上 下
159 / 159
外伝

Episodeイーアス

しおりを挟む
 
「おーいッ⁉ イーアス、カリンこっちだよー」
「待って、タリムもう少しだから」

 黒髪の少年に呼ばれ、返事をした。村の近くにある川で釣りをしているが、あまり器用ではないため、いつも同い年のタリムに先を越される。パックマントードの骨をウキとして浮かべていて先ほどからピクピクしているので、もう少しで釣れそうな気がする。

 あれ? 動かなくなった。竿をあげてみるとエサが取られていた。

「イーアス、じゃあタリムのところへ行こう?」
「あ、うん」

 同い年で村一番の美少女カリン。村にある学校に一緒に通っているが、農家の娘で、ボクやタリムのような村はずれの孤児院の子ではないが、いつの間にか仲良くなった。自分で釣りをするわけでもないのに、ボクのそばで一緒にウキがピクピクしているのをみてハラハラドキドキしているちょっと変わった子だ。

「遅いよーさっきまで魚がここにいっぱい群がっていたのに」
「みえるの?」
「なに言ってるんだよ? 当たり前だろ! 魚を見ないで釣りやってるの?」

 うーん、こういうところなんだよなー。タリムは同い年なのに目利きもできて、将来、どんな職にでもつけそうな気がする。それに対してボクはなんの取り柄もない。

「あっそろそろお昼だ。家の手伝いしなきゃ」
「カリンまた明日学校でなー」
「うん、イーアスもタリムもまた明日ねー」
「……はぁぁぁ」

 カリンが慌てて走り去っていくと、タリムが盛大にため息をつく。

「どうしたの?」
「いや、オマエが豚鬼オーク並みに鈍いなって思っただけだ」
「え、なにそれ?」
「さあな、自分で考えろ」

 うーん、こういう場面がよくあるけど、いくら考えてもよくわからない……。ボクらは十歳になったばかりで、十五歳になったら、なにか職を見つけなければならないが、器用でなんでもできるタリムはこの村でなにかしら仕事をみつけるだろうが、ボクは去年、出会ったあの七雄、赤星のアレンのようなカッコいい騎士になるため、首都マイティーロールに行こうと思っている。

 魚の入ったバケツを持って、タリムが釣った魚を雑貨店に卸し、稼いだ小銭で少しでも孤児院の皆の食事代にあてようと帰る途中、背後から声をかけられた。

「キミたちこの村の子だよね」

 振り返ると、知らない大人がふたり立っていた。

「あ、はい、ボク達は村はずれのあの丘にある孤児院のものです」
「ふーん、孤児院ってキミたちより小さい子はたくさんいるの?」
『グイッ』

 急にタリムが自分を手で下がらせて前に出た。

「オレ達が一番下で、あとは十四歳くらいのゴッツい兄ちゃんばかりだけど?」

 本当はボク達より年上は、十三歳の女の子がひとりいるだけで、年上の男の子は成人して皆、村の外に引っ越した。

「あ、そう、じゃあなボウズ」

 今のはなんだったんだろう? 不思議そうに男ふたりの背中をみていると、タリムから横腹に肘を入れられ、小声で言われる。

「バカ、アイツらゼッタイ怪しいだろ? 正直に答えてどうすんだよ?」
「そうだったの?」
「はぁ~~ッまったく……」

 タリムに叱られて反省する。この村で育ったボクは悪人というものをみたことがなかった。だから「怪しいひと」とか「悪いひと」というのが、いまいちピンとこない。タリムもボクとほぼ同じ時期に孤児院に来たのにこの差はいったいなんだろう?

 孤児院に戻り、シスターマリアに稼いだお金を寄付する。この孤児院はなんでもどこかのお金持ちの人が、何十年も援助してくれているそうで、けっして貧しくはないが、それでもお金は少しでもあった方が孤児院のためになるはず。

 シスターが天使様にお祈りを捧げると、ボク達へ振り返り、先ほど村の中央広場に手伝いに来てくれないか? と話があったと聞かされた。さっそく村の中央広場に向かおうとすると最近孤児院にやってきた五歳くらいの男の子三人がボクをみつけた。

「どっか行くのー?」
「また英雄ごっこ?」
「女ったらしー?」

 なんか失礼なことを聞かれている気がするが、秘技「あははッ」と笑ってうやむやにして孤児院をあとにした。

「おー来たか、イーアス、タリム」

 村の長老で、元村長のお爺ちゃんが丘の上から降りてきたボクらをみつけた。長老が立っている近くで、村の女性陣が「うーーーん」と井戸の中からなにかを引き上げようとしているのがみえた。

 長老は、近くの女性にボクらを呼ぶように伝言をお願いしたそうで、呼ばれた原因を教えてもらった。井戸に手押しの喞筒ポンプの架台である岩蓋がズレて、井戸の中に落ちてしまったそうで、女性だけの力ではなかなか引き上げきれなくて難儀しているそうだ。この時間、男性陣は皆、村の外の畑に出ていて、農耕用の牛や馬も出払ってしまっているらしい。

「じゃあ行きますね、ヨイショ」
『ズズッ……』
「おおー動いた⁉」

 タリムとふたりでロープの端を引っ張ると、岩蓋が井戸の底で初めて持ち上がったようで、周囲の人が驚いている。

「よくやったイーアス、タリム」
「まあほとんどイーアスの怪力のお陰だけどね」
「いやぁ、そんなことは」

 岩蓋を一度、井戸の外に出して、折れてしまった垂木を取り替えてその上に持ちあげて固定した。なんの取り柄もないボクだが、なぜか小さい頃から他のひとよりも力だけは強い。大人の男性が数人がかりでも持てないようなものを、ひとりで持ち上げられたりして、そこだけは村人みんなから重宝されている。

「っておい、イーアスあれを見ろよ」

 タリムの低い声に反応して視線の先を追うと、家族におつかいを頼まれたのか、外出したカリンに先ほど自分たちに話しかけてきた男ふたりが声をかけている。

「カリン、アイツら何て言ってた?」

 すぐに会話が終わって去っていく男達をみながらタリムがカリンに近づいた。

「うん? 私の家と家族は何人か聞かれただけだよ?」
「で、答えたと」
「うん」
「はぁ~~ッ、オマエ達は、知らないひとを疑わないと……」

 なんかボクまで怒られている気がするけど、まあいいか。それよりカリン、大丈夫なのかな?

「オレらが、ロデアの兄ちゃんに相談しおくよ」
「ホント? ありがとう、私買い物頼まれているからもう行くね?」
「ふーッ、ホント危機感ないのな、お前ら」

 タリムの愚痴を聞きながら、この村の自警団団長の家に向かう。

「ロデアの兄ちゃん、いるー?」
「──タリムか、入れ」

 ロデアはこの村で、森の木こりと加工をしていて、ブイリの森を背にしたこのアンク村の木工製品は割と他の村や町でも人気がある。

「イーアスも一緒か、どうした?」
「あのさ……」

 タリムが、怪しい男たちが、村の中を徘徊していることを説明した。

「あーアイツらか」
「なんか知ってるの?」
「いちおうオレも気になったからな」

 ロデアは昨日の夕方村にやってきたふたりの男を怪しみ、連中と話した村人に訊ねたところ、首都マイティ―ロールで、立ち回りあり、恋ありの「恋の冒険活劇」の子役を探していると触れまわっているそうで、村のひと達もそれで警戒を解いたらしい。

「言っとくけど、アイツらは、ゼッタイ怪しいぜ」
「うーん、オレもそう思うんだが、証拠がなー」

 たしかに、怪しいっていうだけで、男達を不当に捕まえたり、追い出したりして、もしそれが間違いだったとしたら、この村の風評に関わってくる。

「わかったよ、証拠があればいいんだな」
「あ、おいッ、タリム⁉ まったく……イーアス、タリムが無茶しないように見てやってくれ」
「うん」

 ロデアの話をちゃんと最後まで聞かないまま、建物を飛び出したタリムにため息をつき、ボクにタリムのことを頼んできた。

 ★

「ホントに朝まで見張るの?」
「ああ、アイツらの尻尾をつかまえてやる」

 夜中、男達が宿泊している飲食店兼宿屋のそばにある草むらのなかにうつ伏せで隠れて、お店をタリムとふたり監視している。

「ホントに出てきた……」

 夜中だというのに、宿屋から引き払うような恰好で、荷馬車を建物の裏から引いてきて、ゆっくり村の中を進む。

「ここって……」

 ある家の前に荷馬車が停まる。

 ──カリンの家。

 ボクでさえ、イヤな予感がする。男達が、荷馬車のうえで覆面を被り、棍棒と大きな麻袋を持って、家の勝手口に回り込もうとしている。

「泥棒だぁーーーーッ⁉」

 その手があったか。タリムが大声で叫ぶと、男達が慌てて荷馬車に戻ってくる。

「おい、はやくズラかるぞ⁉」
「待て、このガキどもだけはブチのめすッ!」

 自分のやった行いを棚にあげて、怒りをボクらに向けて、棍棒を持った男の方が、タリムに襲い掛かる。

「たぁーーーッ」
「ぐぼぉッほ」

 タリムが棍棒で殴られたら死んでしまうかもしれない。そんな真似をボクはゼッタイ「許さない」。
 拳で男の脇腹を殴ると、変な声を出して、真横に吹き飛んで行った。

「動くなガキどもッ!」
「くッ」

 ウソでしょ? タリムの大声を聞きつけて、真っ先に家から飛び出したカリンをもう一人の男が、つかまえて彼女の首に短剣をあてる。

「おいッはやく起きろッ」
「くっそ、このガキ」
『ガギィィ』
「イーアス⁉」

 ボクが殴りつけた男が起き上がり、カリンを人質に取られて、なにもできないボクを棍棒で殴りつけた。ボクはなんて弱いんだ……こんなんじゃ、英雄アレンに合わせる顔が、な、い……。

 意識が遠のいていくのがわかった。


「カリンッ」
「おっと、動くなよ? 少しでも動いたらこの娘の喉を掻っ切ってやる」

 男達は、娘の家族や大声を出した子どもに脅しをかけて、荷馬車に乗り込み、鞭を叩き、馬を無理やり全力疾走させる。

 誘拐した娘は気を失い、荷台のうえでぐったりと横になっている。昨夜、調べておいたので、夜間でもこの平和ボケした村が門を開けているのは調査済みだった。そのまま村の門を素通りできた。

「へへッ、コイツを売れば、当分は安泰だ」
「ちくしょー、あのガキ、もっと痛めつければよかった」
「まあ、そういうなや、キョーダイ」
「代わりに私がアナタ達を痛めつけましょう」
「誰だッ⁉」

 馬の上にひとが「立っている」。女……。コイツはいったい?

「て、てめーーッ」

 棍棒を持った男が、御者席で操馬している男を押しのけ、棍棒を振るったが、やすやすと片手で受け止め、恐ろしい力で、棍棒を握りしめていた男を荷馬車から落とした。

「ヒヒーーンッ」

 今の振動で、荷馬車を引いていた馬が暴れるが、女性が手を振ると、馬と荷台を繋いでいた太い縄があっさりと切れて、馬がそれに気づかず荷台を残して、暗闇の中へ走り去っていった。

「アンタ何者だ?」

 短剣を持った男が、娘をもう一度人質に取ろうと御者席から移動しようとしたが、それよりもはやく娘を風のような速さで攫っていった。

「困るんですよね、ここで勝手なことをされては」
「ちくしょー、ぐはッ」

 短剣を持った男も一瞬で、鮮やかな蹴りで気絶させた。

「そろそろ村の人たちが追いつくかしら」

 女性はそう呟き、すぅっと闇に紛れるように消えていった。

「カリンッ」
「──あ……タリム」

 タリムと、自警団のロデア、村の男達が追いつくと、犯人のふたりは気絶しており、荷馬車を曳いていたはずの馬が消え失せていた。

 タリムがカリンを抱き起すと、カリンが目を覚まし、次の質問をする。

「イーアスは?」

 くそッ、こんな時でもアイツかよ……。

「イーアスは村で気絶してるよ」
「そう」

 少し悲しそうな顔をするカリンに心がささくれ立ちそうになる。


 ──翌日

「シスターマリア行ってきます」
「はい、今日もいっぱい勉強して遊んでらっしゃい」

 シスターが孤児院の年長組を送ると、まだ学校に通っていない子どもたちがシスターのところにやってきた。

「シスターマリア、昨日の夜、どこに行ってたの?」
「ふふッ、ちょっと用事にね」

 シスターはニコリと小さな子に微笑み返し、先ほど学校に出ていった子たちの背中を眺める。

 天使トイトー様、アナタの予言の子は、すくすくと私のもとで育っております……。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...