3 / 17
3、お飾り妻
しおりを挟む「入れ」
2人の時間を邪魔されたからか、さっきまで楽しそうな声だったジュラン様が不機嫌そうに返事をした。
こんなことで、怯むわけにはいかない。意を決して、ドアを開けて中に入った。
「何の用だ?」
私の顔を見ることなく、不機嫌どころか怒ったように言い放つ。彼の青い瞳に、私はもう映ることがない。
ジュラン様はソファーに座り、膝の上にシンシアさんを横抱きにして乗せている。その姿はあまりに自然で、2人が夫婦なのではないかと思えて来る。
私は1度も、あんな風に触れられたことはない。
胸が苦しい……愛する人が、私以外の女性と……
「用がないなら、出て行け。お前の顔など見たくない」
ショックで声が出ない私に、容赦なくキツイ言葉を浴びせてくる。
こんな扱いを受けなければならない程、私が何をしたの?
そう聞きたかったけど、感情的になったら負けだと思った。
「お聞きしたいことがあります。私の顔を見たくない程お嫌いなのに、なぜ離婚しないのですか?」
そんなことも分からないのかという顔をする、ジュラン様。
呆れているのが伝わって来る。
「離婚などありえない。他の令嬢は、君より醜いからな。俺は、美しいシンシアと居たいんだ。だが、平民のシンシアと結婚をしたら、父上は弟のカーターを跡継ぎにする。俺がノーグル侯爵家を継ぐには、お前が妻でなくてはならないんだ」
悪びれもせず淡々と語るジュラン様に、ゾッとした。
やっぱり、この人の考えなんて分かるはずもなかった。なぜ私が、この人の為に犠牲にならなくてはならないの? こんな扱いをされているのに、無条件で彼に従うなんてありえない。
彼を愛していた気持ちが、消え去って行く。幸せだった2年間が、まるでモヤがかかったみたいに思い出せなくなる。
「……離婚してください」
そう言ったところで、素直に離婚してくれるはずがない。それが分かっていても、言わずにはいられなかった。
「しないと言ったはずだ。それに俺と別れたら、お前のような醜い女と誰が結婚してくれるんだ? お前は、大人しく俺の奴隷でいろ」
鼻で笑いながら、彼は私を侮辱してくる。
「クスクス……ジュラン様、そこまで言ったら、流石に可哀想じゃないですか。奥様、泣かないでくださいね?」
私を奴隷だというジュラン様。私を見ながら、クスクスと笑う愛人。
この人達は、人を何だと思っているのだろう……
「用がすんだなら出て行け。その顔を見ていると、吐き気がする」
この部屋に入って来てから、ジュラン様は一度も私の顔を見ていない。それでも吐き気がするというなら、別れればいい。なぜ、こんな屈辱に耐えなくてはならないのか……そう思ったけど、考え直した。
「失礼します」
部屋から出て、ドアを閉める。
素直に部屋を出たのは、彼の言う通りにしようと考えたからではない。この先、自分の子を産めないどころか、他人の子を自分の子として育てるなんて耐えられない。いいえ……その子でさえ、私には触れさせもしないだろう。
幸せな結婚のはずだったのに、結婚して全てが変わってしまった。もう二度と戻ることはない。
私は、ジュラン様に復讐しようと決めた。
彼が望んでいるのは、お飾りの妻。言うことを素直に聞いていれば、シンシアさんのお腹が大きくなるまでは好きに過ごせるはず。
シンシアさんが子を産んだ時、ノーグル侯爵に全てを話す。そうしたら、ジュラン様はノーグル侯爵家を継ぐことは出来ないわ。
その日から私は、好きに生きることにした。
ただ、ガーゼだけは毎日貼っていた。理由は、ガーゼがないと外出することを許されなかったからだ。
「これからは、食事を部屋でとるようにとのことです」
メイドのカーラは、私の部屋を訪れて眉ひとつ動かさずにそう言った。カーラは、ジュラン様がシンシアさんの為に雇ったメイドだ。
元から居た使用人達は、少なからずシンシアさんに嫌悪感を抱いていた。その為、シンシアさんに尽くしてくれるメイドが必要だったのだ。
私の顔を見たくないジュラン様は、使用人を使って命令してくる。私が食事を部屋でとるようになると、シンシアさんは、食事を本邸の食堂でとるようになった。
そして、1ヶ月が過ぎた。
「ベロニカ、出かけるから準備して」
ベロニカは、最近この邸のメイドになったばかりだ。元々は、クルーガー伯爵家のメイドだったのだが、お父様にお願いしてこの邸のメイドにしてもらった。お父様からの好意だと思ったジュラン様は、申し出を断ることが出来なかった。
お父様はまだ、ジュラン様とのことを何も知らない。お父様は古い人間だから、貴族に愛人がいるのは普通のことだと考えている。ジュラン様が離婚を望んでいない以上、愛人に子供が出来たからといって、離婚することは許さないだろう。
ベロニカと共に、友人のキャロルの邸へお茶会に出かける。
社交の場には、結婚してから1度も出席をしていなかった。ジュラン様は、私を同伴せずに1人で参加していたからだ。
キャロルは、もうすぐ結婚をする。シンシアさんのお腹が大きくなっている時期だから、結婚式には出席させてはもらえないだろう。
一言でも祝いの言葉を伝えたかったから、お茶会に参加することにした。
オシャレをするのは、1ヶ月ぶり。顔に貼ってあるガーゼが、全てを台無しにしている。
邸に着くと、キャロルが出迎えてくれた。
「来てくれてありがとう! 会いたかったわ!」
「私も、キャロルに会いたかった!」
キャロルは嬉しそうに私の手を引き、お茶会の会場である庭園に連れて行く。
「皆様! ローレンが来てくれました!」
キャロルの言葉に、皆いっせいにこちらを向いた。
なぜここに居るのか分からないといったような顔で、皆が私を見てくる……。どうやら、私は歓迎されていないようだ。
1,162
あなたにおすすめの小説
愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから
越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。
新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。
一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました
ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」
大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。
けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。
王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。
婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。
だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。
あなたの破滅のはじまり
nanahi
恋愛
家同士の契約で結婚した私。夫は男爵令嬢を愛人にし、私の事は放ったらかし。でも我慢も今日まで。あなたとの婚姻契約は今日で終わるのですから。
え?離縁をやめる?今更何を慌てているのです?契約条件に目を通していなかったんですか?
あなたを待っているのは破滅ですよ。
※Ep.2 追加しました。
マルグリッタの魔女の血を色濃く受け継ぐ娘ヴィヴィアン。そんなヴィヴィアンの元に隣の大陸の王ジェハスより婚姻の話が舞い込む。
子爵の五男アレクに淡い恋心を抱くも、行き違いから失恋したと思い込んでいるヴィヴィアン。アレクのことが忘れられずにいたヴィヴィアンは婚姻話を断るつもりだったが、王命により強制的に婚姻させられてしまう。
だが、ジェハス王はゴールダー家の巨万の富が目的だった。王妃として迎えられたヴィヴィアンだったが、お飾りの王妃として扱われて冷遇される。しかも、ジェハスには側妃がすでに5人もいた。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした
朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。
子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。
だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。
――私は静かに調べた。
夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。
嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。
婚約者を解放してあげてくださいと言われましたが、わたくしに婚約者はおりません
碧井 汐桜香
恋愛
見ず知らずの子爵令嬢が、突然家に訪れてきて、婚約者と別れろと言ってきました。夫はいるけれども、婚約者はいませんわ。
この国では、不倫は大罪。国教の教義に反するため、むち打ちの上、国外追放になります。
話を擦り合わせていると、夫が帰ってきて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる