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第13章 ヨークとナンシーと

22 テッドさん

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「ふーん、あんたがアルディ隊長さんか。俺はテッドだ」

 テントに入ってくるなり値踏みするようにこちらを見て、ふてぶてしい態度で名乗ったその人は、もう見た目からしてすごく変わってた。

 見た感じ、歳は私や黒猫君と同じくらい、だと思うんだけど。

 ボロボロのシャツは袖が破けてタンクトップのようだし、短パンもめちゃくちゃ短くてまるでビキニの下着みたい。
 足には布を巻きつけてるだけで靴も見当たらない。
 まあ武器は取り上げられたんだろうけど、防具らしいものを全くつけてなくて、とてもさっき襲撃しに来た人には見えなかった。
 なのに、むき出しの腕や足には数え切れないほどの古い傷跡が見えて、それがなんかものすごく不穏な雰囲気。

 長い濃紺の髪は後ろで一本の三つ編みにされてて、まるで海賊みたいな大きな眼帯で右目を隠してる。
 バッカスも普段から眼帯してるし、ある意味見慣れてるはずなのに、テッドさんの眼帯は比べ物にならないほど派手でとっても目立つ。
 だって真っ黒の大きな眼帯の真ん中には、血のように真っ赤な色で大きな目のマークが描かれてるのだ。

「そんな目立つなりで襲撃者やるか普通」

 兵士さんたちがテッドさんを私たちの前で跪かせるのを待って、黒猫くんが呆れ声で呟いた。と、テッドさんが馬鹿にするようにせせら笑ってこちらを睨む。

「襲撃するのに見た目なんて関係ねーよ。どうせみんな殺しちまうか殺されるかなんだし、どんな格好してたって同じさ」

 褐色のザラついた肌に似合う、凄みのある笑顔でそう言い切られて思わず鳥肌が立っちゃった。

 よくわからないけど、とにかくこの人なんか怖い!

 しっかりと縄をかけられてるし、兵士さんが二人もついてきてるからきっと安全だとは思うんだけど、それでもこの人のあまりにも堂々とした態度になんだか不安になってきちゃう。

「いやそれ以前に、それ寒くないのか」

 そんな私の不安も知らず、私を膝に載せた黒猫君が当たり前のようにテッドさんに問い返した。

 まあ確かに寒そうではあるよね。
 北の砦と違い、この辺りはようやく初夏らしくなってはきたけれど、それでも夜は結構冷えるのだ。
 でもそれを聞いたテッドさん、クワッと目を見開き、ギラギラと光る視線で黒猫君を射抜いた。

「これはあの忌々しい蔦から抜け出そうとしたせいだろうが!」

 そう言って、首筋に残った無数の赤い跡を私達に見せつけるように突き出してくる。

「なんだあの蔦! ちょっと傷つけようものならギュウギュウ首締めてくるわ、抜けようと動けば服にぴったりくっついて引きちぎりやがって、見ろよこれ!」
「うわああ、ごめんなさい!」

 テッドさんの首筋に残るまだ生々しい真っ赤な跡があまりにも痛々しくて、私は反射的にペコペコと謝っちゃった。

「待て。なんであんたが謝るんだ?」

 ところが、途端今度は面白げに光ったテッドさんの青い目が私に向けられ、

「もしかして、アレ全部あんたの仕業か? じゃあ、もしかしてあんたが噂の『黒猫の巫女』様?」

 そう言って私を見る目がねっとりまとわりついてきて、なんか余計怖いんですが!
 これもしかして私、謝っちゃ駄目なやつだった??

 思わずビクビクしながら黒猫君とキールさんを交互に見てしまう。
 と、すかさず黒猫君が膝の上の私を守るようにぎゅっと抱き寄せ、キールさんがテッドさんと私達の間に割り入った。
 そこで腕組して仁王立ちしたキールさん、重そうな鎧姿で威圧するようにテッドさんを見下ろしてる。

「お前には関係ない。それより俺に何か言いたいことがあったんじゃないのか」

 うわ、これはテッドさん、かなり怖いと思う。
 鎧ってこうやって下から見上げてみると、ものすごく威圧感あるんだね。
 そうでなくてもキールさん背が高いし、怒ってるから声も怖いのに。

 だけどテッドさんはそれにも怯んだ様子が全くない。
 それどころか、すぐにクネクネと左右に体をくねらせながら言い返す。

「うわー怖い。あんたほんとにアルディ隊長? 街じゃ物腰の柔らかい優男って噂だったんだけど」

 女の人みたいな裏声でそう言ったテッドさん、そのままわざとらしく目を潤ませて上目遣いにキールさんを見つめてるんだけど。

 なにこの人!
 こんなふざけた態度なのに、なんでそんな核心をついたようなこと言いだすの!?

「お前のような捕虜、いちいち丁寧に相手をする必要もあるまい」

 だけどキールさんも全く動じない。というか、鎧のせいで表情も読めない。

「そりゃそうだ」

 途端平坦な声に戻って相槌を打ったテッドさん、ひょいっと肩をすくめ、今度は笑みを浮かべて私たちを見回した。

「まあいいや、じゃあまずは交渉を始めようぜ」
「この状況でか? 今更一体何を交渉する気だ?」

 すぐに黒猫君が言い返したけど、ホントだよね。

 なんせ今のテッドさん、後ろ手に縛られた上に、腰にも太い紐を二本も巻かれ、それを二人の兵士さんがそれぞれしっかり掴んで剣を片手に見張ってるのだ。
 襲撃にきた他の人はみんな死んじゃったそうだし、武器もないし、孤立無援だと思うんだけど……。

 不審そうな目で黒猫君が尋ねても、テッドさんにはまるっきり動揺する様子がない。
 それどころか、こんな状況なのにリラックスした様子で、改めて胡坐をかいてその場にしゃがみこむ。
 へらへらと笑ってるのに、ずっとギラついたままの目がやっぱり怖いよ。

「まあ話を聞けよ。俺は単にヨークの裏町で募集がかかってた割のいい日雇い仕事に飛びついただけのチンピラだ。あんたらが期待するような情報はなにも持ってない」
「それを俺たちに信じろってか?」
「信じる信じないはあんたらの勝手だよ」

 突っ込みを入れた黒猫君の言葉にも、すぐに軽い調子で言い返す。

「ただ俺が言いたいのは、この俺様にはどこの誰を守る義理も、隠しだてする義理もねえってこった」

 そこで言葉を切ったテッドさん、自分を見下ろすキールさんを真っ向から見据えて目を細め、まるでそそのかすような甘い声音で先をつづけた。

「だからな、減刑を約束してくれるってんだったらあの偉そうなおっさんが俺たちにあんたらを襲うよう、指示出してたって証言してやってもいいんだぜ」

 そう言って、テッドさんがまだ一つポツンと残された蔦の小山を顎でしゃくる。
 無論その最後の蔦の小山に囚われてるのは、偽サロス長官ことネイサンさん。

「それは本当なのか?」

 と、突然私たちの後ろから白髭のおじいさんが前のめりになって尋ねた。

 そりゃそうか。
 すっかり打ち解けてしまって忘れそうになるけど、おじいさんたち、本当は私たちを裁判に連れていくはずのネイサンさんに従う立場なんだもんね。
 だけどテッドさん、おじいさんには目もくれず、ニヤリと笑って私たちを見回して言う。

「さあね。そんなの本当である必要あるの? どーせあんたら、それを望んでるんだろ?」
「お前──」
「待てネロ」

 その態度にカチンときたらしき黒猫君が睨んだのを、だけどキールさんが静かに止めに入った。

「コイツの言うとおりだ。コイツが証言すれば何かしら相手の出方が見れるだろう」

 え、でもこれどう考えても怪しいよね?
 私や黒猫君が聞いてても怪しいって感じるんだから、もちろんキールさんも気づいてるはずだと思うんだけど。

「たとえそれが事実であろうがなかろうが構わない」

 なのにキールさん、まるで最終決定のようにそう言い切った。
 キールさんのその声はとっても冷淡で、私たちが割り込む余地があるようには思えない。

 ……それってキールさん、テッドさんに本当の事情を聞く気はないってこと?

 キールさんが何を考えてるのか分からない。
 見上げてみても、ヘルメットのせいで全く表情が読めないし。

 内心モヤってる私たちとは対照的に、それを聞いたテッドさんが一人無邪気に喜んでる。

「なーんだ話わかるじゃん、隊長さんよ。じゃあ交渉締結ってことでいいか?」
「今ここで協力するだけじゃなく、裁判でも証言することが最低条件だ。ヨークまでは拘束するし、減刑したとて数年の禁固刑は免れないぞ」

 きっぱりそう言ったキールさんに、テッドさんが笑顔を返し、

「ああ、どこにでも出てなんでも証言してやるよ、俺はただ命が惜しいだけだからな」

 機嫌よさげにそう言ったテッドさんは、来た時と同じように二人の兵士さんに紐を引かれつつも、堂々とした態度でテントから出て行く。
 それがなんだか納得いかない。
 振り仰げば、すぐ後ろの黒猫君も非常に不服そうな顔でその後姿を見送っていた。
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