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足元注意
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窓から差し込む光が朱色に染まり、電気の付いていない部屋が薄暗く照らされる。ふと、視界の端に影が入り込んでいるのに気づいた。
なんだろ。
深く考えもせず寝返りをうつと、そこにはうつらうつらと今にも夢の世界に旅立ちそうなクーフーリンがいた。
「……!」
声をかけようとして、やめる。
旅立つ手前、お引き止めするのは申し訳ない。それに、こんなにいい寝顔で涎を口の端から垂れ流しているのだ。起こすわけにはいくまいよ。
じーっと顔を見る。
……どっかで見た顔だなぁ。
艶やかな黒髪に、一房の白髪。閉じられて今は見えない空色の目。端正な、顔立ち。
記憶と照合しても合致する人がいない。俳優さんとかにこういう人いたのかな。
体を起こすと、スプリング音が鳴った。
慌ててクーフーリンの方を見るが、起きてはいないみたい。セーフである。
詰めていた息を吐き出すが、はたと思う。
あれ、ここ私の部屋じゃね。
あれ、鍵閉めて寝たよね?
あれ……。
「……ストーカー?」
いやいやいや。
「クーに限ってそんなこと……」
ある?
まさか……ね。
そんな考えを振り払うようにぶんぶん首を振った私は、足音を立てないようにクーフーリンの背後に移動する。
シーツとか諸々ヴィネに持っていかれたから、ギムレットから貰った漆黒の毛布をアイテムボックスから取り出す。手触りは極上。これに包まれれば鉄仮面をかぶったクーフーリンでもすぐに相貌を崩すだろうさ。
広い背中に毛布を掛けて、足音を立てないように忍び足で扉まで移動。ドアノブを回す。
クーフーリン達が帰ってきたのを見てすぐログアウトしたからきっと顔見せに来てくれたんだろうけど、情報集めドタキャンしたから、顔見せたら見せたでマサキたちの前に引っ建てられそうだ。
それは困る。
怒られるのは嫌なのだ。悪いことをしたのは分かってるけど、そう易易と引っ建てられる訳にはいかない。
総じて、性格がひん曲がってる私は明日の私に全てを任せ、夜の街に繰り出そうとしていた。
「……まって……ししょ……」
うわ言が、聞こえた。
バッと振り返るが、クーフーリンは身動ぎしてない。
……起きてないよね?
呼吸に合わせて背中も上下してるし、うん、起きてない。寝言だ。
パタン、と扉を閉めて私は宿屋をあとにした。
ーーーーーーーーーーーー
窓から見える差し込む光が月光へと変わった頃、安楽椅子にて夢の世界に旅立っていた男は、ひんやりした風が頬をくすぐるのを感じ、ゆるりとまぶたを開けた。
焦点の合わない視界が徐々にはっきりしてくると、ベッドの上に寝ていたはずの人物がいなくなっていることに気がついた。
「…いない。あの馬鹿……!」
憤りを覚えるも、男、クーフーリンは安堵のため息を吐き出す。いなくなった人物、るしだが、彼女を起こそうと体をゆするも、まるで死んだように動かなかったのだ。刺客に毒を盛られたのではと最悪の展開を予想していたのが、いい意味で裏切られた。
ベッドに無造作に置かれた紙切れをすくい上げ、目を通したクーフーリンは、ふっと表情を和らげた。
「……変わらないな」
誰に拾われることなく壁に吸い込まれていく言葉。綺麗に折りたたんだ紙切れを胸の内に仕舞い、クーフーリンはその場をあとにした。
ーーーーーーーーーーーー
「へっくしょぃ!!」
品のないくしゃみを一発。誰かに噂されてるのかもしれん。
ムズムズする鼻を押さえた私は、揚々と夜の街を徘徊していた。
夜になると空に浮かぶらしいランタンが暗闇を照らし、居酒屋からはプレイヤーの活気のある声が上がっている。これぞ都会って感じの雰囲気に、自然と頬が綻んだ。
「ギムレットとか連れてくればよかったかなぁ」
あーでも、連れてきたら連れてきたで夜の街に繰り出すのは不純ですとか言われそうな気も。
変わりにジン達だと、食費が霞むのは目に見えてるわけで。ヴィネは忙しそうだし、ベリトはそもそも誘ってもこないだろう。偏見だけど、もし来たとしても骨董品屋さんとかに直行しそう。
思いを馳せていると、王城前まで来てしまった。
ゴッツイお城だ。ライトアップされてる。
門番さんは二人か。
警備が甘いように見えるけど、実は木陰に潜んでいたりする。
マサキ達はここに攻めいるんだなぁ、と他人事のように思った私はくるりと体を反転させる。
ずっと立ち止まっていても怪しまれるだけだし、今は用はない。
ひらりと手首を回し、元来た道を戻ろうと足を進めたその時、
ピシッ
私を中心にして地面に無数の亀裂が走った。
「え」
ピキリピキリと不穏な音が足元から上がり、ついに浮遊感が私を襲った。パックリ開いた切れ目。そこの見えない真っ暗闇。
「え」
背筋をかけ上がるジェットコースターに、鳥肌が立つ。生理的にこみ上げる可愛げのない悲鳴を上げようと口を開けて、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は、陥没した地面に吸い込まれていった。
「ぐえっ」
潰れたカエルのような悲鳴をあげて、顔から不時着した私は、ゴツゴツした地面にへばりつく。
こういう時こそ思うのだけど、運営さんからの警告を聞いて痛覚設定を100パーセントから10パーセントに下げておいてよかった。100パーセントの状態で今の衝撃と痛みがダイレクトに伝わってきたらと思うと、ゾッとする。
100パーセントの時代は、若気の至りだったんだと思う。ある意味黒歴史だ。
うつ伏せになっている体を起こす。真っ暗だ。
こういう時は、【光魔法】の出番。
全身が輝き、いわば発光人間と化した私は、キョロキョロ辺りを見回す。
ぽっかり空いた通路というのだろうか。光量が足りないのか先が見えない。私が落ちてきた頭上にはお星様が見える。
翼を使えば上がれそうだけど、私としてはこの通路の先に何があるのかとてつもなく気になる。
マップには表示されない場所。
それ即ち、隠しエリア!!
「ふっふっふっ、これはお宝の匂いがしますなぁ!」
ーーカサカサ
「かさかさ……?」
「kagjgwdpm!!」
「うぉぇぁああ!?」
黒い甲殻、ハエのような体、蚊を彷彿とさせる針金のような細い足。
こいうはまさか。
「モスキーバエト!?」
何でこんなところに!?
突然現れた敵に驚くも、体は自然と大太刀を抜いていた。
大太刀『MURAMASA』。
刀身が怪しく光り、HPが削られる。
生命を代償に、圧倒的な力を秘めた妖刀だ。
「これは……」
万が一の時のために装備は軍服にチェンジしておくか。生命の増幅のおかげでHPの最大値が上がるから底をを気にしなくていいし、HPの自動回復がついてる。
だから、思う存分二代目の私の相棒をふるえる。
「一の断ち」
モスキーバエトに遠慮はいらない。スキルによって強制的に体が動く。
「血の厄」
大太刀による大振りが、岩肌を裂きモスキーバエトを叩き切る。紫銀の残光が空気中に淡く溶けていく。
「kyjdtamgたすmtaて」
狂おしく震えたモスキーバエトがその身をポリゴンに変えたのを見届け、私はMURAMASAを鞘に戻す。
キン、と鍔から金属音が鳴り、通路奥からモスキーバエトらしき悲鳴が上がった。
【一の断ち】とは、『MURAMASA』の持つスキルのひとつ。全部で十段階に分かれており、今の私じゃ二つまでしか使えない。
さっき私が使ったのは、【一の断ち・血の厄】。範囲内にいる同じ名前のモンスターに等しくダメージを与えるスキルだ。例えば、HPを全損させれば範囲内にいる同名モンスターのHPは全損。半分減らせばほかの同名モンスターも半分に。
使いやすいスキルだけど、これはモンスター特価だ。プレイヤーには使えない。
もうひとつのスキルも同様に、モンスター特価のため、MURAMASAは対モンスター用の武器なんじゃないだろうか。
まだ二つしかスキルが判明していないんだけども!
『エラーが発生しました。経験値を取得でしませんでした』
まじか。
通信障害とかだろうか。よく分からんけど。
あ、マップにジャミング走ってる。地下だから電波が届かない、的なものだろうか。
幸というか不幸というか、不調をきたしているのは経験値取得とマップのみ。こういう場合ログアウト出来ないんじゃね? と不安を抱くがそれは出来るため、心に余裕が持てる。
「バグ行為なのかなぁこれ。でも、地面に穴が開いたのは私のせいじゃないし……」
まさか体重が重かったからとか?
「……無きにしも非ずだけど、それだったらかなり凹む」
「よくふかになったのではないか?」
「いやぁ、この世界で太るわけ……え?」
私誰と会話して……この声、まさか。
壊れたブリキのようにギギギと首を回した私は、暗闇の中、爛々と光る真紅の瞳をみた。
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