騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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戦争屋

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 騎士団というのは、貴族の次男以下が多いと聞くけど、第3騎士団の食事風景は下町の酒屋と変わりがない。
 肉の奪い合い。パンの早食い競争。昼食だというのにエールの飲み比べ。
 一応、フォークとナイフは配膳されているのに、ほとんどの団員は利き手にフォーク、もう片手にエールを持っているのでナイフの出番がない。
 どんなに大きな肉の塊も、フォークで突き刺し、大口を開けて頬張る。咀嚼もそこそこにエールで口の中のものを流し込むといった、なんとも豪快な食事風景だ。
 第2騎士団も決して行儀よくはないけど、ここと比べれば良い子ちゃんの集まりに見える。
「テメェら野菜も食え!」
 厨房から、巨漢のシェフが怒声を張り上げ、カウンターに追加の料理を次々に置いていく。
 料理は大皿にてんこ盛り。
 それを各テーブルに配膳すると、奪い合いのゴングとなるのだ。
 よくよく観察すれば、血の気の多いテーブルと、比較的大人しいテーブルに分かれている気がする。
「イヴ。どうした?」
 向かいの席で、眉宇を顰めたのはジャレッド団長だ。
「食欲がないのか?」と、気遣わしげな表情で私を見てくる。
「あ…いえ」
 ジャレッド団長と、その隣に座るグレン団長は、さすがと言うべきか。この喧噪の中でも、見惚れるほど優雅な手つきでフォークとナイフを操っている。
 ただ、皿に盛られたのは石垣のように積まれた分厚いステーキだ。
 見てるだけでお腹一杯になる。
「第2と違って大皿なんだな…と。私なら食事にありつけそうにない風景なので圧倒されてました」
「騎士は体力勝負だからな。特にうちの領は、広大な穀倉地帯だろう?そこを守る第3としては、団員数を倍に増やしたいところなんだよ。だが、私兵の数は千人以下と決められている。うちはそれより少ない。少ない数で駆け回ってるから、すぐに腹が減る。体力気力の源は肉だからな。食える時に食うのが、うちのルールなんだ」
 グレン団長は空のジョッキにエールを注ぎ足しながら説明する。
「肉の皿に群がっている血の気の多いテーブルは、主にイヌ科、ネコ科、クマの獣人だからイヴが同席するのは難しいだろうな。で、あっちの隅っこで談笑してるテーブルは、ウサギやシカの獣人たちだ。あと、女性騎士はテーブルマナー遵守で大人しいもんだ。特に今日はデカい猫をかぶってるな!」
 ガハハハッ、とグレン団長は笑いながら、フォークの先を女性騎士たちに向けた。
 その中に、カリーの姿もある。
 カリーたちは上品にフォークとナイフを使っているけど、大皿に盛られているのは分厚いステーキの山だ。別皿にはグリーンサラダもある。ただし、ステーキの大山と比較すると可愛らしいサイズの小山だ。
 片や私たちのテーブルは個々に料理が配膳されている。団長たちの皿には分厚いステーキが積み上がり、サラダやスープ、パンがそれぞれの器に行儀よく並ぶ。
 私のは、小さく切り分けたステーキが数切れとグリーンサラダ、ライ麦パンが二切れのワンプレートだ。
 昼食としては十分な量で、ごろごろ野菜と分厚いベーコンが煮込まれたポトフは辞退した。
 時刻は1時を少し過ぎていて、私たち以外の団員は遅番の騎士たちなのだとか。これが朝食となる人もいるというから驚く。それって、起き抜けにこの量でしょう?私なら胃が受け付けない。
「どうだ、イヴ。第3の感想は」
 グレン団長は言って、大口を開けてステーキにかぶりつく。
「第3は色んな種族の獣人がいて驚きました。以前、騎士団にはイヌ科ネコ科が主流って聞いてたので」
第3うちの特性だな。ただし、シカやウサギなんかの獣人は、俺たちに本能的な恐怖を抱くことがあるからな。営舎は別だし、訓練も別になることが多い。そもそも役割が違うから、合同訓練以外は一緒になることはない。とは言っても、互いに交流を持っていないわけじゃない。団員同士の結束は重要だ。治癒を任せた4人組のように、混合チームで討伐に出ることも珍しくないんだよ」
 そう言って、グレン団長はごくごくとエールを飲む。
 その隣で黙々と食事を進めるのはジャレッド団長だ。
 流れるような手つきで上品に肉を切り、口に運んでいるけど、切った肉のサイズがありえない。表面を炙っただけのレアステーキは、血が滴っていないだけの生に見えるので、まさに大狼の食事って感じで迫力がある。
 しかも5、6回の咀嚼で飲み込むから、食べるのが早い。
 顎の力かな?
 私は20回近く咀嚼が必要だ。
「ところで」
 分厚いステーキを2枚平らげたグレン団長が、フォークの先でトマトを突きながらジャレッド団長に目を向けた。
「先日、厄介なものを見つけた」
「厄介なもの?」
 ジャレッド団長が器用に片方の眉を跳ね上げ、グレン団長を一瞥する。
「国境近くで、焚火の跡を見つけた。幾人かの靴跡と、処理された獣の骨もあった」
「冒険者の可能性は?」
「その調査中だから報告が遅れてるんだ」
 グレン団長は嘆息して、「今は各ギルドに問い合わせ中」とエールを煽る。
「その手間がなければ、もっと早く手は打てるんだろうがな…」
 ジャレッド団長が眉間に深い皺を刻む。
「冒険者の立ち入りを禁ずることはできない。それを逆手にとって立ち回る知恵が働くから始末が悪い」
「中立地帯のぎりぎりを根城にするからイライラするよ。深追いしてボケカス領に踏み込めば、向こうの思う壺だ」
「小賢しい」
 吐き捨てるように言って、2人は揃って顔を顰める。
 いったい、何の話なのか。
 もしゃもしゃ、とレタスを口に運びながら、交互に2人を見る。
 そんな視線に真っ先に気づいたのはジャレッド団長だ。眉間に刻んだ皺を消し去った代わりに、眉尻を下げて苦笑を作った。
「半年ほど前から、戦争屋の活動が活発化していてな。”魔女の森”に接している領地は、常に情報を共有しているのだが、冒険者に偽装するから梃子摺っている」
「キャトラル王国と国交を結んだとは言え、獣人への差別は根強い。ボケカス伯爵は差別主義者と有名だから、火種として目をつけられやすいんだ」
「だが、もっとも面倒なのが表向き友好的な態度を崩さない差別主義者だ。上手く火種を利用して、国交断絶を狙ってくる」
「キャトラル王国ではマクリース侯爵とイーストウッド伯爵かな。逆にボケカス伯爵のように分かりやすい差別主義者は助かるんだよ。まぁ、こっちだって人族を毛嫌いしている貴族はいるから”差別反対”とは大声で言い難い」
「ヴォレアナズ帝国は国土が広いからな。大小合わせて12の国が国境に接している。だからこそ、帝国の国境沿いには戦争屋が多い」
「でも、半数以上が国交を結んでますよね?」
 キャトラル王国を含め7ヵ国が国交樹立し、2ヵ国が様子見の姿勢を貫き、1ヵ国が山脈が国境を隔てているので無関心。残りの2ヵ国とは睨み合い続き、些細な小競り合いが長らく続いているそうだ。
 グレン団長は少し冷めたポトフのベーコンに齧り付きながら、「全ての国はさ」と眉尻を下げる。
「一枚岩じゃないんだよ。特に、未だ獣人への差別は根強いから、友好国内ですら”どうにかして戦争して負かしたい!”って思ってる奴は少なくない。元々、人族は魔法の優位性を説いているから、魔力を持たない獣人をヒトとは見なさない傾向があるんだ」
「そうなんですか?」
 勉強不足で知らなかった…。
「見た目もある。今でこそ人族に近い見た目だが、数百年前は耳と尻尾があった」
「子供たちのような?」
「そうだ」と、ジャレッド団長が頷く。
「今の姿が進化か退化かは知らないが、昔は違ったようだ。さらに満月の夜には完全に獣化したとも文献に残る。それは差別で脚色されたのではなく、この国の文献にも同じことが記されている真実だ」
「そんなこともあって、獣人はヒトではなくケモノと差別されるんだよ。何百年経とうがね」
 グレン団長が苦笑する。
「昔は奴隷と言えば獣人だったみたいだけど、獣人は魔法は使えない分、人族以上の五感の鋭さと体力、自己治癒力、そして一体感の強い種族なんだよ。ケモノと言うけれど頭は悪くない。人族に比べて数は少ないが、ひとたび結束してしまえば人族に引けを取らない。今や大国だ」
「もしかして…戦争屋って…人族ですか?」
 恐々と訊けば、ジャレッド団長が「いや」とゆるく頭を振る。
「戦争屋は拝金主義者の集団だ。他者が不幸になろうが、大金が入るなら何でもやる連中には、意外にも差別主義者はいない。組織にとって役立つか奴かどうかが全てだ。構成員は人族もいるし、獣人もいる。特に奴隷商と繋がっている者は、人族の子を攫うのは人族、獣人の子を攫うのは獣人と役割分担していることが分かっている」
「狡猾にも組織として機能しているんだよ。だから、厄介この上ない」
 2人とも難しい顔つきで押し黙った。
 気づけば、食堂にいる騎士たちも静かに、こちらに耳を傾けているのが分かる。
「戦争屋って、捕まれば重罪ですよね?それでも犯罪に手を染めるんですね…」
「戦争屋はもちろん、この国では奴隷制度がないから奴隷商も併せて重罪だ。処刑となる。だが、戦争屋が蔓延っているのは、その検挙率の悪さにある」
「噂じゃ、年間に処刑される戦争屋の数より、馬車による事故で亡くなる国民の方が多いと言われてるんだよ。だから、戦争屋は無くならないし、戦争屋になろうとする悪い奴は減らない」
 兄弟揃って不機嫌に口をへの字に曲げ、苛立ちをエールで流し込む。
「今後は、痕跡を見つけ次第、情報を共有して警戒に当たらせる方向にしろ。後手に回るよりも良いだろう」
「じゃあ、兄上には俺から伝書鷹を飛ばそう」
 重い話はここで終わりとばかりに、グレン団長が笑顔で私の前にエールを置いた。
「イヴ。んな水ばっかり飲んでても仕方ないだろ。飲め飲め」
 にかっと笑ってエールを差し出してくるグレン団長の頭に、ジャレッド団長の拳骨が落ちた。
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