騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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18名の被験者

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 じゃれ合い…に見えなくもない剣戟を終わらせたのは、待ち草臥れたジャレッド団長の一喝だ。
 低い唸り声の混じった叱責に、グレン団長は呵々と笑い、カリーは悄然と項垂れた。
「で、お前は何処をふらふらしていたんだ」
「団長たちの足が速く逸れました…」
「これで2回目だぞ」
 ジャレッド団長は器用に片方の眉を跳ね上げ、口角を僅かに吊り上げた。
 小馬鹿にしているような顔つきをしながらも、なぜか楽しそうだ。思案するフリをしながら、「仕方ない」と出した答えは私を持ち上げること。
 すいっと私の腕からリュックサックを抜き取ると、そのまま体を掬われた。
 形だけ見れば、絵本の定番”お姫様抱っこ”だけど、グレン団長の「父娘だな」が的を射ている。
 そんなグレン団長の隣で、カリーが瞠目する。カリーはジャレッド団長の信奉者だ。案内を買って出てくれた優しい人だけに、悪感情を抱かれるのは嫌だなと思う。
「ウィンタース嬢、世話をかけたな」
「いいいいいいいいいいえ…こ、困っている者を見れば手を貸すのは騎士の本分です!」
 カリーが真っ赤な顔で姿勢を正した。
 凛とした面立ちは隙のない美人って感じだったけど、今のカリーは恋する乙女。私から見ても可愛いと思うのに、ジャレッド団長は淡々と頷いただけだ。
「カリー。また遊んでやるからな」
 ぽんぽん、とグレン団長がカリーの頭を撫でると、カリーの真っ赤な顔がすんと真顔になった。
「それじゃあ、急ごうか」
 言うが早いか、グレン団長は颯爽と歩き出した。
 まるで駆け足しているような速さだ。「近道しよう」と、ぐるぐる入り組んだ道を行くから、私の方向感覚は既に死んでいる。
 大人しく、抱えられるままに心を無にしていると、他とは違う堅牢な石造りの3階建ての建物に着いた。風雨に曝された外壁は黒ずんでいるけど、一歩中へ入れば床板は黒光りするほど磨かれているし、壁はシミ一つない象牙色。ランプのガラスは新品のように透明だ。
 広さに比べ、しん、と静まっているので、第2騎士団の司令塔のような場所なのだと分かる。
 1段飛ばしで3階に駆け上がっても、2人に疲労はない。
 息すら乱さず突き進んだのは3階の奥の奥。第4会議室の札のかかった部屋だ。
 談笑を楽しむようなざわめきが漏れていたけど、グレン団長がドアを開けた途端に静まった。
 会議室は広々としている。部屋の隅っこには、本来は整然と並べられていたのだろう。テーブルや20脚前後の椅子が無造作に山積みにされている。
 空いたスペースに並ぶのは、包帯が巻かれた4名の騎士と狼の紋章の入ったケープを纏う6名の従騎士、白いコックコートを着た料理人を含めた使用人が8名だ。
 計18名は困惑の表情で整列している。
 困惑しているのは、間違いなくジャレッド団長に抱えられた私に対してなのだろう。
 いつまで抱えられているのか。羞恥心は疾うに困惑に塗り替えられている。
 ジャレッド団長が私を下すのを待って、騎士たちはぴしっと背筋を伸ばした。忠誠を誓うように胸に手を当てて敬礼する様は、痛々しい姿ながら惚れ惚れする。
 その後ろで使用人たちが、きっちりと頭を下げた。
「とりあえず、被験者を14名を集めてみた」
 グレン団長が肩を竦め、「ジャン、アンソニー、フランク、リチャード」と4名の騎士を指さす。
「あいつらは、この前の討伐で骨折っちゃってね。せっかく治癒士が来るならってことで呼びつけたんだ」
 治癒魔法レベル3か。
 修練を積んで、なんとかレベル3に達してはいる。
 問題はない!と胸を張りたいところだけど、複雑骨折や粉砕骨折の治癒には気合いを入れて挑まなければならない。
 複雑骨折は皮膚を突き破って骨が出ちゃう骨折。これは出血もするので一目瞭然だ。
 粉砕骨折は骨が粉々になったもので、見た目は複雑骨折のようなエグさはないけど、見た目が分かり辛いので手強いタイプとなる。
 ちなみに、私がレベル3に達することが出来たのも、粉砕骨折の患者を渡り歩いたから。
 患者はお年寄り。
 粉砕骨折は意外と身近な骨折で、骨が弱くなったお年寄りは、転んだだけで骨が粉砕してしまう。
 最初は痛みを緩和させるので手一杯だったのが、魔力が枯渇するほど頑張った結果、レベル3まで上達したのだ。
 キース副団長に言わせるのなら根性論法になる。
「よし、お前ら。今日は兄貴が治癒士を連れて来てくれた。こう見えて15才のレディなので、お触りは禁止だ。飴玉で手懐けようとするなよ。失礼に当たるからな」
 15才のレディという言葉で、18名がどよめいた。「ちっさ…」という呟きも聞こえた。
 平均身長なのに!
「イヴ・ゴゼットです。隣のゴールドスタイン領ハノンから来ました」
 ぺこり、と頭を下げる。
 ここでも18名がどよめく。「ボケカス伯爵」という言葉も聞こえた。これはちゃんと悪口として使われているボケカスだ。
「そんじゃあ、骨折組から来い」
 とても嫌なチーム名だけど、松葉杖をつき、三角巾で腕を吊るし、頭に包帯を巻いている姿を見ると言い得て妙だ。
 ただ、痛々しい見た目に反し、まったく心配が胸にわかないのは、彼らが痛がる素振りを一切見せないからだ。むしろ誇らしげに見える…。
「その枠組みは嫌なんですけど」
「名誉の負傷組と言ってくれません?」
「ギガオオツノジカのタックルを受け止めたんですよ?」
「そうそう」
 4名が口を出す。
 グレン団長への敬意はないらしい。とにかくフレンドリーだ。
 そして、4名の骨折の原因となったギガオオツノジカとは、巨大イノシシのホグジラよりも巨大なシカだ。名前の通りに巨大な角を持つので、体重はメスでも1トンを優に超えると言われている。まるで板みたいな角は、薬としても注目されているけど何分、ギガオオツノジカは凶暴だ。発情期は輪をかけて凶暴で、討伐に出かけた猟師や冒険者に犠牲者が出ることも珍しくない。
 発情期の牡鹿は、目についたもの全てが敵に映り、攻撃せずにいられない性質がある。
 森の中でうっかり出会えば、頑張って木に登るしか助かる術はない。
 そのタックルを受け止めたというから恐ろしい…。何が怖いって、受け止めたと言うことは正面から勝負したということだ。
 普通なら死んでるのに、骨折で済んでいる獣人のポテンシャルの高さ凄すぎる!
「ジャン・ハッセルホフ。クマ獣人です。腕。あと肋骨を損傷しています」
 人懐っこい笑顔で、栗毛のジャンが三角巾に吊るされた腕を元気に振る。
 肝が冷えるので止めてもらいたい。
「アンソニー・カニンガム。ネコ科獣人で、足をやってます」
 灰褐色の髪のアンソニーは、なぜかドヤ顔で松葉杖で固定されいる左足を叩く。
 見ているだけで脛が痛くなる…。
「フランク・カーティス。イヌ科。腕」
 麦わら色の髪のフランクは、寡黙なタイプらしい。
 三角巾に吊るされた腕を軽く上げた。
「リチャード・ポウ!ヒツジの中の希少種、ビッグホーン獣人!頭!ギガオオツノジカに頭突きして負けた!」
 くははっ、と亜麻色の髪のリチャードが破顔する。
 今は佩剣していなくても、任務中は佩剣しているはずだ。なのに、なぜ真っ向勝負の頭突きをしようと思ったのかが分からない。
 第2騎士団には、素手で大型種の獣や魔物に立ち向かう無法者はいない。
 そっとグレン団長を窺えば、「鍛錬が足りんな!」と笑っている。
 第2騎士団が規律ある集団なら、第3騎士団はノリが一番の集団という感じだ。冒険者ギルドでチームに入れてもらったことがあるけど、チームごとの特色があったなと思い出す。
「えっと…それでは、治癒させてもらいますね…」
 1人1人、丁寧に治癒をかけていく。
 レベル3の怪我を手早くやるスキルはないので、1人につき5分近くかかってしまう。
 それでも「待たせるな」とか「急げ」とか罵倒が飛ばないのは、流石騎士団員というべきところだろう。とにかく紳士。いや、子供に近いかな。「うぉ!あったけぇ」とか「これが魔法かぁ」と、興味津々に見つめてくるからやり辛い。
 治癒が終わると、足や腕を回して笑顔になってお礼を口にしてくれる。
 ハノンでは、治癒に時間がかかると罵倒が飛んで来た。料金を踏み倒されることも珍しくなかった。Cランクの聖属性冒険者だというだけで、見下されていたのは間違いない。治癒でお礼を口にしてくれる人は、たぶん、全体の1割2割くらいだった気がする。
 所詮はハズレ属性。
 たまたま近くにお前がいたから治せ、という厚顔不遜な人が多かった。
「ありがとうございました!」
 その言葉がこそばゆい。
 4名の治癒が終わると、今度は残り14名の治療だ。
 後ろに避けたテーブルを1台引っ張り出してもらい、その上に手製の薬を出していく。市販の薬ではないので、容器が不揃いで怪し気に見えてしまうのが難点だ。
 まず前に出て来たのは8名の使用人だ。
 仕事が押しているので、先に治療をすることになった。
 8名中アカサシムシに刺されているのは4名。うち3名の手が炎症を起こしたように荒れている。
 アカサシムシに刺されると火傷のように水ぶくれになる。それが治る過程で、痛痒くなってしまう。一度掻いてしまうと、痛い、痒いが交互に襲って来る。傷跡が残ってしまった人は、痒みに耐え兼ねて掻いてしまったというパターンが多い。
 さらに、アカサシムシに刺される人の職業は決まっている。
 火を使う人、森に入って作業をする人だ。
 なので、何度も刺されてしまう人が少なくない。実際、4名は口々に「月1でやられる」「ぶり返して痛痒い」と悩みを吐露する。
 治癒魔法で治すのは簡単だけど、治癒士がいない場所では簡単に処置できる軟膏が必要だ。
 1人1人の手に、揉み込むように軟膏を馴染ませる。指の間までしっかりと塗り込むので、なぜか男性3人は頬を染め、女性1人はこそばゆそうに笑った。
「少しニオイが気になるかもしれませんが…お風呂上りに、軟膏を揉み込んで下さい」
 ニオイは今後の課題だ。
 残りの使用人と、従騎士6名はカチュだった。
 カチュは吸血性の小さな羽虫で、猛烈な痒みと赤い皮疹ひしんが出る。症状が酷ければ水ぶくれになるし、刺された跡も残ってしまう。蚊よりも小さな羽虫なので、なかなか気づかない。するりと服の中に入り、気付いた時には猛烈な痒みが襲って来るのだ。
 腕や足はもちろん、背中や腹部に赤い皮疹が出ている人もいる。
「凄いです。痒みがひいてます…」
 使用人の女性が、嬉しそうに頬を赤らめた。
 白く細い腕に、蕁麻疹のような皮疹。何度も掻きむしった赤いひっかき傷が無数についている。
 幾ら自己治癒力の高い獣人でも、これを繰り返せば痕になる。
「私はまだ薬師ではないので、多く薬を作ることはできません。アカサシムシ用と、それ以外の虫…痒みや炎症に効く薬を計5個置いておくので、使ってみて下さい。感想を聞かせてもらえると嬉しいです」
 第3騎士団は規模が大きいから、軟膏もすぐになくなりそうだけど、みんな喜んでくれた。
 ただ、ジャレッド団長だけが面白くなさそうに「べたべた触る必要性があるのか」と渋面を作っていた。
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