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第二部 高校生編

第一印象は3秒で決まるらしい?

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 人込みの遥か後方で、俺は自前のオペラグラスを覗き込んでいた。
 反対側の手には通話中の電話。

「10・・・11・・・12・・・14・・・15!」

 お目当ての数字を見つけた俺は、そのまま電話口に話しかける。

「なじみ、あったぞお前の番号」
『・・・』
「なじみ?」

 はて、なぜ反応がないのだろう。
 一度耳を離して確認するが、キチンと通話中だ。電波も3本立っている。

『よかった~・・・』

 反応が遅れていただけのようだ。

 天気は快晴、桜は満開。
 本日はなじみの受験した高校、私立鷹弓高校一般受験の合格発表日なのだった。



「では、合格を祝して、かんぱ~い!」
「カンパーイ」

 俺となじみはなじみの部屋で、なみなみとオレンジジュースの入ったコップをぶつけて祝杯を挙げた。
 まあ中身なんてなんでもいい。気分だ気分。

「いや~これでまた3年間一緒だね!」
「だな。これで小学生から通算で12年は一緒にいる計算か」
「不満?」
「まさか」

 私立鷹弓高校。
 地元からは多少離れているが、68という結構な偏差値の為に地元からも多数進学者が居る進学校だ。
 文化系の部活動に力を入れているらしく、著名なアーティストを複数人輩出しているとか。

 俺の方は模試でA判定だったので大丈夫だろうと思っていたが、なじみの方は少し不安があったらしく、高校受験には俺が教えることもあった。
 これでなじみが落ちれば俺たちは別の高校で3年間過ごす羽目になるのでお互い必死であった。志望校のレベルを下げるというのも馬鹿らしい話だし。

 そんな苦労の甲斐あって、こうして同じ高校に進学できたのだから喜びも一入である。

 最も少し地元から離れているだけあって、俺もなじみも一人暮らしを余儀なくされたわけだが。
 これはこれでまた別の苦労がありそうだが、その辺は相互協力していこうとすでに了解を得ている。

 そう思うと、なんだか年甲斐もなくワクワクしてしまうのだから、俺というのは単純な人間だ。



 中学時代の思い出話も終わり。
 茶請けのチョコレートも底をついてきたころ。

「じゃあ、ここらでお開きかな。明日から引っ越しの準備とかあるし」
「あっ・・・そう、なんだ」

 どこか残念そうにするなじみ。
 引っ越しの準備があるのはなじみも同じだ。女性だし鍛えていないしで時間がかかるだろうから、俺も手伝うことにはなっているが、それでも俺ができない手伝いというのもある。
 なので少し早めに帰ろうと思ったのだが。

「どうかしたか?」
「・・・約束」
「約束?」

 はて。
 なじみとした約束は全部覚えているし、全部守ってきたつもりだったが、何か不備でもあっただろうか。

「なんかあったっけ?」
「・・・合格したら、エッチしてくれるって」
「あー・・・」

 文脈から察するに、心折れかけたなじみを励ますためにあの手この手を使っていた時だと思う。
 正直当時は俺も忙しかったのであんまり覚えておらず、結構適当言ったような気もするのだ。

 なじみとていつまでも子供ではない。性知識ぐらい蓄えるし、それが意味するところも知った。すでになじみはキスだけで絶頂するまで唇と舌を開発されたが、女陰の方は手つかずだ。恋人同士の肉体的終着点、セックスに興味を抱くのも仕方あるまい。ただでさえ思春期なのだし。

「本当に言ったか?」
「言った、もん」

 ふいと目を逸らしながら返答するなじみ。
 俺がそんなにムードもへったくれもない様な提案を、よりにも寄ってなじみにするのかは疑問である。他の人間ならともかく。
 勿論当時のことを鮮明に覚えているわけではないというのは事実であるから、『言った』と断言されれば弱いのだが。

「言ってないだろ?」
「言った、と思うよ?」

 語るに落ちている。

「ケーくんはしたくないの? ・・・その、私と」
「したいかどうかで言えば物凄くしたいが」
「じゃあ・・・しようよ・・・」

 ぷすぷすと聞こえてきそうなほど顔を赤くするなじみ。

「あのな、俺は実際物凄くしたいけど、初めて位、色々気にしたいじゃないか。後悔するかもしれないんだから、出来るだけ後悔の無い様にさ」
「しない!」

 顔の色はそのままに、声色だけを変えて。

「ケーくんとなら後悔なんて絶対しない! どんなシチュエーションでも絶対後悔しない! 相手がケーくんならそれだけでいいの。他はなんだっていいのぉ・・・」

 でも、少しずつ勢いはなくなっていく。

「わかった」
「え?」

 俺はなじみを抱きしめて、その耳元に囁く。

「お前の気持ちはよく分かった。ありがとう。そこまで思ってくれて」
「ぅ~~・・・」
「でもお前がどうこうじゃない。俺がそうしたいんだ。目一杯演出して、なじみの初めてを奪いたい。そうしないと、俺が後悔しそうなんだ」
「うぅ~~~!」
「いでで」

 なじみの綺麗な爪が背中に食い込む。
 細やかな抗議だ。

「じゃあ、絶対だよ」
「ん?」
「絶対絶対、私の初めて、ケーくんが奪ってよ?」
「ああ、勿論だ」

 最後に軽くキスだけして、なじみの家を後にした。

 しかし困った。

 勢いで演出するとか言ってしまったが、どうすればいいのか全く分からん。
 なんせ俺は童貞なんだ。

 結局はヘタレただけだし。



 奪う前のデートは『夢王 幹口』と『United States Journey』こと『USJ』のどっちにするか。
 そもそもその二択だけなのか? そういう雰囲気を作れたとして、今度はヘタレずに行けるのか?

 なんて色々考えながら入学式を済ませた。
 実際背筋を伸ばしていれば大体問題ないのが入学式である。これで新入生代表とかだったらまだ面倒だったが、その役目はどこぞの眼鏡君が果たしてくれたので問題あるまい。

 クラスは・・・五組か。

 クラス分けを確認したら人込みを避けてさっさとその教室へ行く。
 なじみは見失ってしまったが、人込み嫌いはなじみも同じだ。さっさと離脱するだろう。

 教室はがらんどうで、俺以外の人間はいなかった。
 まあオペラグラスまで使ったのだ、俺以上に速い奴も少なかろう。

 本を読んで待っていると、少しざわついた雰囲気が周囲を覆い、俺は大部分が集合したことを知る。

「はーい席についてー」

 担任の教師と思われる号令が入るが、その前に着席している。

「皆さんのクラスを担当する不知火楓しらぬいかえででーすよろしくね」

 酷い教師だな。
 初見の印象はそんなところだ。

 『美人のキャリアウーマン』といった風体だが、あいにくそこに『ビッチ』という要素をプラスしている。
 タイトスカートはいつパンチラしてもおかしくないような短さで、大きなヒップに押し上げられてパツパツだ。ガーターベルトに吊られた黒の・・・あれは何というのだろう。ソックス? タイツ? レギンス? まあ何でもいいが、それとの間に生まれる絶対領域を惜しげもなく晒している。
 ジャケット部分は数サイズ小さいのか、前を全開にして羽織っているだけだ。
 ブラウスもまた小さいようで、少し胸を反ればボタンが弾け飛びそうだ。かなりバストが大きいようで、押し付けられた黒のブラジャーがブラウス越しに透けて見える。

 性欲塗れの思春期男子になんて劇物を見せるんだ。
 むしろ理性の強化を目的にしているのか?
 まあ、教師の着こなしなど俺には関係ない。授業参観が色んな意味で楽しみだが。

「じゃあ出席順に自己紹介タイムね。机の中にあるのは全部教科書とか書類とかだから全部読み込んどくよーに。終わったら解散でいいよ」

 教室中の男子が欲情し、教室中の女子が軽蔑を浮かべるなかで何事もなかったかのように進行する不知火先生。このマイペースっぷりは見習うべきなのか?

 ともあれ、言われた以上は行動せねばなるまい。

 何せ俺の名は『安心院あじむ』。
 相沢とかが居ない限り大体俺が出席番号一番であり、今もその例に漏れないのだから。

 ガタリ、となるだけ大きく椅子を鳴らして立ち上がる。
 結構な人数がこちらを注目するが、まだ先生に意識を奪われているものも多い。

 ・・・まあ良いか。別に注目されなくても。
 どうせここでやった自己紹介なんてあってない様なものだろう。大抵はこんな自己紹介なんて無関係につるむようになる。

「安心院傾です。中学はそこそこ遠いので一人暮らししてます。親しみを込めて安心院あんしんいんさんと呼んでください」

*

 なじみの自己紹介の時は、まあひどいものだった。

 主に、俺を除く男子が。

 なじみの外見であるが、ロボット産業並みの将来性と見込んだ俺の目は正しかったようで、他の女子たちにとっての公開処刑みたいだった。かつて逆刃刀のような殺傷能力の低い得物でなければ確実に人を斬殺する神速の殺人剣を会得した者は『おかの黒船』と呼ばれ、取り込んだ方が戦争に勝利するなんて言われ方をしたが、それになぞらえるなら今のなじみはさしずめ『恋愛の黒船』といったところか。
 想像の埒外にいる美少女が物凄くフレンドリーに自己紹介しているのだから青天の霹靂だろう。

 あのルックスで多少気のあるようなことをされて落ちない男子の方が少ないだろうな。

「蝶ヶ崎さんはッ! 彼氏はいるんですか!?」
「えっ」

 こっちをちらっと見てきたので、首を横に振った。

「い、いません・・・」

 凄い怒号が鳴り響く。

「で、でも好きな人はいます!」

 なじみ、お前は鎮火のつもりでそういったんだろうがな。
 お前はクラスの全員と目を合わせてしゃべっていたよな。
 男子っていうのはそれだけで『俺に気があるんじゃ?』と思うような生き物なんだ。
 そりゃあ全員が全員そうってわけじゃないが、お前のルックスの所為で『そう』なるハードルが随分下がってるんだ。
 ざっと見だが8割は逝ったぞ。

 いやまあ、そういうもんだと言われれば、否定できないのもなじみの外見なのだが。
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