上 下
14 / 17

14、さようなら

しおりを挟む


 「お前っ!? 何を言っているんだ!? お前など、知らん!」

 私達が婚約していた頃から、社交の場で何度も会話をしていたのを見ている。マリアンを知らないはずはない。

 「ジュラン様!? なぜそのような嘘を仰るのですか!? 私はジュラン様に、ずっと尽くして来たのに……」

 本気の涙。マリアンは、本気で彼を愛していた。彼女のことは嫌いだけど、裏切られてツライ気持ちは分かる。

 「俺にはローレン以外いらない! お前が何をしようと、一番になれるわけがない! 嘘をついているのはお前だ!」

 「ジュラン……お前、最低だな」

 ハンク様は呆れ顔で、ジュラン様にそう言った。

 「う、うるさい! 全部お前が仕組んだんだな!? 俺から、ローレンを奪おうとしても無駄だぞ!! ローレンは俺のものだ!!」

 何度も何度も、『俺のもの』と口にするジュラン様に腹が立って来た。ハンク様が仕組んだ? 彼は、ジュラン様がハンク様にしたことを今まで私に話さなかった。そのような方が、そんなことをするはずがないじゃない!

 「いい加減にしてください、ジュラン様。私はあなたにされて来たことを、許すつもりはありません。侮辱し、蔑んでおいて、傷痕がなくなったら手のひらを返すような方を、まだ愛しているとお思いなのですか? あなたを愛したことは、私の最大の過ちです!」

 「ローレン……俺を捨てないでくれ!」

 「ジュラン様には、彼女が何人もいらっしゃるではありませんか。シンシアさん、ハイリーさん、マリアン、そしてマーニャさん。マーニャさんのことを、覚えていますよね? あなたのせいで、自害した女性です」

 「……俺は、お前を選んだんだ。マーニャが自害しようと、俺には関係ない」

 ジュラン様のせいで人の命が失われたというのに、関係ないと言うの? この人は、狂ってる。

  「それでもあなたは、人間なのですか……?」

 「お前は、嬉しくないのか!? この世で一番美しいということだ! 傷が消えて、また俺達は元に戻ることが出来るじゃないか! 子供など、シンシアにくれてやる! 俺達の子を作ろう! きっと美しい子が生まれる!!」 

 嫌悪感……いいえ、恐怖さえ覚える。容姿に執着する彼は、モンスターのように恐ろしい顔をしている。子供を、なんだと思っているのか……怒りが込み上げてきた。

 バシンという、乾いた音が会場に響き渡った。

 気付いたら、怒りに任せて彼の頬を思い切り叩いていた。

 「あなたに子を育てる資格はありません! 美しい? それがなんだと言うのですか!? あなたに必要なのが容姿だけなら、自分の好みの人形でも作って結婚してください! 中身のないあなたを、愛する人なんかいない!!」

 感情的になってしまうなんて、大人気ない。叩かれたことに驚いているのか、私が感情的になったことに動揺しているのか、彼は殴られた頬に指先で触れながら身動きひとつしない。
 この人に何を言っても、心を変えることなんて出来ないのは分かりきっている。自分だけが大事なジュラン様は、他人が全て道具だと思っていて、いらなくなったら表情ひとつ変えずに捨てる。

 その時、会場の入口から兵士達が入って来た。ジュラン様を捕らえに来たようだ。
 あなたはもう終わり。沢山の貴族の前で、あなたの本性は暴かれた。貴族は意外とお喋りだから、マーニャさんとシンシアさんのことが国中に広がるのは時間の問題だ。

 「ジュラン・ノーグルだな? 国を偽った罪で、連行せよとの命がくだされた。一緒に来てもらおう」

 抵抗することもなく、大人しく着いて行く。

 殴られたことが、それほど堪えたのだろうか……そう思いながら、連行されて行く後ろ姿を見ていたら、ジュラン様は振り返った。

 「ローレン! すぐに戻るからな! また一緒に暮らそう! 俺達は、結ばれる運命だ!」

 会場にいる出席者達も、ジュラン様は異常だと認識したようだ。特に女性達の顔が、引きつっている。
 
 彼に出会った時、こんな日が来るとは思わなかった。

 ジュラン様、さようなら。私はあなたに、二度とお会いしたくありません。

 ハンク様が、そっと私の手を握ってくれた。この手を、離したくない。

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。

音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。 格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。 正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。 だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。 「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

処理中です...