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外伝
Episodeヴァン&ロレウ
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「きたわよ、白銀の魔女」
「おー怖ッ」
学業において、常にトップの私は同性から妬まれ孤立している。この国の中ではもっともレベルの高い学力を誇る学園であるが、私には物足りない。本来、初等部の一学年にあたる年齢だが飛び級制度により、中等部の最高学年に籍を置いているため、周囲は全員が全員年上……。
話かけられたら応えるし、クラスの行事にも積極的に参加するようにしている。同じクラスの男子は小さい私に興味津々だが、女性陣が目を光らせているため、誰も休み時間や放課後に近づいてこない。
最初は、実技の時間で実力行使で私をイジメようとしたが、あっさり返り討ちにされたので、地下に潜り込むような陰湿なイジメが始まった。
しかし私はまったく気にしていない。物心がつく前から母による徹底的な苛烈教育を受けて育った私は武芸、学問のみならず、その精神までもが大人顔負けの強靭で鋼のような強さを身につけている。
今日もまた、教室に入ると数名の同級生の女子が「クスクス」と笑っていてみると、私の椅子が無くなっていたので、そのまま立って授業が始まるのを待つ。教師が入ってくるとすぐに座りなさいと注意された。
「椅子が無くなりました」と淡々と報告すると、予備室に行って自分で取ってくるよう教師に言われた。
「今日は、転校生を紹介する」
後ろの扉から廊下に出ると同時に転校生が教室に一瞬入るのがみえた。今のは……誰?
濃赤紫色で捻転状の髪型。瞳の色は血のように鮮やかな深紅色。背はさほど大きくなくまだ幼いようにもみえた。三つ離れた予備室から椅子を持ち、教室に戻るとすでに自己紹介が終わっており、教室のほぼ真ん中の私の席の隣にチョコンと座っていた。
「ヴァン様、お会いできて光栄です。私は……」
ヴァン? この名前は母から小さい頃から何度も何度も聞かされて、もはや生活の一部に溶け込んでいるような響きの印象を私は持っている。
ヴァン・オルズベク──このオルズベク皇国の第三王子にして、あの絶対的な名声と力を誇る女王カルノアの息子。彼に見初められたら、その人はもちろん、家まで王族と縁を持つことになる。
クラスの女子のみならず、他のクラス、さらに他の学年からも観客が廊下の方に溢れかえっている。
歳はたしか私と同じ七歳。中等部の最高学年は通常、十二歳であるため五歳も年下の男の子に臆面もなく自己アピールをしている。
午前中の休み時間や昼食時間はずっとこんな調子であった。しかし、午後になってくると、だんだんと取り巻く人が減ってきた。
理由は明白。ヴァン王子は、噂に違わぬ〝凡庸〟であるため。
群がる女子に何を質問されても「うーん」「えーと」「そのー」「ちょっとわからない」と煮え切らない言葉を連発し会話が一向に進展せず、女子もそれをみて目が覚めたのか、あるいは彼にまつわる噂を思い出したのか、すすすっと離れていった。
しかし、私は彼女らのように無責任ではいられない。
「お初にお目にかかります殿下」
「あー、うーん、はい?」
「金香の娘、ロレウと申します」
私が名乗った瞬間、阿呆の面を被っていた王子の目が一瞬、光った気がした。
「……あー、はい、よろしくね~ッ」
気のせいか……。
でも今、確かに瞳の奥に強い意志のようなものを感じたが……。
☆
ヴァン王子が転校してきて一週間が経った。転校してきた日の夜、母、この国の『蛍火カルノア』と他国に畏れられる女王の側近である金香から正式にヴァン王子の学園内での護衛任務を与えられた。
私に是非を決める資格はない。主であると言われれば、たとえ相手が凡庸で何の取り柄がなくても忠実に任務を全うするのみ……。
この学園を卒業した兄……第一皇子と第二王子は二人ともとても優秀でさすが女王の息子と称えられ卒業していったそうだが、果たして第三王子はというと、文武ともにとりわけ秀でているわけはない。
この一週間で周囲は完全にヴァン王子のことを空気のように扱うようになり、完全に溶け込むように彼は学園生活を淡々と送るようになった。
成績は良い方だが、私のように突出しているワケではなく、決して目立たない。実技関係も男子から、王子であるとかで手加減されることもなく、身体が小さいというだけで違和感を覚えない。
この学園は王宮から徒歩で三十分ほど離れた地にあり、彼は馬車による送迎を嫌がり、徒歩で街中を練り歩きながら帰るのが日課となっている。
「あら、ボン坊ちゃん、今日もコレ食べてくかい?」
「うん、ありがとオバちゃん♪」
『フラワーボウル』──露店販売の小麦粉をベースに鶏卵、牛乳を加えた花の形にしたものを窯で焼いたお菓子でこのオルズベク皇国では庶民に親しまれているお菓子。
ボン坊ちゃんというのは世を忍ぶための偽りの名前で外ではよくその名前を使っていることがこの一週間でわかった。一応、王族と一目でわかってしまう黒色の尻尾を貴族級を表す青色にカモフラージュしている。
──尾けられている。男が二人。どちらも離れたところから人の波を縫ってコチラをそれとなく見ている。
訓練を積んでいる相手。動きに無駄がなく、ひとりならともかく訓練された大人の男二人を相手に王子を守れる自信が今の私にはない……。
「んぐぅ!」
いきなりだった。後方を警戒している私に王子が先ほど露店で買ったフラワーボウルを口の中にツッコんできた。
「ゲホゲホッ……王子、なにされているんですかッ!」
むせながら、なにを考えてるのかイマイチ理解できない王子に不平を述べると本人は悪びれることなく「食べたいかな~って思って」と返事した。
なんだこの王子は……。初めて会った時、ただ者ではない。と感じたが、よく当たる私の直感が珍しく外れてしまった。
吐き捨てる訳にもいかず、モグモグしてお菓子を呑みこんだ私はもう一度、後方を警戒しはじめたが、そこには男達の気配が消えていた。
なぜ? 確実に人気の無いところで襲われると予想していたのに……。それとも私の索敵能力を凌駕し、感知できない遠いところから視られている?
その後もずっと周囲を警戒していたが、この日は男達は結局、再び現れることはなかった。
翌日、朝、登校するといつものように私の椅子が無くなっていた。色々な嫌がらせのバリエーションはあるが朝はだいたいこの手口が多い。特に気にするでもなく、教師が来たら報告して予備室に椅子を取りに行けば済むこと。
私は黙って、教師が来るのをまっていると、教室に入ってきた教師が鬼の形相で入ってきた。
「〇〇、▲▲、■■、今すぐ職員室に来なさい、他の皆は一時限目は自習とします」
いつも私に陰でチョッカイを掛けてくる主犯格とみられる三人が教師に呼ばれ、教室を後にした。
「これ、使いなよ」
「でも……」
王子が三人の中で特に中心人物とみられる女子の席の椅子を動かして私に使え、と言ってきた。まあ、戻ってくるまでは使わせてもらおうと席に座り、自習をしていると担任の教師だけが戻ってきた。
「先生、三人はどうしたんですか?」
クラスの他の男子が質問すると、教師は顔を歪めて答えた。
「あの三人は転校になりました。もう忘れてください」
教室の中でどよめきが起きる。どんなことをしたら、さっきまで普通に座っていた生徒が突然、転校という形になるのか想像もできない。こうなると「何かした」と疑われるのは私……。
視線が向けられているのが分かるが、敵対している視線……というよりは危険な者を覗き見るような怯えた目。
休み時間、担任の教師に呼ばれた私は、紙にあの三人がこの一週間で行った数々の蛮行を、鏡の中を切り取ったがごとく鮮明なものが、たくさん並べられていて、その横には小さな丸い球があり、押すと彼女らの下品な犯行を示唆するような発言が記録されていた。
イヤがらせを受けていた事実の確認を取り、教師は自分の席の椅子に背をもたれながらため息をつく。
「こんなことができるなんて恐ろしいわね……誰がやったか分からないけど、その人に感謝しなさい」
誰がやったか? そんなの考えてみたら一人しか思いつかない。
ヴァン・オルズベク。いったいどうやったのか方法は不明だが、確実に彼が彼女たちを罠に嵌めた。
しかし、それを彼に問うても、しらばっくれる気がする。私はこの時点でやはり彼はただ者ではない。と認識を再度改めることにした。
放課後、いつものように街中を練り歩きながらの下校だが、不穏な気配を感じた。
五……いえ、六人。昨日よりも数が多い。
そして今日は、偵察というよりは街中、人が大勢いる前でも決行しかねない雰囲気が男達からにじみ出ている。
大声で助けを呼ぶか? しかし、街を巡回している衛兵たちが駆け付ける前に多勢に無勢、すぐに捕まって連れ去られてしまう可能性が極めて高い。それなのに王子は雑踏を抜け、人気のない路地裏に足早で入ってしまった。
「王子、待ってくださいッ!」
慌てて呼び止めるも遅かった。無言の男達に前後とも行く手を塞がれてしまう。
「昨日はよくも我々を出し抜いてくれたな、第三王子」
え? どういうこと? 昨日、彼らの方が姿を消したはずだが?
「さて、なんでだろうね」
「とぼけてもムダだッ!」
男達は問い質すのを止め、眼の前の人質の価値としては計りしれない大国の王子の身柄を確保しようと動き始める。
狙いは王子。であれば、私は口封じで消されてしまう可能性が高い。だが、そんなこと知ったことではない。
私はロレウ。この国の王族を代々守護してきた近衛の家系。手足が引き千切れて、たとえ命を失っても王子を守ってみせる。
相手はやはり素人ではない。ロクでもない人族の国の差し金の可能性が高い。私が構えて今にも飛び掛かろうと身を縮ませ、力を溜めていると……。
『ゴゴゴゴゴッ』──「「「「「うっ」」」」」
男達は油断していたワケではないが、頭上から降ってきたレンガが頭に当たり、次々に失神していく。
ひとりだけ、勘がよくブロックを首を捻って頭部への直撃は避けた。だが右肩に落ちて反対側の手で右肩を押さえる。
『ダッ!』一気に距離を詰めて、鞄から取り出し拳にハメた拳甲で男を殴ろうとしたが、これまた後方にジャンプして私のリーチの外に逃れ出た。
腰に提げてあった少し刃長がある短剣を抜き、構えを取る暇を与えてしまった。さっきの突撃で決めたかったが、こうなると厄介だ。
互いにジリジリとにじり寄り間合いを詰めていく。動きは男の方が少し速くてリーチも長い、ある程度の距離から大きく踏み出し短剣の切っ先で私の右眼を狙ってくる。
下に潜り込むようにかわしたが、それが男の狙いだった。屈んだ私の髪の毛を鷲掴みにして持ち上げ、頭の上がった私の頸に短剣を突き立てようとする。
『ゴゴゴゴッ』──目の前の凶悪な顔をした男は白目を剥き、私を手放し前のめりに倒れた。パッと上を見上げると、二階の屋根に数人の人影が一瞬見えたが、物陰に隠れてしまった。周りにはたくさんのレンガが落ちている。
今のは王子⁉ どういうこと? 王子は私のうしろに何もせず、立っている。
「じゃ、とっととズラかろう」
表の通りが騒がしくなってきたと思ったら衛兵たちがこの路地に入ってきた。いったい誰が呼んだの?
王子は反対側の方に移動しながら私を呼ぶ。
「王子が今の全部やったんですか?」
「え? なんのこと?」
またもや、しらばっくれる……。でも私は一つ確信したことがある。
この王子はやはりタダ者ではない。私が忠誠を捧げるにふさわしい。そう思えるくらいには目の前を走る王子は頼もしく、王者の風格を持っている気がした。
「ヴァン様」
「なに?」
「いえ……なんでもありません」
とても小さな声で初めて彼の名を呼んだ。
「ところでさ」
「はい?」
ヴァンは振り返りニヤッと王子とは思えない悪そうな顔をする。
「同級生を陥れたの、ロレウの自作自演って先生に言っといた」
「なッ……私はあんな卑怯なマネなどしません」
「まあまあイイじゃん、どうせ一番怪しまれているんだし♪」
この王子、自分が目立ちたくないからって、すべての罪を私になすりつけた。
うーん。
心から忠誠を誓うのは、今しばらくはヤメテおこう……。
「おー怖ッ」
学業において、常にトップの私は同性から妬まれ孤立している。この国の中ではもっともレベルの高い学力を誇る学園であるが、私には物足りない。本来、初等部の一学年にあたる年齢だが飛び級制度により、中等部の最高学年に籍を置いているため、周囲は全員が全員年上……。
話かけられたら応えるし、クラスの行事にも積極的に参加するようにしている。同じクラスの男子は小さい私に興味津々だが、女性陣が目を光らせているため、誰も休み時間や放課後に近づいてこない。
最初は、実技の時間で実力行使で私をイジメようとしたが、あっさり返り討ちにされたので、地下に潜り込むような陰湿なイジメが始まった。
しかし私はまったく気にしていない。物心がつく前から母による徹底的な苛烈教育を受けて育った私は武芸、学問のみならず、その精神までもが大人顔負けの強靭で鋼のような強さを身につけている。
今日もまた、教室に入ると数名の同級生の女子が「クスクス」と笑っていてみると、私の椅子が無くなっていたので、そのまま立って授業が始まるのを待つ。教師が入ってくるとすぐに座りなさいと注意された。
「椅子が無くなりました」と淡々と報告すると、予備室に行って自分で取ってくるよう教師に言われた。
「今日は、転校生を紹介する」
後ろの扉から廊下に出ると同時に転校生が教室に一瞬入るのがみえた。今のは……誰?
濃赤紫色で捻転状の髪型。瞳の色は血のように鮮やかな深紅色。背はさほど大きくなくまだ幼いようにもみえた。三つ離れた予備室から椅子を持ち、教室に戻るとすでに自己紹介が終わっており、教室のほぼ真ん中の私の席の隣にチョコンと座っていた。
「ヴァン様、お会いできて光栄です。私は……」
ヴァン? この名前は母から小さい頃から何度も何度も聞かされて、もはや生活の一部に溶け込んでいるような響きの印象を私は持っている。
ヴァン・オルズベク──このオルズベク皇国の第三王子にして、あの絶対的な名声と力を誇る女王カルノアの息子。彼に見初められたら、その人はもちろん、家まで王族と縁を持つことになる。
クラスの女子のみならず、他のクラス、さらに他の学年からも観客が廊下の方に溢れかえっている。
歳はたしか私と同じ七歳。中等部の最高学年は通常、十二歳であるため五歳も年下の男の子に臆面もなく自己アピールをしている。
午前中の休み時間や昼食時間はずっとこんな調子であった。しかし、午後になってくると、だんだんと取り巻く人が減ってきた。
理由は明白。ヴァン王子は、噂に違わぬ〝凡庸〟であるため。
群がる女子に何を質問されても「うーん」「えーと」「そのー」「ちょっとわからない」と煮え切らない言葉を連発し会話が一向に進展せず、女子もそれをみて目が覚めたのか、あるいは彼にまつわる噂を思い出したのか、すすすっと離れていった。
しかし、私は彼女らのように無責任ではいられない。
「お初にお目にかかります殿下」
「あー、うーん、はい?」
「金香の娘、ロレウと申します」
私が名乗った瞬間、阿呆の面を被っていた王子の目が一瞬、光った気がした。
「……あー、はい、よろしくね~ッ」
気のせいか……。
でも今、確かに瞳の奥に強い意志のようなものを感じたが……。
☆
ヴァン王子が転校してきて一週間が経った。転校してきた日の夜、母、この国の『蛍火カルノア』と他国に畏れられる女王の側近である金香から正式にヴァン王子の学園内での護衛任務を与えられた。
私に是非を決める資格はない。主であると言われれば、たとえ相手が凡庸で何の取り柄がなくても忠実に任務を全うするのみ……。
この学園を卒業した兄……第一皇子と第二王子は二人ともとても優秀でさすが女王の息子と称えられ卒業していったそうだが、果たして第三王子はというと、文武ともにとりわけ秀でているわけはない。
この一週間で周囲は完全にヴァン王子のことを空気のように扱うようになり、完全に溶け込むように彼は学園生活を淡々と送るようになった。
成績は良い方だが、私のように突出しているワケではなく、決して目立たない。実技関係も男子から、王子であるとかで手加減されることもなく、身体が小さいというだけで違和感を覚えない。
この学園は王宮から徒歩で三十分ほど離れた地にあり、彼は馬車による送迎を嫌がり、徒歩で街中を練り歩きながら帰るのが日課となっている。
「あら、ボン坊ちゃん、今日もコレ食べてくかい?」
「うん、ありがとオバちゃん♪」
『フラワーボウル』──露店販売の小麦粉をベースに鶏卵、牛乳を加えた花の形にしたものを窯で焼いたお菓子でこのオルズベク皇国では庶民に親しまれているお菓子。
ボン坊ちゃんというのは世を忍ぶための偽りの名前で外ではよくその名前を使っていることがこの一週間でわかった。一応、王族と一目でわかってしまう黒色の尻尾を貴族級を表す青色にカモフラージュしている。
──尾けられている。男が二人。どちらも離れたところから人の波を縫ってコチラをそれとなく見ている。
訓練を積んでいる相手。動きに無駄がなく、ひとりならともかく訓練された大人の男二人を相手に王子を守れる自信が今の私にはない……。
「んぐぅ!」
いきなりだった。後方を警戒している私に王子が先ほど露店で買ったフラワーボウルを口の中にツッコんできた。
「ゲホゲホッ……王子、なにされているんですかッ!」
むせながら、なにを考えてるのかイマイチ理解できない王子に不平を述べると本人は悪びれることなく「食べたいかな~って思って」と返事した。
なんだこの王子は……。初めて会った時、ただ者ではない。と感じたが、よく当たる私の直感が珍しく外れてしまった。
吐き捨てる訳にもいかず、モグモグしてお菓子を呑みこんだ私はもう一度、後方を警戒しはじめたが、そこには男達の気配が消えていた。
なぜ? 確実に人気の無いところで襲われると予想していたのに……。それとも私の索敵能力を凌駕し、感知できない遠いところから視られている?
その後もずっと周囲を警戒していたが、この日は男達は結局、再び現れることはなかった。
翌日、朝、登校するといつものように私の椅子が無くなっていた。色々な嫌がらせのバリエーションはあるが朝はだいたいこの手口が多い。特に気にするでもなく、教師が来たら報告して予備室に椅子を取りに行けば済むこと。
私は黙って、教師が来るのをまっていると、教室に入ってきた教師が鬼の形相で入ってきた。
「〇〇、▲▲、■■、今すぐ職員室に来なさい、他の皆は一時限目は自習とします」
いつも私に陰でチョッカイを掛けてくる主犯格とみられる三人が教師に呼ばれ、教室を後にした。
「これ、使いなよ」
「でも……」
王子が三人の中で特に中心人物とみられる女子の席の椅子を動かして私に使え、と言ってきた。まあ、戻ってくるまでは使わせてもらおうと席に座り、自習をしていると担任の教師だけが戻ってきた。
「先生、三人はどうしたんですか?」
クラスの他の男子が質問すると、教師は顔を歪めて答えた。
「あの三人は転校になりました。もう忘れてください」
教室の中でどよめきが起きる。どんなことをしたら、さっきまで普通に座っていた生徒が突然、転校という形になるのか想像もできない。こうなると「何かした」と疑われるのは私……。
視線が向けられているのが分かるが、敵対している視線……というよりは危険な者を覗き見るような怯えた目。
休み時間、担任の教師に呼ばれた私は、紙にあの三人がこの一週間で行った数々の蛮行を、鏡の中を切り取ったがごとく鮮明なものが、たくさん並べられていて、その横には小さな丸い球があり、押すと彼女らの下品な犯行を示唆するような発言が記録されていた。
イヤがらせを受けていた事実の確認を取り、教師は自分の席の椅子に背をもたれながらため息をつく。
「こんなことができるなんて恐ろしいわね……誰がやったか分からないけど、その人に感謝しなさい」
誰がやったか? そんなの考えてみたら一人しか思いつかない。
ヴァン・オルズベク。いったいどうやったのか方法は不明だが、確実に彼が彼女たちを罠に嵌めた。
しかし、それを彼に問うても、しらばっくれる気がする。私はこの時点でやはり彼はただ者ではない。と認識を再度改めることにした。
放課後、いつものように街中を練り歩きながらの下校だが、不穏な気配を感じた。
五……いえ、六人。昨日よりも数が多い。
そして今日は、偵察というよりは街中、人が大勢いる前でも決行しかねない雰囲気が男達からにじみ出ている。
大声で助けを呼ぶか? しかし、街を巡回している衛兵たちが駆け付ける前に多勢に無勢、すぐに捕まって連れ去られてしまう可能性が極めて高い。それなのに王子は雑踏を抜け、人気のない路地裏に足早で入ってしまった。
「王子、待ってくださいッ!」
慌てて呼び止めるも遅かった。無言の男達に前後とも行く手を塞がれてしまう。
「昨日はよくも我々を出し抜いてくれたな、第三王子」
え? どういうこと? 昨日、彼らの方が姿を消したはずだが?
「さて、なんでだろうね」
「とぼけてもムダだッ!」
男達は問い質すのを止め、眼の前の人質の価値としては計りしれない大国の王子の身柄を確保しようと動き始める。
狙いは王子。であれば、私は口封じで消されてしまう可能性が高い。だが、そんなこと知ったことではない。
私はロレウ。この国の王族を代々守護してきた近衛の家系。手足が引き千切れて、たとえ命を失っても王子を守ってみせる。
相手はやはり素人ではない。ロクでもない人族の国の差し金の可能性が高い。私が構えて今にも飛び掛かろうと身を縮ませ、力を溜めていると……。
『ゴゴゴゴゴッ』──「「「「「うっ」」」」」
男達は油断していたワケではないが、頭上から降ってきたレンガが頭に当たり、次々に失神していく。
ひとりだけ、勘がよくブロックを首を捻って頭部への直撃は避けた。だが右肩に落ちて反対側の手で右肩を押さえる。
『ダッ!』一気に距離を詰めて、鞄から取り出し拳にハメた拳甲で男を殴ろうとしたが、これまた後方にジャンプして私のリーチの外に逃れ出た。
腰に提げてあった少し刃長がある短剣を抜き、構えを取る暇を与えてしまった。さっきの突撃で決めたかったが、こうなると厄介だ。
互いにジリジリとにじり寄り間合いを詰めていく。動きは男の方が少し速くてリーチも長い、ある程度の距離から大きく踏み出し短剣の切っ先で私の右眼を狙ってくる。
下に潜り込むようにかわしたが、それが男の狙いだった。屈んだ私の髪の毛を鷲掴みにして持ち上げ、頭の上がった私の頸に短剣を突き立てようとする。
『ゴゴゴゴッ』──目の前の凶悪な顔をした男は白目を剥き、私を手放し前のめりに倒れた。パッと上を見上げると、二階の屋根に数人の人影が一瞬見えたが、物陰に隠れてしまった。周りにはたくさんのレンガが落ちている。
今のは王子⁉ どういうこと? 王子は私のうしろに何もせず、立っている。
「じゃ、とっととズラかろう」
表の通りが騒がしくなってきたと思ったら衛兵たちがこの路地に入ってきた。いったい誰が呼んだの?
王子は反対側の方に移動しながら私を呼ぶ。
「王子が今の全部やったんですか?」
「え? なんのこと?」
またもや、しらばっくれる……。でも私は一つ確信したことがある。
この王子はやはりタダ者ではない。私が忠誠を捧げるにふさわしい。そう思えるくらいには目の前を走る王子は頼もしく、王者の風格を持っている気がした。
「ヴァン様」
「なに?」
「いえ……なんでもありません」
とても小さな声で初めて彼の名を呼んだ。
「ところでさ」
「はい?」
ヴァンは振り返りニヤッと王子とは思えない悪そうな顔をする。
「同級生を陥れたの、ロレウの自作自演って先生に言っといた」
「なッ……私はあんな卑怯なマネなどしません」
「まあまあイイじゃん、どうせ一番怪しまれているんだし♪」
この王子、自分が目立ちたくないからって、すべての罪を私になすりつけた。
うーん。
心から忠誠を誓うのは、今しばらくはヤメテおこう……。
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