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プロローグ 迷子の子猫に、プレーンドーナツ

3.『捨て猫、拾ってください』3

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 快は数年前、イギリスでの生活に区切りをつけて、日本の製菓専門学校に通うため単身帰国した。両親はひとり息子を心配してか、うっとうしいくらいに引き留めてきたけれど……。

 帰国してからは、祖母の店の二階に住ませてもらった。祖父は亡くなっていたから、快と祖母のふたり暮らしがはじまり、無事に学校を卒業してからは、京都のパン屋に就職した。

 だが、この夏。祖母が亡くなった。就職から三年目のことだった。

 優秀な魔女だったから、ひとの何倍も長生きするだろうと勝手に思っていた快は驚いた。実際、亡くなる直前まで元気に働いていたし、寝耳に水にもほどがある。

 驚き、悲しみつつ、快の頭によぎったのは店の今後のことだ。

 小さい店ながら「魔女のドーナツ」は客から愛されていて、閉店を悔やむ声も多かった。このまま潰してしまうのは心苦しい。

 もともと快は祖母の手伝いで店に立つことがあったし、レシピも残されている。これなら自分でも店を継げそうだ、と思った。そうと決まれば早かった。

 緑深い夏が過ぎ、紅葉の秋が訪れ、いまやっと、ドーナツ屋の経営に慣れてきたところだ。

「ちゃんと自分で持って食べろ。急いで食べるとのどに詰まらせるから、ゆっくりな」
「ん!」

 とろけそうな笑顔のひなたにドーナツをにぎらせ、快もひとつをかじる。

 小麦の豊かな風味が口に広がった。祖母のこだわりで、北海道産の小麦粉を取り寄せている。口当たりは軽いが、もちりとした食べごたえもあるドーナツは、商品として洗練されながらも手作りのあたたかさが感じられた。

 うん、うまい。

 と、熱心にドーナツを平らげていくひなたの袖がめくれて、快は目を大きくさせた。

 細い腕には、ぷっくりと膨れた傷痕がのぞいている。古いものなのだろう。袖がじゃましてすべてを見ることはできないけれど、まるで腕に雷が走ったような大きな傷だった。

 ざわりと心に波風が立つ。

 ――傷も傷だし、細いな。

 ひなたがその視線に気づいた。はっとして、袖を伸ばして隠す。

「やっ!」
「……ああ、悪い」

 だが気になったため、快はひなたの脇に手を入れて持ち上げてみた。わっと声をあげたひなたは予想よりも数段軽い。確認が終わると、すぐに椅子にもどしてやる。小さな存在は苦手だ。怪我をさせてしまいそうで、心がひやりとする。

「おまえさ、どこから来たの? 親は?」
「おまえじゃなくて、ひなた」
「悪い悪い。ひなたな。で、どこから来たんだ?」
「んーん」

 首を横にふる。さきほどまでドーナツのおかげでご機嫌だったのに、口をぎゅっと結んで、そっぽを向いてしまった。

「おい、ひなた」
「んーん!」
「おいってば。こら、こっち見ろ。ひなた」

 しかし、少年は「んーん」の一点張りだ。

 攻防がつづいたが、ひなたが口を開こうとしないし、そのうち眠くなったのか船をこぎだしたので「とりあえず今日だけだぞ」と泊めることになってしまった。

 人間の子どもであれば警察に連絡するところだが、化け猫となるとそうもいかない。とはいえ外に放り出すこともできないから、仕方がないだろう。

 店舗の二階にある居住スペースに少年を連れていく。風呂に入れて、なぜだか祖母の部屋に残されていた快の子どものころの服を着せてやりながら、ため息がこぼれた。
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