セキワンローキュー!

りっと

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第一Q 隻腕の単細胞

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「さ、紗綾先輩!?」

 誰もいないと思っていたのに、格好悪いところを見られてしまったようだ。ばつが悪い気持ちで苦笑いを浮かべる雪之丞とは対照的に、紗綾はまるで気にしていないように平然とした表情でボールを拾い上げた。

「ドリブルはね、指先をクッションみたいにして扱うの。乱暴に叩きつけるんじゃなくて、ボールも体の一部だと考えてみて」

「か、体の一部っすか?」

「うん。もっと肩の力を抜いて。そうすれば、手元を見なくてもできるようになるから」

 そう言って紗綾はその場でボールをつき始めた。彼女の瞳は手元ではなく、雪之丞の瞳を見つめている。ボールは紗綾の指先に手品のように吸い寄せられていて、雪之丞が理想とするドリブルそのものだった。

「はい。ちょっとやってみて」

 ボールを手渡された雪之丞は再びドリブルをしてみたが、やはり紗綾とは違って、どこかぎこちない。

「……なんで上手くいかねえんだ……? おい、お前は俺の一部だ。言うことをきけ!」

 紗綾が触ると大人しく従順に、雪之丞が触ると機嫌を損ねる生き物のようなボールに命令してみた。もはやヤケクソとも言える。

「命令口調は反抗期には効果が薄いから、褒めて伸ばす方がいいと思う」

「……ああんすごい! さすがボールくん! 今日も素敵ねえ!」

「……なんでオカマ口調なの?」

「……いや、その前に反抗期ってなんすか?」

 二人で顔を見合わせて、同時に吹き出した。紗綾は思いっきり笑うとえくぼが見えるということ。それから、ボケにも乗ってきてくれるお茶目な部分もあること。二つの新発見に、雪之丞は嬉しくなって頬が緩んだ。

「あーもう、笑わさないでくださいよ!」

「鳴海くんが変なこと言い出すからだよ」

「……よし、もう一回見ていてください。なんか俺、今ならできる気がするっす」

 思いっきり笑ったからか、いい感じにリラックスできている。指先に意識を集中させ、ボールと繋がっているイメージで床に弾かせた。つくまでは概ねイメージに近かったが、返ってきたボールを受ける動作は、まだぎこちない。

「指先だけじゃなくて、肘まで意識して受け止めて」

「肘……」

 初めて雪之丞は肘を意識した。何度かボールをつく動作を繰り返していくと、集中が研ぎ澄まされていった。冴え渡った感覚の中で、ふと閃いたのはボールを吸収するイメージだった。肘を意識して、腕と指先をしっかりと伸ばしてボールを地面につかせ、戻ってきたボールを迎えにいくつもりで指先で触れ、引きながら戻した。

「あ」

 紗綾が声を出した瞬間と、雪之丞が理想のドリブルをできた瞬間が重なった。

「こ、こういうことっすね!?」

「そうだね」

「よおおおっしゃああああ! 忘れないうちにもっとやります!」

 上手くできた喜びで俄然やる気が湧いてきた。雪之丞が興奮で鼻息を荒くしていると、紗綾が優しい声色で告げた。

「焦らなくても大丈夫だよ。いつも見ているけど、鳴海くんすごく上手くなってきていると思う」

「マジっすか!?」

「うん。自信持って」

 カナヅチのくせにどうしても広い海を泳いでみたくて、一人溺れながら意地だけで進もうとしてきた雪之丞は、ようやく泳ぎ方の初歩的な基本を身につけることができた。

 この感覚を忘れないために遅くまでドリブルの練習を続けた雪之丞は、その後見回りに来た守衛に叱られるはめとなった。

 そして、練習に没頭していた雪之丞は、はしゃいでもいい言葉を紗綾から言われたことに気がつかないのだった。
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