あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~

相田 彩太

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第六章 対決する物語とハッピーエンド

絡新婦(じょろうぐも)とブラッドソーセージ(その2) ※全5部

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※作者注:このお話には少々ゲテモノ料理の記述があります。

◆◆◆◆

 「なーんだ! 脱童貞って誰かを殺すことだったの。いやねーもう、ちゃんと具体的に言ってくれればよかったのに」

 んもう、彼女が乱れた着物を着ているせいで、勘違いしちゃったじゃない。

 「今、具体的に説明したではないか」

 彼女はそう言うけど、アタシはこう見えても立派な男よ。
 ”童貞を捨てる”なんて言われちゃ別の意味だと思っちゃうじゃない。
 そりゃま、人間の間では誰かを殺すことを童貞卒業なんて言っちゃうこともあるけどね。

 「お前のその能力ちからを実際に使ってみたことはないだろう。いずれお前は、その能力ちからに頼る日が来るかもしれぬ。ぶっつけ本番よりかは、誰かで試してみたほうが良かろう。私はその実験台になってやろうというのだ」

 彼女の言う通り、アタシはアタシの”殺す”権能ちからで命を奪ったことはない。
 何かの特性を殺したり、気配を殺す時に使っただけ。
 事前に誰かで試すのはいいかもしれないわ。

 「さあ、お前のぶっといモノで私を串刺しにするがいい」
 
 そう言って彼女は着物の前をはだけさせる。
 んもう、ちょっと言い方ってものがあるでしょ。
 このまま彼女をアタシの権能ちからで殺しちゃってもいいけど、ちょっと勿体ないわね。

 「いいわ、殺したげる。でも、その前にお願いを聞いて欲しいの」
 「なんだ? 私が与えられるものであれば何でも与えよう。どうせ死ぬのだからな」

 アタシのお願いを彼女は快諾する。

 「それじゃあ、とびっきりのグロテスクで混沌としたアタシ好みの料理を教えて」
 「料理だと!?」

 彼女がビックリするのも無理ないわ。
 だって、”あやかし”には料理の文化がほとんどないんだもの。
 
 「あなた、人間の社会の中で生きてきたのでしょ」
 「ああ」

 アタシの問いに彼女は軽く頷く。

 「だったら、人間の料理で”あやかし”にウケそうな料理って知ってるかしら? きっと人間の間ではゲテモノって呼ばれているかもしれないけど」
 「なぜそんなことを知りたがる? 料理が知りたければ人間に学べばいいではないか。書物や、今ならTV番組も大量にあるぞ」
 「アタシね、これから東京でお店を開くつもりなの。”あやかし”向けのレストランよ」
 「そうか、それは珍しいな」
 「ええ、そこは昼は人間も普通に訪れる店にするつもり。だから、人間にも”あやかし”にもウケる、そんな料理が知りたいわ。そんなのは本でも中々ないし、TVでもやってないわよ。人間にとってはゲテモノ料理だからね。あなたが教えてくれるゲテモノ料理にアタシが80点以上をつけたら、ごーかくよ。お望み通り”殺して”ア・ゲ・ル」

 ちょっとカワイイポーズでアタシはお願いした。
 
 …
 ……

 「なあに? あまり人間の料理は知らないのかしら?」
 「いや、私は人間に化けることもよくあり、ここ最近は人間の食べ物しか食べていない。だから、そのゲテモノ料理を知りたいというお前の望みの力になれるだろう」

 ウフフ、アタシってばツイてるわ。
 彼女の容姿と糸の能力をみれば誰だってわかるわ、彼女が絡新婦じょろうぐもだってことに。
 それは、若い人間の男を魅了し、その血を吸う恐ろしい”あやかし”。
 彼女が食べている物なら、それは人間を材料にしていなくても、血なまぐさくてグロテスクな料理のはずよ。
 
 「へぇ、ここ最近ってどれくらいかしら? 百年くらい?」

 緑乱りょくらんちゃんの話では明治以降は人間の勢力が強くなって、”あやかし”が人を襲いづらくなったって話だったわよね。

 「いや、かれこれ千年くらいになる」
 「そんなに!? あなたって絡新婦じょろうぐもでしょ?」
 「その通りだ。そうだな……それでは案内しよう。私の根城に。そこでお前から合格点を引き出す、ゲテモノ料理ふるまうとしよう」

◆◆◆◆

 「まずは一品目、熊本名産の馬刺しだ」

 ここは繁華街から少しはなれたマンションの一室。
 アタシはそこのオシャレなテーブルで、彼女のもてなしを受けている。

 「あら、これって赤身が光を反射して綺麗。それじゃ、いただきまーす」

 アタシは馬刺しを醤油にチョンとつけて食べる。

 「うん、思った通り美味しいわ。馬刺しはクセが少なくって食べやすいわ。あとこのお醤油、ちょっと甘味があって美味しいわね。九州醤油ってやつかしら。でも、これって普通じゃない? どこがゲテモノなのかしら」

 熊本といえば馬肉。
 繁華街を歩けば簡単に売っているし、それがメニューに載っているお店もいっぱいあるわ。
 アタシは彼女に出されなくても、馬肉を食べるつもりだったのよね。

 「それはだな、その昔、日本では馬は食肉ではなく、農耕や通信、時に戦に使う家畜だったのだ。だから大切に育てられた。宗教的に食肉を避ける傾向もあり、馬肉を食べるのには一定の忌避観きひかんがあったのだ」
 「ペットを食べるようなものね」
 「そう、だから、馬を食べるのはゲテモノ食いとされた地域もある。九州は牧畜に適した地形があったことから、比較的そこが緩く、馬肉食の文化が残っているのだ」

 へー、確かにこの阿蘇のカルデラは牧畜に向いてそうだわ。
 でもね、アタシが食べたいのは混沌としたゲテモノなの。
 これじゃ物足りないわ。

 「れーてん、れーっ点よ。こんなの全然ゲテモノじゃないわ。現代では普通に食べられているものじゃない」
 「そ、そうか……なら次の品だ」

 彼女が持ってきたのは生の赤身肉、だけどそれは刻まれてハンバーグのような形になっていて、中央のくぼみに卵黄が乗せられている。

 「桜肉のタルタルステーキだ。桜肉とは馬肉の別名で、卵黄を月に見立てている。花見と月見が同時に味わえる一品だ」
 「あら、それって綺麗ね。でも、そのお味はどうかしら?」

 スプーンで卵黄を混ぜ、刻まれたお肉にまぶしてアタシはパクッと食べる。

 トロッ

 まずは卵黄の甘味が舌を襲い、そして馬肉の淡泊な味わいの中から薬味と香辛料の味が広がる。

 「うーん、おいしい! タルタルステーキはスパイスが効いていて、生なのに臭みも感じず美味しくいただけちゃう。ちょっと気にいったわ。でも、やっぱりこれって普通じゃない?」
 「いや、私の説明を聞いてくれ。このタルタルステーキはな」
 「このタルタルステーキがどうかしたの?」

 味だけでいけば、このタルタルステーキは合格よ。
 刻んだ生の肉にみじん切りの玉ねぎに香辛料、それにオリーブオイルが練り込まれていると言ってもおかしくないくらい混ぜ込まれていて、味に一体感を生んでいた。
 だけど、ゲテモノとはほど遠いわ。

 「このタルタルステーキは元々中央アジアのタタール人の料理を起源としているもので、それでタルタルと名がついている」
 「ふんふん」
 「それは刻んだ肉に薬味と香辛料を混ぜて、馬のくらの下に入れて、人間の体重と馬の運動で潰して作る料理だ」
 「へー、昔の人は結構工夫したのね」
 「そして、これもその起源と同じように本格的に調理した」
 
 へ?

 「ねぇ、あなた、もしかして……」
 「そうだ、このタルタルステーキの調理の最後に私は……、私自身ののピッププレスで仕上げた」

 そう言って彼女はクルっと半回転して、その可愛らしいお尻をプリンと付き出す。

 「そんなの一部の人にとってはご褒美じゃないの! ゲテモノじゃなくエロチックだわ! キュートなヒップにズキンドキンなんてダメ! ふごーかく! 10点! はい次!」

 あらやだ、なんだかお風呂で緑乱りょくらんちゃんが歌っている歌謡曲みたいなことを言っちゃったじゃないの。

◆◆◆◆

 「次こそが本命だ! ブラッドソーセージ!」
 「あら、血の腸詰めブラッドソーセージだなんて、今度こそ期待が持てそうね」

 湯気を上げる鍋から彼女が取り出したのは赤黒いソーセージ。
 ”ブラッド”の名に相応しい色。
 
 「これは、100年ほど前にこの熊本に囚われた独逸ドイツ人から学んだ料理だ。ひき肉に獣脂、それにつなぎの小麦粉を加えて小腸のケーシングに詰めて作る。香辛料を多めに使うのがコツだが……」
 「これは少な目なのね」
 「そうだ。私が人間の血を吸えなくなって、長らくの間、食事を獣の血で代用していた。だが、味はイマイチだとずっと思っていた。そんな時に学んだ料理がこれだ」

 これは赤いソーセージ。
 ルビーの赤よりガーネットの赤のほうがふさわしい色。

 「うん、綺麗なビジュアルだけど、血という残酷さが入っていて素敵よ。これなら期待できそうね」

 アーンと大きく口をあけて、アタシはブラッドソーセージを口に運ぶ。

 パリッ、ブチィ、ジュワ

 アタシがブラッドソーセージを口に含むと、その張りのある腸が破れ、中から弾力のある肉が跳ね、肉汁があふれだす。

 「ホッホッ、ホフホフッ、熱々のお汁がビュッビュッっと飛び出してくるわ。それにちょっと生臭いけど、コクのある旨みが広がっていくわ。うーん、お味は上々よ」
 「ブラッドソーセージはひき肉をベースに新鮮な血を加えて作る。その他の材料としては、獣脂や舌に胃、肝臓に膵臓すいぞう、腎臓も混ぜることもある。さらに、これは私の特別製で、骨髄も加えてある」
 「へー、骨髄なんて珍しいわね」
 「九州といえば豚骨トンコツだからな。かつての独逸ドイツ人は欧州では牛や豚の骨髄は普通に使うと言っていたぞ」

 うんうん、九州はトンコツの本場だもんね。
 コラーゲンたっぷりでお肌ツヤツヤー。

 「骨髄は脂肪分が多いので、同じように脂肪を多めに使うブラッドソーセージの材料に良いと思ったが、私は当たりだと思っている」
 「うん、これは素敵素敵よ! ご、ごーかくって言いたいけど、あともう一歩足りないわね。日本ではゲテモノに入るかもしれないけど、欧州ヨーロッパでは普通なんでしょ。そこが減点対象ね。75点」

 ちょっと厳しかったかしら。
 だけど、彼女の料理ってば出てくるたびにアタシを驚かしてくれるんだもの。
 ちょっと意地悪しちゃいたくなっちゃうわ。

 「そうか……これでもダメか。とすれば、最後のとびっきりのゲテモノ料理を出すしかないな。これには準備が要る。一晩待ってくれ」
 「ええ、いいわよ。楽しみに待ってるわ」

 扉がパタンと締まり、彼女は夜の闇に消えていった。
 うふふ、何か獲物でも探しに行ったのかしら。
 楽しみだわ。

◆◆◆◆

 「待たせたな。すぐに出来るので少し待っていてくれ」

 時間にして数時間かしら、アタシの予想より早く彼女は帰ってきた。
 彼女は湯を沸かし、プライパンに火をつける。

 「何を作ってくれるのかしら?」
 「”真のブラッドソーセージ”だ。名は私が付けた」

 あらやだ、真のだなんて期待持てそうじゃない。

 「できたぞ。そのままさじに乗せて口に運ぶといい」

 もうもうと湯気を立てる物とジジジと油の音を立てる赤黒くて楕円の塊。
 それらがアタシの前に運ばれる。
 これって、同じ材料を茹でた物と炒めた物よね。
 見た目は細長い種類の赤い葡萄みたいね。

 「それじゃ、いただきまーす」

 スプーンの上でプルンと転がる”真のブラッドソーセージ”をアタシは口に運ぶ。

 ブッ……ブシュー

 それを噛んだ瞬間、アタシの口に汁があふれた。

 「ほっ、ほっ! こ、これな、なに!?」

 熱々の汁を口で泳がせながらアタシは尋ねる。
 味は少し甘めでコクがある、口の中でトロッと溶けるような食感。

 「味はどうだ?」
 
 ゴクン

 アタシは口の中にあふれる汁を飲み込む。
 熱々の汁が喉を通り、胃まで落ちてくる。

 「美味しいわ! トロッとしたミルクのようで! もう一個頂いちゃうわね」

 今度は炒めた物をアタシは口に入れる。
 ブシュっと口の中でソーセージが弾け、その中から熱い旨みの汁が再びあふれだす。
 あらやだ、少しお口の端から垂れちゃったわ。
 ハンカチでそれをぬぐうと、それは赤い染みを純白のハンカチに描いた。
 これはガーネットじゃなく、ルビーのあか
 真っ赤な血の色。
 
 「気にいったようで良かった。それの中身は牛の血だ。とびっきり新鮮な血だ」
 「”真のブラッドソーセージ”だもんね」

 これって本当に美味しいわ。
 新鮮な血は鉄臭さや生臭さが少ないって聞いたことがあるけど、ホントだったのね。

 「そしてケーシングは……」
 「ああ、腸詰めの腸の部分ね」

 この皮も良かったわ。
 中の新鮮な血を逃さずに、食べた時に弾ける食感が特にね。

 「ヒルだ」
 「へ?」

 アタシのお代わりに伸びていた手が止まる。

 「も、もう一度、くわしく」
 「ヒル、ヤマビルだ。これは森で捕まえたヤマビルに牛の血を十分に吸わせ、火を通して作った料理だ。南米アマゾンにそのような料理があると人間の文献で読んで、私が再現したものだ」
 
 ポトリ

 スプーンの先から”真のブラッドソーセージ”が落ちる。

 「え、ええええええええ~~~~!? なんあななななな、なんてものを食わせるのよ!」

 アタシは口の端から赤い泡を吹きながら叫ぶ。

 「とびっきりのゲテモノと言ったではないか。それとも、これはゲテモノではないかと言うのか? ちなみに南米でも一般的ではないと書物には記されていたぞ」
 「ゲテモノと言ったけど、ここまでとは思っていなかったわ!」
 「それは良かった。で、味はどうだった? 私は結構好きだぞ、これが。ミルキーな味わいでな」

 そう言って彼女は、その細い指先で赤い葡萄、いや”真のブラッドソーセージ”をひとつ取り、美味しそうに頬張ったの。
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