セキワンローキュー!

りっと

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第四Q その右手が掴むもの

13

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「鳴海―! ガンバレー!」

「プリンスの足、引っ張るんじゃないわよー!」

「ここまで来たのですから、最後はいいところを見せてくださいませ!」

 今まで雪之丞に対してちょっかいを出すことしかしてこなかった藤ヶ谷廉ファンクラブのメンバーが、初めて声援を送ってくれたのだ。

「沢高十八番! 負けんなー!」

「俺たちが応援してるぞ!」

 驚いたのはそれだけではない。観客は皆、いつの間にか雪之丞を一人のバスケットプレーヤーとして認識し、応援してくれたのだ。

 雪之丞への声援は、両チーム合わせても一番の量だった。隻腕でコートに立つ雪之丞を馬鹿にする者や憐れむ者は、今や一人もいなかった。

 沢高に送られる声援もいつの間にか洛央より大きくなっていて、限界寸前のところで力を振り絞っているチームメイトに力を与えてくれた。

 ――ありがてえな。この声援、絶対無駄にはしねえ。

 雪之丞は声援の一つひとつに心から感謝した。

 洛央のスローイン直後、沢高はオールコートマンツーマンディフェンスで厳しくプレスをかけたが、タイムアウト中に対策を立ててきた洛央は主将を中心に落ち着いてボールを運んでセンターラインまで突破してきた。

 洛央は無理に攻めてこようとはせず、ガードの選手たちを中心にパスを回し始めた。宇佐美の読み通り、ボールキープでタイムアップを狙ってくるだろう。

 残り七秒。高校でのバスケ人生が続くか終わるか、ここにかかっている三年生の多田と戸部はなんとかボールを奪おうと、命をかけた狩りをする肉食獣さながらの気迫で敵の動きを封じ込めた。

 ヘルプに入った洛央のCにかろうじてパスを出したところを、すかさず神谷がカットした。それは神谷らしくない、どちらかと言えば怪我で交代した岡村のプレースタイルに似た、裏をかかれることを恐れない前のめりなプレーだった。

 神谷がボールを持つと体育館が声援で轟いた。

 攻守の入れ替わり――すなわち逆転の可能性が出てくると、洛央は目の色を変えてボールを持った神谷へ当たりをかけた。厳しいチェックを受けながらも、神谷は冷静にピボットを踏んで視界を開き、雪之丞にパスを出した。

 あんなにひどいミスをしても、この大事な場面でボールを託してくれるのか。

 ボールと一緒に受け取った信頼が、雪之丞の集中力を極限まで高める作用を手伝った。

 残り四秒。雪之丞がゴールに向かってドリブルを進めると、進行方向には当然洛央選手が立ち塞がった。雪之丞に対峙した選手は、神谷がマッチアップしていたディフェンスの名手だ。

 彼との距離を把握したとき瞬時に、横にではなく縦に抜くイメージが脳裏に浮かんだ。

 何百回と練習してきたその技は、一瞬の閃きによって完成された。

 軸足のつま先に重心をかけた雪之丞は、相手を巻き込むようにして回った。

「バ、バックロールターン!?」

「鳴海が!? 嘘だろ!?」

 相手を完全に抜き去ることに成功した雪之丞に、チームメイトは驚愕の声をあげた。

 敵も味方も唖然とする中で、雪之丞と並行して走っていた廉だけが冷静だった。

「寄越せ!」

 廉の声に反応してすかさずパスを出した。しかし雪之丞のパスはとても下手で、廉は受け取るために走る速度を緩めてしまった。コンマ数秒の遅れを取り戻すべく再びトップスピードでドリブルを進めた廉だったが、洛央の選手が追いついてきてしまった。

 腰を落とし、気迫の溢れるディフェンスで廉をゴールに行かせまいと奮闘する洛央選手だったが、沢高のエースのテクニックはそれを上回った。

 廉は緩急をつけた動きで揺さぶり、素早く逆方向に切り返して洛央のディフェンスを躱しきった。

 だが逆転劇への期待が色濃く浮かんだのも束の間、後方から走り込んでいたもう一人の洛央選手が、切り返した廉の手元からボールをカットしようと待ち構えていた。最初から二段構えの罠だったことに気づいてももう遅い。敵の手が廉の手元に伸びてくる。

 取られる――! 廉を含め、沢高選手たちが息を呑んだ瞬間、

「廉先輩!」

 完全に洛央の作戦の虚をつく形で、雪之丞が廉のヘルプに走り込んだ。

 廉からのパスを雪之丞は右手でしっかりと受け取り、そのままドリブルでゴールへ向かって走った。ボールをついて真っ直ぐ進むことすら困難だった一ヶ月前の練習試合と比較すると、考えられないほどの上達である。

 このままいけば逆転だが、勝利の神様はそう簡単には微笑んでくれない。

「――行かさないよ、ジョー!」

 大吾は鬼気迫る猛追を見せ、雪之丞の進行を遮った。

 雪之丞はすでに3ポイントラインの中に入っているが、二人の間にはとても雪之丞の気合だけで埋められない大きな実力差がある。二人の対峙を見ながら沢高部員は神に祈る感情を抱き、洛央部員は勝利を予感しただろう。

 残り時間もない。真っ向勝負だ。

 リングにボールを入れることだけを考え、雪之丞は左足でフリースローライン上から踏み切り、ダンクの体勢に入った。しかし大吾も雪之丞をブロックするために的確なタイミングで跳び、ボールを叩き落とすのに最高のポジションをとっていた。

 絶体絶命の状況下においても、雪之丞はこのボールがリングに届くと信じて疑わない。

 大吾の動きがスローモーションに見える程に、頭は澄んでいる。

 ――ウィンドミルって、知ってる?


 紗綾の顔が脳裏に浮かんだ。

 どうすれば点が取れるのか、脳が瞬時に判断した内容が神経を通って右手に伝わってくる。

 雪之丞は空中でボールを大きく一回転させて、大吾のブロックの手を躱し――リングに思いきりボールを叩きつけた。


 試合終了を知らせるブザーをかき消すような大歓声が轟く中、雪之丞は激しいダンクによって痛む右手を大吾に差し出した。

「……大吾、俺……すげえバスケ好きだわ」

 大接戦の後、対戦相手に言うには相応しくない言葉に大吾はふっと笑みを零して。

「……俺もだよ。またやろう、ジョー」

 雪之丞の瞳を見据えて、強く、強くその手を握り返した。
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