152 / 411
第六章 対決する物語とハッピーエンド
絡新婦(じょろうぐも)とブラッドソーセージ(その1) ※全5部
しおりを挟む
ざっと20年ぶりかしら、この熊本の町を歩くのは。
あそこには毎年通っているけど、市街地に入るのは久しぶり。
お城は地震で損壊があったって話だけど、その雄大さと広い敷地は健在。
新しいバスターミナルも出来たみたいだけど、路面電車も相変わらずね。
初めて見た時は、チンチン電車なんて響きに期待したりもしたけど、あれってベルの音なのよね。
アタシは駅からそのチンチン電車に乗って、繁華街の中心のアーケードで降りる。
このアーケードも久しぶり。
幅の広い下通りも好きだけど、少しゴミゴミとした上通りも好きよ。
アタシの知らない間に熊本名物になっていたポテチクを買って、それをハフハフ食べながらアタシは歩く。
前に来た時は熊本の穴に詰める食べ物といえば蓮根の穴に辛子を詰めた”辛子蓮根”だったけど、今は竹輪の穴にポテトサラダを詰めて揚げたポテチクも有名になっているわね。
人間って穴に何かを突っ込みたくなる習性でもあるのかしら。
あらやだ、詰めたくなるの間違いね。
うふふ、穴に突っ込みたくなるなんて、なんかいやらしいわ。
アタシは藍蘭。
かつての女友達に逢いに熊本を旅行中なの。
◇◇◇◇
◆◆◆◆
「んもう! しつこいわね!」
月の光の木漏れ日が差す中、あたしは森を走る。
「あん、ここもダメ!」
森の出口に向かおうとするけれど、そこは既に糸で封鎖されている。
月の光を反射して一条の線がキラリと光るのを見て、あたしはまた足を止める。
追手が迫ってなかったら、地団駄踏みたいくらいよ。
プシュッ
木の陰から空気を噴き出すような音が聞こえ、アタシの脚の動きが止まる。
アタシの脚にくっついたそれは糸、蜘蛛の糸。
ただし、普通の蜘蛛の大きさじゃない、人の頭くらいの大きさがある蜘蛛から放たれた糸。
当然、その糸の太さもちょっとしたロープ並。
プシュ、プシュ、プシュ
アタシの足が止まったのをチャンスとばかりに、蜘蛛の群れが次々と糸を飛ばす。
瞬きする間にアタシってば蜘蛛の巣に捕らえられた憐れな蝶。
あーん、このまま食べられちゃうのかしら。
なーんてね。
もう、面倒くさいわ。
権能を使っちゃいましょ。
アタシは八岐大蛇に捧げられた七柱の女神、八稚女の子。
実は、捧げたのは純潔だったのだけどね。
あらやだ、いやらしいっ。
それはさておき、その七柱の女神にはそれぞれが司る権能があったの。
封印中の黄貴兄さんが継いだのは王権の権能。
その権能で兄さんのお母さまは八岐大蛇を従えようとしたみたいだけど、失敗に終わったって聞いたわ。
八岐大蛇も既に妖怪王の称号を持ってたからだって。
そして、次に捧げられたアタシのママはその権能で八岐大蛇を倒そうとしたけど、失敗したんだって。
アタシがママと別れた時、アタシはまだ小さかった。
だから、完全な形ではないけど、その権能がアタシの中にある。
プチン、ブチブチブチ
アタシの身体にまとわりついていた蜘蛛の糸が音を立てて切れる。
草の陰からは困惑の気配。
そうでしょうね、その粘性も頑丈さも並ぶものなしと言われる蜘蛛の糸があっさりと切れちゃったんだもの。
相手がアタシじゃなければ、このままお持ち帰りされちゃったかしら。
だけどアタシには通じない、この活殺の権能を持つアタシには。
アタシは、糸の粘性と収縮性を”殺した”。
ヒュンヒュンヒュンと何かが空気を切る音がする。
あら、器用ね。
蜘蛛ちゃんたちは糸が通じないとみるや、石を糸にくっつけて、それをクルクルクルと回転させている。
糸による石の加速と投擲。
ただの石礫だと侮っちゃいけないわ。
マッチョのゴリアテだって、細身イケメンのダビデの投擲で倒されちゃったのよ。
うーん、やっぱり美しさは力だわ。
だけど無駄よ。
ヒュ
アタシに向かって放たれた礫はポトリと地面に落ちる。
アタシが勢いを殺したから。
ミリミリミリ
あら、今度は何かしら?
ああ、これは木が折れる音みたいね。
木の根元は蜘蛛の牙で大きく齧られ、鉛筆の先のように細くなっている。
それが糸で引っ張られて、アタシの方へ倒れ込む。
メキメキメキ
何本もの木々がアタシに降り注ぐけど、アタシはそれを片手で軽く受け止める。
アタシの権能が衝撃と重さを殺したからよ。
ドシーン!
アタシは片手で何本もの木々を軽く払うと、それは重さを取り戻し、大地に衝撃を与えた。
アタシの権能は活殺自在、活かすも殺すもアタシ次第。
我ながらスゴイ権能だと思うわ。
もう、ママったら、こんな権能を持っているのにどうして八岐大蛇に負けちゃったのかしら。
「さて、この汚れたお洋服の仇くらいは取らないと気が済まないわね」
パンパンと土埃を払いながら、アタシは森の陰をじっと見る。
いたわ。
この蜘蛛を操っている”あやかし”が。
ドン!
アタシは地面の反動を活かし、一足跳びにその”あやかし”に肉薄する。
その姿は着物を纏った麗しい女性。
ただ、体のあちこちから蜘蛛の足が生えている。
あらやだ、アタシ好みのファッションじゃないの。
「させん!」
その蜘蛛の”あやかし”は指から何重もの糸を網のように飛ばす。
残念ね、アタシは最近美容のためにヨガを学んでいるのよ。
アタシは体の柔らかさを活かし、蜘蛛の糸の隙間をウネウネと通り抜ける。
「なにっ!?」
あらあら、そんなに驚かなくてもいいのよ。
彼女は再び蜘蛛の糸を放出するけど、アタシの殺す権能の前にはそんなの無駄よ。
その糸はプチプチプチとアタシの手刀で切り裂かれ、ハラハラハラと地に落ちる。
「さよなら、綺麗で醜いおねえさん」
アタシの殺す権能が込められた手刀。
それを彼女の胸に突き刺せば終わり。
アタシはそう思っていたけど、その時、見てしまったの。
彼女の8つの目が全て閉じ、その顔が微笑みを浮かべていたことを。
ピタッ
「どうした、なぜ止める」
目は閉じていても、空気の振動で感じたのかしら。
「やっぱ、やーめた」
そう言ってアタシは手を下ろす。
「いいのか? 私はこれからも貴様を何度も襲うつもりだぞ」
「そしたら、また返り討ちにするわよ」
「今しろ」
「やーよ」
…
……
………
森の中を初夏の風が吹き抜け、彼女の指から垂れ下がる糸を揺らす。
「なぜ、殺さない? お前のその権能で」
「あなた、死にたがってるでしょ。そんなヤツを殺してやる義理なんてないわ」
あの時、瞑った彼女の瞳。
それは死を受け入れようとしている目。
アタシはそれに気づいたから手を止めた。
嫌よ、自分で死ぬことも出来ないヤツを死なせる手助けをするなんて。
だけど、そんなアタシの心なんて露知らず、
「ああ、私はお前の手によって死にたい」
そう言って彼女は、アタシの手を握り、8つの瞳を開き、懇願するような目でアタシを見つめたの。
どうしようかしら?
◆◆◆◆
「ま、まて! 去るのなら私にトドメを刺してからにしろ!」
溜息ひとつを残して、その場を立ち去ろうとするアタシの背後から蜘蛛の声が聞こえる。
どうしましょ、でも、話は聞きたいわね。
自殺する人間は見た事あるけど、自殺したがる”あやかし”なんて初めてだから。
「なーに、そっちから勝手に襲い掛かっておいて、今度は殺せだなんて、いったい何のつもり」
「私はお前の手によって死にたいのだ。正確にはその能力で」
「あら、どうしてアタシのこの権能のことを知ってるのかしら? これって、世間にお披露目したばかりのナウい権能なんだけど」
というか、これってアタシが封印から出た最近まで誰も知らないはずなんだけど。
「私は長い間、人間社会の中で過ごしていた。遥か昔、人間の姿で京に潜んでいた時にそれを知った。八稚女の失われし七柱の中に、”あやかし”を生まれ変わらせる能力をもった女神がいたと」
は? なにそれ?
アタシそんなのママから聞いていないわよ!?
しかも、それを持ってるのが兄さんや弟ちゃんたちじゃなくって、アタシなの!?
「おあいにくさま、アタシの権能はそんなものじゃないわよ」
実は言われてみてアタシの中にちょっと心当たりが生まれているの。
”あやかし”は死なない。
死んでも幽世で休息すれば復活する。
よくわからないけど、世の中はそういう仕組みみたい。
でも……アタシのこの殺す権能で、”あやかし”が幽世で復活する能力すら殺してしまったらどうなっちゃうのかしら。
ひょっとして、彼女の言う通りになっちゃうのかしら。
「いや、お前はその能力の本質に気付いていないだけ。お前からは普通の”あやかし”とは違う気配を感じる。それは妖気と神気が入り混じった気配だ」
あらやだ、気付かれちゃったかしら。
アタシにはパパから継いだ妖力だけでなく、ママから受け継いだ神力まであるってことに。
「私の切れぬはずの私の糸を切り、さらにその粘着力すら消してみせたその能力、それは対象の特性を失わせるもの。ならば”あやかし”の不死の輪廻を断ち切り、人の輪廻に混じらせることも可能なはず」
「えっ!? ちょっと待って人の輪廻って!? あなたってば人間になりたいの!?」
「そう。それが私の望み。お前のその能力で人間に生まれ変わりたいのだ」
”あやかし”になっちゃう人間はいるわ。
だけど、人間になった”あやかし”の話は知らないわ。
もし、その権能がアタシに宿っているとすれば……それはこの世界の在り方の中で掟やぶりのイレギュラー。
「ふーん、いいこと教えてくれてありがと。だけどね、アタシがあなたにこの権能を使ってあげる義理はないわよ。それとも何かアタシにプレゼントでも与えてくれるのかしら」
ちょっと意地悪かしらね。
”あやかし”を人に生まれ変わらせる権能だなんて、ちょーレアじゃない。
アタシは実験も兼ねて、その権能を彼女に試してあげてもいいと思っているんだけど。
どーせなら、いーっぱいもらうもんをもらった方がいいわよね。
「与えられるものはある」
「あら、それはなに?」
「お前は混沌としたものが好きだろう。姿をみればわかる。お前の中にある女神の能力が無意識にそうさせているのだ」
「そうなの?」
「そうさ、藍色の口紅に赤紫の髪、鋲が付いた攻撃的な上着の割に臍が見える防御の弱そうな服。丈夫なはずのGパンににあえてつけられた破れ目。それは二律背反するお前の性質の現れなのだ」
ふーん、アタシが単純に好きで選んだこのファッションだけど、そんな風にも見えるのね。
「ま、否定はしないわ。アタシは結構好きよ、ふたつが入り混じった状態っての。聖と邪、陰と陽、光と闇、醜と美、甘酸っぱいケーキに、コーヒーに渦巻くクリーム。そんなのがね」
「私はお前に新たに混沌とした物を与えられる」
「それって何かしら? アタシにとって何かイイこと?」
「イイことさ。お前は童貞だろ? 私はお前の童貞を捨てさせることが出来る。”捨てる”を”与える”、ほら、お前好みの混沌だろう?」
「はぁ!?」
あらやだ、ちょっと変な声が出ちゃったじゃない。
◆◆◆◆
あそこには毎年通っているけど、市街地に入るのは久しぶり。
お城は地震で損壊があったって話だけど、その雄大さと広い敷地は健在。
新しいバスターミナルも出来たみたいだけど、路面電車も相変わらずね。
初めて見た時は、チンチン電車なんて響きに期待したりもしたけど、あれってベルの音なのよね。
アタシは駅からそのチンチン電車に乗って、繁華街の中心のアーケードで降りる。
このアーケードも久しぶり。
幅の広い下通りも好きだけど、少しゴミゴミとした上通りも好きよ。
アタシの知らない間に熊本名物になっていたポテチクを買って、それをハフハフ食べながらアタシは歩く。
前に来た時は熊本の穴に詰める食べ物といえば蓮根の穴に辛子を詰めた”辛子蓮根”だったけど、今は竹輪の穴にポテトサラダを詰めて揚げたポテチクも有名になっているわね。
人間って穴に何かを突っ込みたくなる習性でもあるのかしら。
あらやだ、詰めたくなるの間違いね。
うふふ、穴に突っ込みたくなるなんて、なんかいやらしいわ。
アタシは藍蘭。
かつての女友達に逢いに熊本を旅行中なの。
◇◇◇◇
◆◆◆◆
「んもう! しつこいわね!」
月の光の木漏れ日が差す中、あたしは森を走る。
「あん、ここもダメ!」
森の出口に向かおうとするけれど、そこは既に糸で封鎖されている。
月の光を反射して一条の線がキラリと光るのを見て、あたしはまた足を止める。
追手が迫ってなかったら、地団駄踏みたいくらいよ。
プシュッ
木の陰から空気を噴き出すような音が聞こえ、アタシの脚の動きが止まる。
アタシの脚にくっついたそれは糸、蜘蛛の糸。
ただし、普通の蜘蛛の大きさじゃない、人の頭くらいの大きさがある蜘蛛から放たれた糸。
当然、その糸の太さもちょっとしたロープ並。
プシュ、プシュ、プシュ
アタシの足が止まったのをチャンスとばかりに、蜘蛛の群れが次々と糸を飛ばす。
瞬きする間にアタシってば蜘蛛の巣に捕らえられた憐れな蝶。
あーん、このまま食べられちゃうのかしら。
なーんてね。
もう、面倒くさいわ。
権能を使っちゃいましょ。
アタシは八岐大蛇に捧げられた七柱の女神、八稚女の子。
実は、捧げたのは純潔だったのだけどね。
あらやだ、いやらしいっ。
それはさておき、その七柱の女神にはそれぞれが司る権能があったの。
封印中の黄貴兄さんが継いだのは王権の権能。
その権能で兄さんのお母さまは八岐大蛇を従えようとしたみたいだけど、失敗に終わったって聞いたわ。
八岐大蛇も既に妖怪王の称号を持ってたからだって。
そして、次に捧げられたアタシのママはその権能で八岐大蛇を倒そうとしたけど、失敗したんだって。
アタシがママと別れた時、アタシはまだ小さかった。
だから、完全な形ではないけど、その権能がアタシの中にある。
プチン、ブチブチブチ
アタシの身体にまとわりついていた蜘蛛の糸が音を立てて切れる。
草の陰からは困惑の気配。
そうでしょうね、その粘性も頑丈さも並ぶものなしと言われる蜘蛛の糸があっさりと切れちゃったんだもの。
相手がアタシじゃなければ、このままお持ち帰りされちゃったかしら。
だけどアタシには通じない、この活殺の権能を持つアタシには。
アタシは、糸の粘性と収縮性を”殺した”。
ヒュンヒュンヒュンと何かが空気を切る音がする。
あら、器用ね。
蜘蛛ちゃんたちは糸が通じないとみるや、石を糸にくっつけて、それをクルクルクルと回転させている。
糸による石の加速と投擲。
ただの石礫だと侮っちゃいけないわ。
マッチョのゴリアテだって、細身イケメンのダビデの投擲で倒されちゃったのよ。
うーん、やっぱり美しさは力だわ。
だけど無駄よ。
ヒュ
アタシに向かって放たれた礫はポトリと地面に落ちる。
アタシが勢いを殺したから。
ミリミリミリ
あら、今度は何かしら?
ああ、これは木が折れる音みたいね。
木の根元は蜘蛛の牙で大きく齧られ、鉛筆の先のように細くなっている。
それが糸で引っ張られて、アタシの方へ倒れ込む。
メキメキメキ
何本もの木々がアタシに降り注ぐけど、アタシはそれを片手で軽く受け止める。
アタシの権能が衝撃と重さを殺したからよ。
ドシーン!
アタシは片手で何本もの木々を軽く払うと、それは重さを取り戻し、大地に衝撃を与えた。
アタシの権能は活殺自在、活かすも殺すもアタシ次第。
我ながらスゴイ権能だと思うわ。
もう、ママったら、こんな権能を持っているのにどうして八岐大蛇に負けちゃったのかしら。
「さて、この汚れたお洋服の仇くらいは取らないと気が済まないわね」
パンパンと土埃を払いながら、アタシは森の陰をじっと見る。
いたわ。
この蜘蛛を操っている”あやかし”が。
ドン!
アタシは地面の反動を活かし、一足跳びにその”あやかし”に肉薄する。
その姿は着物を纏った麗しい女性。
ただ、体のあちこちから蜘蛛の足が生えている。
あらやだ、アタシ好みのファッションじゃないの。
「させん!」
その蜘蛛の”あやかし”は指から何重もの糸を網のように飛ばす。
残念ね、アタシは最近美容のためにヨガを学んでいるのよ。
アタシは体の柔らかさを活かし、蜘蛛の糸の隙間をウネウネと通り抜ける。
「なにっ!?」
あらあら、そんなに驚かなくてもいいのよ。
彼女は再び蜘蛛の糸を放出するけど、アタシの殺す権能の前にはそんなの無駄よ。
その糸はプチプチプチとアタシの手刀で切り裂かれ、ハラハラハラと地に落ちる。
「さよなら、綺麗で醜いおねえさん」
アタシの殺す権能が込められた手刀。
それを彼女の胸に突き刺せば終わり。
アタシはそう思っていたけど、その時、見てしまったの。
彼女の8つの目が全て閉じ、その顔が微笑みを浮かべていたことを。
ピタッ
「どうした、なぜ止める」
目は閉じていても、空気の振動で感じたのかしら。
「やっぱ、やーめた」
そう言ってアタシは手を下ろす。
「いいのか? 私はこれからも貴様を何度も襲うつもりだぞ」
「そしたら、また返り討ちにするわよ」
「今しろ」
「やーよ」
…
……
………
森の中を初夏の風が吹き抜け、彼女の指から垂れ下がる糸を揺らす。
「なぜ、殺さない? お前のその権能で」
「あなた、死にたがってるでしょ。そんなヤツを殺してやる義理なんてないわ」
あの時、瞑った彼女の瞳。
それは死を受け入れようとしている目。
アタシはそれに気づいたから手を止めた。
嫌よ、自分で死ぬことも出来ないヤツを死なせる手助けをするなんて。
だけど、そんなアタシの心なんて露知らず、
「ああ、私はお前の手によって死にたい」
そう言って彼女は、アタシの手を握り、8つの瞳を開き、懇願するような目でアタシを見つめたの。
どうしようかしら?
◆◆◆◆
「ま、まて! 去るのなら私にトドメを刺してからにしろ!」
溜息ひとつを残して、その場を立ち去ろうとするアタシの背後から蜘蛛の声が聞こえる。
どうしましょ、でも、話は聞きたいわね。
自殺する人間は見た事あるけど、自殺したがる”あやかし”なんて初めてだから。
「なーに、そっちから勝手に襲い掛かっておいて、今度は殺せだなんて、いったい何のつもり」
「私はお前の手によって死にたいのだ。正確にはその能力で」
「あら、どうしてアタシのこの権能のことを知ってるのかしら? これって、世間にお披露目したばかりのナウい権能なんだけど」
というか、これってアタシが封印から出た最近まで誰も知らないはずなんだけど。
「私は長い間、人間社会の中で過ごしていた。遥か昔、人間の姿で京に潜んでいた時にそれを知った。八稚女の失われし七柱の中に、”あやかし”を生まれ変わらせる能力をもった女神がいたと」
は? なにそれ?
アタシそんなのママから聞いていないわよ!?
しかも、それを持ってるのが兄さんや弟ちゃんたちじゃなくって、アタシなの!?
「おあいにくさま、アタシの権能はそんなものじゃないわよ」
実は言われてみてアタシの中にちょっと心当たりが生まれているの。
”あやかし”は死なない。
死んでも幽世で休息すれば復活する。
よくわからないけど、世の中はそういう仕組みみたい。
でも……アタシのこの殺す権能で、”あやかし”が幽世で復活する能力すら殺してしまったらどうなっちゃうのかしら。
ひょっとして、彼女の言う通りになっちゃうのかしら。
「いや、お前はその能力の本質に気付いていないだけ。お前からは普通の”あやかし”とは違う気配を感じる。それは妖気と神気が入り混じった気配だ」
あらやだ、気付かれちゃったかしら。
アタシにはパパから継いだ妖力だけでなく、ママから受け継いだ神力まであるってことに。
「私の切れぬはずの私の糸を切り、さらにその粘着力すら消してみせたその能力、それは対象の特性を失わせるもの。ならば”あやかし”の不死の輪廻を断ち切り、人の輪廻に混じらせることも可能なはず」
「えっ!? ちょっと待って人の輪廻って!? あなたってば人間になりたいの!?」
「そう。それが私の望み。お前のその能力で人間に生まれ変わりたいのだ」
”あやかし”になっちゃう人間はいるわ。
だけど、人間になった”あやかし”の話は知らないわ。
もし、その権能がアタシに宿っているとすれば……それはこの世界の在り方の中で掟やぶりのイレギュラー。
「ふーん、いいこと教えてくれてありがと。だけどね、アタシがあなたにこの権能を使ってあげる義理はないわよ。それとも何かアタシにプレゼントでも与えてくれるのかしら」
ちょっと意地悪かしらね。
”あやかし”を人に生まれ変わらせる権能だなんて、ちょーレアじゃない。
アタシは実験も兼ねて、その権能を彼女に試してあげてもいいと思っているんだけど。
どーせなら、いーっぱいもらうもんをもらった方がいいわよね。
「与えられるものはある」
「あら、それはなに?」
「お前は混沌としたものが好きだろう。姿をみればわかる。お前の中にある女神の能力が無意識にそうさせているのだ」
「そうなの?」
「そうさ、藍色の口紅に赤紫の髪、鋲が付いた攻撃的な上着の割に臍が見える防御の弱そうな服。丈夫なはずのGパンににあえてつけられた破れ目。それは二律背反するお前の性質の現れなのだ」
ふーん、アタシが単純に好きで選んだこのファッションだけど、そんな風にも見えるのね。
「ま、否定はしないわ。アタシは結構好きよ、ふたつが入り混じった状態っての。聖と邪、陰と陽、光と闇、醜と美、甘酸っぱいケーキに、コーヒーに渦巻くクリーム。そんなのがね」
「私はお前に新たに混沌とした物を与えられる」
「それって何かしら? アタシにとって何かイイこと?」
「イイことさ。お前は童貞だろ? 私はお前の童貞を捨てさせることが出来る。”捨てる”を”与える”、ほら、お前好みの混沌だろう?」
「はぁ!?」
あらやだ、ちょっと変な声が出ちゃったじゃない。
◆◆◆◆
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
後宮の隠し事 嘘つき皇帝と餌付けされた宮女の謎解き料理帖
四片霞彩
キャラ文芸
旧題:餌付けされた女官は皇帝親子の願いを叶えるために後宮を駆け回る〜厨でつまみ食いしていた美味しいご飯を作ってくれていたのは鬼とうわさの皇帝でした
【第6回キャラ文芸大賞で後宮賞を受賞いたしました🌸】
応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
【2024/03/13 発売】改題&加筆修正
「後宮の隠し事〜嘘つき皇帝と餌付けされた宮女の謎解き料理帖〜」
笙鈴(ショウリン)は飛竜(フェイロン)皇帝陛下が統治する仙皇国の後宮で働く下級女官。
先輩女官たちの虐めにも負けずに日々仕事をこなしていた笙鈴だったが、いつも腹を空かせていた。
そんな笙鈴の唯一の楽しみは、夜しか料理を作らず、自らが作った料理は決して食さない、謎の料理人・竜(ロン)が作る料理であった。
今日も竜の料理を食べに行った笙鈴だったが、竜から「料理を食べさせた分、仕事をしろ」と言われて仕事を頼まれる。
その仕事とは、飛竜の一人娘である皇女・氷水(ビンスイ)の身辺を探る事だった。
氷水から亡き母親の形見の首飾りが何者かに盗まれた事を知った笙鈴は首飾り探しを申し出る。
氷水の身辺を探る中で、氷水の食事を毒見していた毒見役が毒殺されてしまう。毒が入っていた小瓶を持っていた笙鈴が犯人として扱われそうになる。
毒殺の無実を証明した笙鈴だったが、今度は氷水から首飾りを盗んだ犯人に間違われてしまう。
笙鈴を犯人として密告したのは竜だった。
笙鈴は盗まれた氷水の首飾りを見つけられるのか。
そして、謎多き料理人・竜の正体と笙鈴に仕事を頼んだ理由、氷水の首飾りを盗んだ犯人とは一体誰なのかーー?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?
小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。
だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。
『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』
繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか?
◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています
◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります
下宿屋 東風荘 5
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*゜☆.。.:*゚☆
下宿屋を営む天狐の養子となった雪翔。
車椅子生活を送りながらも、みんなに助けられながらリハビリを続け、少しだけ掴まりながら歩けるようにまでなった。
そんな雪翔と新しい下宿屋で再開した幼馴染の航平。
彼にも何かの能力が?
そんな幼馴染に狐の養子になったことを気づかれ、一緒に狐の国に行くが、そこで思わぬハプニングが__
雪翔にのんびり学生生活は戻ってくるのか!?
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆
イラストの無断使用は固くお断りさせて頂いております。
下宿屋 東風荘 4
浅井 ことは
キャラ文芸
下宿屋 東風荘4
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..
大きくなった下宿に総勢20人の高校生と大学生が入ることになり、それを手伝いながら夜間の学校に通うようになった雪翔。
天狐の義父に社狐の継母、叔父の社狐の那智に祖父母の溺愛を受け、どんどん甘やかされていくがついに反抗期____!?
ほのぼの美味しいファンタジー。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..
表紙・挿絵:深月くるみ様
イラストの無断転用は固くお断りさせて頂いております。
☆マークの話は挿絵入りです。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる