セキワンローキュー!

りっと

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第四Q その右手が掴むもの

12

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「「よし!」」

 沢高ベンチから歓喜の声があがった。圧倒的不利な状況下にいたことが雪之丞の底力を引き出したのだろうか。今日一番の跳躍で園田よりも速くボールを掴んだ雪之丞は、リバウンドを取ることに成功したのだ。

 片手でボールを掴み着地した雪之丞は、すぐにリングを見上げた。

 ――このボールをリングに叩き込めば、逆転できる!

 園田より先に跳ぼうと急いで膝をため、ジャンプの姿勢を作ろうとした――が、持ち方が悪かったのか、汗で滑ったのか。ボールは無情にも、雪之丞の右手から滑り落ちていった。

 自分から離れていくボールがスローモーションに見える。

 待ってくれ、という雪之丞の祈りもむなしく、ボールはエンドラインを越えてコートの外に出ていった。

 審判が笛を吹く。この土壇場で、洛央ボールとなってしまった。

 洛央の応援団がここぞとばかりに盛り上げるのに対して、沢高側は全員が言葉を失っていた。

 残り時間は十秒。一点のビハインド。洛央ボール。

 この大事な最終局面で、雪之丞は痛恨のミスをしてしまった。

 たまらず沢高はタイムアウトを要求した。

「諦めるなよ。まだ逆転のチャンスはある。おそらく洛央は無理に攻めずに、時間いっぱいボールを回してくるだろう。死ぬ気でプレスをかけ、なんとしてでもボールを奪うぞ。そのためには……」

 ベンチに戻った選手たちに宇佐美は細かい指示を出していたが、雪之丞はすっかり上の空だった。自分のくだらないミスのせいで、千載一遇のチャンスを逃してしまったのだ。

 己の右手を見つめた。片手だけでは、勝利は手中に収められないというのか?

 敗北は濃厚、敗因は自分。

 その重圧と絶望に押しつぶされそうになっていた、そのときだった。

「コラー! 諦めるなジョー!」

 聞き慣れた高い声が、洛央応援団や観客のざわめきを切り裂いて雪之丞の耳に届いた。

 声のした方を見上げると、二階の観客席の中で立ち上がる少女の姿があった。

「……夏希……」

 周囲の注目が集中する中、夏希は雪之丞を真っ直ぐに見据え、右手で作った握り拳で胸を一回叩いて前に出し、白い歯を見せた。

 それは昔四人で決めた、仲間を激励するためのサイン。

 左手を失っても皆がいなくなってもずっと近くで見守っていてくれた夏希は、これしきのことで雪之丞が諦めることを決して許さない。

「ジョー! がんばって!」

 応援してくれていた女子バスケ部の中から紗綾も立ち上がり、彼女もまた夏希と同様の仕草をして微笑んだ。

 雪之丞の事故を自分のせいとした思い込みの激しさを持つ紗綾の瞳は、雪之丞が勝つことを信じて疑わない。

 彼女たちの応援には雪之丞の心に風を起こし、消えかけていた心の炎を再び大きくする力があった。


 左手の分まで酷使してきたこの右手では、掴めなかったモノも多いけれど。

 だけど、せめて――俺にとって大切なモノだけは、絶対に掴んで離したくない。



 そう思った雪之丞は再び、右手に視線を落とした。

 片手じゃ勝利は掴めない? 俺は何を勝手に言い訳してんだよ。ここまで来て自分の信念を曲げてどうする。右手一本で天下を獲るなら、ここは通過点にすぎねえだろ!

 雪之丞は拳を強く握り締め、もう一度スコアを確認した。

 七十三対七十四。残り十秒。一点のビハインド。洛央ボール。

「……よっしゃいける! 逆転しますよ! 根性見せてくださいっす!」

 急に大声を出した雪之丞をチームメイトは驚いたように見つつも、

「……鳴海に言われなくても、負けるつもりはないよ」

「つか、お前が一番死にそうな顔してたじゃねえか!」

 笑いながら文句を言いつつ、雪之丞の頭や背中を叩いた。すっかり沢高のムードメーカーになっている雪之丞が元気になったことで、皆の表情に明るさが戻ってきた。

「……あんな大声出す紗綾、初めて見たわ。気合、見せてよね」

 口元に笑みを浮かべてウインクをした久美子に、雪之丞は「ウス!」と元気よく返事をした。

 タイムアウトが終わりコートに戻ると、大吾が近づいてきて拳で己の胸を叩いてから雪之丞の胸を小突いた。

「お前もかよ。つか、いいのかよ? 俺はそれをやられると元気になるみたいだぞ?」

「ああ。俺は負けないからな」

 強豪校のエースとして活躍してきた大吾は、この試合で更に進化を遂げていた。

 絶対的な自信に溢れるエースとしての精神力を身につけた大吾は、これからますます強くなってくのだろう。

 大吾がバスケで成長していくのは言うまでもなく嬉しいが――この試合は、譲れない。

「十秒後にその台詞を黒歴史にしてやるよ!」

 そう言って雪之丞が大吾に背を向けたとき、想定外の出来事が発生した。
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