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プロローグ 迷子の子猫に、プレーンドーナツ
2.『捨て猫、拾ってください』2
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ドーナツ屋「魔女のドーナツ」は、京都の嵐山に看板を掲げている。
嵐山といえば桂川にかかる渡月橋が有名で、そこから天龍寺に向かう道中は土産物屋も連なっており、観光客でにぎわっている。天龍寺も越えれば、竹林が連なった「竹林の小径」があり、源氏物語にも登場する野宮神社も構えられている。他にも寺社仏閣は多く、観光には事欠かない。
快の店は、渡月橋と天龍寺を結ぶ通りから一本はずれたところにあって、もともとは快の祖母が営んでいた店だった。
「まじょの、どーなつ」
「へえ、漢字読めるのか。妖怪は見た目だけで判断できないな」
壁に彫られた店名を読み上げるひなたを横目に見ながら、快は奥にあるキッチンに向かう。少年は幼稚園児くらいの姿だったが、実際の年齢や知識はそれ以上なのだろう。
皿に載ったドーナツを手に、店頭へもどる。
「俺のばあちゃんが、魔女だったんだよ」
「まじょ」
「そう。だから店名は、そのままの意味ってことだな」
前店主だった祖母がイギリス人だと知る客は多いが、彼女が正真正銘の魔女だったことを知る客となると、ぐっと数は減るだろう。
ふくよかな体型にやわらかい笑顔という、絵本に出てくる善良な魔女そのままのような姿だった祖母は、日本人の祖父と結ばれ、快の父親が生まれた。その父もまた日本人の母と結婚したため、快はイギリスと日本のクォーター、そして魔法使いと人間のクォーターとして生まれたわけである。
長身で手足が長い快は、彫りの深い顔立ちや色素の薄い髪からも、異国情緒がただようと評されることが多かった。たまに西洋の色男とも言われるから、自分の容姿がそこそこ整っていることも自覚している。
とはいえ、快自身は自分を根っからの日本人だと思っている。そもそも生まれてからしばらく京都に住んでいたから、生活感覚も日本人に近い。父がとつぜん「本場で魔法を学びたい」と言って、小学校に上がる年に両親とともにイギリスに渡ったものの、快の根っこにあるのは日本の価値観だ。
「ほら、ドーナツ。プレーンしかないけど、文句言うなよ」
イートインスペースはないため、折りたたみの椅子を売り場に持ってきて少年を座らせた。夜食用に商品から取り置きしておいたドーナツだ。ふたつあるうち、ひとつを紙ナプキンでくるんで差し出す。穴の開いた円形ドーナツは、これぞドーナツという理想的な姿だった。
「どーなつ!」
ひなたは歓声をあげた。かと思えば、快の手から受け取ることをせず、そのままかじりついてくる。快は驚いてのけぞってしまったけれど、少年は一切気にしないで口をもぐもぐとさせていた。いつのまにか耳やしっぽは消えていたが、猫に餌づけしている気分だ。
「おいしい……。ふわっ、で、もちっ、で、あまい!」
とつぜんの食リポに、快はふっと噴き出した。
「このどーなつ、かいがつくった?」
「ああ。店主だからな。って言っても、従業員は俺しかいないから、偉そうにしてられないけど」
嵐山といえば桂川にかかる渡月橋が有名で、そこから天龍寺に向かう道中は土産物屋も連なっており、観光客でにぎわっている。天龍寺も越えれば、竹林が連なった「竹林の小径」があり、源氏物語にも登場する野宮神社も構えられている。他にも寺社仏閣は多く、観光には事欠かない。
快の店は、渡月橋と天龍寺を結ぶ通りから一本はずれたところにあって、もともとは快の祖母が営んでいた店だった。
「まじょの、どーなつ」
「へえ、漢字読めるのか。妖怪は見た目だけで判断できないな」
壁に彫られた店名を読み上げるひなたを横目に見ながら、快は奥にあるキッチンに向かう。少年は幼稚園児くらいの姿だったが、実際の年齢や知識はそれ以上なのだろう。
皿に載ったドーナツを手に、店頭へもどる。
「俺のばあちゃんが、魔女だったんだよ」
「まじょ」
「そう。だから店名は、そのままの意味ってことだな」
前店主だった祖母がイギリス人だと知る客は多いが、彼女が正真正銘の魔女だったことを知る客となると、ぐっと数は減るだろう。
ふくよかな体型にやわらかい笑顔という、絵本に出てくる善良な魔女そのままのような姿だった祖母は、日本人の祖父と結ばれ、快の父親が生まれた。その父もまた日本人の母と結婚したため、快はイギリスと日本のクォーター、そして魔法使いと人間のクォーターとして生まれたわけである。
長身で手足が長い快は、彫りの深い顔立ちや色素の薄い髪からも、異国情緒がただようと評されることが多かった。たまに西洋の色男とも言われるから、自分の容姿がそこそこ整っていることも自覚している。
とはいえ、快自身は自分を根っからの日本人だと思っている。そもそも生まれてからしばらく京都に住んでいたから、生活感覚も日本人に近い。父がとつぜん「本場で魔法を学びたい」と言って、小学校に上がる年に両親とともにイギリスに渡ったものの、快の根っこにあるのは日本の価値観だ。
「ほら、ドーナツ。プレーンしかないけど、文句言うなよ」
イートインスペースはないため、折りたたみの椅子を売り場に持ってきて少年を座らせた。夜食用に商品から取り置きしておいたドーナツだ。ふたつあるうち、ひとつを紙ナプキンでくるんで差し出す。穴の開いた円形ドーナツは、これぞドーナツという理想的な姿だった。
「どーなつ!」
ひなたは歓声をあげた。かと思えば、快の手から受け取ることをせず、そのままかじりついてくる。快は驚いてのけぞってしまったけれど、少年は一切気にしないで口をもぐもぐとさせていた。いつのまにか耳やしっぽは消えていたが、猫に餌づけしている気分だ。
「おいしい……。ふわっ、で、もちっ、で、あまい!」
とつぜんの食リポに、快はふっと噴き出した。
「このどーなつ、かいがつくった?」
「ああ。店主だからな。って言っても、従業員は俺しかいないから、偉そうにしてられないけど」
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