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第二部 高校生編

どっちが被害者かわかったもんじゃないね

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 クソデカ溜息を吐いた瞬間、電話が鳴る。

「もしもし?」
『安心院か!? 圭希が飛び出していっちまったんだが、何か知らねえか!?』
「ああ、今まさに目の前にいるよ」
『そうか! 今どこだ!?』
「待て待て。そもそもなんで飛び出すようなことになったんだ? 事と次第によっちゃ俺はお前を犯罪者として通報せにゃならん」

 ハンドサインでなじみに圭希の相手をしてもらい、俺は信照から事情聴取をする。

『どういう状況だよ、それは!』
「パッと思いつく限りではお前が人身売買に加担していて、そこから逃げるために、とか」
『そんなわけあるか!』

 実の所、なくはない。

 圭希は傍流とはいえ金持ちの血族だ。ギャンブルで大敗して落ち目であっても、いや落ち目であるからこそそういう目に遭う可能性も大いにある。
 実は幼少期から云々、というのもそういう可能性を考慮すれば怪しい話だ。

「じゃあどういう訳なんだ」
『・・・』
「言えんのなら流石に送り届けたりしないぞ。お前とは友人のつもりだが、犯罪行為を見過ごすのは友人の行いじゃないからな」
『・・・友人なのに信じないのか?』
「信じるってことは疑うってことなのさ」

 疑い、探り、杞憂に終わり。
 その繰り返しで培われるもの、あるいはその繰り返し自体が信じるという事なのだ。

 少なくとも、俺はそう思う。だって俺となじみの信頼は、そういう過程で出来たから。

「大体言い渋る時点できな臭いだろうが」
『んぐ・・・わかった、言うよ。言えばいいんだろ』
「助かる」

 なじみの方を見れば、大分落ち着いてきたようだ。
 そのまま事情聴取してもらおうか・・・いや、二人は今日まで他人だったし、今日ですら特に絡みが無かった。込み入った話は顔見知りの俺がやるべきだろう。

「で?」
『うむ・・・まあ、なんだ。なんというか、俺は今日という日にそこそこ賭けていてだな』
「まあそれは前々から伝わってきたけども」
『それで俺は、あー・・・夕食が済んでから決めにかかったわけだ』
「あー、皆まで言うな。大体わかった」

 要するにセックスを迫ったら拒否られて、そのままの勢いで出奔されてしまったのだ。
 言ってしまえば痴情の縺れで身内の恥。言い渋る気持ちもむべなるかな。

 しかし事情を知ってみれば、結果論とはいえ圭希をなじみに任せたのは良い判断だった。

 今の圭希は軽度の男性恐怖症みたいなものになっているだろう。
 現状ですら大したものでもあるまいし、パニックからくる一過性のものだろうが、更に抉りこむ様なことにならないでよかった。

 正直な所そんなもんが必要な程男に迫られるような外見でもないと俺は思うのだが、信照を筆頭に圭希に迫る男は案外存在するらしい。
 なじみのおかげで女性という存在に対するハードルが上がっている自覚はあったが、まだまだ足りなかったようだ。

「じゃあ圭希の方にも事情聴取して、適当に落ち着かせたらそっちに送る。まあ話が合ってたら、だが」
『安心しろ、100%真実だよ』

 謎の誇りと悲壮感を漂わせる信照の声は、電話越しでも震えていた。

 なんだろう。こいつらが相互不理解でわちゃわちゃしている間なじみと相互理解を深めていたと考えると若干の罪悪感すら湧く。
 いや、無関係なのはわかってんだけどさ・・・貧困国の子供が飢えているみたいなドキュメンタリーを見ているとどれほど満腹でも食事を残せないあの心理に似ている。

 電話を切って圭希の方を見れば、なじみと少々打ち解けてすらいるようだ。

「おーい」
「あ、どうだった?」
「想像以上に想像以下だった。俺となじみではありえない程にな」
「ふーん?」

 いまいちピンと来ていない風だが、ここについては圭希からの事情聴取で分かるだろう。

「とりあえず落ち着ける空間でってことで、私達の泊まってる部屋に行く事にしたんだけど、良い?」
「え、あー・・・どうなんだ? 圭希が良いって言うんなら俺はまあ反対はしないけども」
「それでいいです。お願いします」
「・・・言っとくが賛同もしないからな」

 保身に走るのも無理は無いと思う。



 案の定、ラブホの入り口で『騙された』みたいな顔してる圭希を無視して部屋に戻る。
 入室の際は俺が先頭になり、念力で強引に空気を入れ替え、最低限の隠蔽だけはしておく。とはいえ匂いの発生源自体は放置されっぱなしなので、長期的にはあまり意味もないのだが。

「安心院さんたちの部屋に行くって聞いたんですけど・・・」
「まあ、なんだ。事実として俺となじみは本日にこの部屋に泊まる予定でな・・・」
「ルームサービスで飲み物頼むけど、圭希さんは何か希望とかある?」
「えあ、ウーロン茶で・・・」
「俺は」
「ブレンドコーヒー砂糖2ミルク0、でしょ?」
「正解」

 言うまでもなかったか。
 コーラでもよかったんだが、昼飲んだからな。
 それにひと段落したら朝まで致すつもりなのだし。

「まあここのブレンドがケーくんの好みかは知らないんだけど」

 そんな若干不安になる様な要素も言い添え、なじみはタブレットを操作する。

「さて、さっそく事情聴取と行くか。不躾を承知で色々端折って聞くが、何があって旅館の外に?」
「えと、話さないとダメですか・・・?」
「ダメです」

 追及されたくないのだとしても、こいつのそれは俺の寝覚めの悪さよりは軽いのだ。
 まあしかし、先の男性恐怖症云々の話を加味すると俺が聞くのは悪いのかもな。やはりここは同性のなじみに頼むか・・・?

「最初は、その、嫌ではなかったんです。じゃあしたかったかって聞かれると、また違うというか・・・」

 色々考えていたら始まった。
 じゃあもういいか。

「無関心というか、実感がなかったんだと思います。でもいざ迫られると怖くて、信照さんには渡したくないって思って、逃げたんです」

 さんづけだったのか。
 というか信照に渡さないで他の誰に渡すというのだろうか。貰ってくれるアテがある様にも見えない・・・いや、これは俺のハードルが高くなってるアレか。

「あー、これは確かに。ケーくんの言う通り私達ではありえないってヤツだね」
「今思い返すとあそこまでシームレスなのもどうかと思わんでもない」
「時間的には遠回りした方じゃない?」

 出会ってから致すまで10年少々・・・確かにそうだな。
 昨今では数カ月でという連中も多く、眼前の圭希も失敗したとはいえそういう例だ。信照視点からすれば期間はちょっと違うのだろうが、この際そこはどうでもよろしい。

 アラフォーとかならまだしも、10代が10年以上の時間を掛けるなどもはや人生を全て捧げているに等しい。そう見れば確かに遠回りした方だ。

「お二人はどういう感じで、あの参考程度に」
「え、んー・・・これ私が言っていいの?」
「ご自由に」

 ひけらかす情報ではあるまいが、秘匿する情報でもないだろう。

「私たちは元々幼馴染って関係でね? その時点でお互い好き合ってたんだけど、その距離間で安定もしてたの。でも高校入学を機にケーくんが告白してくれて、そのテンションのまま雪崩れ込むように、ね?」
「だいたいあってる」

 細かい内輪の事情を省いて分かりやすくするならそれぐらいが丁度いいか。

「相性がいいのかケーくんが上手いのか、本当に気持ちよかったよ。イッちゃう直前の、血がぶわーって全身を駆け巡る一番気持ちいい時間がずっと続いて・・・でもイケないの。頭がおかしくなっちゃう様な気持ちよさの中で、五感の全部がケーくんで一杯。それからはケーくんを感じたら体の奥がうずいて、心の底が気持ちいいの」

 凄絶な笑みで、どこか脅すような調子で圭希に語るなじみ。

「ずっと一緒に居るから、それがデフォルト。ケーくんがいないだけで世界が灰色に見える。人間に人間性を感じられなくなる」

 そして若干楽しそうだった。
 人間好きな事を話すときは早口になるものだが、これもそれの一種なのだろうか。

「私はそうだった。比喩抜きで世界が変わった。あなたの今の世界は綺麗? ならそのままにしておいた方が良い。人の身に余る啓蒙なんて、世の中にはたくさんあるんだから」



 コンコン。
 なぜか全員がガバっとドアに振り向く。

 さっき注文した飲み物が届いたのだろう。流石に飲み物だけという事で短時間で来た。

「あ、じゃあ私取ってくるね」

 先ほどまでの超然とした雰囲気を一気に消し去り、普段の調子に戻ったなじみがドアに駆けていく。
 その所為か、なんとなく溜息を吐く俺と圭希。

「いつもあんな感じなんですか?」
「いや、アレは例外。たまにはあるが、まだ少し慣れないな」
「へー・・・」

 自分で言うのもなんだが、俺に関連する事柄でテンションが上がるとああなる傾向がある。超能力者な俺以上に超能力者的な雰囲気は割と最近始まったことも相まって、流すぐらいはできるもののまだまだ不慣れな一面だ。
 なじみの愛が重い事を如実に表す現象ともいえるが、普段は抑えているのかそう多い事ではない。

 ちなみに俺としては、ああいうドロリとした愛情を向けられていると思うとなかなか嬉しいものがあるので、度し難さで言えば俺も大概である。
 割れ鍋に綴じ蓋ってこういう事なんだろうな。

 しかし俺から同程度の愛情を表現できているかは少々疑問の残るところだ。
 抱いているのは間違いなくそうだと言えるが、伝わってなきゃ意味ないからな。

 ただ『好き』だの『愛してる』だのと言うだけでは足りないのは当然だが、ではどうしたものか。
 超能力者の癖に不自由な事だ。便利ではあるが、いまいち重視し切れない理由の一つだな。

「じゃあ、私も信照さんとしたら、信照さんにあんな気持ちになるんでしょうか」
「大丈夫だ、100%ならないから」

 なじみ個人の気質や俺たちの関係性も大いにあるだろうが、そのスイッチを押したのは恐らく俺の超能力である。
 良くも悪くも人間でしかなく、また蓄積も浅い信照と致したところでああはなるまい。

「人格が大きく変わるってことは無いさ。経験の有無で多少は世界の見え方とやらも変わるだろうが、生物的に見て自然な行い。そう重大な何かが起こるわけもない」
「そうです、よね」
「まあ不安なのは分からんでもないさ。未知とはそういうものだ。だからこそ、最初の一回は心底望む相手に委ねた方が良いだろうし、後悔も少ないだろうさ。信照がお前にとってそういう相手かどうかは知らないが・・・まあ、自分に嘘を吐くのはやめておいた方が良いってことだな。そういう奴は取り返しのつかない所まで行ってから後悔するから」

 内なるものを自覚せず、失って初めてそれに気づく。
 滑稽だが、それは啓蒙の本質でもある。

 ならば失う前に取り込めた俺は幸せな方なのだろう。
 そしてできれば、知人が後悔する様など見たくない。見ることが無いのだとしても、気分は悪い。

 しかしこれ、大丈夫なのだろうか。

 仮にこの後圭希が決意に満たされたとして、順調に事を致せるのだろうか。
 致す場合、男の方は割と雑で良い。極論適当に擦るだけで済むし、それ以上のことは無い。
 だが女性の方は色々と手順がいる上、精神的な部分が非常に大切だ。圭希の気負いと不安を受け止められるほど信照の器が大きければなんとかなると思うが・・・それができるならこんな事態にはなってないだろう。

 そして無理に致せば双方にとっての傷になり、それこそ関係性への致命傷足り得る。

 ならば今日の所は適当に流して後日タイミングを待つというのが最善策に思えるが、今日に賭けていたという信照の想いも分かるのだ。賭けていただけに、成果無しでは引っ込みがつかない。自分に誇りを持った誠実な男であるほどに。

「んー・・・よし」

 俺は信照の友人だ。
 せめて奴に致命傷を与えぬよう立ち回ることにしよう。

 生憎だが信照の想いは客観的に見て空振りだ。しかし信照はきっともう自分では止まれない。このままではきっと致命傷となる所まで行ってしまう。

 ならば俺が止めよう。
 空気の読めぬ道化を演じ、諸々を台無しにして今日という場を流そう。

 神ならぬこの身でそれがどこまで正解かは分からない。
 もしかしたらその『流し』こそが致命傷に発展するかもしれないし、流したところで延命措置にしかすぎず、双方の傷が深くなるかもしれない。
 本当の最善はさっさと別れさせることなのかもしれない。

 だが友人というならば。
 彼の想いは最大限尊重し、傷つくともその道を行かせよう。

「えと、どうしたんですか・・・?」

 遠慮がちな圭希の問いを無視して、鞄の中身を漁る。
 なにか、何かないだろうか。何か適当な、色々曖昧にする口実となる何か。

 正直口八丁だけでそれを成せるとは思えない。
 故に小道具に頼る。

 だが最低限を意識した鞄にそんな都合の良いものなど・・・。

「ん?」

 奇妙なものを見つけた。
 紙・・・だろうか? 数センチ四方の小さな紙切れが出てきた。何かのゴミが紛れ込んだか。

 いやしかし、ゴミと言うには少々目的意識がありすぎる。あまりにも綺麗な正方形だ。ただの紙ごみではこうはならない。

 まあ要らないだろうから、この際捨てておくか。

 畳んで捨てようと二つ折りにしたとき、電撃の様に思い出した。
 そうだ、これは渡辺との初ゲームの時のくじだ。

 あの時とこの間の渡辺は随分印象が違うが、何か理由でもあったんだろうか?
 渡辺で思い出したが、結局圭希は当時俺がいたことを知っているのだろうか?

 まあいい。どちらもさしたる問題ではない。
 だが、そうだ。このくじだ。

「よし圭希。これなら軟着陸させられるぞ!」

 そう言いながら圭希の方を振り向けば。
 そこには座った椅子に縄で縛り上げられた圭希がいた。

「・・・なんで縛られてるんだ?」
「え? ・・・うわ本当だ! 気づきませんでした」

 そんなことある?
 そんな綺麗に縛りあげられておいて?

 ていうか誰が、いや、答えは決まってるか。

 俺は困惑していて、圭希は理解していない。
 ならばここにいるのはあと一人だけなのだ。

「ふう・・・成し遂げた」

 そんな一仕事終えた感を出す我が愛しき恋人に、呆れの溜息を吐いた俺を誰が責められようか。



 思えば、微の時もなじみは似たようなことをしていた。
 あの時とは少々事情が違うが、あれだろうか。なじみには俺と比較的仲の良い女性を縛り上げる癖でもあるのだろうか。

 正直圭希が縛られていても、特に動く食指もないのだが。
 やはり深層意識はそうそう変わらない。ボンレスハムとか連想した時点で色々アウトである。

 いやまあ、好きな層は好きなんだろうが。

「んー、これでなんとかなるかな?」

 サイドテーブルに適当なものを置いて、その上にウーロン茶を置き、更にストローで間延びさせ、ようやく圭希の口まで届いた。

「ヨシ!」
「あのー、なじみさんや? これはどういう趣向なのでしょうか?」

 思わず敬語になってしまった。
 俺って状況が混迷を極めて理解を超越した時、敬語になる癖とかありそうだな。

「今ちょうど難しい話は大体終わったでしょ?」
「うむ」
「でも飲み物は手つかずでしょ?」
「うむ」
「このまま一気飲みして終わりってのも味気ないでしょ?」
「うむ」
「じゃあ何か見物しながらってのも乙じゃない?」
「うむ?」
「借り物とはいえ客をもてなすのが部屋主の義務じゃない?」
「うむ?」
「圭希さんはエッチが不安なんでしょ?」
「そうらしいな」
「じゃあここは一つ私達で実演して見せるっていうのが双方にとってお得じゃない?」
「いや、そうはならんやろ」
「ビデオなんかは見たことあるかもしれないけど、やっぱり実物を見た方が得られる見地も多くて実用的だろうし」
「まあその部分だけは一理ある」
「ついでに自慰等の発散する行為が出来ないように縛り上げる事で気分を高め、問題の彼にも積極的になれる!」
「いやそうはならんやろ」

 ああなじみよ。
 俺は一旦お茶を濁して延命させようとしたが、お前は今日この日に良し悪し問わずケリをつけさせるつもりという訳か?

 だがな、我が愛しき恋人よ。
 俺がお前の言うそれの中に『嘘』がある事を見抜けることぐらい、お前なら分かるだろう?
 お前の真意がどこにあるかまでは分からないが、今言ったことが真意でないことぐらい、俺には分かるんだ。

 そして、なじみがそれを分からない訳がない。

 ならば今言ったことは、圭希への建前であり、俺への言葉ではない。

 そうだろうな。そうであろうとも。
 とどのつまりは、なじみは圭希と信照の関係性がどうなるかなど、心底どうでもいいのだ。
 『早々にケリをつけて私とケーくんの二人の時間を奪う機会を減らしてほしい』と、その程度の感慨しかないだろう。なにかしらの提案をしているだけ俺に配慮してくれた方だ。

 わざわざこの部屋まで圭希を誘い込んだ訳は・・・その嘘に隠した本懐を遂げる為。
 そしてその本懐は、恐らく『俺となじみが圭希の目の前で致す』ことで完遂される。

 ならば俺は、沿おう。

 友人より恋人を優先する。
 そんなことは往々にしてあることだ。

 だが、なじみの本懐が俺の予想通りならば、俺となじみの計略は競合しない。
 そして俺がなじみに関する事で読み間違えるなどありえない。

 この件については一心同体らしく『はんぶんこ』としようじゃないか。
 なあ、なじみよ。お前もそのぐらいを落としどころにするつもりなんだろ?
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