お助けキャラは変態ストーカー!?

雪音鈴

文字の大きさ
8 / 50
第2章 深海の檻が軋む時

第8変 ネガティブヤンデレの取り扱い(中編)

しおりを挟む
「ど、どうぞ……」

 オズオズと研究室のドアを押し開けたシアンに促され、私は彼の研究室へと足を踏み入れる。

 暗幕で締め切られて夕日の光が一切入ってこない暗い部屋……だが、シアンが軽く魔力をのせた言葉を発すると、部屋全体がほんのりと優しい光に包まれた。ようやく見えた内装に心躍る。だって、ゲーム中で見てきた背景がそこに広がっているのだ。興奮しない方が難しい。

 背景でもすごいとは思っていたが、こじんまりとした研究室の右にある6段もの仕切りがついた棚の存在感が圧倒的だ。左右の端から端まで、果ては天井に至るまでギチギチにはめ込まれたその棚にズラッと並んだゲテモノの数々にはゲーム中よりも驚かされる。

 ……たぶんその棚に並んでいるゲテモノのすべてが研究に必要な物なのだろう。

 透明なガラス戸越しに陳列されている干からびたトカゲのような物体、毒々しい赤色に黒い斑点が付いた花、液体に漬けられたギュウギュウに詰まった紫色の芋虫のような虫……

(うん……正直、夜に一人で見たくはないな)

 部屋に入り少し時間が経ったことで頭が冷静になってきたせいか、今はゲーム中の背景への興奮よりも、虫が背中を這いずり回っているようなえも言われぬゾワゾワ感の方が上になる……私はもともとホラーが苦手だ。

(だって、幽霊とか物理攻撃効かないじゃん!!)

 ふと、何かの目玉と目が合ってしまい、顔が引きつるのが分かる。

(ああ、どうも、こんにちは……って、この懐かしい雰囲気――完全に理科室だわ。人体模型とかある感じでしょ、これ!?)

 まあ、実際は人体模型等はなく、代わりに左横にも右横にあるのと同じような棚が備え付けられていた。右の棚と違い、こちらは分厚い学術書や過去の論文、用語集、実験データなどが陳列している。本のタイトルはすべて毒とその治療について関係があるものばかりだ。一部、解毒ではない単なる治癒魔法についての論文も見受けられる。

(ここも、原作通りだ……)

 ふいに彼の生い立ちについて思い出し、胸が苦しくなる。そんな時、その分厚い本と本の間に作られたスペースに鎮座している小さな白い花瓶の中で元気に咲き誇る水色の花を見つけた。暗い部屋に不釣り合いな可憐な花ではあったが、なんとなく既視感を覚える。

(……もしかして、ゲームで見た?)

 シアンから花をもらうイベントは実際あった。

(でも、花の色は主人公の瞳の色と同じマゼンタ色だったような――)

「その……ふ、普段、僕以外入らないから、ちょ、ちょっと散らかってて……ごめん」

 私の思考はこの部屋の主、シアンの慌てた声によって遮断された。彼は研究室の真ん中にある大きな黒い机の上で散乱している殴り書きされたレポート用紙と【魔薬学開発促進会】の論文資料をワタワタとまとめている。【魔薬まやく】という読み方で正直嫌な思いになるだろうが、これはいわゆる魔法薬のことだ。

 魔薬学開発促進会は、毎年春先と秋頃に論文の審査をし、それぞれで選考に残った論文を次の年の夏と冬に学術誌として刊行する超大規模学術論文誌発行元として有名な団体だ。私にはチンプンカンプンの内容だろうけど、ゲームで出てきた知識なので名前を知ってはいる。

「全然散らかってないよ! むしろ、きちんと整頓されててスゴイって思う」

(そうそう、散らかってるっていうのは、前世の私の部屋――)

 一瞬よぎった前世のアパート……もとい、汚部屋を頭を横に振ることで振り払う。

 正直なところ、シアンの研究室で散らかっているのは先程まで実験していたであろう黒い机の上だけで、他は随分ときれいだ。

 黒い机の横に設置された白い流し台にある大きなタライに水を溜め、実験器具をその中に入れた彼は、そそくさと下にローラーが付いた黒い丸椅子を差し出してきた。

「ま、待たせてごめん。これ、座って良いから」

「あ、こっちこそ、気遣わせちゃってごめん。てか、そんなに固くならないで、自然体でいいから」

 シアンのあまりのカチコチぶりに、ほんわかと和む。

「自己紹介が後回しになっちゃったけど、私はルチアーノ。皆からはルチアって愛称で呼ばれることが多いから、どっちか好きな方で呼んで! 改めてよろしくね」

「あ、ぼ、僕はシアン。じゃ、じゃあ、ルチアーノさ――」

「さんはいらないよ?」

 思わず苦笑してしまう私に、彼は心底申し訳なさそうに身を縮こまらせた。

(いやあ、やっぱりまだ固いなあ……)

「……る、ルチアーノ。その、せっかく来てもらって悪いんだけど、さっき作った薬品をもう一度作るっていうのは、ほ、本当に無理そうなんだ」

「理由を聞いてもいい?」

 さっき廊下で会ったときはつい頭ごなしに強引にいっちゃったけど、冷静になった今、私もようやく彼の言葉に耳を傾けられる。

(熱くなりやすいのってダメだね。反省反省)

「ひ、必要な材料が足りないんだ……その……【昼寝草ひるねそう】っていう植物なんだけど、し、知ってるかな? すごく高価な物で、じゅ、受注すると半年は届かなくって、入手がちょっと、め、面倒な物なんだけど――」

「なんか面白い名前の植物だね。あと、ごめん、その草について知らないから説明プリーズ」

「そ、その、ひ、昼寝草っていうのは、言葉の通り昼に地面の中で寝る草なんだ」

「寝る? 地中に潜るってこと?」

「うん……地中に潜ってる間は、土と同化して草の形を、た、保てないから、草として採取するには夜にするしかないんだ。でも、昼寝草は魔力嵐が吹き荒れる土地の、や、柔らかい崖に生息していることが多くて――だ、だから、その、簡単に言うと、よ、夜にならないと生息地の特定ができないっていうのと、単純に場所が悪くて、き、希少な種類っていうので――」

「入手しずらい……と。でもさ、入手が面倒ってだけで、学校の東にある【惑いの森】は魔力嵐が吹き荒れてるし、崖が多いから生息してるんじゃないの?」

「あ、それは……まあ、もしかしたら、せ、生息してるのかもしれないけど――別にきょ、教授を通してまた外に注文を取り付ければいいし、む、無理に今入手しなくても――」

 諦めたような自嘲気味な笑顔……いや、ようなではない。

(シアンは諦めてる…………研究することを?)

 その答えは、なんとなく違う気がした。研究は完成しているんだし、シアンが言うようにまた材料を入手すればすぐにできるだろう。

(じゃあ、シアンは何を諦めてる――?)

 シアンの苦しい表情に私の胸まで苦しくなる。
 さっきから、頭の隅で何かが引っ掛かっている。

(今、材料が必要な理由――)

 見落としがなかったか、頭をフル回転する。

(何か重要な……)

 ふと、シアンと廊下でぶつかった時に彼が言っていた言葉を思い出す。

『ああ、ど、どうしよう……これじゃあ、ま、間に合わない……』

 そこまで考えた瞬間、ハッと気が付いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...