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外伝

Episodeシュンテイ

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「兄者、早くするでござる」
「うーん、いいのかな~?」

 兄者は相変わらず、何をするにしてもワンテンポ遅い……。
 拙者の名はサイオン。齢十にして、大人でも剣の道において、劣ることなし。ふたつ年上の兄者は剣の腕は立つのだが、いかんせん常にボーっとしている。

 今も父が頭を務めるレキオ衆の住んでいる島から小舟を出して、所属している鬼人族の治めるナラク領ではなく、魔人族が治めるオルズベク皇国という、大国に上陸した。現在は夏休みで、家の者には自由研究と武者修行でナンワ衆の方に行くので数日、家を留守にすると嘘の情報を伝えてある。

 オルズベク皇国は基本、行き来が自由であるが、それでも本来なら決まった関所を通らねばならず、ナラク領北東にあるジャーポ衆とトオサ衆の境にあるオルズベク皇国との国境の関所を通らねばならない。

 ただ他の種族と違って鬼人族は昔から天使様の言いつけで、どこに出入りしてもそこまで問題にはならない。それだけ直接天使様の言いつけを忠実に守っている種族ということだ。

 今回こんな密航めいた入国をはたしたのには理由わけがある。それはこの国の漁村で行われる「天下一わんぱく武闘大会」に出場するためだ。このわんぱく武闘会は年齢が十歳から十二歳の子どもしか参加ができず、今年は拙者と兄者が唯一、一緒に参加できる年に当たる。拙者は勉学が大キライで剣の道で将来生きていくことを目指している。

「キミ達、鬼人族の子だね。名前をここに書いてね」

 魔人族の中年の男性に進められるまま、受付所で名前を記帳し、大会が始まる夕方まで暇なので、漁師さんから釣り竿セットを借りて海で魚釣りをして時間を潰すことにした。

 なんだろう。あのふたり……。波止場に到着すると先客がいた。仮面を被った怪しい二人組の男女。尻尾からして魔人族のようだが、なんか雰囲気がある。

 尻尾の色は赤色。一般階級を表す色だが、気品を感じる振る舞いが動作にみられ、どこかの金持ちではと勘違いしてしまいそうになる。ちなみに彼ら魔人族は貴族階級が青色、王族になると黒色の尾をしているそうなので見間違うことはない。

 年は拙者と同じ十前後。目と唇の部分しか見えないが、その断片的なパーツだけで、ふたりともかなり美形だと想像できる。

「ありがとうございます」

 こちらに気が付いた二人は、何も言わずに釣座を少し空けてくれたので礼を述べる。

(……)
(………………)

 なんだろう。二人で見つめ合ったまま、喋ろうとしない。念話で話しているのだろうか? だとしたらかなり貴重なスキル使いだ。

「兄者……エサをつけないと魚は釣れないでござるよ?」
「え? あ、そうだった」

 兄者はエサをつけずに振ってしまった竿を引いて、エサをつけ始める。むむっ、隣の魔人族の男が、必死に笑いを堪えている。まあ致し方ないのだが、少し気になった。

『ピク、ピクピクッ!』──なっ。

「兄者、引いているでござる。早く竿をあげないと」
「──え?」

『プツッ』──竿がこれでもか。というくらい曲がっていたのに、それに気が付かずに、まだ見ぬ大きな魚をみすみす逃がしてしまった。

「ハァー、ハァー」

 隣の魔人族の男は爆笑の沸点近くまできているようで、我慢しすぎて変な声を出している。

 まったく……。拙者が物心ついた頃から兄者は剣術以外、からっきしで、他の衆に行くと毎回同年代の連中にバカにされていて弟としては、歯がゆくて堪らない。

「わんぱく武闘大会の出場者でござるか?」
「え? そうだけど」

 堪忍袋の緒が切れた。拙者は、呼吸困難に陥りそうになっている魔人族の男に宣戦布告する。

「拙者は十歳の部で出場するが、貴殿らはいかに?」
「俺らもそうだけど」

 よし、それだけ分かれば十分。この無礼な魔人族には剣の道をもって、性根を叩き直してやるでござる。

「それでは後ほど、手合わせを楽しみにしているでござる」
「え、ちょっとサイオン、釣りはもういいの?」
「兄者、はやく行くでござる」

 拙者は、大会が開かれる村の中央の広場まで戻って、試合に使う木剣を借りた。

「兄ッ! 者ッ! もッ! 練ッ! 習ッ! すッ! るッ! でッ! ごッ! ざッ! るッ!」

 上段から木剣を鋭く振り下ろすと、風圧で石畳に落ちている葉っぱが舞い上がる。素振りの練習を兄者に勧めるが、「ZZZ……」といつの間にか後ろで木の陰に座り寝てしまっていた……。

 まあそれならそれで構わない。十歳の部に出るのは拙者。あのふたりには絶対に負けないでござる。

 兄者はコケにされて、悔しいと思わないのか? これではいつもボケーッとしている兄者に厳しい父君が拙者に寄せる期待通りに運び、レキオ衆の頭を継がないといけなくなる。

 長兄がこのザマでは止むを得ないかもしれん。いつからか、兄者を慕う気持ちは薄れ、出来の悪い弟を持った兄の気分を味わっている。


 時間が流れ、夕方になった。閑散としていた広場が嘘のように小一時間前から大勢の人が集まり始め、端では屋台が数軒出ていて、祭りの様相を見せ始めた。

 魔人族が一番多く、次に獣人族と人族が続き、小人族が自分達鬼人族と同じく少数で二人しかいない。さすがに龍人と海人族はいないか。東大陸の自国領からあまり出ない龍人族と西大陸と外洋を拠点として、大陸ではあまり見かけない海人族は今回いないようだ。あと巨人族は森から姿を現さないので最初からその姿を探していない。

「それでは受付の時に配った番号で抽選を行います」

 司会の男が、上面に腕だけが通せる箱の中から紙を二枚取り出す。

「鬼人族ジャーポ衆ダイゼン、獣人族猪人ボルボア前へ」

 なに? 鬼人族って拙者達以外に見かけなかったが? それもジャーポ衆のダイゼンといえば、あの英雄「金剛ジン」の息子で、次のジャーポ衆と束ねるかしら最有力の男。

「……え、あ……はい、自分だった」

 兄者が手を挙げてフラフラと、闘技場となる丸いレンガでできた舞台に上がった。

 兄者ァァァァァ~~~~ッ。なんばしよっとか、なぜ他の衆のライバルの名を語っているんじゃァァァ~。

 我を忘れて変な訛り言葉で心の中でツッコみをしてしまった。イカンイカン……拙者は「ござる」口調であった。

「へ~ッあのパッとしないのが鬼人族の英雄の長男なのかぁ~人は見た目によらないモンだ」

 兄者、村人に言われてまっせ。ホントに大丈夫なのか。

「武器は木剣と、キミは木鎚でいいんだね」
「フゴフゴッ、ウッドハンマ~~ッ」

 武器は木槌か。猪人という種族を初めてみたけどずいぶんとデカい。十二歳という枠で出場しているので十二歳なのだろうが、百八十㌢近い体躯に腕が丸太のように太く、幼児の重さくらいはあるだろう木鎚を片手で振り回している。

「大丈夫かよ、あのボケーッとした兄ちゃん。くたばらないか?」

 波止場であった拙者の仇敵。魔人族の男が心配そうにしている。ふん、兄者の実力うでを知りもしないで。

「それでは始め!」
「フゴォォーーー、ゴフッ」『バタッ……』

 勢いよく兄者に迫った猪人は、目を開けているのかさえ怪しい兄者に電光石火の剣技で打ち据えられて、気絶した。

 これでござる。兄者は普段、呆けているから誤解されやすいが、剣の腕は一流。すでに父親を超えている。だが兄者は優しい。父親の前では剣の道でさえ、あくまでも愚者を演じている。

 どうでござる。今の見たか魔人族?

「うッはッ、すッげェ。今のみたロレー……ヌちゃん、三回振り抜いたぜッ」
「はい。ですが、最後に切り返して四回目も当てています」

 ウソ……。この会場の中に今の兄者の木剣の動きが見えた人がいるでござるか?拙者ですら、二回までしか目で追えなかったのに……。

 一回戦が終了し、二回戦兼決勝戦は五人が闘技場に一度に上がって勝ち抜き戦。当然一回戦がヤバすぎた兄者を真っ先に狙ってきたが、兄者は後ろに目がついてるかのような動きで回り込んでくる相手も巧みにかわし、ものの数秒で全員を床に沈めた。

「十二歳の部、優勝、鬼人族ダイゼン」

 兄者ァァァァァ~~~~ッ。なんで他の衆の同年代のライバルの名前売っているでござるかァァァ!?

 我が兄ながら何考えているか、本当に理解に苦しむ。

 だが拙者は兄者とは違う。ちゃんとナラクの鬼人族、レキオ衆に「サイオンあり」と言われるよう名前を売るでござる。

 なんで? でござるか……。それは男の子おのこに生まれたからには、自分がどれほどのものか試したくなるものでござる。

 なのに十一歳の部が終わり、十歳の部が始まると一回戦はあの魔人族の男と一緒にいた女子おなごではござらぬか。

 まったく、拙者は悪者ではござらんのだが? みると観客のほぼ全員が相手の見目麗しいであろう魔人族の少女を応援している。女子おなごをいたぶる趣味など拙者は持ち合わせておらぬゆえ、せめて一刀のもと気絶させてやるのが、優しさというもの。

「それでは始め」
「キェェェーーィッ」

 悪く思わないでほしいでござる。鋭い叫びとともに、父君の手解きを受けた拙者の洗練された剣技で流れるように木剣を動かし素手で構えも見せない女子のうなじに伸びる。

 あれ?
 消え……。

 ★

「うッ……」
「あっ気が付いた」

 起き上がると、広場の端の方で寝かされていた。武闘会は終了しており村人たちが片付けを始めている。

「兄者、拙者はいったい……」
「あっうん、拳一発で広場の壁まで吹っ飛んで気絶しちゃってたよ」

 マジでござるか?
 あの一瞬、姿を見失った挙句、吹き飛ばされて気絶していたなんて。

「ちなみにあの女の子が優勝したよ」

 例の魔人族の男の方は決勝で、彼女が相手であるという理由で辞退したそうだ。男の方も一回戦、のらりくらりとした動きだったらしいが、兄者は強者だと見たそうだ。

「じゃ帰ろうか」
「くッ兄上なにとぞ」

 自分の想いを兄者に告げる。

「えーーーッ」

 ★

「待つでござる」
「おッロレ……―ヌちゃんにぶっ飛ばされたヤツじゃん」

 兄者と拙者はふたり、例の魔人族の二人組を追って首都ベイルムに向かう街道をゆっくり歩いている二人に追いついた。

「なにとぞもう一度、勝負を」

 土下座してお願いする。拙者は兄者が近くにいるせいで、この世界の広さが分かっていなかったかもしれない。彼女の強さの本質をこの目にするまでは、己の今後の鍛錬の目標を見失ってしまう。

「えーどうしよっかな~」

 お主に聞いておらぬが? 男の方が、これみよがしに「ふわぁぁ~ッ」とワザとらしく欠伸あくびをして、コチラの出方を値踏みしている。

「こんなところにいたのか!」

 駆け引きを始めようとした矢先、街道の両側から人族の男達が現れた。

「おー、今度はパルンニ共和国の金持ちの坊っちゃん」

 魔人族の二人を追っている道中、兄者から十歳の部の大会決勝の顛末は聞いていた。金と権力を笠に着て、優勝の座さえ買い取ろうとしたが、魔人族の少女だけ首を横に振れらた挙句、買収された他の連中全員で決勝の場で彼女を襲ったが、皆、悉く吹き飛ばされたそうだ。

「へへッ、オレ様の用心棒を甘く見るなよ?」

 十人はいるだろうか……。全員、人族。傭兵風の男達で一人ひとりが腕利きの冒険者といったところか。

「で、アンタらはどうする?」

 魔人族の男がコチラをみる。

「えーとえーと、助太刀する方向で」

 珍しく兄者が自分から意思を示したことに驚いた。

「オッケー。じゃこのオッサンどもをぶっ飛ばしてやろうぜッ♪」

 魔人族の男の楽しそうな声が戦闘開始の合図だった。

 拙者はこの戦闘で世の中には恐ろしく強い者達がいることに気付かされた。兄者、魔人族の男、そしてその従者らしい少女。化け物ばかりでござる。

 いかに自分が小さな島の中で育った小鳥であるかを思い知った。拙者以外、猛禽類でござる。

「サイオン、腕前を見たからもういいかな?」
「アンタも強いな……またどこかで会う気がするよ」

 ものの数十秒で男達を返り討ちにした三人は、息ひとつ切らさず、拙者に向き直った。兄者が拙者に向けて諭すような声で話しかけ、魔人族の男が愉快そうに兄者に話しかけている。

「自分は……」
「ああ、いいよ。アンタの名前は次に会う時に楽しみに取っとくよ」

 魔人族の男と少女は、そのままこちらを振り返ろうともせず、片手をあげて別れの挨拶を済ませた。
 拙者、武芸の道だけでなく、勉学も励む。今、そう決めたでござる。

 ★

 ──五年後。

「なあシュンテイ、あの時のことを覚えているか?」
「なんのこと?」

 自由国オルオの地下迷宮ダンジョン悪魔王デーモンロードを倒し、ミルフレイア聖王国へ向かう飛行船の上で、ヴァンが五年前のわんぱく武闘大会の話をシュンテイにした。シュンテイは忘れていたが徐々に記憶が蘇ってきたらしい。「あ~、なんかそんなことがあったような」と口にする。

「ほらアレだよ。シュンテイと一緒にいた」
「あ~弟のサイオンのこと? あれは今、ビルドア帝国のロンメル技術高等学院の一年生をしてるよ」
「ふ~~ん、たぶん俺ソイツ知ってるわ」
「そうなの?」
「ああ、平和な世の中になったらまたロレウにぶっ飛ばされたらイイんじゃない」
「うーん、さすがに今のロレウさんとサイオンを闘わせたら上位龍アークドラゴン小鬼ゴブリン並みの戦いになるんじゃ」
「ぎゃははッ、シュンテイ、ウケる~ッ」
「どうしたんですか? ふたりして?」
「おーイーアスいい所に来た実はな……」

 ヴァンから懐かしい話を聞いた。
 そういえば弟のサイオンは元気に勉学に励んでいるだろうか?

 ★

「ヘックション」
「どうしたオニギリ」

 お昼を他のメンバーと一緒に食堂で食べていると、くしゃみをした。
 同じクラスのシュートに問われたのでこう答えた。

「うーん、なんか誰かに噂されている。というより悪口言われてる気がするでござる」
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