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第十五話 星をつなぐもの

前編

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 「あー今日も順調に暇だ」
 安楽椅子に腰かけながら、ビクターは天井を見上げる。
 「ビクターっていつも暇しているわね」
 幽体で遊びに来ている飛鳥が言う。
 「そう言うお前も暇そうじゃないか。今日はお前にやらせる仕事はないぞ」
 「友達と遊びに行く予定だったんだけど、大雪で電車が止まっちゃってね、中止になったの」
 ビクターの問いに、窓から地球を見下ろしながら飛鳥は答えた。
 「あー宇宙から東京の雪景色が見れると思ったんだけどなー見えないや」
 「お前はバカか、雪が降っているなら東京の上空は雲で覆われてるだろうに」
 呆れるようにビクターが言う。
 「見てみなくちゃわからないでしょ!」
 「経験第一主義かよ、何のための知性と知識だ。想像力に欠けているとしか思えん。だから地球人は未熟なんだ」
 二人の視線が火花を散らす。
 「マスターも飛鳥さんも仲良くケンカは止めて下さい。そんな事よりもコーヒーと霊体マフィンをお持ちしましたから、ブレイクされてはいかがでしょうか」
 メイが運んで来るお盆の上には湯気と香気を立てるコーヒーと、青白い光を放つマフィンが載っていた。
 「ありがとうメイちゃん」
 飛鳥が手をかざすと、お盆の上の青白い物体が引き寄せられ、その手に収まる。
 ポルタ―ガイスト現象だ。
 飛鳥は手の中のマフィンをじっと見つめる。
 「どうした。マフィンを見たのは初めてか? この田舎者め」
 相変わらず馬鹿にしたような口ぶりでビクターが言う。
 「知ってるわよマフィンくらい! あたしが不思議に思ったのは異星人エイリアン用の食事なのに、どうして地球の食べ物の形を取っているかなのよ」
 飛鳥のその声に、ビクターは少し感心した素振りを見せた。
 「ほう、少しは賢くなったな。なら、僕からアドバイスだ。霊、いや魂と言った方がいいかな。魂は何に宿ると思う」
 「そんなの、ヒトに……、いや生きとし生けるもの全てによ」
 少し考えて、飛鳥は答えた。
 「九割正解。正確には魂は生物に宿る。ただし、稀に無機物、岩や物品に宿る、だ」
 「ああ、髪の伸びる人形とかあるもんね」
 「じゃあ、お前の食べているそのマフィンには何の魂が宿っていると思う」
 再びビクターが問いかける。
 「ひょっとして小麦の魂?」
 「正解! それは地球産の小麦から採った魂から作ったものさ。お前らの観光地の土産にもあるだろ、現地の農産物から作ったお菓子とかが。だから『コテラ』にはクッキーやマフィンの霊体食料があるのさ」
 少し嬉しそうにビクターが言う。
 そのやり取りを見て、メイも嬉しそうな表情を浮かべる。
 ビィービィー
 その日常は明らかな警告音によって破られた。
 「何事だ!」
 ビクターの表情から、飛鳥はこれが緊急で異常な事態だという事を理解した。
 たまにある異星人エイリアンからのクレームとは違う事を感じ取っていた。
 「マスター、宇宙海賊です。識別からすると『バルバ』オリオン腕を中心に惑星を荒らしまわっている一団です。地球へ到着するのは約70時間後です」
 「そうか……、よし、『コテラ』はこれからハイドモードに移行する。隠れてやり過ごすぞ!」
 ビクターはコンソールに向かい何やら入力すると、照明が一段暗くなり、窓の外から見えていた地球と宇宙も真っ暗に見えなくなった。
 「ちょっとビクター! 隠れるってなによ! 地球を守ってくれないの!?」
 「守れる武装が『コテラ』にある訳ないだろ。メイ、救援信号は?」
 「はいマスター、可能な限り全てに救援要請を発信しました」
 「そうか、なら僕の身は安心だな」
 ふぅ、と息をついてビクターは背もたれに身体を預けた。
 「ちょっと、地球は大丈夫なんでしょうね!?」
 「残念だか、手遅れだ」
 飛鳥の問いにビクターは顔を曇らせて言った。
 「手遅れって、どういう事よ! 宇宙警察とか銀河連盟軍とかが助けてくれるんじゃないの!?」
 「『バルバ』を撃退出来る軍の準備に数日掛かる。その後、最高速でゲートを使って地球に来たとしても到着には十日は掛かる。その間に『バルバ』は地球の資源を奪って逃げるだろう。おそらく三日後に地球到着、三日間で地球制圧、三日間で搾取、そしてヤツらは逃げ出すだろう」
 「被害は? きっと琥珀とか石油とか金とかを奪われるんでしょ?」
 体を震わせながら飛鳥が問いかける。
 「琥珀はあるだろうが、大半は地球生物だろうな。もちろん人間も含まれる。おそらく万単位だろう」
 ゴレム星人の一件から地球の霊長類の取引が規制され、価値が高騰しているからな、とビクターは思った。
 「何とかならないの!?」
 「ならん! 僕だって助けたいさ。後処理がめんど……、地球には愛着もあるしな。だが、物理的に無理だ。だから隠れるのさ」
 部屋は静まりかえった。
 「あの、マスター差し出がましいようですが、何とかなるかもしれません」
 「メイ、何を言っている。『コテラ』の装備では何ともならないだろう」
 「メイちゃん! 何か方法があるの!? あたしが手伝える事があるなら何でもするわ!」
 「方法はあります。少し飛鳥さんが危険ですが」
 「わかったわ! 命くらい掛けてみせるわ!」
 飛鳥が胸をドンと叩く。
 「おい、無理だろ。少なくとも僕の権限で動かせる設備や装備で『バルバ』を撃退する、もしくは地球を隠匿出来るとは思えない」
 「マスター、差し出がましいようですが、マスターは少し知性と知識と想像力を働かせるべきです。惰眠を貪っているからさびびついてしまっているのです」
 いつもビクターから飛鳥に言っている台詞をメイは返した。
 「いったい何だ」
 「いったい何よ」
 二人が問いかける。
 「『プレゼント』を前借りするのです」
 メイの言葉にビクターは口をあんぐりと開けた。
 
 
 
 『メイ、飛鳥、準備はいいか?』
 飛鳥の頭に取り付けられたヘッドセットからビクターの声が聞こえる。
 『はいマスター、始まりの六種族用の緊急脱出ユニットの装着は完了しました』
 飛鳥の霊体にバックパックのような物が装備されている。
 もちろん、それも霊体だ。
 「飛鳥さん。落ち着いて装備とマスターからの通信に従って下さい」
 「うん、でもこれで本当に冥王星まで行けるの?」
 「もう飛鳥さん、間違えないで下さい。行くのは冥王星ではなくて、その隣のカロンです」
 『いいか飛鳥、霊体のお前なら物理法則の枠に囚われず、いや正確には少し囚われるが、いやいやそんな事を言っている場合ではないな』
 ビクターの声に少し焦りの色が混じっている事を飛鳥は感じていた。
 『ちゃんとしてよね。地球の命運が掛かっているんだから』
 『お前よりかはちゃんとしているさ。いいか飛鳥、お前はこれから亜光速に加速されて冥王星の惑星のカロンに向かう。そこにある銀河連盟の倉庫から……』
 『わかっているわよ! 武器を取ってくればいいんでしょ!』
 『取ってくるんじゃない。動かせばいいんだ! いいか、僕の指示に従うんだぞ』
 『了解、どうせあたしじゃ何もわからないからね』
 「では飛鳥さん、ご武運を。あとこれは内緒ですが」
 「いざと……つま……を……」
 「わかったわメイちゃん」
 メイは日本の古式慣習に従い、火打石を鳴らす。
 そして飛鳥は星の海に旅立った。
 
 
 
 飛鳥が感じたのは闇と点滅する光。
 ヘッドセットから聞こえてくるビクターの声によると、亜光速状態では物理法則がうんたらかんたらという事だが、飛鳥に全く理解できなかった。
 ただ、それでも背後から感じる暖かな物もあった。
 それは太陽だとビクターは説明していたが、別なもののようにも感じられた。
 そして飛鳥は太陽系の端に立つ。
 ヘッドセットのビクターからは、正確にはカイパーなんちゃらと聞こえて来たが、飛鳥はそれを無視し、目的の地、冥王星の衛星カロンに降り立つ。
 『飛鳥、調子はどうだ』
 『大丈夫。ちょっと頭が痛いけど』
 『よし、それじゃあ、右の岩陰に扉があるだろ。それに向かえ』
 ビクターの指示の通り、右の岩陰に巨大な扉があった。
 『デカいわね。あたしじゃ開けれないわよ』
 『馬鹿かお前は、霊体ならばすり抜け……、いや扉の左下に通用口があるので、そこのカバーを開いてボタンを押せ』
 ビクターの指示に従い、飛鳥は通用口を見つけ、ボタンを押す。
 ガコンと音がして扉が横にスライドして開いた。
 『中に入れ。そしてコンソールを起動しろ』
 『わかってるわよ。そんなにせかさないで、疲れているんだから』
 飛鳥は中に入り、そしてコンソールを見つけた。
 
 「マスター、飛鳥さん大丈夫でしょうか」
 コテラのコントロールルームで見守るメイがビクターに問いかける。
 「わからん。だが、僕の試算では起動する所までは持つはずだ」
 起動後は? とメイは問いかけたくなったが、その言葉がマイクを揺らす前に止めた。
 
 飛鳥はコンソールに向かい、それを起動する。
 ボタンを押すたびに疲労が増す。
 ポルターガイスト現象で動かしているからだ。
 身体を使うよりも何倍も疲れるのよね、と飛鳥は思った。
 頭痛は益々ひどくなった。
 コンソールに見たこともない文字が表示される。
 その下の部分がスライドしたかと思うと、キーボードが出て来た。
 飛鳥が何度かコテラで見た、ビクターが使っている物とは違う。地上でよく見るパソコン用のキーボードだ。
 『飛鳥、それで入力するんだ。最初の入力コードは”OPEN”アルファベットの大文字で入力だ』
 『わかったわ』
 飛鳥が入力を終えると、隣の大扉と奥へ続く扉が開いた。
 『飛鳥、奥に向かえ。そしてまたコンソールに解除コード入力するんだ』
 『うん、やってみる』
 飛鳥は奥に進み再びキーボードに向かう。
 コンソールを起動すると再び見たことのない文字と、見たことのある文字が浮かぶ。
 ”Mary had a little lamb”
 『なにこれ、メリーさんの羊?』
 『そうだそうだ、その続きを打ち込むんだ。一番だけでいい。出来るだろ?』
 『英語版なんて知らないわよ!』
 『なんで知らないんだ! 地球人だろうに!』
 『知らんものは知らん!』
 『分かった、僕が教えるから言う通りに打ち込め』
 ヘッドセットからビクターの歌声のような物が聞こえてくる。
 『フリースの綴りって何だっけ?』
 『ちったぁ勉強しろ!』
 ひと悶着あったが、奥への扉は開いた。
 扉を抜けると、そこは宝の山であった。
 た事のないような輝きを放つ金属、明らかな札束、見たことの無いような機械、不可思議な文字の石板。
 そこには見たこともない文字もあったが、地球の言葉が記された物もあった。英語、日本語、中国語、アラビア語。
 『ここにバルバを撃退する物があるのね。どれ?』
 『焦るな、ここは二級品のプレゼントだ。どれも銀河連盟の公星なら手に入るような物だ。目当ての物は奥の扉の向こうにある。最後のコードを入力するんだ』
 『うん、うん』
 飛鳥の声に精気がなくなっているのがビクターにも感じられる。
 無理も無い、飛鳥の魂と肉体は50億キロ以上離れているのだ。
 重力を感じないはずなのに体が重たい。
 でも、行かなくちゃ、やらなくちゃ、飛鳥はコンソールにもたれかかるように取り憑いた。
 
 「マスター、メイはこれから飛鳥さんを助けに行きます」
 コテラのコントルームルームでメイはそう宣言する。
 「助けるって、出来る事なんてないぞ」
 「いえ、あります。肉体の方にです」
 かつて、飛鳥の肉体が病に侵された時、霊体の方に活力を与えるとわずかであったが肉体が活力を取り戻した。
 ならば、その逆に肉体に活力を与えれば。
 メイはそう考えて、降下艇シャトルカンカン号に向かった。
 
 三つ目のコンソールが起動し、再び奇妙な文字と日本語が浮かび上がる。
 ”寿限無、寿限無”
 日本語だ、ちょっと助かったなと飛鳥は思った。
 『いいか飛鳥、寿限無は知っているな。それを打ち込め、分からなければ僕が助ける』
 『うん、ありがと、寿限無は知っているよ……』
 飛鳥の霊体がコンソールに突っ伏したまま、キーボードだけがカタカタと音を立てる。
 画面には縁起の良い文字が並べられていく。
 『ねえ、ビクター』
 『何だ? 飛鳥』
 『ポンポコピーって漢字でどう書くんだっけ……』
 『それはカタカナだ! しっかりしろ、あと少しだ』
 『……』
 返事は無かった。
 だが、コテラのタキオン通信には、倉庫の最後の扉が開いた事が示されていた。
 
 
 薄れゆく意識と体を感じながら飛鳥は見た。
 円錐型のボディに厚みのある翼を両側付けた機体を。
 大根に刺さった包丁みたいだな、と飛鳥は思った。
 そしてた。
 その機体の中に二振りの大小、刀と脇差が収められている事を。
 その刀が叫ぶ。
 ”儂は、地球の守護を任されたブラウ姫のサムライ、スペースサムライXである!”
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