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第十四話 IQに時間を

後編

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 「なあ、マリア。君はなぜ奴隷になったんだい?」
 僕は現地情勢の調査を兼ねて尋ねる。
 「これ」
 そう言って、マリアは自分のあばたを指す。
 「おおかた、悪魔に呪われて村を追われたんでしょう。そうして奴隷商人に捕まったんでしょうね」
 ゼキが解説してくれた。
 「あたし、悪い子なの。だから神様が罰を与えたの」
 「君は何か悪い事をしたのかい?」
 「わからない。でも、こんなになるって事は、きっと神様が怒っているからなの。そう教父様が言っていたの」
 病気の原因を科学ではなく、悪魔の呪いや神の罰と考えるのは、この星の知的生命体・・・・・の風習だ。
 まったく土人としか言いようがない。
 「旦那、そろそろ完全に日が暮れますぜ。そろそろ休みましょうや」
 「そうだな。僕も強行軍で疲れた」
 僕達は街道から少し外れた所で休む事にした。
 
 
 ゼキは非常に有用なヒトだ。
 土鍋と薪と現地調達の草で簡単なスープを作り、マリアに食べさせた。
 もちろん、僕は食べなかった。多分口に合わない。
 こっそりゴア社のカロリースティックを食べた。
 マリアは道端に生えていた灌木の実を取って来た。
 煮出し汁を飲むと元気が出るそうだ。
 その香りは非常に良かったので、簡易検査フィルムで調べてみた。
 幸い、僕にとって毒ではない。
 味は非常に良かった。
 灌木はコーヒーの木というらしい。
 後で、サンプルを採取し、現地土人も飲めるというなら普及させてみるかと僕は思った。
 ゼキがせがむので、氷砂糖を数粒プレゼントしてやった、マリアにもだ。
 二人は大層喜んだ。
 喜ぶ生物を見ると心が和む。
 土人故の愛嬌とでも言うべきだろうか。
 先輩が『良い所もあるのよ』と言っていたのが少し分かる気がした。
 
 
 夜中、僕はナビィからのアラームで目を覚ます。
 『マスター、周囲にヒトが集まって来ています』
 『数は?』
 『七体です』
 問題ない、ノンノン号を動かすまでもない。
 「旦那、旦那」
 「ゼキ、気づいていたか」
 「金属のカチャカチャする音がしましたのでね」
 本当に有用だな。
 「おい! 命が惜しければ。荷物を置いていけ!」
 暗闇から声が聞こえた。
 僕は補助スコープを掛け、声の主を確認した。
 ゼキの同僚だ。
 「ゼキ、あれはお前の同僚じゃないのか?」
 「そういえば声が……、おいベルク! なぜこんな事をする!」
 「ゼキだけが儲かっているからだろ! お前だけ得をしてずるいぞ!」
 そうだ、そうだと周囲から声が上がる。
 こいつら、嫉妬しているんだ。
 この星のモラル教本でもダメと言われているのに。
 土人、ここに極まれりといった所だな。
 マリアはゼキの脚につかまり震えている。
 「金も! 家畜も! 奴隷も! 氷砂糖も! 全部、俺達の物だ!」
 土人が叫ぶ。
 「お前たちは馬鹿だな」
 僕は心底呆れた口調で言う。
 「はっ! こっちは五人だぜ!」
 嘘だ、隠れている存在を僕は知っている。
 それに戦力の話をしているのではないのに、やっぱり馬鹿だ。
 「氷砂糖は近隣では僕しか持っていない。もし、お前たちがそれを売れば、僕から奪った事が露見するだろう。マリアがお前たちの罪を告発すれば、裁かれる事も分かるだろう。大金を手にすれば、それをどうやって手に入れたか疑われるだろう。僕は、お前らが、それに気づかないから馬鹿だと言っているのだ」
 僕がコテラの駐在員で、土人を遥かに超えた文明と、その利器を保持しているのに気づかない事はしょうがない。
 僕は、それを指摘して馬鹿と言う気もない。
 僕が馬鹿だと言うのは、自分で手に入る情報で想像出来る事が、想像出来ていない事にだ。
 「すまないな、ゼキ、マリア」
 「旦那が謝る事はないぜ」
 「これも神様の罰だから、いいの」
 マリアの思考は少し盲信的だな。
 まあ、モラル教本は悪い事は書いていないし、今回はそれに乗るとしよう。
 「いや、謝るのは、僕が嘘を付いている事にだ。僕は実は商人じゃない」
 「歴戦の戦士だったら嬉しいぜ」
 ゼキが身構えながら言う。
 「もしかして、どこかの王子様ですか」
 ロマンチックにマリアが言う。
 「いや、実は僕は……、天使なんだ」
 「「はぁぁぁあああ!?」」
 二人は息の合った叫びを上げた。
 「バカが! お前が天使なわけないだろ!」
 土人が叫ぶ。
 僕はペン状の棒を取り出し、目標を設定する。
 隠れていても無駄だ、コテラの目からは逃れられない。
 ペンのボタンを押すと、暗闇の中では目に映らない小さな針と糸が飛び出し、七土人に刺さる。
 そして、閃光。
 電撃の閃光である。
 電気の概念すらない土人には理解出来ないだろうが。
 「「「「「「「あああああああああああっ!」」」」」」」
 悪い土人は地に伏した。
 立っているのは良い土人だ。
 そして良い土人も地に伏した。
 僕を崇め奉るために。
 
 
 「いや、そんなにかしこまらなくっても……」
 「そんな訳には参りません。ゼキは天使様に従います!」
 「マリアは、悪い子です。いくらでも罰を受けます!」
 うん、会話にならない。
 しょうがないので、モラル教本のノリで進める事にした。
 「お前たちに罪はない。我はお前たちを試していたのだ」
 口調を少し変える。
 「試練をお与えになったのですね!」
 目を輝かせ、マリアは僕を見つめる。
 「そうだ。お前たちは悪徳に身を染める誘惑がありながらも、それを良しとせず、正しき行いを行った」
 「お、俺も一歩間違えれば、ベルクみたいになっていたって事ですね!」
 「その通りだ」
 「ベルクたちは死んだのでしょうか?」
 「死んではいない。だが、一日は動けないだろうな。彼らには試練を与えている」
 「試練とは?」
 「この晩と明日の晩を生き延びれるかだ。狼が出るのであろう?」
 多分だめだろうな。
 「「全て天使様の御心の通りです!」」
 二人は再び平伏した。
 「では、出発するぞ」
 僕は早くノンノン号に帰りたかった。
 
 
 ノンノン号は光学迷彩で隠されている。
 そこに到着し、僕はゼキとマリアに言う。
 「目をつぶれ」
 二人はそれに従う。
 僕は現地土人用の鎮静ガスでゼキとマリアを気絶させる。
 そしてノンノン号の中に家畜と一緒に連れ込んだ。
 目的は血液の採取である。
 そこからナノマシンのモデルとなる抗体を取り出すのだ。
 家畜とマリアさえ居れば良いのだが、ゼキはおまけのようなものだ。
 採血中、マリアが意識を取り戻したように見えたが、鎮静薬を投与して、再び眠りに付かせた。
 ついでに顔のあばた・・・も治しておくか。
 神の奇跡っぽく見えるだろう。
 そして、家畜はヒツジとヤギを収容し、ウマは返す事にした。
 移動手段が必要だろうからな。
 
 
 荷車でゼキとマリアは目を覚ます。
 僕は光学迷彩中のノンノン号から外部に声を伝える。
 『お前たちは、我の試練を見事に乗り越えた』
 「天使様! 天使様の声がするぜ!」
 「天使様! 姿をお見せ下さい!」
 ゼキとマリアが天を仰ぐ。
 『その必要は無い。ゼキ、マリアの顔を見るが良い』
 ゼキが隣を見る。
 「マリア、お前の顔から不出来物が消えてるぞ!」
 マリアはハッとして、掌を顔に当てる。
 「本当! 神の奇跡だわ!」
 『もはや試練は必要ない。ゼキよ、マリアを故郷の村に連れて行くが良い。その後、ウマと荷車はお前の物だ』
 「この命に代えても!」
 胸に手を当て、ゼキは誓いを声にする。
 『そこの袋には路銀と氷砂糖を入れている。仲良く分けるがよい』
 ゼキとマリアは袋を手に取り、平伏した。
 『では、我は天に戻る。さらばだ』
 そう言って、僕はノンノン号を起動し、コテラへの帰路を取った。
 最後のサービスで空でノンノン号の光学迷彩を解除する。
 光の玉を見たゼキとマリアは日が暮れるまで、天に祈りを捧げていた。
 
 
 「ただいま! 母さん!」
 マリアの母親は驚愕していた。
 悪魔の呪いで顔面に不出来物が出たので、村から追放された娘が帰って来たのだ。
 その顔を綺麗な状態にして。
 「お前、その顔は!?」
 「天使様が治してくれたの! 試練を乗り越えたご褒美だって!」
 「隣の男は?」
 「一緒に天使様の試練を乗り越えた人よ!」
 「はじめまして、ゼキです」
 「まあまあ、まあまあ! 教父様にお伝えしなくちゃ」
 母親は外に駆け出して行った。
 
 「それで、マリアは天使様の所でどんな事をしたんだい?」
 教父と呼ばれる、その村の宗教指導者がマリアに問いかける。
 「えっとね。光に包まれて、よくわからなかったけど。血を取られていた気がするわ」
 「そうか、マリアは良い子だね。神様は全てを見てらしたのだよ」
 頭を撫でられてマリアが笑みを浮かべる。
 「ところで、ゼキさんはこれから故郷に帰られるのでしょう。よかったらお話を詳しく聞かせてくれませんか?」
 「その事なのですが、俺は故郷に戻り辛くって、良かったら、この村で暮らさせて頂けませんか?」
 ゼキの言葉に、マリアはその逞しい胴体に抱きついて、喜びを表現した。
 「それに、旅の中で彼女に情が移ってしまいましてね」
 ゼキもマリアも笑顔で天を仰ぎ、心で祈りを捧げていた。
 
 
 時は少々流れ、ビクターはコテラから地上の様子を眺め、溜息をつく。
 「マスター、何かありましたか?」
 コテラのAI”ナビィ”が問いかける。
 「未開土人の愚かしさに呆れていたのさ」
 「愚かしさとは?」
 「瀉血しゃけつだよ、病気の治療に血液を抜く事さ。体力を消耗するだけしかないのに」
 「それは知性IQが足りていませんね」
 「それを、宗教指導者という知識階級が推奨するんだ。知識と経験があるのに、それがもたらす結果が想像出来ていないんだ。馬鹿としか言いようがないよ」
 「いったいどうして、こんな考えに至ったのでしょうかね?」
 「いったいどうしてだろうかな?」
 ビクターは首をかしげるばかりである。
 
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 瀉血しゃけつは近世まで行われていた治療法で、血を抜くだけの処置です。
 うん、現代知識からすると恐ろしいですね。
 作中の金貨一枚は、門番の人の一か月分くらいの給料です。
 コーヒーの木の分布が少しおかしいのは、栽培用が野生化したって事で……
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