運極さんが通る

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怒れる悪魔と久々の堕天使

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「なんでここにいるの?」

 かかとをつけた場所から真紅の絨毯を湧かせる無駄に凝った演出を施し、暗闇から歩いてきたのはかの大悪魔ベリト。ギムレットから拝借ぬすんだのであろう黒のスウェットを着こなし、優雅に腰に手を当てた。
 一挙一動に目が離せなくなるのがベリトの凄さ。……口を開けば傲慢、残虐性の塊なんだけど。
 そんなベリトが普段は見せない愉快げな表情を浮かべているところを見るに、うん、嫌な予感しかしない。

「あぁ……家畜か。羽音がうるさくてな。我が眠りを妨げるものに刑を課しにきたのだ」

 羽音……ハエの羽音?
 ベリトさんそんなものまで聞こえちゃうんですか。どんだけ地獄耳なんですか。

「なんだ家畜。何か言いたげな顔よなぁ。許す、話してみよ」

  「や、ナンデモゴザイマセン」

 ガシッと頭を掴まれた。やばい、メリメリ言ってる。え、頭に指めり込んでない!?
 てか体が宙に浮いてる!?
 頭がもげるっ。

「ふははっ。家畜にしてはよい顔をするではないか」

「離してぇええ」

 ぶんぶん腕を振り回していると、ぱっと手が離され、臀部が地面とこんにちわ。体の芯を揺さぶる嫌な痛みに苦悶の声をあげると、ベリトは頭上でクツクツと喉の奥を鳴らした。
 驚いた。過去に類を見ないほど機嫌がいいらしい。
 ……会ってまだあんまり経ってないけど!

 痛むお尻をさすって起き上がる。
 あれ、ベリトさん。私が悶えている間に取り出したと思われるその赤いビー玉はなんですか?

 私の興味津々な視線に気づいたのか、ベリトは私を一瞥し、愉快気に唇を釣り上げた。
 おぉ、珍しく教えてくれるらしい。

 「貴様にしては目が良いな。これはな、核だ」

 「核……」

 核……核……なんの核?
 もっと情報が欲しいとベリトを見るも、鼻を鳴らされるだけ。
 なんでい、教えてくれたっていいじゃあないか。
 人差し指で脇腹連打すると、再び頭部を掴まれた。さっきより力が入ってるのか、私の体力がちょびちょび減り始めた。これはやばいので即謝りを入れる。
 臀部が地面に不時着し、悶えに悶えたところでふと思い出す。

【鑑定】使えばいいじゃん!
 パッシブスキルは常時発動してるけど、意識しないと見れないんだよね。
 忘れてたなんて嘘でも言えないので、ぎこちない笑みを貼り付けてビー玉を見た。

 「なんだその気持ちの悪い顔は」

 当然のごとくベリトに辛辣な言葉をいただくが、それをスルーし、私は赤いビー玉の正体を知る……ことはできなかった。
 表示されるはずの説明文全てにジャミングが走っており、見るだけで不快感を煽ってきたからだ。

「ん?」

 ゴシゴシ目をこすってもう一度。

「ん?」

 何度試してもジャミングが走る。繰り返すほどにそれも増してきているような。
 ……これ危ないよね?
【鑑定】できないなんて、やばいやつだよね?
 ねぇ、運営さんに報告しよ?
 それ、絶対バグだよ!!

「ベリト、この危ない物体Xどこで拾ったの?」

「設備の悪い研究室からだ。捨て置いておくには勿体ない代物だからな。我が貰ってやったわ! 」

 そう言って指先でビー玉を弾く。
 綺麗な放物線を描いたビー玉は、小さく開いたベリトの口に吸い込まれていった。上下する青白い喉笛。

 ……。
 ………え。

 真紅の瞳と目がかち合い、我に戻った私はベリトを二度見した。
 錬金しすぎて、脳細胞が過疎化しているのかもしれない。

「間違いは誰にでもあると思うけど、だからってビー玉を飲んじゃダメだよ。それ、胃の中で消化されるの? というか、普通飲まないよね? ベリト、ペッしなさい。ペッ」

「我を年寄り扱いするでないわ!」

 ベリトチョップを食らった。「ぐぇっ」と、カエルの潰れたような女の子らしくない声でその場にうずくまる私。
 くっ……やられてばかりだ。これは不平等。
 少しくらいベリトにもこの苦痛を味わって欲しい!
 胸うちに燃える復讐心に駆られ、ベリトを睨みつけようと顔を上げた私は、いいものを見つけた。
 とある屈強な人物でさえ泣いたとされる人体の急所。青あざは日常茶飯事。

 すなわち、弁慶の泣き所だ。

 悪巧みを思いついたためか、自然と口角が上がるのを感じる。
 ダメだダメだ。これをベリトに見られたら全てを悟られる。そーっと顔を地面に向け、太股の上に載せてある拳を握る。
 チャンスは一度きり。
 やるんだ、私。
 やればできる。
 手加減は無用。相手は人智を超えた大悪魔。殺される覚悟でやるんだ!
 あのにっくき大悪魔に鉄槌を!
 己を奮い立たせ、覚悟を決めた私は渾身の力でベリトの弁慶を突いた。

「ぎ、ぐぅぅっ!?」

 痛みを堪える声。
 素早く体を折りたたんで弁慶を抑えるベリトを見て、私の気持ちは晴れ模様。つまりすっきりしていた。
 達成感に浸っていると、嫌な予感がちりついた。
 その場を飛び退いた瞬間、地面を抉る衝撃音が背後で鳴り、つちの破片がパラパラと降りかかる。
 受け身を取り、武器を抜いて立ち上がると爛々と光る怒りに濡れた真紅の瞳が私を射抜いた。

「……風の噂だが、貴様らは死んでも死なんらしいな」

 ぶわっと、濃密な殺気がベリトから漏れだす。
 やばい。ガチギレだ。
 背中から滝のような汗が流れ始めて、体を支える二本の足はガクガク震えた。
 死に戻り…視野に入れた方がいいかな。

 「極刑。我が肢体に傷を付けた罪は万死に値する。例え貴様であろうと、手加減はせぬ。良い声で鳴け、家畜。せめて我を楽しませよ」

 指を鳴らすベリト。隆起した地面から槍のようなものが生成され、ゆっくりと私に狙いを定めた。

 「……ベリト、同士討ちの覚悟はおありで?」

 「はんっ、我が貴様と同士なわけがなかろう? 貴様は家畜。無抵抗に貪られよ」

 正面に生えた槍を掴み、ぶんっと一凪。触れた部分から黄金の光が駆け走り、一瞬の間に土色の槍は金をとかしたような眩しい槍に変化した。

 ……強そう。 

 大悪魔の戦闘力にビビって動きを止めていた私は、その場で二度跳ね、息を吐いた。
 そして、無言で刀を鞘に収める。

 「……何をしている」

 私の行動に疑問の声を上げるベリト。
 それに答えるように花の咲くような笑顔を向けると、動揺したような空気が伝わってきた。
 そのまま体を反対方向に向かせ、ぐっと足に力を入れる。
 べこん、と地面が陥没する音。
 跳躍するように左足を前に出す。

 「……は」

 呆れ声。
 そして、

 「家畜ぅぅぅッ!!」

 現実に思考が追いついた怒声。それを背に、私は必死に足を回した。
 口を開けば舌を噛みそうなくらいの全力疾走。
 けれど、堕天使の性ゆえか、口は容易に開き、口角は挑発するように上がった。

 「私の演技にかかるとは、大悪魔の名も落ちたものよ!」

 うわぁぁぁぁ、何言ってんの私!?

 「……ほぅ。家畜の分際で言うではないか。肉一片血の一滴たりとも残ると思うな!」

 「やってみろ、三下悪魔。……できるものならなっ!!」

 「言うではないか」

 久しぶりの堕天使モード。
 なんでこういう時にしゃしゃりでてくるかなぁ!!

 急に喋らなくなったベリトに、全力で走りながらも怖いもの見たさで振り向くと、真顔で私を追いかける姿があった。美しいフォーム。そして速度が半端ない。

 慌てて首を正面に向け、私はかつてないほどに足を回した。
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