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第六章 対決する物語とハッピーエンド
絡新婦(じょろうぐも)とブラッドソーセージ(その1) ※全5部
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ざっと20年ぶりかしら、この熊本の町を歩くのは。
あそこには毎年通っているけど、市街地に入るのは久しぶり。
お城は地震で損壊があったって話だけど、その雄大さと広い敷地は健在。
新しいバスターミナルも出来たみたいだけど、路面電車も相変わらずね。
初めて見た時は、チンチン電車なんて響きに期待したりもしたけど、あれってベルの音なのよね。
アタシは駅からそのチンチン電車に乗って、繁華街の中心のアーケードで降りる。
このアーケードも久しぶり。
幅の広い下通りも好きだけど、少しゴミゴミとした上通りも好きよ。
アタシの知らない間に熊本名物になっていたポテチクを買って、それをハフハフ食べながらアタシは歩く。
前に来た時は熊本の穴に詰める食べ物といえば蓮根の穴に辛子を詰めた”辛子蓮根”だったけど、今は竹輪の穴にポテトサラダを詰めて揚げたポテチクも有名になっているわね。
人間って穴に何かを突っ込みたくなる習性でもあるのかしら。
あらやだ、詰めたくなるの間違いね。
うふふ、穴に突っ込みたくなるなんて、なんかいやらしいわ。
アタシは藍蘭。
かつての女友達に逢いに熊本を旅行中なの。
◇◇◇◇
◆◆◆◆
「んもう! しつこいわね!」
月の光の木漏れ日が差す中、あたしは森を走る。
「あん、ここもダメ!」
森の出口に向かおうとするけれど、そこは既に糸で封鎖されている。
月の光を反射して一条の線がキラリと光るのを見て、あたしはまた足を止める。
追手が迫ってなかったら、地団駄踏みたいくらいよ。
プシュッ
木の陰から空気を噴き出すような音が聞こえ、アタシの脚の動きが止まる。
アタシの脚にくっついたそれは糸、蜘蛛の糸。
ただし、普通の蜘蛛の大きさじゃない、人の頭くらいの大きさがある蜘蛛から放たれた糸。
当然、その糸の太さもちょっとしたロープ並。
プシュ、プシュ、プシュ
アタシの足が止まったのをチャンスとばかりに、蜘蛛の群れが次々と糸を飛ばす。
瞬きする間にアタシってば蜘蛛の巣に捕らえられた憐れな蝶。
あーん、このまま食べられちゃうのかしら。
なーんてね。
もう、面倒くさいわ。
権能を使っちゃいましょ。
アタシは八岐大蛇に捧げられた七柱の女神、八稚女の子。
実は、捧げたのは純潔だったのだけどね。
あらやだ、いやらしいっ。
それはさておき、その七柱の女神にはそれぞれが司る権能があったの。
封印中の黄貴兄さんが継いだのは王権の権能。
その権能で兄さんのお母さまは八岐大蛇を従えようとしたみたいだけど、失敗に終わったって聞いたわ。
八岐大蛇も既に妖怪王の称号を持ってたからだって。
そして、次に捧げられたアタシのママはその権能で八岐大蛇を倒そうとしたけど、失敗したんだって。
アタシがママと別れた時、アタシはまだ小さかった。
だから、完全な形ではないけど、その権能がアタシの中にある。
プチン、ブチブチブチ
アタシの身体にまとわりついていた蜘蛛の糸が音を立てて切れる。
草の陰からは困惑の気配。
そうでしょうね、その粘性も頑丈さも並ぶものなしと言われる蜘蛛の糸があっさりと切れちゃったんだもの。
相手がアタシじゃなければ、このままお持ち帰りされちゃったかしら。
だけどアタシには通じない、この活殺の権能を持つアタシには。
アタシは、糸の粘性と収縮性を”殺した”。
ヒュンヒュンヒュンと何かが空気を切る音がする。
あら、器用ね。
蜘蛛ちゃんたちは糸が通じないとみるや、石を糸にくっつけて、それをクルクルクルと回転させている。
糸による石の加速と投擲。
ただの石礫だと侮っちゃいけないわ。
マッチョのゴリアテだって、細身イケメンのダビデの投擲で倒されちゃったのよ。
うーん、やっぱり美しさは力だわ。
だけど無駄よ。
ヒュ
アタシに向かって放たれた礫はポトリと地面に落ちる。
アタシが勢いを殺したから。
ミリミリミリ
あら、今度は何かしら?
ああ、これは木が折れる音みたいね。
木の根元は蜘蛛の牙で大きく齧られ、鉛筆の先のように細くなっている。
それが糸で引っ張られて、アタシの方へ倒れ込む。
メキメキメキ
何本もの木々がアタシに降り注ぐけど、アタシはそれを片手で軽く受け止める。
アタシの権能が衝撃と重さを殺したからよ。
ドシーン!
アタシは片手で何本もの木々を軽く払うと、それは重さを取り戻し、大地に衝撃を与えた。
アタシの権能は活殺自在、活かすも殺すもアタシ次第。
我ながらスゴイ権能だと思うわ。
もう、ママったら、こんな権能を持っているのにどうして八岐大蛇に負けちゃったのかしら。
「さて、この汚れたお洋服の仇くらいは取らないと気が済まないわね」
パンパンと土埃を払いながら、アタシは森の陰をじっと見る。
いたわ。
この蜘蛛を操っている”あやかし”が。
ドン!
アタシは地面の反動を活かし、一足跳びにその”あやかし”に肉薄する。
その姿は着物を纏った麗しい女性。
ただ、体のあちこちから蜘蛛の足が生えている。
あらやだ、アタシ好みのファッションじゃないの。
「させん!」
その蜘蛛の”あやかし”は指から何重もの糸を網のように飛ばす。
残念ね、アタシは最近美容のためにヨガを学んでいるのよ。
アタシは体の柔らかさを活かし、蜘蛛の糸の隙間をウネウネと通り抜ける。
「なにっ!?」
あらあら、そんなに驚かなくてもいいのよ。
彼女は再び蜘蛛の糸を放出するけど、アタシの殺す権能の前にはそんなの無駄よ。
その糸はプチプチプチとアタシの手刀で切り裂かれ、ハラハラハラと地に落ちる。
「さよなら、綺麗で醜いおねえさん」
アタシの殺す権能が込められた手刀。
それを彼女の胸に突き刺せば終わり。
アタシはそう思っていたけど、その時、見てしまったの。
彼女の8つの目が全て閉じ、その顔が微笑みを浮かべていたことを。
ピタッ
「どうした、なぜ止める」
目は閉じていても、空気の振動で感じたのかしら。
「やっぱ、やーめた」
そう言ってアタシは手を下ろす。
「いいのか? 私はこれからも貴様を何度も襲うつもりだぞ」
「そしたら、また返り討ちにするわよ」
「今しろ」
「やーよ」
…
……
………
森の中を初夏の風が吹き抜け、彼女の指から垂れ下がる糸を揺らす。
「なぜ、殺さない? お前のその権能で」
「あなた、死にたがってるでしょ。そんなヤツを殺してやる義理なんてないわ」
あの時、瞑った彼女の瞳。
それは死を受け入れようとしている目。
アタシはそれに気づいたから手を止めた。
嫌よ、自分で死ぬことも出来ないヤツを死なせる手助けをするなんて。
だけど、そんなアタシの心なんて露知らず、
「ああ、私はお前の手によって死にたい」
そう言って彼女は、アタシの手を握り、8つの瞳を開き、懇願するような目でアタシを見つめたの。
どうしようかしら?
◆◆◆◆
「ま、まて! 去るのなら私にトドメを刺してからにしろ!」
溜息ひとつを残して、その場を立ち去ろうとするアタシの背後から蜘蛛の声が聞こえる。
どうしましょ、でも、話は聞きたいわね。
自殺する人間は見た事あるけど、自殺したがる”あやかし”なんて初めてだから。
「なーに、そっちから勝手に襲い掛かっておいて、今度は殺せだなんて、いったい何のつもり」
「私はお前の手によって死にたいのだ。正確にはその能力で」
「あら、どうしてアタシのこの権能のことを知ってるのかしら? これって、世間にお披露目したばかりのナウい権能なんだけど」
というか、これってアタシが封印から出た最近まで誰も知らないはずなんだけど。
「私は長い間、人間社会の中で過ごしていた。遥か昔、人間の姿で京に潜んでいた時にそれを知った。八稚女の失われし七柱の中に、”あやかし”を生まれ変わらせる能力をもった女神がいたと」
は? なにそれ?
アタシそんなのママから聞いていないわよ!?
しかも、それを持ってるのが兄さんや弟ちゃんたちじゃなくって、アタシなの!?
「おあいにくさま、アタシの権能はそんなものじゃないわよ」
実は言われてみてアタシの中にちょっと心当たりが生まれているの。
”あやかし”は死なない。
死んでも幽世で休息すれば復活する。
よくわからないけど、世の中はそういう仕組みみたい。
でも……アタシのこの殺す権能で、”あやかし”が幽世で復活する能力すら殺してしまったらどうなっちゃうのかしら。
ひょっとして、彼女の言う通りになっちゃうのかしら。
「いや、お前はその能力の本質に気付いていないだけ。お前からは普通の”あやかし”とは違う気配を感じる。それは妖気と神気が入り混じった気配だ」
あらやだ、気付かれちゃったかしら。
アタシにはパパから継いだ妖力だけでなく、ママから受け継いだ神力まであるってことに。
「私の切れぬはずの私の糸を切り、さらにその粘着力すら消してみせたその能力、それは対象の特性を失わせるもの。ならば”あやかし”の不死の輪廻を断ち切り、人の輪廻に混じらせることも可能なはず」
「えっ!? ちょっと待って人の輪廻って!? あなたってば人間になりたいの!?」
「そう。それが私の望み。お前のその能力で人間に生まれ変わりたいのだ」
”あやかし”になっちゃう人間はいるわ。
だけど、人間になった”あやかし”の話は知らないわ。
もし、その権能がアタシに宿っているとすれば……それはこの世界の在り方の中で掟やぶりのイレギュラー。
「ふーん、いいこと教えてくれてありがと。だけどね、アタシがあなたにこの権能を使ってあげる義理はないわよ。それとも何かアタシにプレゼントでも与えてくれるのかしら」
ちょっと意地悪かしらね。
”あやかし”を人に生まれ変わらせる権能だなんて、ちょーレアじゃない。
アタシは実験も兼ねて、その権能を彼女に試してあげてもいいと思っているんだけど。
どーせなら、いーっぱいもらうもんをもらった方がいいわよね。
「与えられるものはある」
「あら、それはなに?」
「お前は混沌としたものが好きだろう。姿をみればわかる。お前の中にある女神の能力が無意識にそうさせているのだ」
「そうなの?」
「そうさ、藍色の口紅に赤紫の髪、鋲が付いた攻撃的な上着の割に臍が見える防御の弱そうな服。丈夫なはずのGパンににあえてつけられた破れ目。それは二律背反するお前の性質の現れなのだ」
ふーん、アタシが単純に好きで選んだこのファッションだけど、そんな風にも見えるのね。
「ま、否定はしないわ。アタシは結構好きよ、ふたつが入り混じった状態っての。聖と邪、陰と陽、光と闇、醜と美、甘酸っぱいケーキに、コーヒーに渦巻くクリーム。そんなのがね」
「私はお前に新たに混沌とした物を与えられる」
「それって何かしら? アタシにとって何かイイこと?」
「イイことさ。お前は童貞だろ? 私はお前の童貞を捨てさせることが出来る。”捨てる”を”与える”、ほら、お前好みの混沌だろう?」
「はぁ!?」
あらやだ、ちょっと変な声が出ちゃったじゃない。
◆◆◆◆
あそこには毎年通っているけど、市街地に入るのは久しぶり。
お城は地震で損壊があったって話だけど、その雄大さと広い敷地は健在。
新しいバスターミナルも出来たみたいだけど、路面電車も相変わらずね。
初めて見た時は、チンチン電車なんて響きに期待したりもしたけど、あれってベルの音なのよね。
アタシは駅からそのチンチン電車に乗って、繁華街の中心のアーケードで降りる。
このアーケードも久しぶり。
幅の広い下通りも好きだけど、少しゴミゴミとした上通りも好きよ。
アタシの知らない間に熊本名物になっていたポテチクを買って、それをハフハフ食べながらアタシは歩く。
前に来た時は熊本の穴に詰める食べ物といえば蓮根の穴に辛子を詰めた”辛子蓮根”だったけど、今は竹輪の穴にポテトサラダを詰めて揚げたポテチクも有名になっているわね。
人間って穴に何かを突っ込みたくなる習性でもあるのかしら。
あらやだ、詰めたくなるの間違いね。
うふふ、穴に突っ込みたくなるなんて、なんかいやらしいわ。
アタシは藍蘭。
かつての女友達に逢いに熊本を旅行中なの。
◇◇◇◇
◆◆◆◆
「んもう! しつこいわね!」
月の光の木漏れ日が差す中、あたしは森を走る。
「あん、ここもダメ!」
森の出口に向かおうとするけれど、そこは既に糸で封鎖されている。
月の光を反射して一条の線がキラリと光るのを見て、あたしはまた足を止める。
追手が迫ってなかったら、地団駄踏みたいくらいよ。
プシュッ
木の陰から空気を噴き出すような音が聞こえ、アタシの脚の動きが止まる。
アタシの脚にくっついたそれは糸、蜘蛛の糸。
ただし、普通の蜘蛛の大きさじゃない、人の頭くらいの大きさがある蜘蛛から放たれた糸。
当然、その糸の太さもちょっとしたロープ並。
プシュ、プシュ、プシュ
アタシの足が止まったのをチャンスとばかりに、蜘蛛の群れが次々と糸を飛ばす。
瞬きする間にアタシってば蜘蛛の巣に捕らえられた憐れな蝶。
あーん、このまま食べられちゃうのかしら。
なーんてね。
もう、面倒くさいわ。
権能を使っちゃいましょ。
アタシは八岐大蛇に捧げられた七柱の女神、八稚女の子。
実は、捧げたのは純潔だったのだけどね。
あらやだ、いやらしいっ。
それはさておき、その七柱の女神にはそれぞれが司る権能があったの。
封印中の黄貴兄さんが継いだのは王権の権能。
その権能で兄さんのお母さまは八岐大蛇を従えようとしたみたいだけど、失敗に終わったって聞いたわ。
八岐大蛇も既に妖怪王の称号を持ってたからだって。
そして、次に捧げられたアタシのママはその権能で八岐大蛇を倒そうとしたけど、失敗したんだって。
アタシがママと別れた時、アタシはまだ小さかった。
だから、完全な形ではないけど、その権能がアタシの中にある。
プチン、ブチブチブチ
アタシの身体にまとわりついていた蜘蛛の糸が音を立てて切れる。
草の陰からは困惑の気配。
そうでしょうね、その粘性も頑丈さも並ぶものなしと言われる蜘蛛の糸があっさりと切れちゃったんだもの。
相手がアタシじゃなければ、このままお持ち帰りされちゃったかしら。
だけどアタシには通じない、この活殺の権能を持つアタシには。
アタシは、糸の粘性と収縮性を”殺した”。
ヒュンヒュンヒュンと何かが空気を切る音がする。
あら、器用ね。
蜘蛛ちゃんたちは糸が通じないとみるや、石を糸にくっつけて、それをクルクルクルと回転させている。
糸による石の加速と投擲。
ただの石礫だと侮っちゃいけないわ。
マッチョのゴリアテだって、細身イケメンのダビデの投擲で倒されちゃったのよ。
うーん、やっぱり美しさは力だわ。
だけど無駄よ。
ヒュ
アタシに向かって放たれた礫はポトリと地面に落ちる。
アタシが勢いを殺したから。
ミリミリミリ
あら、今度は何かしら?
ああ、これは木が折れる音みたいね。
木の根元は蜘蛛の牙で大きく齧られ、鉛筆の先のように細くなっている。
それが糸で引っ張られて、アタシの方へ倒れ込む。
メキメキメキ
何本もの木々がアタシに降り注ぐけど、アタシはそれを片手で軽く受け止める。
アタシの権能が衝撃と重さを殺したからよ。
ドシーン!
アタシは片手で何本もの木々を軽く払うと、それは重さを取り戻し、大地に衝撃を与えた。
アタシの権能は活殺自在、活かすも殺すもアタシ次第。
我ながらスゴイ権能だと思うわ。
もう、ママったら、こんな権能を持っているのにどうして八岐大蛇に負けちゃったのかしら。
「さて、この汚れたお洋服の仇くらいは取らないと気が済まないわね」
パンパンと土埃を払いながら、アタシは森の陰をじっと見る。
いたわ。
この蜘蛛を操っている”あやかし”が。
ドン!
アタシは地面の反動を活かし、一足跳びにその”あやかし”に肉薄する。
その姿は着物を纏った麗しい女性。
ただ、体のあちこちから蜘蛛の足が生えている。
あらやだ、アタシ好みのファッションじゃないの。
「させん!」
その蜘蛛の”あやかし”は指から何重もの糸を網のように飛ばす。
残念ね、アタシは最近美容のためにヨガを学んでいるのよ。
アタシは体の柔らかさを活かし、蜘蛛の糸の隙間をウネウネと通り抜ける。
「なにっ!?」
あらあら、そんなに驚かなくてもいいのよ。
彼女は再び蜘蛛の糸を放出するけど、アタシの殺す権能の前にはそんなの無駄よ。
その糸はプチプチプチとアタシの手刀で切り裂かれ、ハラハラハラと地に落ちる。
「さよなら、綺麗で醜いおねえさん」
アタシの殺す権能が込められた手刀。
それを彼女の胸に突き刺せば終わり。
アタシはそう思っていたけど、その時、見てしまったの。
彼女の8つの目が全て閉じ、その顔が微笑みを浮かべていたことを。
ピタッ
「どうした、なぜ止める」
目は閉じていても、空気の振動で感じたのかしら。
「やっぱ、やーめた」
そう言ってアタシは手を下ろす。
「いいのか? 私はこれからも貴様を何度も襲うつもりだぞ」
「そしたら、また返り討ちにするわよ」
「今しろ」
「やーよ」
…
……
………
森の中を初夏の風が吹き抜け、彼女の指から垂れ下がる糸を揺らす。
「なぜ、殺さない? お前のその権能で」
「あなた、死にたがってるでしょ。そんなヤツを殺してやる義理なんてないわ」
あの時、瞑った彼女の瞳。
それは死を受け入れようとしている目。
アタシはそれに気づいたから手を止めた。
嫌よ、自分で死ぬことも出来ないヤツを死なせる手助けをするなんて。
だけど、そんなアタシの心なんて露知らず、
「ああ、私はお前の手によって死にたい」
そう言って彼女は、アタシの手を握り、8つの瞳を開き、懇願するような目でアタシを見つめたの。
どうしようかしら?
◆◆◆◆
「ま、まて! 去るのなら私にトドメを刺してからにしろ!」
溜息ひとつを残して、その場を立ち去ろうとするアタシの背後から蜘蛛の声が聞こえる。
どうしましょ、でも、話は聞きたいわね。
自殺する人間は見た事あるけど、自殺したがる”あやかし”なんて初めてだから。
「なーに、そっちから勝手に襲い掛かっておいて、今度は殺せだなんて、いったい何のつもり」
「私はお前の手によって死にたいのだ。正確にはその能力で」
「あら、どうしてアタシのこの権能のことを知ってるのかしら? これって、世間にお披露目したばかりのナウい権能なんだけど」
というか、これってアタシが封印から出た最近まで誰も知らないはずなんだけど。
「私は長い間、人間社会の中で過ごしていた。遥か昔、人間の姿で京に潜んでいた時にそれを知った。八稚女の失われし七柱の中に、”あやかし”を生まれ変わらせる能力をもった女神がいたと」
は? なにそれ?
アタシそんなのママから聞いていないわよ!?
しかも、それを持ってるのが兄さんや弟ちゃんたちじゃなくって、アタシなの!?
「おあいにくさま、アタシの権能はそんなものじゃないわよ」
実は言われてみてアタシの中にちょっと心当たりが生まれているの。
”あやかし”は死なない。
死んでも幽世で休息すれば復活する。
よくわからないけど、世の中はそういう仕組みみたい。
でも……アタシのこの殺す権能で、”あやかし”が幽世で復活する能力すら殺してしまったらどうなっちゃうのかしら。
ひょっとして、彼女の言う通りになっちゃうのかしら。
「いや、お前はその能力の本質に気付いていないだけ。お前からは普通の”あやかし”とは違う気配を感じる。それは妖気と神気が入り混じった気配だ」
あらやだ、気付かれちゃったかしら。
アタシにはパパから継いだ妖力だけでなく、ママから受け継いだ神力まであるってことに。
「私の切れぬはずの私の糸を切り、さらにその粘着力すら消してみせたその能力、それは対象の特性を失わせるもの。ならば”あやかし”の不死の輪廻を断ち切り、人の輪廻に混じらせることも可能なはず」
「えっ!? ちょっと待って人の輪廻って!? あなたってば人間になりたいの!?」
「そう。それが私の望み。お前のその能力で人間に生まれ変わりたいのだ」
”あやかし”になっちゃう人間はいるわ。
だけど、人間になった”あやかし”の話は知らないわ。
もし、その権能がアタシに宿っているとすれば……それはこの世界の在り方の中で掟やぶりのイレギュラー。
「ふーん、いいこと教えてくれてありがと。だけどね、アタシがあなたにこの権能を使ってあげる義理はないわよ。それとも何かアタシにプレゼントでも与えてくれるのかしら」
ちょっと意地悪かしらね。
”あやかし”を人に生まれ変わらせる権能だなんて、ちょーレアじゃない。
アタシは実験も兼ねて、その権能を彼女に試してあげてもいいと思っているんだけど。
どーせなら、いーっぱいもらうもんをもらった方がいいわよね。
「与えられるものはある」
「あら、それはなに?」
「お前は混沌としたものが好きだろう。姿をみればわかる。お前の中にある女神の能力が無意識にそうさせているのだ」
「そうなの?」
「そうさ、藍色の口紅に赤紫の髪、鋲が付いた攻撃的な上着の割に臍が見える防御の弱そうな服。丈夫なはずのGパンににあえてつけられた破れ目。それは二律背反するお前の性質の現れなのだ」
ふーん、アタシが単純に好きで選んだこのファッションだけど、そんな風にも見えるのね。
「ま、否定はしないわ。アタシは結構好きよ、ふたつが入り混じった状態っての。聖と邪、陰と陽、光と闇、醜と美、甘酸っぱいケーキに、コーヒーに渦巻くクリーム。そんなのがね」
「私はお前に新たに混沌とした物を与えられる」
「それって何かしら? アタシにとって何かイイこと?」
「イイことさ。お前は童貞だろ? 私はお前の童貞を捨てさせることが出来る。”捨てる”を”与える”、ほら、お前好みの混沌だろう?」
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