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1、恐喝(カツアゲ)
しおりを挟む俺が恐喝の現場に遭遇したのは、放課後、道場に向かう途中のことだった。
俺の通っている南高(宝部県立真城南高等学校)から道場に行くには、2つルートがある。
南高と、俺の住んでるあかつき団地や道場の間には宝部川という川が流れてるんだが、その間に橋が2つかかっている。
団地は小高い山の上に作られていて、その山の向こう側の川沿いに道場があるんだ。
団地手前の橋を渡って、真っ直ぐ山を登れば団地だし、右折して川沿いをまっすぐ歩けば道場というルート。
または、最初の橋を渡らずに、次の橋を渡ってまっすぐ道場へ向かうルートだ。
普段は手前の橋を渡らず、2つ目の橋をわたるルートで、まっすぐ道場へ向かっていたが、その日は何の気なしに手前がわの橋をわたり、右折して道場へむかおうとした。
と、すぐ左手の林の中で、色白で小柄な男の子が、金髪茶髪の一目でDQNというか、ヤンキーとわかる二人にとっつかまって小突かれていたんだ。
「とっとと出せよ、コラ!」
いずれも俺と同じ南高生だ。
ヤンキー二人は同じ一年の、たぶんB組だ。
廊下や購買で、つるんでヘラヘラ騒いでるのを見かけたことがある。
やられてる子のほうはわからねえ。
「お金ないよ、もう」
男の子は言った。
疲れきった、あきらめきったような口調だった。
茶髪がわめいた。
「ばか、貯金ねえなら親からもらってこい!」
金髪は、ニヤニヤしながら、ねっとりとした口調で言った。
「こないだみてえにおふくろの財布から抜いてこいよ……万券一枚で許してやっからよう」
男の子は力なく、地面に直接すわりこんだ。
「もう嫌だ……」
「なんだぁ!」
また茶髪が叫んだ。
「もうたくさんだよ」
金髪が言う。
「ダイチよ、痛え目にあいてえのか?ああ?」
「……もうどうとでもしてよ……」
ダイチって呼ばれた男の子が言った。
消え入りそうな小さな声だった。
そうか。
「大地」という名前なんだ。
そう聞いたとき、急に、目の前に広大な緑の草原が見えたんだ。
遠く、抜けるような青空のもと、真っ白な雪を頂く壮大な山々がある。
緑の草原を、馬の群れが駆けている。
ヨーロッパか、アジアの、高原のような場所。
馬に、人が数人乗っているのまで見えた。
異様にはっきりとした幻視だった。
金髪が男の子の髪を左手でつかみ、右拳を振り上げた。痛い目にあわそうということか。
この辺で我慢できなくなった。
許せねえ。
「おう、なにやってる!」
カバンを地面に置いて、踏み込んだ。
金髪茶髪がギョッとじてこっちを見た。
俺はそのまま、金髪の髪をつかんでひねり上げた。
「あだだだっ!」
痛みで悲鳴をあげながら、背を向けた金髪の尾てい骨の上に思いきりヒザを入れてやった。
「あぎゃーっ!」
ここは「後ろ電光」という急所だ。
俺も、若先生(師匠)や、道場の先輩方に何回かやられたことがあるが、かなり痛い。
金髪は呆気にとられる茶髪の前に倒れ込んで、ケツをおさえて悶絶してる。
「おい、おめえ大丈夫か?」
俺は男の子に声をかけた。
男の子は呆然としている。
「男の子」って言ってるが、制服の襟に「1」のバッジがついているので、俺と同じ一年生らしい。
童顔なんだな。
純真というか、なんか汚れてない――そんな感じがして、自然に笑みがこぼれた。
「コノヤロー!」
茶髪が、奇襲のつもりなのか、金髪の身体を飛び越えながら殴りかかってきた。
フック?だが、かわしてください、技をかけてくださいと言っているようなパンチだった。
俺は一歩前に出て、茶髪の腕の急所(尺沢)を左拳でたたきながら、胸骨の真ん中(秘中)を刺突拳という中指を突出させた拳型で突いてやった。
これは天法院流の「昇月」という技の応用だ。
本当は水月(みぞおち)突いてから、一気にアゴを突き上げて倒すんだけど、そのままやったら窒息したり首が折れたりするので、少し変えて使った。
「オギャー!」
茶髪は苦痛のあまり、右腕を折り曲げ、左手で胸を抑えて、ぴょんぴょん跳ねながら踊り始めた。
その滑稽なダンスに、笑いが込み上げてきた。
男の子を見ると目が合った。
「見ろ、バカダンス」
そう言ってから、吹き出しちまった。
すると、さっきまでこの世の終わりみたいな顔してた男の子が、思わずなんだろうが、ニッコリと笑ったんだ。
なんでかな、俺は妙にうれしくなったよ。
その頃になって金髪がケツを抑えて起き上がってきた。
「ち、ちきしょう!か、必ず仕返しすっからな!」
茶髪も、腕を抱えながら叫んだ。
「俺たちは『龍団』だぞ!必ずギタギタにしてやっからよ!」
「リューダン?なんじゃそりゃ」
「て、てめえ、龍団バカにしやがったな⁉浦木先輩のチームだぞ!知らねえのか?ケンカ最強の浦木先輩を!」
浦木先輩って誰だろう?
浦木という苗字に聞き覚えがあるが……名前と顔がつながらない。
金髪も吠えた。
「てめえ、なんか格闘技やってっからって調子に乗んなよ!必ず地獄に落としてやるぞ!覚えてろ!」
「あっ、そう。それにしてもお二人さん、俺の名前とか聞かなくていいのか」
二人はあっ!と思ったようで、マヌケにも、俺に言われたように言ってきた。
「て、てめえ、名前なんだ!?」
「1Dの高宮だ。高宮隼。キミたちの同級生だよ。覚えといてくれよな」
「た、高宮か!よし!覚えたぞ!」
「ちゃんと覚えたからな!その……お、覚えてろ!」
ほかに言うことないのかと思うようなセリフを叫ぶと、金髪茶髪は逃げ去った。(続く)
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