッドでもこの際リューグでもいい、なんでもいいからこの男をぶっ殺してくれ。
――誰が言うか、そんなこっ恥ずかしいセリフ。
言い返してやりたいのに言い返せないのが何よりも悔しかった。けれど、少しの間だけでも我慢して、黒羽さんかテミッドが来てくれれば。
「おい、何をしている? 早くその口で復唱しろ。……それとも、貴様の頭はとうとう言葉すらも通じなくなったのか?」
「……は……ッ?」
「何を呆けてる。言えと言ってるんだ」
「ああ……そうだ、ちゃんと自分で服を持ち上げて胸をこちらに向けろ」なんてちゃっかり追加注文してくる獄長に今度こそ怒りの限界に達しそうになる。
それにも関わらず、少しでも躊躇すれば獄長は容赦なく銃口を巳亦に向けるのだ。
「早くしろ、俺は気は長くないぞ」
そんなこと、知ってる。嫌ってほど知らされた。
ムカつくけど、腹立つけど、少しの我慢だ。巳亦を助けるためだと自分に言い聞かせながら、俺は制服の裾を持つ。
指が震える。顔が焼けるように熱くなる。耳だって、溶けてんじゃないかってくらい火照ってる。
「っ、曜、言わなくていい、そんなこと、お前がする必要は……」
「何をしている、曜。あの男が大切ならば……何をすべきかくらいその小さな頭で考えることくらいはできるだろう」
巳亦と獄長。どちらの言うことを聞けばいいのかなんて、わかりきっていた。最初から誰を助けるべきか決めていた、そのためにわざわざこんなところに来たのだ。
巳亦を傷つけるくらいなら、俺は。
「……く、ちょ……さま……」
「聞こえないな」
「っ、獄長…………………………さわって……くだ、さい……」
語気が萎む。こんなこと、なんで俺が言わなきゃいけないんだ。腹の中で文句を言ってやらないと気が済まない。
自分の意思で言葉にするということがここまで枷になるとは思わなかった。吐いた言葉が見えない縄となって全身を拘束されるようだった。
息を飲む巳亦、獄長は声も出さずに笑った。
「ほう……どうやらどこかの蛇よりも物分りがいいらしいな。……賢い餓鬼は嫌いじゃないぞ、曜」
「……っ、言っただろ、いい加減に、巳亦を……っ」
「何を言ってる? まさか、これで終わりだと思っていないだろうな」
「……ッ、ぅ、あ……ッ!」
突き出した胸を撫でていた指に抓られ、堪らず背筋を反らす。痛い、痛いのに、それ以上に、焼けるように熱い。
「や、め……ッ」
「……こんなに触ってほしそうに尖らせておいてどの口で言う」
「ひ……ッ、ぅ、く……ッ」
「どうした、……随分とここが苦しそうではないか。あのような粗末なものをここまで勃起させるとはな……涙ぐましいではないか」
誰が粗末だ。確かに、大きいかと言われればそう断言できるほど立派なものは持ち合わせていないけれどだ、言葉で貶され、それなのに萎えるどころか反応してしまう自分が余計悔しくて歯痒い。
背後から獄長に羽交い締めにされ、息を飲む。
身じろいだところでこの化物相手に力で勝てることはない。わかっていても、本能的に体が反応するのだ。
「は、なせぇ……っ」
「力が入っていないぞ、餓鬼。……なるほど、貴様は抓られるよりも揉まれる方が弱いのか」
「ッ……く、ひ……ッ!」
先程まで痛みしかなかったそこを柔らかく扱かれ、全身がぶるりと震える。
なにかがおかしい、自分の体じゃないみたいだ。
熱い、熱くて胸の先がジンジンして……崩れ落ちそうになる体は、辛うじて獄長に掴まれる形で体制を保っていた。
「っぃ、や……ッだ、ぁ……ッ」
「ほう、随分といい声で鳴くようになったではないか。……いいぞ、もっと聞かせろ。あの男にもたっぷり聞かせてやれ」
「っ、ぅ、ふ……ッく、ぅう……ッ!」
獄長の声にハッとし、歯を食いしばる。けれど、吐息混じりの声までは押し殺せなかった。
執拗に揉まれてる内に少し触られただけでも胸を貫かれるような電流が走り、何も考えられなくなった。
汗が滲む。爪先に力が入り、丸くなる。仰け反る俺を捕まえ、それでも執拗に指先で弄ばれれば俺はそれから逃れるように必死に獄長の体にズルズルと持たれてしまうのだ。
「ぅ、あ……っ、あぁ、嫌、触るな……ッ、嫌だ、クる……ッや、やめ……っ、いやだ……っ!」
見えないなにかが足元から這い上がってくるような得体のしれない恐怖に全身が震える。熱い、喉まで焼けてしまいそうだった。
獄長はそれでやめるような善人ではない。追い打ちをかけるように限界まで尖ったそこを揉まれ続けたとき、堰き止めていたなにかが自分の中で決壊する瞬間を確かに感じた。
真っ白に塗り潰される視界。
下腹部が、内腿が痙攣し、腰から力が抜け落ちる。
それとほぼ同時に、じわりと下腹部に嫌な熱が広がった。お漏らしに似た、いやそれ以上の不快感に堪らず呻く。
「っ、ふ……ッぅ……」
顔も上げることができなかった。
巳亦にどんな顔をしたらいいのかわからなくて、俯いたまま俺は確かな射精感を覚えた。
爽快感なんてありゃしない、あるのは耐え難い屈辱だけだ。
情けない。恥ずかしい。今更だとは言われても、獄長の手で、それもこんな状況にも関わらず快感を覚えてしまう自分の体の浅ましさにヘドが出る。
負傷していない方の巳亦の目と視線がぶつかった瞬間、全身の血液が沸騰したかのように熱くなる。
「っ、ぅ……ぁ……いやだ……み、るなぁ……」
「……っ、曜……」
呆れられてるだろう。今度こそ嫌われたのかもしれない。
血液で赤黒く濡れた前髪の下、陰った巳亦の表情は読めない。けれど俺を呼ぶその声に含まれるものは、明らかにいいものではなかった。
「見たか、巳亦。この餓鬼、胸を弄られただけで達したぞ。随分と素質があるらしいな……まさか貴様が仕込んだのか?」
「……っ……」
「ああ、そうか貴様らはまだ何もしていないのだったな。……だとしたらこの堪え症のなさは天性のものか」
まだ指の感覚が残ってるそこを引っ掻かれ、全神経に電流が走ったかのように体が反応する。
逃げ腰になる体を強引に捕まえられ、そしてやつは凶悪な笑みを浮かべてみせた。
「悪くないぞ、曜。……媚びることしか能しかない人間なりに、精々その体をつかって俺を愉しませてみろ」
足元も覚束ない体を軽々と引き摺られ、抵抗することもできなかった。
何をするつもりなのか、何を企んでるのかまるで理解できず、ただされるがままになっていた矢先だ。
暗転、どこかへと乱暴に突き飛ばされたかと思った瞬間、血の匂いが濃厚になる。
「……っ、ぐ……」
なにかにぶつかった。
そう理解した瞬間すぐそばから巳亦の声がして、慌てて体を起こそうとしたところを獄長によって制される。
巳亦の膝に座らされているとわかった。体の下の体温に血の気が引いた。
「っ、や、めろ……っ!」
「どうした、貴様の大好きな巳亦の側だぞ。よもや、この男の前は恥ずかしいなどと生娘のようなことを言うわけではないだろうな」
「散々醜態を晒しておいて今更恥が残っているのか、お前のような俗物に」慌てて退こうと腰を浮かそうとするが、上から覆いかぶさってくる獄長に腿を掴まれ、敵わなかった。
傷だらけの巳亦の負担になりたくない。それ以上にこんな至近距離で触れてくる獄長に殺意しか芽生えなくて、伸びてきた手を引き離したい衝動に駆られるが背後の巳亦のことが気がかりで躊躇う。
「っ、ユアン、貴様ッ!!」
「どうした? 大好きな曜を近くに感じて嬉しくはないのか」
「ふざけ……っ」
巳亦の体温が近い。
場違いだとわかってても、すぐそばにある巳亦の体温に安堵をせざるを得なかった。低体温気味だが、脈が早い。
それと同時に、巳亦が喋る度につむじあたりに息を感じ、嫌でも意識せずにはいられなくて。
流れ込んでくる心拍数が重なるように、心臓の音が加速する。
「……っ、み、また……見ないで……っ」
「っ曜……」
「勝手な真似をするなよ、巳亦。貴様は椅子だ。ただの家具に過ぎない。……精々この餓鬼が俺に犯され泣き喚いてるのを黙って指を咥えて見てるといい」
躊躇なく下腹部、その最奥へと触れてくる獄長に息を飲む。条件反射でその腕にしがみつきそうになるが、やつはそれに構わず指を捩じ込もうとしてきた。
「ひぐっ!」
声が堪えられなかった。排泄器官を無理矢理抉じ開けられるようなその痛みに内壁を引っ張られ、自然と涙が滲む。
焼けるように熱い。それでも無視してぐっと入ってくる指に声にならない声が洩れた。
「っ……やめろ……っ!ユアン!」
巳亦が止めてくれるのが嬉しい、というよりも情けなさでいっぱいだった。俺はこの人を助けたいだけなのに、余計に心配させてる。自分の方が苦しいに決まってるのに。
――居た堪れない。
椅子の上、拘束された巳亦の手に自分の掌を重ねた。
瞬間、微かに巳亦の手が反応する。動けないとわかってても、それでも、「曜」と、握り返してくれようと反応する巳亦に胸が痛む。
「……っみ、また……俺……大丈夫だから……大丈夫だよ、大丈夫……これくらい……へい、き……だから……っ」
「曜……やめろ、そんなこと、言わないでくれ……っ頼むから……」
巳亦、とその名前を呼ぼうとした瞬間だった。
「っう゛、ぎ」
下腹部に衝撃が走る。獄長の指を一本既に飲み込んでいたそこに三本一気に更に捩じ込まれたのだとわかったのは大きく持ち上げられた下腹部、そこに獄長の指を根本まで飲み込んでいるのが見えたからだ。
「――つまらんな」
そして、指の動きに合わせて収縮していたそこの動きも全部無視して強引に左右に押し広げられる。角度によれば中の肉が覗くほど強い力で広げられるそこに目を見開く。心臓が加速する。
「……っ、ぁ、や、め……ッ!」
「曜、貴様は俺に隠し事が出来ると思ってるのか。……本当はさっさと犯されたくて堪らない癖に何が大丈夫だ、真人間ぶるな。まだ何もしていないというのに既に肛門の口が開いているぞ」
「ち、が、ちが……っ」
「――一秒でも早くここにペニスを埋め込んでもらいたかったんだろう、ド淫乱の糞餓鬼が」
違う、という言葉は続かなかった。
空気を吐くこともできなかった。視界が黒に覆われる。
剥き出しになっていたそこに明らかに指とは違う熱、質量のものを押し当てられ、それがなんなのか理解した瞬間のことだった。
「ぎ――ッ!!」
「…………ッ、よ、う……」
凡そ人語として成り立っていない断末魔が自分の喉から溢れ出した。
腹を突き破られたかのほどの衝撃に黒く塗りつぶされていた視界が白に染まる。頭の中で警報が鳴り響く。逃げないと、そう思うのに容易く抱き込まれ、更に奥へと怒張したモノで腹の中を掻き回される。通常刺激されるはずのない場所を押し上げられた瞬間、自分のものではないような声が洩れた。
「っ、ぁ゛、は……ッ!」
黒羽に押し倒されたあの日の夜のことが蘇り、血の気が引く。けれどあの時とは決定的に違う、まだ零時ではなければ相手は黒羽さんでもない。――獄長だ。
「っ、嫌、やだ、抜っ、ぬひ、ぎ……! ぁ、ぁ゛ッ、あッ、ひ……ッ嫌だぁ……!!」
「……っ、クク……人間の体はやはり小さいな……っ! 力加減を見誤ってうっかり壊してしまいそうだっ!」
巳亦の心臓の音が、熱が、流れ込んでくる。何も言わない、言葉はない、どんな目でこちらを見てるのか確認するのも恐ろしかったし、俺自身にそんな余裕もなかった。
息をすることもできなくて、本当に体ぶっ壊れて喉からチンポ出てくんじゃないのかってレベルの痛みと圧迫感にひたすらえずく。負担に耐えられず打ち上げられた魚のように跳ねる体を更に体重かけて深く腰を落としてくるのだ。
セックス、なんて生易しいものではない。
繁殖目的の交尾でもない、ただ俺を貶め、自分の玩具だと見せしめるためだけの行為だ。
そこに快感などない。あるのは果のない屈辱と怒り、それと自己嫌悪。
「……っ、巳亦、貴様の恋人の中はなかなか悪くないぞ……」
「――……」
「っ、ぁ、や……だぁ……ぬ、ひ……ッ! ィ、抜いて、嫌だ、いやだぁ……ッ!」
獄長が動くたびに息が途切れ、声が乱れる。喉奥から漏れる声が悲鳴のような情けない声になる度に恥ずかしかったが、それでも、頭が回らなかった。苦しい、熱い、怖い。殺したい。助けてくれ。ぐっちゃぐちゃの感情の闇鍋みたいな中、わけのわからないまま条件反射で性器が頭擡げ始めるのを見て絶望する。
こんな不毛な行為、気持ちいいはずなのいのに、なんでだ。俺の意志とは裏腹に、根本まで挿入され腹の中パンパンに詰まったブツを出し入れされるだけで頭ん中までぐちゃぐちゃになって、ドーパミンみたいなのがドパドパ出てくるのだ。
「っ、ぁ、あっ、ィ、んんっぅ、う、ぁっ、あぁ……っ!!」
この男、俺の体になにかしたのか。そう思わないと、辻褄が、心と体が本当に噛み合わなくなる。
苦しいだけのはずなのに、耳の裏が、頭の中が酷く熱くなって、唾液が溢れる。性器の裏側を中からごりごりとこすられるだけですぐに性器に血流が流れ、あっという間に勃起してしまう。
先走りで濡れた自分のものが腰の動きに合わせて揺れるのが視界に入り、顔が熱くなる。嫌なのに、我慢したいのに、突かれる度に声が勝手に出てくるのだ。
「……っ、なんだ、これは。そんなに待ち遠しかったのか、雄に犯されるのが……ッ!」
「ちが、ぁ」
「……ハ! 違わないだろう、なんだこの体たらくは……腰まで振って、これではまるで盛りのついた犬ではないか」
「ひ、ちが、おれ、こんな……っおれ……みま、た……ちが、おれ、こんな……っひぎぅ!」
腰を抱きかかえられた瞬間、体重によって根本奥深くまでズンッと一気に入ってくる。その衝撃に耐えられず、目の前の獄長の体へとしがみつけばやつは喉を鳴らすようにして低く笑った。
「……違わないだろう、貴様は待ても出来ない駄犬だ」
「ぁ゛、ぁッ、ひんッ!」
「……っ、この俺がこうして自ら抱いてやってることに泣いて感謝しろ。本来ならば貴様のような堪え性のない男娼なんぞ相手にしないのだからな……っ!」
片腿を持ち上げられ、隙間ないくらい深く挿入されたかと思えばそのままグリグリと抉られ、全身が痙攣した。頭の中が茹で滾るようだった。溺れる。水なんてないはずなのに空気を奪われ、均等感覚すらも失い、ただ襲いかかってくる快感の波から逃れようと巳亦に縋りつこうと体をよじる。
その都度腿を、臀部ごと鷲掴まれ、引き戻され、肉が潰れるくらいの力でピストンを繰り返されるのだ。
「おぐッ、ぁ、奥、当たっ、ぁ、いひ……っ! ゃ、だめ、そこ……っだめ、おく……つぶれ……っ!!」
「よく見ろ、巳亦ッ! 貴様の愛した人間は嫌いな相手のペニスでも腰を振って善がるような阿婆擦れだ! 好きだのなんだの語っていたが射精さえすればなんでもいいという盛りのついたこの牝犬を貴様は伴侶に選ぶのか!」
「っ、い、ひ、ぁ、っうぅっ! いや、ぁ、みる、な……みないでぇ……っ!!」
恥ずかしいのと苦しいのと気持ちいいのと熱いのがまぜこぜになって、呂律の回らない舌を動かして懇願する。
わけわからなくなっても巳亦の視線が怖かった。嫌われたくなかった。失望されたくなかった。唯一の挟持を体で、心ごと、踏み潰されてズタボロにされる。
「逃げるな。……隅から隅まで見てもらえ、貴様のその恥体を」
必死に巳亦から離れようとしていた内にひっくり返っていた俺の後頭部を掴み、獄長は力づくで引き上げる。
瞬間、すぐ目の前には巳亦がいた。剥き出しになった肉からは赤い血が固まりかけていたのが見える。潰れた眼球が、たしかにこちらを見ていたのがわかった。
「みまた」と、咄嗟にその名前を呼んだときだった。
残っていた片方の目が、細められる。
それと、視界が遮られるのはほぼ同時だった。
「――っ、ん、ふ」
唇に触れる柔らかい感触に目を見開く。
血の味、鉄の匂い、覚えのある割れた舌の感触。すぐ目の前に巳亦がいて、キスされている。そう理解した瞬間、何も考えられなくなった。
「っ、貴様ら、何を……」
「っ、ぅ、んんっ、ん……っ! う……っ!!」
息苦しさ、酸素を求めようと薄く開いた唇に割って入ってくる舌に優しく舌を絡め取られる。目の前の巳亦の傷口が蠢くのがわかった。肉が、元の形へと戻ろうと蠢いてるのだ。グロテスクな巳亦の傷口から目を離せなかった。
それ以上に、俺は巳亦の行動に混乱していたのかもしれない。
獄長に首根っこを引っ張られ、無理矢理キスを中断させられる。今のキスだけで両目を取り戻した巳亦は、口元に薄く笑みを浮かべた。
それは、ゾッとするほど冷たいものだった。
「……人間の嫌なところは散々見てきたさ」
「今更、これくらいで嫌いになるわけ無いだろ」先程までの荒々しい怒りはない。その代わり、どこか諦めたような色すらもあるその目に腹の底から凍えるようだった。
「何を……」
獄長の顔が引き攣る。それを無視して、巳亦は俺の目を覗き込んだ。深い、真紅の瞳は見つめるだけで吸い込まれそうなくらい綺麗で、見られたくないって思うのに、不思議と巳亦から目が逸らせなくなる。
「曜、俺はどんなお前でも嫌いにならないよ。……だから、大丈夫だ。俺がお前を嫌になるはずがない。どんだけ貪欲だろうが、淫乱だろうが……こんなデクの棒相手に汚されようが俺はお前を嫌いにならないよ、曜」
冷たくて、それでいて深く包み込むような優しくて耳障りのいい声。散々なことを言われてるし見られてるってわかってても、嫌いにならない。その一言だけで頭の中を占めていたぐちゃぐちゃな感情が一気に浄化されるような錯覚に陥る。
なんだか泣きそうになる。悲しいわけではない。喜ぶところではないとわかってても、それでも受け入れられるってだけでこんなに心が満たされるとは思わなかった。
「っ、み、まひゃ……」
「……もっと、キスしてくれ。曜」
他の男に抱かれてる俺にそんなことを言う巳亦もおかしいのかもしれない。俺は人間だから、神様が考えてることなんてわかんないけど巳亦からしてみたら俺の悩みも全部ちっぽけなものなのかもしれない。そう思ったら、もう何も考えられなかった。
求められるがまま首を動かして巳亦の頬に擦り寄る。うまくキスできなくて、それでもよじ登るように巳亦にしがみついてその唇にぶつかるようなキスをしたときだった。
ぬるりとした二股の舌が唇に触れようとして、離れた。
否、背後の男に後ろ髪を掴まれ、無理矢理引き離されたのだ。
「っ、俺の許可なく勝手な真似をするな……!」
「ぁ゛、ひぐッ」
「貴様も貴様だ、節操のないだらしないガキが……! 貴様は今誰の相手をしている? ……俺以外の男を見るな……ッ!」
「ぁっ、ひッ、んんぅうあっ!」
不快感を顔に出した獄長に思いっきり腰を掴まれ、腹の奥、本来ならば開かれないそこを思いっきり先端部で潰され自分のものとは思えないような声が漏れる。
痛みよりも、得体の知れない強烈な刺激に頭の中は掻き乱され、俺はずり落ちる体を支えるように必死に目の前の巳亦にしがみついた。
「みまひゃ、みま、ぁ、あぁぁッ!」
甘勃ちした性器からは精液はもう出ない。代わりに止めどなく溢れるのは透明の液体と電流のような持続的な快感の波。痺れる下腹部に残る快感だけがただ焼け付くようだった。
「っ、曜……っ、俺だけを見てろ」
巳亦の声に辛うじて意識を取り留めることができた。巳亦、巳亦がいる。それだけで安堵して、俺は何を考えるよりも先に巳亦に口つけた。それはキスと呼ぶにはあまりにも稚拙で、押し付けるようなものだったがそれでも巳亦に触れた箇所は暖かくなっていく。
痛みが和らぐようだった。
「っ、は……ふ……んん……っ」
「……っ、この駄犬が……っ!」
「ん゛ひッ!!」
思いっきり臀部を叩かれ、皮膚が破裂するような痛みとともに全身に電流が流れる。焼けるように熱くなる尻をそのまま強く揉まれ、思いっきり中を抉られる。
「ぁ、ひぎ、ッ、ぉんぐぅッ!」
「貴様、人間の餓鬼のくせにこの俺を愚弄するのも大概にしろ……ッ! そんなに雄が好きか?堪え性のない発情犬目が……ッ!」
「ぉッ、うご……ほ……ぉ……ッ!」
「……ッ、は……クク……ハハ……ッ! …………不細工な面だな、巳亦貴様こんな餓鬼に本気で入れ込んでるというなら相当な悪趣味だぞ」
「……っ、は、……それはお互い様だろ。……それに、曜はどんだけ汚れてようが可愛いよ」
「貴様のような変態と一緒にするなッ!」
摩擦、摩耗、肉が無理矢理開かされる。内側から裏返るような錯覚。焼け付くほどの熱に内臓ごと焼き尽くされる。どこまでが自分の体なのかも判断つかなくなるほど俺の身体は獄長を受け入れるためだけの肉の器と化していた。妙な術はかかっていない、そう思いたいのに、まるで指先まで力が入らないのだ。
「っう、ぁぁああ゛!」
逃げる腰を掴まえられ、一気に根本まで叩き付けられる。それだけで脳は疑似絶頂を迎えるのだ。精液など等に出ない。代わりに先走りが巳亦にかかる。
開いたままの口からは唾液と獣じみた呼吸が溢れた。焦点がぶれる。頭が回らない。世界が歪む。自分が何者かすらわからなくなって、何をされてるのかもわからない。
それでも、巳亦がいる。それだけは確かにしっかりと体に残っていて。
「はぁ、……はぁっ……ぁ……ッ、みま、ひゃ……みま……」
「――……黙れ……ッ!!」
「ん゛ッ、ぅ、んんッ!」
顔を無理矢理上向かされたかと思えば視界が黒く塗り潰された。低体温の唇に噛みつかれる。下唇を舌で捲られ、無理矢理侵入してくる舌に咥内を執拗に舐られた。
これをキスと認めたくなかった。巳亦の優しいキスとは違う、奪うだけの獰猛な粘膜同士の接触。
「ん゛、ふッ! ぅ、んん……ぅうう゛ッ!」
上と下を同時に獄長で犯され、巳亦が遠のく。それが不安で、頭の中、俺は何度も巳亦を呼んだ。そうしなければ自我を保てなかった。すべてをこの男に持ってかれそうになったのだ。
「ぅ゛ご、ッむ、ぅ゛ングぅっ!」
揺さぶられる下腹部、持ち上げられた自分のつま先が獄長の肩の向こうで揺れるのをぼんやり眺めながら、ただひたすら受け入れることしかできなかった。頬を伝うのが涙なのか汗なのか或いは別の体液か、それすらもわからない。
「……ッ、……!」
舌に絡む獄長の舌が僅かに強張る。そして、腰を掴むその指先に力が籠もった瞬間、息を飲んだ。本能的危機感。今更それを覚えたところで意味なんてないというのに、身体はまだ逃れようとするのだ。
「っ、ぐぅッ!! んんぅううっ!」
怒張した性器が一層熱を持ったかと思った次の瞬間、腹の奥で吐き出される熱に堪らず全身が緊張する。仰け反る身体を抱き締められ、奥深くへ直接注がれるそれに頭が真っ白になった。
中に深く突き刺さっていたそれを引き抜かれた瞬間内壁ごと引きずり出されるような感覚を覚えた。栓を失い、閉じることもできずに開いたままのそこからは溢れ出すものが何なのか確かめる気力もなかった。唯一理性を保っていた緊張した糸が完全に断たれ、脱力する。足を閉じることもできないまま倒れそうになったときだ。
「曜っ!」
そう、巳亦の声がそばでしたと思った次の瞬間。何かが壊れるような音がした。鈍い音が聞こえたかと思った次の瞬間、しっかりと身体を抱き締められる。
びっくりして顔を上げればすぐ側に巳亦の顔があって。恐る恐る自分を抱きしめる腕に目を向け、ぎょっとする。
それは、獄長も同じだった。
「ぅ、え」
「な……貴様……ッ」
赤く染まるその腕は黒く蠢いていた。蛇の鱗に覆われた二の腕は赤黒く染まり、その一瞬、巳亦が何をしたのか理解した俺は血の気が引くのを覚えた。
「巳亦、腕が……ッ!」
「……なに、腕一本どうってことないさ。……しかし、この椅子は不良品だな。魔力は吸っても、神通力までは吸われないらしい」
「……っく……」
自分の腕を自分で千切って拘束を掻い潜り、そして瞬時に腕を修復させたということか。人間離れした力技に今更驚くなと言われても難しいが、それでも、またたく間に元に戻る腕にホッとするのもつかの間。
顔を掌で多い、俯き肩を震わせる獄長。悔しがってるのか、そう恐る恐る顔を上げたときだった。
「く……ククク……フハハハ!」
「……ッ!」
「……なるほど、そうか、そうだったか……貴様が神か、ああ……忘れていた、そうだな……そうだったな……貴様はここまで堕ちても神を名乗るほど面の皮が厚い男だったなッ!」
怒るのか、それとも悔しがるのか。そのどちらでもなく、獄長は楽しそうに口の端を釣り上げて笑うのだ。けれど、その目は笑っていない。
ビリビリと震える空気に威圧を覚え、身体が竦む。後退れば、荒業で拘束を掻い潜った巳亦に身体を抱き抱えられた。
「ああ、そうだよ。……俺を神だと思ってくれる子がいる限りね」
「……み、また?」
「大丈夫だよ、曜。お前はなんにも心配しなくていい」
優しい目。けれど、その奥の光は怪しく、冷たい。
膝の裏に差し込まれた掌に強く抱き締められる。開けた体の上に巳亦の上着を掛けられ、仄かに残った血の匂いと温もりに包まれた。
「……悔しいが、お前のお陰で俺に対する曜の信仰心は強くなった。お陰でこの通りだ」
「ハッ! それは良かったな。……それで?そこのガキを汚された恨みでも返すつもりか? 脳みそをぬるま湯に漬けたような思考でか?」
「あぁ、そうだな。俺も同じことをして返したいところだったが……それは俺の役目じゃない」
「その代わり」と、巳亦が口にしたと同時に空気が振動するのを感じた。ずっと続いていた地震とは桁違いだ。地面だけではなく空気ごと震わせるその振動に恐ろしくなって巳亦に抱きつけば、巳亦は何も言わずにただ俺の頭を優しくあやすように撫でる。
そして、笑った。
「――……お前の城を壊す」
床にピシリと亀裂が走る。
建物全体が軋み、あちこちに入るヒビから一部欠片が落ちてくる。地震は止むどころか次第に激しさを増す。俺一人ならば立ってられないほどの揺れだ、それでも、巳亦も獄長も顔色一つ変えずにそこにいた。
「クククッ! それが何を意味するのか分かってるのか? 貴様、ただでは済まんぞ」
「ああ、俺は別にどうなったって構いやしないよ。元よりどうでもいいと思っていた命だ。それなら、ここにいる連中全員俺が沈めてやる。そうすれば、曜に害なす者が居なくなるからな。……曜と穏やかに過ごせるなら万々歳じゃないか?」
「少しは治ったかと思えば変わらんな、貴様の危険思想は。…………――やはり早くに始末しておくべきだったか」
獄長の口から笑みが消える。
轟音。それが地割れからか、それとも空気の振動によるものなのかすら判断つかない。けれど、ただ、いまから恐ろしいことが起こる。それだけは俺でもわかった。
「み、また……これ……」
「大丈夫だよ、曜。……お前は少しの間眠ってればいい」
「すぐに終わらせるから」そう、巳亦の唇が額に触れたとき、全身を支配していた恐怖がずるりと抜け落ちる。否、意識ごと奪われたのだと理解したときには全て遅かった。
そして、誘導されるがまま連れて行かれた先にあったのはどこかで見たことのある重厚な造りの鉄製の扉だ。
「扉を開け。妙な真似はするなよ」
静かに獄長は命じる。その声は自分のものなのに、まるで自分の声とは違う鋭利な冷たさを孕んでいた。
鍵もついていないその扉を巳亦が開いた瞬間、中からは錆びた鉄のような匂いがぶわりと鼻腔へと染み渡る。催す吐き気。けれど獄長はそれを意図ともせず、「中へ入れ」と巳亦を先に歩かせた。
「ここは……」
扉の向こうにあったのは、薄暗い部屋だった。
石畳の床にできた赤黒い染み。それがこの部屋の異臭の原因に違いないだろう。
たくさんの西洋人形が落ちているその部屋には窓はない。明かりもない。蝋燭を立てるタイプの照明ものが壁に取り付けられるだけだ。
目を拵えると中央に何かがあることがわかる。
それは椅子のように見えた。一脚の椅子が、そこにぽつんと置かれていた。
なんの変哲もなく見えるがなぜだろうか、酷く嫌な気配を感じるのだ。
俺の中に入った獄長が、一歩、また一歩とその異様な部屋の中へと足を踏み入れる。
その瞬間。膝から力が抜ける。……膝だけではない、全身を支えていたものがごっそりと抜け落ちたみたいに体が脱力し、いきなりのことに対応しきれず俺はそのまま床の上に倒れそうになり、背後から伸びてきた何かに体を支えられる。
「曜!」
まだぼんやりと夢見てるような居心地の中、こちらを振り返った巳亦が目を見開いた。
それとほぼ同時だった。
「動くな」
すぐ背後から聞こえてきたのは、嫌ってほど聞き覚えのあるその低音の声。
腰に回された手は、俺の幻覚ではない。巳亦も信じられないものを見るかのようにこちらを見て、そして目を細める。
「……スペアか、随分と用意周到だな」
「職業柄体一つでは保たんのでな」
人形に変えられたはずのユアン獄長がそこにいた。
媒体があればそれを自我のように扱うことができる人形使い。改めてその事実を知れば、俺達が相手をしてるこの男が途方もない存在のように思えてゾッとした。
変わらない、それどころか傷一つもついていない無傷の相手を見てめまいを覚える。
「そこの椅子に座れ」
俺を捕まえたまま、獄長は巳亦に命じた。
あの椅子に座れば最後、本当に、本当に手遅れになってしまう気がして怖かった。
「み、また」
やめろ、と身を乗り出そうとすれば、首筋にひやりとした感触が押し当てられる。それを見た瞬間、巳亦は「やめろ」と聞いたことのないような大きな声で叫んだ。
「……っ、座る! 座ればいいんだろ……!」
「巳亦……っ!」
「曜……俺は大丈夫だから」
俺の心情を察したのだろう。
そう、安心させるように笑うが、俺は正直気が気ではなかった。
言われた通り、巳亦が椅子に腰をおろした瞬間。
どこからともなく大量の鎖が生え、巳亦の首を、足を、両腕を、胴体を椅子へと縛り付ける。
「っ……」
肘置きに固定された腕を見た巳亦は、忌々しそうに顔を顰めた。身じろぎをするが、緩む気配はない。それどころか、鎖同士がぶつかる音ともに一層拘束が強まるのがわかった。
「どうした、随分と驚いた顔をしているな。……この魔力制御椅子の効果に驚いたか?そうだろうな。大抵の魔族ならこの椅子に座ったら最後……――どんな化物も無能同然だ」
なんでそんなものがここに、と思ったが、この施設がなんなのかを思い出す。魔界の危険因子を集めた政府公認の収容施設、その地下監獄だ。
巳亦の様子からして、獄長の言葉がただの仰々しいものではないとわかる。
「……っ、巳亦……っ」
「動くな」
このままでは、と駆け寄ろうとしたときだった。
それよりも早く銃を手にした獄長が巳亦の胸に向かって発砲する。瞬間、巳亦の体が跳ね上がり、鉛玉を食らったそこからは血が吹き出した。
「ぐ……ッ!」
「巳亦ッ!」
「俺の指示もなしに動くなと言ってるだろう、貴様の頭では理解できないか? 貴様が俺に逆らう都度この男の体に穴が開くと思え。……それとも、なんだ。貴様は風通しがいい方が好みか?」
「…………っ!」
足が、動かない。動けるわけがなかった。
俺の行動一つで巳亦が傷付く。
巳亦の胸から溢れ出す赤い血がシャツを汚す。濃厚な血の匂いが更に濃さを増した。
逃げも隠れもできない巳亦は、強張った顔に無理やり笑顔を浮かべるのだ。
「……大丈夫だ、曜……俺は死なない」
「くく……そうだな、不死者は肉体的に完全に死ぬことはない。けれど、心はどうだ?」
「な……」
「任しておけ。不死者の処刑は何度かしたことがある。皆、夢を見るただの肉塊になった。ある者は悪夢に耐えられずに自ら生きることを放棄し、ある者は自我を失った。……貴様はどこまで耐えられるのだろうな」
「そりゃ楽しみだな……生憎、こちらと悪夢は見慣れてるんでね」
胸を撃ち抜かれてもなお、笑い、言い返す巳亦。
不死身とは言ったが、痛覚がないわけではないだろう。人間の体とは違う、わかってても正気でいられなかった。
「巳亦……み、また……血が……っ」
「大丈夫だ、曜、大丈夫だからそんな顔するな……俺は平気だから……こんなの……」
安心させるように巳亦は笑う。けれど、あふれる血は止まらない。巳亦は傷付いている。その事実に、酷く自分が情けなくなった。
俺がもっと強ければ、ここにいるのが俺じゃなくて黒羽さんやテミッドだったら、助けられたかもしれない。
けれど今は俺が下手な真似をするだけで巳亦が傷付く。
そんな条件を出されてしまえば、なにもできない。それと同時に、何もできない自分がなによりも嫌で、悔しくて、泣きそうになる。
そんな俺の肩を、獄長に掴まれた。革手袋越しの感触にぎょっとしたとき、変わらない冷たい表情でやつは言い放つのだ。
「そうか。ならば人間、貴様の手で傷をつけてやれ」
一瞬、この男が何を言ってるのかわからなかった。
「……な、に言って……」
「聞こえなかったか。やれと言ってるんだ」
掴まれた手に、短刀を握らされる。
硬い感触が嫌で、慌てて手を離そうとするのを無理矢理手のひらごと掴んで握り込ませられる。
「……っ、い、いやだ……そんなこと、できるわけ……っ」
「曜」
「……み、また……」
「……俺のことはいいから、やってくれ」
……おかしいだろ、いくら不死身だからって痛覚はあるんだ。
そんなことすれば、巳亦が辛い思いするのはわかってる。
助けたい相手を自分の手で傷付ける、そんなことできるわけがない。
喉が酷く乾くようだった。
そんなことしたくないのに、巳亦はやれというのだ。そうしないと、俺達の身が危ない。否、きっと巳亦のことだ、自分のことは二の次で俺のことしか考えてない。俺が、この男の手から逃れる方法を。
だから、そんな残酷なことが言えるのだ。
「肺を潰すか、それとも筋肉の筋を切断するか。ここは内臓を引き摺り出して血抜きするのも悪くないな。悲鳴は聞けるように喉は最後まで残しておけ」
「っ、嫌だ……っ、そんな真似……」
「……っ、曜……」
「拒むつもりか」
「で、きるわけないだろ……っ!いくら巳亦が不死身だからって……こんな……酷い真似……!!」
「なら俺がしてやろう」
え、と俺が声をあげるのとそれはほぼ同時だった。
俺の手から短刀を取り上げられたかと思った瞬間、獄長は躊躇なくその短刀を巳亦の腹部に突き立てるのだ。
「ぅ゛、ぐッ!」
それを横一文字に裂いた瞬間、巳亦の体が大きく跳ねる。口から赤い液体がどろりと溢れ出し、拭うものもないその血が巳亦の口元を、首筋を、上半身を真っ赤に濡らすのだ。
一瞬何が起きたのかわからなかった。けれど、深く根本まで突き刺さった短刀を見た瞬間、口から悲鳴のような声が漏れた。
「巳亦ッ!!」
「だ、い……じょ……ぶだ……曜……」
咳をする巳亦。その度に血が溢れる。青い顔。けれど、その目は輝きを失っていない。俺を確かに捉え、そしてやっぱりあの優しい顔で笑うのだ。
「巳亦ッ、巳亦……ッ」
「貴様がしなくてもこいつを痛めつけることは容易い。不死者となればあらゆる手段を使うこともできて興も尽きない。……ああそうだ、貴様がしなくてもだ」
耳元、囁くように吐き捨てられるその言葉は呪縛のように脳髄へと染み渡り、俺をどん底へと突き落とす。
俺が巳亦を傷付けることを拒んだところで、何も変わらない。獄長の言うとおり、これは獄長が楽しむためだけの余興だ。そこに俺の意思なんて関係ないのだ。
目の前が真っ暗になる。呆然としたところに、いきなりの前髪を掴まれた。
「っぐ、ぅ」
「しかし、俺の命令に従わなかった処罰は受けてもらうぞ……曜」
濡れたような黒髪の下覗くこちらを見つめる赤い目が、細くなる。薄く、色の失せたその唇は歪に笑ってみせた。
温かみを感じさせない無機質な笑顔。
……けれど、その目の奥渦巻くそれは人間なんかよりも遥かに残忍で、その目に見つめられた俺は命の危機を肌で感じた。
「ッ曜に、手を出すな……」
「妙な真似をするなと言ったはずだ。このガキの腹にお揃いの風穴開けてやってもいいんだぞ」
「……ッ」
「やはり、貴様はどんな悪夢よりもこんな小便臭いガキが傷つくことを恐れるらしいな」
「惚れているのか」そう、囁くように問いかけるその声は俺ではなく、確かに巳亦へと向けられていた。
伸びてきた手に喉元を掴まれる。顔を上げさせられ、顎と首の付け根をなぞる革手袋の感触に息を詰める。
「ユアン……ッ」
巳亦がそう、目を見開いた瞬間だった。
巳亦の腹を裂いた短刀が、首筋に沿うように向けられる。
「妙な真似をするなと言っただろう」
赤黒く濡れた、肉片のようなもので汚れたその短刀から目をそらせなかった。冷たい汗が滲む。濃厚な巳亦の血の匂いに、頭の奥が熱くなる。息が苦しい。
この男は人を傷付けることをなんとも思っていないのだ。
それを知ってる巳亦は、口を閉じた。肘置き部分を掴むその手に、青筋が浮かぶ。
おとなしくなった巳亦を一瞥し、獄長はその赤い目をこちらに向けるのだ。愉しそうに。
「口を開け」
「……っ」
「ああ、そうだ。……その小さい舌も出すんだ」
刃物を握った手で、俺の唇を摘む。
すぐ顔の側で嫌に光るそれを意識しながら、俺は、言われるがままに口を開いた。本当は従いたくもないが、これ以上巳亦が傷つくのを見たくなかった。
ゆっくりと口を開けば、口の中に親指が捩じ込まれる。革の乾いた感触に全身が強張る。無遠慮にねじ込まれたそれにより思い切り口をこじ開けられた。
顎が外れそうになったときだ、視界が陰る。
唇に何かが触れた。そう思ったときにはもう遅かった。
「ん゛ぅ……ッ、ふ、んぅう……ッ!」
咥内を掻き回される。俺よりも冷たいその舌の感触で口はいっぱいになり、粘膜同士が擦れるたびに全身が震えた。忘れていたかったあのときの熱が蘇る。
獄長に意識を乗っ取られたあのときの羞恥すらも。
「やめろッ! ユアン!」
微睡みかけた意識の中、聞こえてきた巳亦の怒声にハッとする。俺から唇を離した獄長は、自分の唇を指で拭った。
「たかが接吻程度で反応するとはな。そうやってこの男も誑かして可愛がってもらったのか、人間」
「それともなんだ、もう種付はしてもらったのか」そう、獄長は反応しかけていた俺の下腹部を掴み、猥雑に笑う。不可抗力とはいえ、見境なく熱を持ち始めていた自身を暴かれ、羞恥と情けなさで顔が熱くなった。
けれど、それ以上に頭にきたのは巳亦に対する言葉だ。
「っ、違う、巳亦は、そんなことしない……っ!」
「……ほお。そうか、この蛇男とはまだ何もしていないのか。……ククッ、なるほどな」
少なくともまだ何もされていないのは事実だ。
撤回してもらいたくて言った言葉だが、獄長はもっといい玩具でも見つけたかのように低く喉を鳴らし笑うのだ。そして、俺の腰を抱いた。
裾の下から滑り込んでくるその手は、円を描くように腹を撫でた。すると、獄長の手に反応するかのように触れられた箇所が暖かくなる。じわりじわりと下腹部に熱に全身が震え、息を呑む。
「巳亦、お前の大切な人間は俺が丁重に扱ってやろう。二度と貴様がわからなくなるようにな」
「貴様……っ!!」
「暴れても無駄だ。力を使おうとしたところでその椅子が全て吸い取るだけだ。貴様はそこで指を咥えて見ているといい。このガキが俺に陵辱され苦痛で泣き叫ぶ姿をただ指咥えてな」
その言葉に、血の気が引いた。
あのときは、リューグが助けてくれた。けれど今は、いない。いるのは手足も出ない巳亦だけだ。
まずい、と思ったときには何もかもが手遅れだった。獄長の腕から逃れようとしたとき、耳朶に唇を押し付けられた。
「っ、や、め」
「さっきの約束をもう忘れたか。貴様が抵抗すればあの男の体に穴が空く」
「今度は……そうだな、あの目障りな目を潰すか」そんなことを平然と言ってのけるこの男に何も言えなかった。逃げようと伸ばされた手はやり場を失う。
巳亦が傷つくのは、嫌だ。それなら、俺が我慢すれば……。
「ッ俺のことはいい、曜、逃げろ! 黒羽さんたちのところに行くんだ!」
俺の思考を掻き消すほどの声だった。
巳亦の言葉に、弾かれたように俺は獄長の指に噛み付いた。舌打ちとともに拘束が緩む。その瞬間を狙い、獄長を突き飛ばそうと腕を突っぱねるが……びくともしない。
「愚かな。……俺から逃げられると本気で思ってるのか?」
……そして、聞こえてきたのは底冷えするほどの冷たい声。視界の隅で刃物が光ったと思ったときには全ての遅かった。胸倉を掴まれ、大きく横一文字に切り裂かれる胸元。
薄手の制服を突き破り、皮膚に走る痛みに息を呑む。
「っ、ぅ……っ!」
「曜ッ!!」
「貴様が暴れればあの男が傷つき、あの男が余計な真似をすれば貴様を傷付けよう。そうすれば公平だ。そうだろう?」
「な、に……言って……ッ」
「ああ……そういえば貴様、俺の指を噛んだな」
まさか、と思ったときにはもう遅い。獄長の手に握られた黒い銃、その銃口が巳亦に向いた瞬間、俺は「巳亦っ!」と叫んだ。けれどその声は破裂音に掻き消される。
赤く染まる巳亦の顔半分。濡れたような黒髪は赤い血で汚れ、前髪の下、破裂したように抉られたその右目部分を確認することはできなかった。
息が、浅くなる。ぼたぼたと濡れる赤い血。巳亦は悲鳴すらもあげなかった。ただ、食いしばる歯の奥、獣じみた浅い呼吸を繰り返していた。残った片方の血走った左目は、こちらを見た。大丈夫だ、そう言うかのように口が動いたが、言葉の代わりに溢れたのは赤が混ざった涎だ。
「み、また……」
声が震える。傷ついた体は、いくら不死身とはいえど普通ならば致命傷となり得るものばかりだ。散らばる脳漿、体液、溢れる臓物、血。それらを見て平気でいられるほど俺はできていないし、そんな人間になりたいとも思えない。
吐き気すらわからなかった。ただ、胸が苦しい。呼吸が浅くなり、目の前が暗くなる。巳亦が、俺のせいで苦しんでいる。
「他の男の心配か? ……随分と余裕があるようだな」
胸の傷口から溢れる血で体を汚すように上半身を撫でられる。俺は、今の一発で抵抗する気力が削がれていた。
逃げないといけない、以前として警報は頭の中で響きっぱなしだったが、それ以上に失敗したときのことを考えると恐ろしかった。
「……ほお、急に大人しくなったな。貴様もあれがそんなに大切なのか」
巳亦を指して笑う獄長に何を返す気力もなかった。
何も答えない、無反応を決め込む俺に獄長は不満に思ったらしい。胸を強く掴まれ、傷口から赤い血が溢れ出す。その痛みに堪らず喘いだ。
「ひ、く……っ」
「クク……何を泣いている、そんなに痛いか?それとも、あいつのために胸でも痛めてるのか」
「う、るさい……っ」
「貴様、誰に向かってそんな口を利いている」
「っ、い……ッ」
ぎゅっ、と胸の先端部を摘まれ、針を指すような鋭い痛みが走る。堪らず声を漏らせば、獄長はその指先に更に力を加えるのだ。潰され、そして引っ張られる。傷口が広がり、焼けるような熱と痛みに堪らず喘いだ。
「曜……ッ!」
片目を潰された巳亦は、真っ赤な声で俺を呼ぶ。
心配させてはいけない、そう思って咄嗟に唇を噛めば、獄長は楽しげに喉を鳴らして笑った。
「涙ぐましいな」
「ぅ、ぐ……んぅ……ッ!」
「けれど貴様の体はその口よりもずっと正直者のようだ。……痛みすら快感になるとは、人間の体の順応性というのは恐ろしいな」
「何、言って……っ」
言い終わるよりも先に、ぐっと肩を掴まれ、胸を無理矢理逸らされる。破けた皮膚、血で濡れた自分の胸が視界に入り、思わず目を反らしそうになった。
「見ろ。……貴様の粗末な生殖器官だけではなくこの胸もまるで女のように尖っている。俺を求めてな」
「バッカじゃねーの……っ、そんなわけ……」
ないだろ、と声を上げるよりも先に乳首を転がされ、思わず息を飲む。死ぬほど痛いし、油断したら涙だって出そうなのに、散々弄り回されたそこを捏ねられたら変な感じが腹の中からぞぞっと這い上がってくるのだ。
気持ちよくなんかない、寧ろこの男に体を好き勝手されるってだけで気持ち悪いのに、なんだこれ。
「は、なせ……っ、やめろ……ッ!」
「どうした、声が甘くなっているな。……俺のこと殺してやると息巻いていたのはどこのどいつだ?」
「……ッ、く……ぅ……ッ」
うるさい、うるさいうるさい。
耳元で囁かれるだけで頭の中が不安と焦りでグチャグチャになってもうわけわかんなくなる。
言い返してやりたいのに、口を開ければ変な声が出てしまいそうで嫌だった。
気持ちいいはずないだろ、こんな。
手袋越しに揉まれて、こんなちっこい場所イジられたって俺は男だ。気持ちいいはずなんかあるわけない。
「……っ、も……良いだろ……」
「……どうした? 平気なんだろう、ならば堂々と胸を張っていろ」
「あの男も心配してるぞ」と、耳元で囁かれ、カッと顔が熱くなる。巳亦から見たら俺は男相手に胸なんて揉まれてさぞ滑稽なことになってるだろう。もしかしたら呆れられてるかもしれない。愛想だって尽かされてるかもしれない。……それだけは嫌だ。
「ッ……」
「くく……ッ、今度はだんまりか。少しは学習できたか? ……最初からそうやって大人しくしてればいいものを」
この野郎、調子に乗りやがって。
殴ってやりたいけど、この男に圧倒的に負けてる。それに、巳亦をこれ以上傷付けられるのも耐えられない。
ぐっと唇を噛み、応える代わりに顔を反らした。
「……どこまで保つのやら」
項に吹き掛かる息に心臓が停まりそうになる。
好き勝手されるのは癪だけど、これはチャンスを伺うためだ。そう言い聞かせ、俺は目を閉じ、胸を這うその指を無視しようと試みた。
息を殺す。潰して押し出し、穿り返され、まるで玩具かなにかのように揉み扱かれ、転がされる。死ぬほどではない、我慢しようと思えばできる。徐々に迫り上がる体温、滲む汗、息を吐いて呼吸の乱れを誤魔化そうとした。
「……っ、ふ……」
「どうした、背筋が丸くなってるぞ。胸を逸らすな、と言ったはずだが?」
「ぅ、く……っ!」
「しかし少し弄っただけでさっきまで粒のようなものがここまで大きくなるとはな。……そんなに俺の指は良かったのか?」
「……っ」
獄長の言葉に、顔が焼けるように熱くなる。
嫌でも目に入った自分の胸に、血の気が引いた。
赤く汚れたそこは俺の目からわかるくらいツンと主張し、赤く腫れている。勃起したそこの側面から撫でるように柔らかく揉まれれば、得体の知れない感覚が腹の奥から込み上がってくる。
「ぅ……ふ……っ!」
「どうした、もじもじして。……また小便でも垂れ流すつもりか?」
巫山戯るな、という言葉を飲み、無意識に弓ぞりになる。下腹部が変だ、下腹部だけじゃない、触られてる胸もなんにもないはずなのに……むずむずしてくる。
股間の奥が熱く無数の虫が這いずるような気持ち悪さに身悶えた。かゆい、違う、なんだこれ。変だ。
また何か妙なことしたのか、この男は。
「っ……ぅ……く……ふ……っ」
「腰が揺れているぞ、曜。男のくせに胸を揉まれて悦んでいるのか、一丁前に」
「ふ……ッく、ぅ……ん……ッ!」
「巳亦、見ているか? 貴様の愛しい人の子は胸をイジられただけで勃起するような淫乱小僧だぞ。……いや、だからこそ貴様も誑かされたのか? ――子作りしか能のない淫乱同士お似合いだな」
「っ、おま、え……ッ」
俺のことはまだいい、けれど巳亦のことまで人聞きの悪いこという獄長にムカついて咄嗟に身を捩らせ、殴ってやろうかとしたとき。
「……お前、じゃないだろう、曜」
背筋が凍るようなその声に、体が縛り付けられたかのように動けなくなる。
ツンと尖った胸を指で弾かれ、腰が震えた。息が乱れる。目の前が熱い。怒りと熱に飲まれそうになる思考の中、不思議と獄長の声だけが頭の中に冷たく確かに届くのだ。
「……『獄長様、触ってください』だろう」
黒羽さんでもテミッドでもこの際リューグでもいい、なんでもいいからこの男をぶっ殺してくれ。
――誰が言うか、そんなこっ恥ずかしいセリフ。
言い返してやりたいのに言い返せないのが何よりも悔しかった。けれど、少しの間だけでも我慢して、黒羽さんかテミッドが来てくれれば。
「おい、何をしている? 早くその口で復唱しろ。……それとも、貴様の頭はとうとう言葉すらも通じなくなったのか?」
「……は……ッ?」
「何を呆けてる。言えと言ってるんだ」
「ああ……そうだ、ちゃんと自分で服を持ち上げて胸をこちらに向けろ」なんてちゃっかり追加注文してくる獄長に今度こそ怒りの限界に達しそうになる。
それにも関わらず、少しでも躊躇すれば獄長は容赦なく銃口を巳亦に向けるのだ。
「早くしろ、俺は気は長くないぞ」
そんなこと、知ってる。嫌ってほど知らされた。
ムカつくけど、腹立つけど、少しの我慢だ。巳亦を助けるためだと自分に言い聞かせながら、俺は制服の裾を持つ。
指が震える。顔が焼けるように熱くなる。耳だって、溶けてんじゃないかってくらい火照ってる。
「っ、曜、言わなくていい、そんなこと、お前がする必要は……」
「何をしている、曜。あの男が大切ならば……何をすべきかくらいその小さな頭で考えることくらいはできるだろう」
巳亦と獄長。どちらの言うことを聞けばいいのかなんて、わかりきっていた。最初から誰を助けるべきか決めていた、そのためにわざわざこんなところに来たのだ。
巳亦を傷つけるくらいなら、俺は。
「……く、ちょ……さま……」
「聞こえないな」
「っ、獄長…………………………さわって……くだ、さい……」
語気が萎む。こんなこと、なんで俺が言わなきゃいけないんだ。腹の中で文句を言ってやらないと気が済まない。
自分の意思で言葉にするということがここまで枷になるとは思わなかった。吐いた言葉が見えない縄となって全身を拘束されるようだった。
息を飲む巳亦、獄長は声も出さずに笑った。
「ほう……どうやらどこかの蛇よりも物分りがいいらしいな。……賢い餓鬼は嫌いじゃないぞ、曜」
「……っ、言っただろ、いい加減に、巳亦を……っ」
「何を言ってる? まさか、これで終わりだと思っていないだろうな」
「……ッ、ぅ、あ……ッ!」
突き出した胸を撫でていた指に抓られ、堪らず背筋を反らす。痛い、痛いのに、それ以上に、焼けるように熱い。
「や、め……ッ」
「……こんなに触ってほしそうに尖らせておいてどの口で言う」
「ひ……ッ、ぅ、く……ッ」
「どうした、……随分とここが苦しそうではないか。あのような粗末なものをここまで勃起させるとはな……涙ぐましいではないか」
誰が粗末だ。確かに、大きいかと言われればそう断言できるほど立派なものは持ち合わせていないけれどだ、言葉で貶され、それなのに萎えるどころか反応してしまう自分が余計悔しくて歯痒い。
背後から獄長に羽交い締めにされ、息を飲む。
身じろいだところでこの化物相手に力で勝てることはない。わかっていても、本能的に体が反応するのだ。
「は、なせぇ……っ」
「力が入っていないぞ、餓鬼。……なるほど、貴様は抓られるよりも揉まれる方が弱いのか」
「ッ……く、ひ……ッ!」
先程まで痛みしかなかったそこを柔らかく扱かれ、全身がぶるりと震える。
なにかがおかしい、自分の体じゃないみたいだ。
熱い、熱くて胸の先がジンジンして……崩れ落ちそうになる体は、辛うじて獄長に掴まれる形で体制を保っていた。
「っぃ、や……ッだ、ぁ……ッ」
「ほう、随分といい声で鳴くようになったではないか。……いいぞ、もっと聞かせろ。あの男にもたっぷり聞かせてやれ」
「っ、ぅ、ふ……ッく、ぅう……ッ!」
獄長の声にハッとし、歯を食いしばる。けれど、吐息混じりの声までは押し殺せなかった。
執拗に揉まれてる内に少し触られただけでも胸を貫かれるような電流が走り、何も考えられなくなった。
汗が滲む。爪先に力が入り、丸くなる。仰け反る俺を捕まえ、それでも執拗に指先で弄ばれれば俺はそれから逃れるように必死に獄長の体にズルズルと持たれてしまうのだ。
「ぅ、あ……っ、あぁ、嫌、触るな……ッ、嫌だ、クる……ッや、やめ……っ、いやだ……っ!」
見えないなにかが足元から這い上がってくるような得体のしれない恐怖に全身が震える。熱い、喉まで焼けてしまいそうだった。
獄長はそれでやめるような善人ではない。追い打ちをかけるように限界まで尖ったそこを揉まれ続けたとき、堰き止めていたなにかが自分の中で決壊する瞬間を確かに感じた。
真っ白に塗り潰される視界。
下腹部が、内腿が痙攣し、腰から力が抜け落ちる。
それとほぼ同時に、じわりと下腹部に嫌な熱が広がった。お漏らしに似た、いやそれ以上の不快感に堪らず呻く。
「っ、ふ……ッぅ……」
顔も上げることができなかった。
巳亦にどんな顔をしたらいいのかわからなくて、俯いたまま俺は確かな射精感を覚えた。
爽快感なんてありゃしない、あるのは耐え難い屈辱だけだ。
情けない。恥ずかしい。今更だとは言われても、獄長の手で、それもこんな状況にも関わらず快感を覚えてしまう自分の体の浅ましさにヘドが出る。
負傷していない方の巳亦の目と視線がぶつかった瞬間、全身の血液が沸騰したかのように熱くなる。
「っ、ぅ……ぁ……いやだ……み、るなぁ……」
「……っ、曜……」
呆れられてるだろう。今度こそ嫌われたのかもしれない。
血液で赤黒く濡れた前髪の下、陰った巳亦の表情は読めない。けれど俺を呼ぶその声に含まれるものは、明らかにいいものではなかった。
「見たか、巳亦。この餓鬼、胸を弄られただけで達したぞ。随分と素質があるらしいな……まさか貴様が仕込んだのか?」
「……っ……」
「ああ、そうか貴様らはまだ何もしていないのだったな。……だとしたらこの堪え症のなさは天性のものか」
まだ指の感覚が残ってるそこを引っ掻かれ、全神経に電流が走ったかのように体が反応する。
逃げ腰になる体を強引に捕まえられ、そしてやつは凶悪な笑みを浮かべてみせた。
「悪くないぞ、曜。……媚びることしか能しかない人間なりに、精々その体をつかって俺を愉しませてみろ」
足元も覚束ない体を軽々と引き摺られ、抵抗することもできなかった。
何をするつもりなのか、何を企んでるのかまるで理解できず、ただされるがままになっていた矢先だ。
暗転、どこかへと乱暴に突き飛ばされたかと思った瞬間、血の匂いが濃厚になる。
「……っ、ぐ……」
なにかにぶつかった。
そう理解した瞬間すぐそばから巳亦の声がして、慌てて体を起こそうとしたところを獄長によって制される。
巳亦の膝に座らされているとわかった。体の下の体温に血の気が引いた。
「っ、や、めろ……っ!」
「どうした、貴様の大好きな巳亦の側だぞ。よもや、この男の前は恥ずかしいなどと生娘のようなことを言うわけではないだろうな」
「散々醜態を晒しておいて今更恥が残っているのか、お前のような俗物に」慌てて退こうと腰を浮かそうとするが、上から覆いかぶさってくる獄長に腿を掴まれ、敵わなかった。
傷だらけの巳亦の負担になりたくない。それ以上にこんな至近距離で触れてくる獄長に殺意しか芽生えなくて、伸びてきた手を引き離したい衝動に駆られるが背後の巳亦のことが気がかりで躊躇う。
「っ、ユアン、貴様ッ!!」
「どうした? 大好きな曜を近くに感じて嬉しくはないのか」
「ふざけ……っ」
巳亦の体温が近い。
場違いだとわかってても、すぐそばにある巳亦の体温に安堵をせざるを得なかった。低体温気味だが、脈が早い。
それと同時に、巳亦が喋る度につむじあたりに息を感じ、嫌でも意識せずにはいられなくて。
流れ込んでくる心拍数が重なるように、心臓の音が加速する。
「……っ、み、また……見ないで……っ」
「っ曜……」
「勝手な真似をするなよ、巳亦。貴様は椅子だ。ただの家具に過ぎない。……精々この餓鬼が俺に犯され泣き喚いてるのを黙って指を咥えて見てるといい」
躊躇なく下腹部、その最奥へと触れてくる獄長に息を飲む。条件反射でその腕にしがみつきそうになるが、やつはそれに構わず指を捩じ込もうとしてきた。
「ひぐっ!」
声が堪えられなかった。排泄器官を無理矢理抉じ開けられるようなその痛みに内壁を引っ張られ、自然と涙が滲む。
焼けるように熱い。それでも無視してぐっと入ってくる指に声にならない声が洩れた。
「っ……やめろ……っ!ユアン!」
巳亦が止めてくれるのが嬉しい、というよりも情けなさでいっぱいだった。俺はこの人を助けたいだけなのに、余計に心配させてる。自分の方が苦しいに決まってるのに。
――居た堪れない。
椅子の上、拘束された巳亦の手に自分の掌を重ねた。
瞬間、微かに巳亦の手が反応する。動けないとわかってても、それでも、「曜」と、握り返してくれようと反応する巳亦に胸が痛む。
「……っみ、また……俺……大丈夫だから……大丈夫だよ、大丈夫……これくらい……へい、き……だから……っ」
「曜……やめろ、そんなこと、言わないでくれ……っ頼むから……」
巳亦、とその名前を呼ぼうとした瞬間だった。
「っう゛、ぎ」
下腹部に衝撃が走る。獄長の指を一本既に飲み込んでいたそこに三本一気に更に捩じ込まれたのだとわかったのは大きく持ち上げられた下腹部、そこに獄長の指を根本まで飲み込んでいるのが見えたからだ。
「――つまらんな」
そして、指の動きに合わせて収縮していたそこの動きも全部無視して強引に左右に押し広げられる。角度によれば中の肉が覗くほど強い力で広げられるそこに目を見開く。心臓が加速する。
「……っ、ぁ、や、め……ッ!」
「曜、貴様は俺に隠し事が出来ると思ってるのか。……本当はさっさと犯されたくて堪らない癖に何が大丈夫だ、真人間ぶるな。まだ何もしていないというのに既に肛門の口が開いているぞ」
「ち、が、ちが……っ」
「――一秒でも早くここにペニスを埋め込んでもらいたかったんだろう、ド淫乱の糞餓鬼が」
違う、という言葉は続かなかった。
空気を吐くこともできなかった。視界が黒に覆われる。
剥き出しになっていたそこに明らかに指とは違う熱、質量のものを押し当てられ、それがなんなのか理解した瞬間のことだった。
「ぎ――ッ!!」
「…………ッ、よ、う……」
凡そ人語として成り立っていない断末魔が自分の喉から溢れ出した。
腹を突き破られたかのほどの衝撃に黒く塗りつぶされていた視界が白に染まる。頭の中で警報が鳴り響く。逃げないと、そう思うのに容易く抱き込まれ、更に奥へと怒張したモノで腹の中を掻き回される。通常刺激されるはずのない場所を押し上げられた瞬間、自分のものではないような声が洩れた。
「っ、ぁ゛、は……ッ!」
黒羽に押し倒されたあの日の夜のことが蘇り、血の気が引く。けれどあの時とは決定的に違う、まだ零時ではなければ相手は黒羽さんでもない。――獄長だ。
「っ、嫌、やだ、抜っ、ぬひ、ぎ……! ぁ、ぁ゛ッ、あッ、ひ……ッ嫌だぁ……!!」
「……っ、クク……人間の体はやはり小さいな……っ! 力加減を見誤ってうっかり壊してしまいそうだっ!」
巳亦の心臓の音が、熱が、流れ込んでくる。何も言わない、言葉はない、どんな目でこちらを見てるのか確認するのも恐ろしかったし、俺自身にそんな余裕もなかった。
息をすることもできなくて、本当に体ぶっ壊れて喉からチンポ出てくんじゃないのかってレベルの痛みと圧迫感にひたすらえずく。負担に耐えられず打ち上げられた魚のように跳ねる体を更に体重かけて深く腰を落としてくるのだ。
セックス、なんて生易しいものではない。
繁殖目的の交尾でもない、ただ俺を貶め、自分の玩具だと見せしめるためだけの行為だ。
そこに快感などない。あるのは果のない屈辱と怒り、それと自己嫌悪。
「……っ、巳亦、貴様の恋人の中はなかなか悪くないぞ……」
「――……」
「っ、ぁ、や……だぁ……ぬ、ひ……ッ! ィ、抜いて、嫌だ、いやだぁ……ッ!」
獄長が動くたびに息が途切れ、声が乱れる。喉奥から漏れる声が悲鳴のような情けない声になる度に恥ずかしかったが、それでも、頭が回らなかった。苦しい、熱い、怖い。殺したい。助けてくれ。ぐっちゃぐちゃの感情の闇鍋みたいな中、わけのわからないまま条件反射で性器が頭擡げ始めるのを見て絶望する。
こんな不毛な行為、気持ちいいはずなのいのに、なんでだ。俺の意志とは裏腹に、根本まで挿入され腹の中パンパンに詰まったブツを出し入れされるだけで頭ん中までぐちゃぐちゃになって、ドーパミンみたいなのがドパドパ出てくるのだ。
「っ、ぁ、あっ、ィ、んんっぅ、う、ぁっ、あぁ……っ!!」
この男、俺の体になにかしたのか。そう思わないと、辻褄が、心と体が本当に噛み合わなくなる。
苦しいだけのはずなのに、耳の裏が、頭の中が酷く熱くなって、唾液が溢れる。性器の裏側を中からごりごりとこすられるだけですぐに性器に血流が流れ、あっという間に勃起してしまう。
先走りで濡れた自分のものが腰の動きに合わせて揺れるのが視界に入り、顔が熱くなる。嫌なのに、我慢したいのに、突かれる度に声が勝手に出てくるのだ。
「……っ、なんだ、これは。そんなに待ち遠しかったのか、雄に犯されるのが……ッ!」
「ちが、ぁ」
「……ハ! 違わないだろう、なんだこの体たらくは……腰まで振って、これではまるで盛りのついた犬ではないか」
「ひ、ちが、おれ、こんな……っおれ……みま、た……ちが、おれ、こんな……っひぎぅ!」
腰を抱きかかえられた瞬間、体重によって根本奥深くまでズンッと一気に入ってくる。その衝撃に耐えられず、目の前の獄長の体へとしがみつけばやつは喉を鳴らすようにして低く笑った。
「……違わないだろう、貴様は待ても出来ない駄犬だ」
「ぁ゛、ぁッ、ひんッ!」
「……っ、この俺がこうして自ら抱いてやってることに泣いて感謝しろ。本来ならば貴様のような堪え性のない男娼なんぞ相手にしないのだからな……っ!」
片腿を持ち上げられ、隙間ないくらい深く挿入されたかと思えばそのままグリグリと抉られ、全身が痙攣した。頭の中が茹で滾るようだった。溺れる。水なんてないはずなのに空気を奪われ、均等感覚すらも失い、ただ襲いかかってくる快感の波から逃れようと巳亦に縋りつこうと体をよじる。
その都度腿を、臀部ごと鷲掴まれ、引き戻され、肉が潰れるくらいの力でピストンを繰り返されるのだ。
「おぐッ、ぁ、奥、当たっ、ぁ、いひ……っ! ゃ、だめ、そこ……っだめ、おく……つぶれ……っ!!」
「よく見ろ、巳亦ッ! 貴様の愛した人間は嫌いな相手のペニスでも腰を振って善がるような阿婆擦れだ! 好きだのなんだの語っていたが射精さえすればなんでもいいという盛りのついたこの牝犬を貴様は伴侶に選ぶのか!」
「っ、い、ひ、ぁ、っうぅっ! いや、ぁ、みる、な……みないでぇ……っ!!」
恥ずかしいのと苦しいのと気持ちいいのと熱いのがまぜこぜになって、呂律の回らない舌を動かして懇願する。
わけわからなくなっても巳亦の視線が怖かった。嫌われたくなかった。失望されたくなかった。唯一の挟持を体で、心ごと、踏み潰されてズタボロにされる。
「逃げるな。……隅から隅まで見てもらえ、貴様のその恥体を」
必死に巳亦から離れようとしていた内にひっくり返っていた俺の後頭部を掴み、獄長は力づくで引き上げる。
瞬間、すぐ目の前には巳亦がいた。剥き出しになった肉からは赤い血が固まりかけていたのが見える。潰れた眼球が、たしかにこちらを見ていたのがわかった。
「みまた」と、咄嗟にその名前を呼んだときだった。
残っていた片方の目が、細められる。
それと、視界が遮られるのはほぼ同時だった。
「――っ、ん、ふ」
唇に触れる柔らかい感触に目を見開く。
血の味、鉄の匂い、覚えのある割れた舌の感触。すぐ目の前に巳亦がいて、キスされている。そう理解した瞬間、何も考えられなくなった。
「っ、貴様ら、何を……」
「っ、ぅ、んんっ、ん……っ! う……っ!!」
息苦しさ、酸素を求めようと薄く開いた唇に割って入ってくる舌に優しく舌を絡め取られる。目の前の巳亦の傷口が蠢くのがわかった。肉が、元の形へと戻ろうと蠢いてるのだ。グロテスクな巳亦の傷口から目を離せなかった。
それ以上に、俺は巳亦の行動に混乱していたのかもしれない。
獄長に首根っこを引っ張られ、無理矢理キスを中断させられる。今のキスだけで両目を取り戻した巳亦は、口元に薄く笑みを浮かべた。
それは、ゾッとするほど冷たいものだった。
「……人間の嫌なところは散々見てきたさ」
「今更、これくらいで嫌いになるわけ無いだろ」先程までの荒々しい怒りはない。その代わり、どこか諦めたような色すらもあるその目に腹の底から凍えるようだった。
「何を……」
獄長の顔が引き攣る。それを無視して、巳亦は俺の目を覗き込んだ。深い、真紅の瞳は見つめるだけで吸い込まれそうなくらい綺麗で、見られたくないって思うのに、不思議と巳亦から目が逸らせなくなる。
「曜、俺はどんなお前でも嫌いにならないよ。……だから、大丈夫だ。俺がお前を嫌になるはずがない。どんだけ貪欲だろうが、淫乱だろうが……こんなデクの棒相手に汚されようが俺はお前を嫌いにならないよ、曜」
冷たくて、それでいて深く包み込むような優しくて耳障りのいい声。散々なことを言われてるし見られてるってわかってても、嫌いにならない。その一言だけで頭の中を占めていたぐちゃぐちゃな感情が一気に浄化されるような錯覚に陥る。
なんだか泣きそうになる。悲しいわけではない。喜ぶところではないとわかってても、それでも受け入れられるってだけでこんなに心が満たされるとは思わなかった。
「っ、み、まひゃ……」
「……もっと、キスしてくれ。曜」
他の男に抱かれてる俺にそんなことを言う巳亦もおかしいのかもしれない。俺は人間だから、神様が考えてることなんてわかんないけど巳亦からしてみたら俺の悩みも全部ちっぽけなものなのかもしれない。そう思ったら、もう何も考えられなかった。
求められるがまま首を動かして巳亦の頬に擦り寄る。うまくキスできなくて、それでもよじ登るように巳亦にしがみついてその唇にぶつかるようなキスをしたときだった。
ぬるりとした二股の舌が唇に触れようとして、離れた。
否、背後の男に後ろ髪を掴まれ、無理矢理引き離されたのだ。
「っ、俺の許可なく勝手な真似をするな……!」
「ぁ゛、ひぐッ」
「貴様も貴様だ、節操のないだらしないガキが……! 貴様は今誰の相手をしている? ……俺以外の男を見るな……ッ!」
「ぁっ、ひッ、んんぅうあっ!」
不快感を顔に出した獄長に思いっきり腰を掴まれ、腹の奥、本来ならば開かれないそこを思いっきり先端部で潰され自分のものとは思えないような声が漏れる。
痛みよりも、得体の知れない強烈な刺激に頭の中は掻き乱され、俺はずり落ちる体を支えるように必死に目の前の巳亦にしがみついた。
「みまひゃ、みま、ぁ、あぁぁッ!」
甘勃ちした性器からは精液はもう出ない。代わりに止めどなく溢れるのは透明の液体と電流のような持続的な快感の波。痺れる下腹部に残る快感だけがただ焼け付くようだった。
「っ、曜……っ、俺だけを見てろ」
巳亦の声に辛うじて意識を取り留めることができた。巳亦、巳亦がいる。それだけで安堵して、俺は何を考えるよりも先に巳亦に口つけた。それはキスと呼ぶにはあまりにも稚拙で、押し付けるようなものだったがそれでも巳亦に触れた箇所は暖かくなっていく。
痛みが和らぐようだった。
「っ、は……ふ……んん……っ」
「……っ、この駄犬が……っ!」
「ん゛ひッ!!」
思いっきり臀部を叩かれ、皮膚が破裂するような痛みとともに全身に電流が流れる。焼けるように熱くなる尻をそのまま強く揉まれ、思いっきり中を抉られる。
「ぁ、ひぎ、ッ、ぉんぐぅッ!」
「貴様、人間の餓鬼のくせにこの俺を愚弄するのも大概にしろ……ッ! そんなに雄が好きか?堪え性のない発情犬目が……ッ!」
「ぉッ、うご……ほ……ぉ……ッ!」
「……ッ、は……クク……ハハ……ッ! …………不細工な面だな、巳亦貴様こんな餓鬼に本気で入れ込んでるというなら相当な悪趣味だぞ」
「……っ、は、……それはお互い様だろ。……それに、曜はどんだけ汚れてようが可愛いよ」
「貴様のような変態と一緒にするなッ!」
摩擦、摩耗、肉が無理矢理開かされる。内側から裏返るような錯覚。焼け付くほどの熱に内臓ごと焼き尽くされる。どこまでが自分の体なのかも判断つかなくなるほど俺の身体は獄長を受け入れるためだけの肉の器と化していた。妙な術はかかっていない、そう思いたいのに、まるで指先まで力が入らないのだ。
「っう、ぁぁああ゛!」
逃げる腰を掴まえられ、一気に根本まで叩き付けられる。それだけで脳は疑似絶頂を迎えるのだ。精液など等に出ない。代わりに先走りが巳亦にかかる。
開いたままの口からは唾液と獣じみた呼吸が溢れた。焦点がぶれる。頭が回らない。世界が歪む。自分が何者かすらわからなくなって、何をされてるのかもわからない。
それでも、巳亦がいる。それだけは確かにしっかりと体に残っていて。
「はぁ、……はぁっ……ぁ……ッ、みま、ひゃ……みま……」
「――……黙れ……ッ!!」
「ん゛ッ、ぅ、んんッ!」
顔を無理矢理上向かされたかと思えば視界が黒く塗り潰された。低体温の唇に噛みつかれる。下唇を舌で捲られ、無理矢理侵入してくる舌に咥内を執拗に舐られた。
これをキスと認めたくなかった。巳亦の優しいキスとは違う、奪うだけの獰猛な粘膜同士の接触。
「ん゛、ふッ! ぅ、んん……ぅうう゛ッ!」
上と下を同時に獄長で犯され、巳亦が遠のく。それが不安で、頭の中、俺は何度も巳亦を呼んだ。そうしなければ自我を保てなかった。すべてをこの男に持ってかれそうになったのだ。
「ぅ゛ご、ッむ、ぅ゛ングぅっ!」
揺さぶられる下腹部、持ち上げられた自分のつま先が獄長の肩の向こうで揺れるのをぼんやり眺めながら、ただひたすら受け入れることしかできなかった。頬を伝うのが涙なのか汗なのか或いは別の体液か、それすらもわからない。
「……ッ、……!」
舌に絡む獄長の舌が僅かに強張る。そして、腰を掴むその指先に力が籠もった瞬間、息を飲んだ。本能的危機感。今更それを覚えたところで意味なんてないというのに、身体はまだ逃れようとするのだ。
「っ、ぐぅッ!! んんぅううっ!」
怒張した性器が一層熱を持ったかと思った次の瞬間、腹の奥で吐き出される熱に堪らず全身が緊張する。仰け反る身体を抱き締められ、奥深くへ直接注がれるそれに頭が真っ白になった。
中に深く突き刺さっていたそれを引き抜かれた瞬間内壁ごと引きずり出されるような感覚を覚えた。栓を失い、閉じることもできずに開いたままのそこからは溢れ出すものが何なのか確かめる気力もなかった。唯一理性を保っていた緊張した糸が完全に断たれ、脱力する。足を閉じることもできないまま倒れそうになったときだ。
「曜っ!」
そう、巳亦の声がそばでしたと思った次の瞬間。何かが壊れるような音がした。鈍い音が聞こえたかと思った次の瞬間、しっかりと身体を抱き締められる。
びっくりして顔を上げればすぐ側に巳亦の顔があって。恐る恐る自分を抱きしめる腕に目を向け、ぎょっとする。
それは、獄長も同じだった。
「ぅ、え」
「な……貴様……ッ」
赤く染まるその腕は黒く蠢いていた。蛇の鱗に覆われた二の腕は赤黒く染まり、その一瞬、巳亦が何をしたのか理解した俺は血の気が引くのを覚えた。
「巳亦、腕が……ッ!」
「……なに、腕一本どうってことないさ。……しかし、この椅子は不良品だな。魔力は吸っても、神通力までは吸われないらしい」
「……っく……」
自分の腕を自分で千切って拘束を掻い潜り、そして瞬時に腕を修復させたということか。人間離れした力技に今更驚くなと言われても難しいが、それでも、またたく間に元に戻る腕にホッとするのもつかの間。
顔を掌で多い、俯き肩を震わせる獄長。悔しがってるのか、そう恐る恐る顔を上げたときだった。
「く……ククク……フハハハ!」
「……ッ!」
「……なるほど、そうか、そうだったか……貴様が神か、ああ……忘れていた、そうだな……そうだったな……貴様はここまで堕ちても神を名乗るほど面の皮が厚い男だったなッ!」
怒るのか、それとも悔しがるのか。そのどちらでもなく、獄長は楽しそうに口の端を釣り上げて笑うのだ。けれど、その目は笑っていない。
ビリビリと震える空気に威圧を覚え、身体が竦む。後退れば、荒業で拘束を掻い潜った巳亦に身体を抱き抱えられた。
「ああ、そうだよ。……俺を神だと思ってくれる子がいる限りね」
「……み、また?」
「大丈夫だよ、曜。お前はなんにも心配しなくていい」
優しい目。けれど、その奥の光は怪しく、冷たい。
膝の裏に差し込まれた掌に強く抱き締められる。開けた体の上に巳亦の上着を掛けられ、仄かに残った血の匂いと温もりに包まれた。
「……悔しいが、お前のお陰で俺に対する曜の信仰心は強くなった。お陰でこの通りだ」
「ハッ! それは良かったな。……それで?そこのガキを汚された恨みでも返すつもりか? 脳みそをぬるま湯に漬けたような思考でか?」
「あぁ、そうだな。俺も同じことをして返したいところだったが……それは俺の役目じゃない」
「その代わり」と、巳亦が口にしたと同時に空気が振動するのを感じた。ずっと続いていた地震とは桁違いだ。地面だけではなく空気ごと震わせるその振動に恐ろしくなって巳亦に抱きつけば、巳亦は何も言わずにただ俺の頭を優しくあやすように撫でる。
そして、笑った。
「――……お前の城を壊す」
床にピシリと亀裂が走る。
建物全体が軋み、あちこちに入るヒビから一部欠片が落ちてくる。地震は止むどころか次第に激しさを増す。俺一人ならば立ってられないほどの揺れだ、それでも、巳亦も獄長も顔色一つ変えずにそこにいた。
「クククッ! それが何を意味するのか分かってるのか? 貴様、ただでは済まんぞ」
「ああ、俺は別にどうなったって構いやしないよ。元よりどうでもいいと思っていた命だ。それなら、ここにいる連中全員俺が沈めてやる。そうすれば、曜に害なす者が居なくなるからな。……曜と穏やかに過ごせるなら万々歳じゃないか?」
「少しは治ったかと思えば変わらんな、貴様の危険思想は。…………――やはり早くに始末しておくべきだったか」
獄長の口から笑みが消える。
轟音。それが地割れからか、それとも空気の振動によるものなのかすら判断つかない。けれど、ただ、いまから恐ろしいことが起こる。それだけは俺でもわかった。
「み、また……これ……」
「大丈夫だよ、曜。……お前は少しの間眠ってればいい」
「すぐに終わらせるから」そう、巳亦の唇が額に触れたとき、全身を支配していた恐怖がずるりと抜け落ちる。否、意識ごと奪われたのだと理解したときには全て遅かった。
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