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第二部 高校生編
こういう展開でメインヒロインが相方にならないっておかしくね?
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「ブラーボーゥ!」
バチバチと五月蠅い拍手で木崎が寄ってくる。
「いやあ、やはり私の目に狂いはなかった。最初は不仲ながらも少しずつ近づきながら、最後は一気に調和するとは・・・まるで初心なカップルを彷彿とさせる一曲だったよ」
「カップル・・・」
まあ、確かに外側から見ればそんな感じだったのだろう。
しかし歌詞もない音楽からそこまで見出せるとは、凄い感受性だ。スカウトマンは伊達じゃないってことなんだろうか?
「ところで今の一曲、タイトルは何だね?」
「え?」
「え?」
「え?」
沈黙。
「・・・あー、実はですね」
部長が俺たちの作曲事情を簡単に解説する。
その場その場で各々が気持ち良い様に音を合わせているだけで、作曲という風な作業工程は存在せず、故にタイトルも特に決められていないと。
改めて文字に起こすとかなり異常だな。余所に提供するわけでもない自己満足な演奏だったから、特に意識もしてなかったが。
「つまり、あれかい? 今の曲は即興で、譜面も打ち合わせも録音もなく行われたと?」
「安心院君、録音してた?」
「してませんね。部長は?」
「僕もしてない」
「オーウ・・・てことは今の一曲はもう二度と聞けないと」
「再現して弾けはするでしょうが、まあ別物になるでしょうし」
いっそ冷淡ですらある俺たちだが、人間意識していないとこんなもんである。
演奏の最中が気持ちいいからそれでよし、以上の感慨を抱けないのだ。なんだか後先を考えないでヤリまくる阿呆の様なセリフだが。
「ふーむ・・・どうやら私は予想以上の逸材と出会ってしまったのかもしれないなぁ・・・」
*
木崎は帰った。
今度行われるナントカのオーディションに来てくれ、と招待状っぽいものを渡して。
なんでも受付で渡したら最大限便宜を図り、書類選考も無しに最終選考までスキップさせてくれるとか。
異様な好待遇であるが、そんなもんをその場の思い付きレベルでほいっと寄こせる木崎は一体どこまでの裁量を許されているのかと少々空恐ろしい。
俺がこのぺらい招待状に感じる価値はぺらさ相応のものだけであるが、きっと人によっては黄金以上に価値のある代物なのであろう。
蛍光灯の明かりに透かしながら招待状を眺め、ふと言ってみる。
「部長、このオーディション行きます?」
「・・・」
部長は難しい顔をして招待状の睨みつけている。
よく考えれば部長は――見てくれからはとてもそうとは思えないが――三年生。受験戦争の真っただ中だ。部長がどういう進路を取るのかは知らないし興味もないが、大学受験の過酷さは知っている。部活をエンジョイしてるのが不思議なぐらいなのだ。
そんなときにこのオファーだ。なんの脈絡もなく『ミュージシャンになる』と言って受験勉強を放棄するのとはわけが違う。
安心に満ちた進学か、先行き見えぬ就職か。
前者一択だった所にいきなりぶち込まれたこの問いかけ。
普通ならノータイムで後者を切ってもおかしくない状況だが、木崎の招待状が後ろ髪を引く。誰でもなれるなら特別な存在になりたいものだし、ミュージシャンというのは分かりやすく特別だ。ある意味ではそれを担保するこの招待状は本来恐ろしく重い。
霧立ち込める安寧の世界か、生死入り交じる情熱の世界か。
そんな形容を極論と言えぬほどの大きな二択。
「僕は・・・どうしようか・・・」
ぽつりと小さくつぶやかれる声。
「君は、どうするんだい? 安心院君」
「どうと言われましてもね。正直どうでもいいですよ。俺は単純に部長と一緒にこの部屋で演奏するのが好きだっただけで、俺の中じゃそこ以外は全部備品みたいな扱いです。今更観客が増えた所で備品が少し増えるだけ。一年生の時間的猶予に任せてちょいと試しにって事もできますが、相方が三年生の部長ではそうもいかないでしょうから、部長が決めてください」
「君一人なら・・・」
「それはそれで受け入れてくれるかもしれませんが、楽しくないので嫌です」
いや別に一人で演奏すること自体が楽しくないわけじゃないのだが、部長と一緒だった方が楽しい。
どうせ仕事にするんなら楽しい方が良いだろう。
あれだな、ハーレム状態でもオ〇ニーは別腹みたいな話だな。
「全く君は・・・いつもいつも、ストレートだね」
部長は苦笑した。
「羨ましいなぁ・・・僕は、色々考えちゃうタチだからさ。安心院君みたいに、自分の感情のままにスパッと決められたらなぁ・・・」
「部長、こんなものは菓子が欲しくて駄々をこねる餓鬼と大差ありません。評価されるのは嬉しいですが、建前とか理性とか、そういうのの方が社会性があって良いと思いますよ」
自分への素直さ、とでもいうべきか。微も好んでいた俺の気質であるが、俺個人としてはどうも好きになりづらい部分だ。
いまいち治す気にもなれない理由は現状特に実害を感じていないのと、もう諦めているの半々といったところか。
前世ではむしろ建前人間だったと思うのだがな・・・。
建前以上に大切にするべきものを見つけたとかそういうアレだろうか。主になじみ。
「はは、隣の芝生は青いってね」
また部長が苦笑を、しかし今度はもっと楽しそうに笑った。
「うん、少し、考える時間をくれ。きっと、答えを出すから」
*
まあ、部長に時間をくれと言われれば俺に否やは無い。直進も曲折も迂回も停滞も、全て任せると放り投げたのだ。これで文句をいうのは筋違いもいいとこ。
自分の進路であるが、受験が忙しくなるまでに芽が出なければ撤退すればいいだけの事だ。それぐらいの課外活動ができる余裕があるくらいには成績も良いし、バイトを探していた俺としては渡りに船とも考えられる。ぶっちゃけこの理由結構大きいな。少なくとも肉体労働よりは割がよさそうだし。
二年やそこらの下積みで芽が出るなら誰も苦労しない、芸能界を舐めるな。と夢破れて夢破るが生業となった者に言われそうだが、別に芽を出したいわけでもないのだから構うまい。
それに十代の内の二年と言えば、自己投資としてはかなりの時間だろう。そして損切も決めておくのが投資の大原則。
部長がやらないと言うなら、それはそれでバイト探しの時間が増えるだけだ。
元の軌道に戻るのだから何の問題もない。
「とまあ、そんなわけで芸能活動するかもしれん。ほらこれ招待状」
「ケーくん、凄い人生してるね・・・?」
「死ぬまで付き合うんだから慣れてくれ」
「いや、まあ。慣れてはいると思うんだけど、付けてきた耐性とはまた違う方向性の攻撃が来たから、ちょっとくらっと来たというか・・・」
「お前はどういう耐性付けてきたんだ・・・?」
「女」
「それは本当にゴメン」
「ん、許す」
許された。
許されない方が良かったような気もするが、それはさておき。
「あー、でもあれか。仮に売れたらこうしてなじみと一緒に居る時間も無くなるのか」
「無くなるってことは無いと思うけど・・・まあ、少なくはなるよね」
「まあ、仕事をするというのは元よりそう言う事だから、しょうがないのは分かってるんだが、それでも少し嫌だな」
「私は・・・どうかな。ケーくんが輝いてるなら、液晶越しでもそこそこ嬉しい様な気がするけど」
「お前だけの俺じゃなくなるんだぜ?」
「今更でしょ」
「おっと墓穴だったな」
微が入ってきたことでなじみの依存気質も改善されている様だ。
それでも少し寂しいと思ってしまうのは、我儘なのだろうな。
「でもやっぱり、ケーくんは隣にいるのが一番好き」
なじみが肩へと頭を乗せ、見上げながらふにゃりと笑う。
俺もそれに破顔しながら、なじみの腰を抱き寄せる。
「ああ、止めてくれよ。そんな事言われたら、もうここから動きたくなくなるじゃないか」
「いいじゃん。ずっとこうしてようよ。明日も学校あるけど、それまで。ね?」
なじみはそのまま、夕食も食べずに眠ってしまった。
寝付いたのを確認してから、念力でタオルケットを引き寄せ、二人で巻き付ける。
うむ、やはり超能力は痒い所に手が届く。これからも便利に使っていこう。
朝日が昇るまでずっとなじみの顔を見ていて、一睡もしなかったが。
不思議とその日は調子が良かった。
バチバチと五月蠅い拍手で木崎が寄ってくる。
「いやあ、やはり私の目に狂いはなかった。最初は不仲ながらも少しずつ近づきながら、最後は一気に調和するとは・・・まるで初心なカップルを彷彿とさせる一曲だったよ」
「カップル・・・」
まあ、確かに外側から見ればそんな感じだったのだろう。
しかし歌詞もない音楽からそこまで見出せるとは、凄い感受性だ。スカウトマンは伊達じゃないってことなんだろうか?
「ところで今の一曲、タイトルは何だね?」
「え?」
「え?」
「え?」
沈黙。
「・・・あー、実はですね」
部長が俺たちの作曲事情を簡単に解説する。
その場その場で各々が気持ち良い様に音を合わせているだけで、作曲という風な作業工程は存在せず、故にタイトルも特に決められていないと。
改めて文字に起こすとかなり異常だな。余所に提供するわけでもない自己満足な演奏だったから、特に意識もしてなかったが。
「つまり、あれかい? 今の曲は即興で、譜面も打ち合わせも録音もなく行われたと?」
「安心院君、録音してた?」
「してませんね。部長は?」
「僕もしてない」
「オーウ・・・てことは今の一曲はもう二度と聞けないと」
「再現して弾けはするでしょうが、まあ別物になるでしょうし」
いっそ冷淡ですらある俺たちだが、人間意識していないとこんなもんである。
演奏の最中が気持ちいいからそれでよし、以上の感慨を抱けないのだ。なんだか後先を考えないでヤリまくる阿呆の様なセリフだが。
「ふーむ・・・どうやら私は予想以上の逸材と出会ってしまったのかもしれないなぁ・・・」
*
木崎は帰った。
今度行われるナントカのオーディションに来てくれ、と招待状っぽいものを渡して。
なんでも受付で渡したら最大限便宜を図り、書類選考も無しに最終選考までスキップさせてくれるとか。
異様な好待遇であるが、そんなもんをその場の思い付きレベルでほいっと寄こせる木崎は一体どこまでの裁量を許されているのかと少々空恐ろしい。
俺がこのぺらい招待状に感じる価値はぺらさ相応のものだけであるが、きっと人によっては黄金以上に価値のある代物なのであろう。
蛍光灯の明かりに透かしながら招待状を眺め、ふと言ってみる。
「部長、このオーディション行きます?」
「・・・」
部長は難しい顔をして招待状の睨みつけている。
よく考えれば部長は――見てくれからはとてもそうとは思えないが――三年生。受験戦争の真っただ中だ。部長がどういう進路を取るのかは知らないし興味もないが、大学受験の過酷さは知っている。部活をエンジョイしてるのが不思議なぐらいなのだ。
そんなときにこのオファーだ。なんの脈絡もなく『ミュージシャンになる』と言って受験勉強を放棄するのとはわけが違う。
安心に満ちた進学か、先行き見えぬ就職か。
前者一択だった所にいきなりぶち込まれたこの問いかけ。
普通ならノータイムで後者を切ってもおかしくない状況だが、木崎の招待状が後ろ髪を引く。誰でもなれるなら特別な存在になりたいものだし、ミュージシャンというのは分かりやすく特別だ。ある意味ではそれを担保するこの招待状は本来恐ろしく重い。
霧立ち込める安寧の世界か、生死入り交じる情熱の世界か。
そんな形容を極論と言えぬほどの大きな二択。
「僕は・・・どうしようか・・・」
ぽつりと小さくつぶやかれる声。
「君は、どうするんだい? 安心院君」
「どうと言われましてもね。正直どうでもいいですよ。俺は単純に部長と一緒にこの部屋で演奏するのが好きだっただけで、俺の中じゃそこ以外は全部備品みたいな扱いです。今更観客が増えた所で備品が少し増えるだけ。一年生の時間的猶予に任せてちょいと試しにって事もできますが、相方が三年生の部長ではそうもいかないでしょうから、部長が決めてください」
「君一人なら・・・」
「それはそれで受け入れてくれるかもしれませんが、楽しくないので嫌です」
いや別に一人で演奏すること自体が楽しくないわけじゃないのだが、部長と一緒だった方が楽しい。
どうせ仕事にするんなら楽しい方が良いだろう。
あれだな、ハーレム状態でもオ〇ニーは別腹みたいな話だな。
「全く君は・・・いつもいつも、ストレートだね」
部長は苦笑した。
「羨ましいなぁ・・・僕は、色々考えちゃうタチだからさ。安心院君みたいに、自分の感情のままにスパッと決められたらなぁ・・・」
「部長、こんなものは菓子が欲しくて駄々をこねる餓鬼と大差ありません。評価されるのは嬉しいですが、建前とか理性とか、そういうのの方が社会性があって良いと思いますよ」
自分への素直さ、とでもいうべきか。微も好んでいた俺の気質であるが、俺個人としてはどうも好きになりづらい部分だ。
いまいち治す気にもなれない理由は現状特に実害を感じていないのと、もう諦めているの半々といったところか。
前世ではむしろ建前人間だったと思うのだがな・・・。
建前以上に大切にするべきものを見つけたとかそういうアレだろうか。主になじみ。
「はは、隣の芝生は青いってね」
また部長が苦笑を、しかし今度はもっと楽しそうに笑った。
「うん、少し、考える時間をくれ。きっと、答えを出すから」
*
まあ、部長に時間をくれと言われれば俺に否やは無い。直進も曲折も迂回も停滞も、全て任せると放り投げたのだ。これで文句をいうのは筋違いもいいとこ。
自分の進路であるが、受験が忙しくなるまでに芽が出なければ撤退すればいいだけの事だ。それぐらいの課外活動ができる余裕があるくらいには成績も良いし、バイトを探していた俺としては渡りに船とも考えられる。ぶっちゃけこの理由結構大きいな。少なくとも肉体労働よりは割がよさそうだし。
二年やそこらの下積みで芽が出るなら誰も苦労しない、芸能界を舐めるな。と夢破れて夢破るが生業となった者に言われそうだが、別に芽を出したいわけでもないのだから構うまい。
それに十代の内の二年と言えば、自己投資としてはかなりの時間だろう。そして損切も決めておくのが投資の大原則。
部長がやらないと言うなら、それはそれでバイト探しの時間が増えるだけだ。
元の軌道に戻るのだから何の問題もない。
「とまあ、そんなわけで芸能活動するかもしれん。ほらこれ招待状」
「ケーくん、凄い人生してるね・・・?」
「死ぬまで付き合うんだから慣れてくれ」
「いや、まあ。慣れてはいると思うんだけど、付けてきた耐性とはまた違う方向性の攻撃が来たから、ちょっとくらっと来たというか・・・」
「お前はどういう耐性付けてきたんだ・・・?」
「女」
「それは本当にゴメン」
「ん、許す」
許された。
許されない方が良かったような気もするが、それはさておき。
「あー、でもあれか。仮に売れたらこうしてなじみと一緒に居る時間も無くなるのか」
「無くなるってことは無いと思うけど・・・まあ、少なくはなるよね」
「まあ、仕事をするというのは元よりそう言う事だから、しょうがないのは分かってるんだが、それでも少し嫌だな」
「私は・・・どうかな。ケーくんが輝いてるなら、液晶越しでもそこそこ嬉しい様な気がするけど」
「お前だけの俺じゃなくなるんだぜ?」
「今更でしょ」
「おっと墓穴だったな」
微が入ってきたことでなじみの依存気質も改善されている様だ。
それでも少し寂しいと思ってしまうのは、我儘なのだろうな。
「でもやっぱり、ケーくんは隣にいるのが一番好き」
なじみが肩へと頭を乗せ、見上げながらふにゃりと笑う。
俺もそれに破顔しながら、なじみの腰を抱き寄せる。
「ああ、止めてくれよ。そんな事言われたら、もうここから動きたくなくなるじゃないか」
「いいじゃん。ずっとこうしてようよ。明日も学校あるけど、それまで。ね?」
なじみはそのまま、夕食も食べずに眠ってしまった。
寝付いたのを確認してから、念力でタオルケットを引き寄せ、二人で巻き付ける。
うむ、やはり超能力は痒い所に手が届く。これからも便利に使っていこう。
朝日が昇るまでずっとなじみの顔を見ていて、一睡もしなかったが。
不思議とその日は調子が良かった。
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