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第一章 幼年編

気分の乱高下は魔性の味

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 謎のデブとの邂逅の翌日。
 学校である。

 2日休んで5日学校へ。極めて平凡な話ではあるだろう。
 しかし今の俺にとって、今回の学校が平凡だなんてことはあり得ない。

 今から俺は謝罪をするのだ。いや、謝罪なんてもんじゃない。
 俺の犯した罪は大きく、また許しがたいものだ。それは他人がどうこうではなく、俺自身が俺自身を許し難いという意味だ。

 幼少期で男女の差異なんて何も知らないからかもしれないが、同衾まで許してくれたなじみに対して、俺は強姦まがいにキスをしたのだ。
 だからこれは謝罪ではない。

 贖罪か、懺悔か。

 まあ名称など何でもいい。それこそ他人の価値観でしかないのだから。

 さて、謝罪するつもりではあるものの、まさか教室でいきなり頭を下げるというわけにもいかない。クラス違うし。

 元より衆人環視の中でやるような話でもあるまいし、校舎裏にでも呼び出したうえで話そう。

 となるとクラスが違うというのが本当に面倒な話だ。なんせ呼び出すのが難しすぎる。他クラスの人間が入ってきた時点で若干注目が集まるのだから、そんな中で呼び出せば公開処刑の様なものだ。
 そんな心労をなじみを負わせるわけにはいかない。

 で、色々考えて思いついた方法が。

「ラブレター、なんだよなぁ・・・」

 実に古典的だが、これ以上に適切な呼び出し方法もなかろう。
 なじみは業間などの際も基本的に教室にいるので、下駄箱に目を向けるのは登下校の際くらいだ。

 登校には班があるが、下校にはないので時間の融通も利くだろう。

 そんなわけで、なじみの下駄箱にラブレターを投函すべく行動を起こした。

 昇降口まで降りて、なじみの下駄箱に向かう。名前が書いてあるわけでもないが、名前から大体のあたりを付け、片っ端から開いていく。見慣れたなじみの靴が見つかるのはそう遠いことではなかった。

 ここまで予定通りだったんだが、ここで一つ誤算があった。

「うわぁ、ブッキングしてら」

 俺以外の人間からすでにラブレターが投函されていたようだ。
 一通だけとはいえ、滑り落ちてきた。

 封筒に入っているわけでもなく、宛名も差出人も書いていないが、文面の中にはなじみを示唆するであろう表現が多々あった。文量が多く、なかなかの秀作だったが、言葉選びのセンスが酷かった。
 なんだ『愛マシマシの二郎系』って。
 むしろ小学生でその語彙力は将来有望というべきなのか?

 さて。
 この事態はまあ、予想できたことだ。
 なじみは現段階で異常なまでの美貌を持つ。もはやある種の異能かもしれない。
 そのうえで明るくて気さくで男女の垣根も低いとくれば惚れた男の10や20なんて序の口だろう。むしろ今までそんなことなかったのが不思議なくらいだ。

 そんななじみを誇らしいと思う気持ちがないわけではないのだが、それ以上に嫉妬を感じるのもまた事実。この場合は焦燥か? まあ何でもいい。
 一応幼馴染というアドバンテージこそあれど、愛に時間は関係ないと言われればそれはそれで反論できないし、そもそも小学生時点での幼馴染にいかほどの価値があるやら。

 目を瞑って少し思案を巡らせた俺は、その誰のものとも知れぬラブレターを適当な女子の下駄箱に投函しなおし、自分のラブレターをなじみの下駄箱へ投函した。
 バレなきゃイカサマじゃあないんだよ。

 恨むのなら巡りあわせの悪さでも恨みなさい。運も実力のうちということで。
 この安心院傾に運は味方してくれている。

 まあ投函した先は『文章の形容がなじみ以外で最も当てはまる女子』にした。目を瞑って考えていたのは『燃やす』、『別の所に入れなおす』の二択だったし、まだ慈悲のある方ということで。

 なじみへの誠実さ、という一点で見ればそのままにしてなじみに選ばせるべきなのだろうが、ライバルの存在が明確になった以上、手段など選ばない。

 なじみが望むなら身を引こう。他の男と付き合うのも認めよう。
 だがそうさせないための工夫ぐらい、していいだろうさ。それが恋愛戦の基本だ。

 全力を尽くすこと。

 それこそ一番誠実な対応ということで一つ。



 幸いにもあのラブレターを出したやつとは呼び出し先が違う様で、呼び出した先でブッキングするということはなさそうだ。
 そんなこんなで放課後。

 さっさと下校の準備を完全に終わらせた俺はトイレに行くような雰囲気で呼び出した場所へ赴く。
 自分で呼び出した以上、相手より先に到着しているべきだろうし、急ぎ足で。

 すたすたと歩いていると、視界の端で俺が再投函した先の女子がそわそわしながら体育館裏へ歩いていくのを確認した。
 頑張れ、少女。君を呼び出した少年は人違いをして(させて)いるが、きっと好青年だ。じゃないとあんな文章は書けまいさ。HAHAHA。

 少しだけ彼女を尾行して少年と彼女のすれ違いコメディみたいな現場を確認しようと思ったが、悪趣味が過ぎるだろうしやめておこう。特に少年は俺に恨み骨髄だろうし。

 まあそんなことはどうでもいい。
 なじみを呼び出した旧校舎裏に到着した。

 なじみはまだ来ていないようだ。
 今頃は下駄箱の文書を読んでいるころだろうし、無理もない。

 ふーむ、しかし今になって緊張してきたな。
 なじみが俺を許さないというなら俺はそれを受け入れるつもりだが、それで俺自身が平気かと問われれば疑問が残るところだ。ショック死、まではいかないだろうが、ここ最近精力的な活動をしていたことが多いので、その反動が恐ろしくはある。向こう数十日は無気力人間になること請け合いだ。そうなれば俺が微を慰めたり励ましたりするという構図が逆転しそうだ。あのデブは放置してしまうだろうな。姉さんはどうだろう、心配はするだろうが、それ以上のことはしなさそうだ。必然まどかちゃんとも疎遠になるだろうな。

 こうして考えてみると、なじみは俺の人格、あるいは人生に相当大きな影響を与えている様だ。
 勿論まだ6歳でしかないのだし、なじみを失ったとしてもまた修正は利くのかもしれないが、それでも俺はなじみを失いたくはない。

 そのためにも謝罪だ。
 誠心誠意、心の底から謝罪すればなじみは許してくれるだろうか。

 いや、許される許されないの話ではない。
 ただ、謝るのだ。許しを得たいからではなく、謝りたいから謝る。

 それが俺のできる贖罪だ。



 10分経った。
 なじみはまだ来ない。

 旧校舎はそれなりに遠く、また辺鄙な所であるからまあわかりづらいのも頷ける。
 それに呼び出しが無視されているという可能性もあるし。

 もう30分待って、来なかったら諦めよう。

 そういえば謝罪の誠意を強調する『焼き土下座』なる謝罪方法があるらしい。
 生憎巨大な鉄板もそれを熱する熱源もないが、考慮しておいた方が良いだろうか。



 さらに10分経った。
 なじみはまだ来ない。

 草むらの中からやたら巨大な鉄板を見つけた。
 肉の脂と思しき汚れが付着していたので、多分昔にやった焼き肉大会とかの名残だろう。
 ・・・人肉でなければの話だが。



 さらに10分経った。
 なじみはまだ来ない。

 大量の薪が積み上げられているところを発見した。
 旧校舎は設備が古いので、暖房にストーブでも使っていたのだろう。あるいはキャンプファイヤーでもやっていたのかもしれない。
 鉄板の下に配置しやすそうな短さだったし、昔の焼き肉大会説が濃厚になってきたな。
 ・・・ちょっと怖くなってきたが。



 さらに8分経った。
 なじみはまだ来ない。

 十字架にベルトが括りつけられているものを発見した。
 根元の土台は前面部のみ左右に開くようで、十字架自体も90度くらいまで前傾できるらしい。
 キリストごっこにでも使っていたのだろうか。
 ・・・まさかな?



 さらに2分経った。
 なじみはまだ来ない。

 心臓が張り裂けそうな気分だが、努めて表情に出さぬようにした結果、ひどい仏頂面になった。

「帰るか・・・」

 誰に向けてでもなく、そうつぶやく。
 ランドセルは教室に置いてきた。まだ閉められていないだろうか。あの担任なら職員室で一時預かりぐらいはしてくれそうだし、教室が閉まっていたら聞いてみよう。

 そういえば姉さんの部屋にはGペンがあったが、まさか自分で書こうとでも思っているんだろうか。ないなら作れというのは実際至言だと思うが、運動部がそんな時間を捻出できるのか?
 ベタ塗りくらいなら手伝うが、それでホモの啓蒙を高められたら目も当てられん。いや、もう別にいいのか。高められたところで、もう。

 いっそ侵食され切って筋肉の伝道師になるもの悪くないかもしれない。ザ・ランごっこが捗りそうだ。なあ、わがマッスルよ・・・何一つ反応してこねえ。全部筋肉に染まれればまだ楽だったかもしれないのに。

 運動靴を上履きに履き替え、教室への階段へ向かう。

「ケーくん!」
「え?」

 後ろからいきなり聞こえた声。
 ぱたぱたと走り寄る音。

「おそーい! 私がどれだけ待ってると思ってたの!?」
「え? ああ、ごめん・・・」

 気の抜けた生返事しかできない。

 だって、許さないんじゃなかったのか?
 来なかったのは、そういうことじゃないのか?
 なんでそんなにフランクに話しかけてくるんだ?

「あれ? ケーくんランドセルは?」
「ああ、教室に・・・」

 違うだろ、俺が言いたいのは、もっと、こう。

 謝罪だろ。

「もー! 待っててあげるからさっさと取りに行きなさい!」
「え、ああ・・・」
「早く!」

 違うだろ、流されそうになってどうする。

「なじみ!」
「なーに?」
「えっと、この前はごめん」

 違うだろ、俺が言いたのは、謝りたいのは。

「この前って?」
「金曜日に、泊まった時」
「あの時がどうしたの?」

 違うだろ、俺が言いたいのは、もっとハッキリと、自分の罪を懺悔して。

 こんな風に、なじみに言わせるみたいな感じじゃなくて。

「俺は、なじみを、なじみに、あんなことを・・・」

 言えよ、はっきりと、自分の口で、自分の罪を、何をしたのかハッキリと。

「ケーくん」

 こちらに向かってなじみが話しかけてきたとき、わかった。
 怖いんだ、許されないのが。

 謝りたいから謝るなんて言いながら、本当は許してもらうために謝ろうとしていたんだ。
 なじみなら許してくれるだろうと思っていたんだ。
 だから謝ろうなんて思っていたんだ。
 許されないかもしれない。そう思ったときには恐怖が全身を覆い潰していた。

「なじみ」

 恐怖にまみれた吐息が聞こえる。
 自分がそんなものを吐き出してるなんて気付いたのは偶然だ。

「ケーくん、なに? ケーくんの言いたいこと言っていいんだよ? 私はずっとケーくんの味方だよ?」

 お前本当に小学生かよ。

 そんな現実逃避の様な事が頭をよぎり、そして俺の中身が流れ出した。

 自分でも、なんて言って謝ったのかあまり覚えていない。
 そもそも謝ったのかすら覚えていないありさまだ。
 自分が何をしたのか、どう思っているのか、なじみの優しさに付け込んだことも、ラブレターをこっそり廃棄したことも言ったと思う。

 目線の先で、小雨が降っていた。

「ケーくん」

 すべて語り終わった後、なじみは俯く俺に静かに語り掛けた。

「許さない」

 その一言だけで血の気が引いた。
 きっと飛び降り自殺した人間が急接近する地面を見て感じるのはこんな感覚だ。

「だから罰として」

 なじみが俺の顔をぐいと持ち上げ、なじみと向き合わせる。

 次の瞬間、なじみが俺の頬をぺろりと舐めた。

 そこで俺は、さっきの小雨が自分の涙であることに気付いた。

「ずっと私の傍にいること!」

 なじみはしてやったり、みたいな顔をして。
 体を丸ごと背けると、こちらに振り返りながらべっと小さく舌を出して。
 そのまま走り去っていった。

 俺は、ああ、もちろんだ、なんて。
 普遍的で面白みもない言葉を返すので精いっぱいだった。

 なじみが見えなくなった後、俺は地面に膝から崩れ落ちて、叫んだ。

「惚れてまうやろ――――――――!!!!」
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