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外伝

Episodeマカロニ

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「だぁーかーらー、もっと『グイっ』と来いよ! グイっと!」
「『グイっ』てなんだよ、もっと、具体的に言えよ」
「なんでもかんでも人から丁寧に教えて貰えると思うなよ! この軟弱斥候が!」
「はぁ? 意味わからん、俺、パーティー、やめさせてもらうわ」
「おお! やめろやめろっ、清々するわっ」

 山林国ケルウッドの首都「カプラル」で冒険者ギルドの中で、またひとり斥候が、一行パーティーから抜けた。

 しかし、なんで、斥候って職のやつらはろくでもないのが多いかね?
 今、やめて行ったヤツは、斥候としての技術が低い上に、戦闘中に何もしない……、普通、弓で後方から支援するとか放出系のスキル使うとかやりようはいくらでもあるのに……。この前は、魔物の追跡調査だったのに、見失しなった挙句、本職《レンジャー》じゃないから文句言うなと開き直りやがった……。

 前回、雇ったヤツなんて、冒険者ギルドの成功報酬を、俺達の分も含めて全部かっぱらって、行方をくらましやがった。ちなみに一行パーティー名は『森の散歩者トレッキング』という名前でこの山林国ケルウッドでB等級の上級冒険者として認めてもらっている。

 テラフが、プンプンと怒っていると、一行パーティーの同じ仲間、妖精術士のヒルメイが溜息をついて、少し呆れているのか、冷たい目で俺を見てくる。女性にそういう目で見られるのが、一番イヤだ……、というより、むしろモテたい……、頼む、誰か俺を誉めて誉めて誉めつくしてくれ……。

 まあ、いいさ! いつかは、ちょっとは使えるヤツがくるだろう。今日の依頼クエストは斥候無しで大丈夫な討伐系をこなした。

 依頼の受けられる幅が少なくなるため、三人体制スリーマンセルが理想だ。四人だと役割が被ることが多くなって、一人当たりの取り分が無駄に減ってしまう、

 しばらく、収入が落ち込み、お姉さんのいるお店に行けないな、としょぼくれて、首都カプラルへ帰る道の途中で、右手の親指から『声』が聞こえて、ヒルメイと二人、ものすごくびっくりした。

「これより、カプラル冒険者ギルド長権限による『』を発令します、本ギルドに所属の冒険者等級一行パーティー〝B〟以上、単独ソロ〝C〟以上の冒険者は速やかに冒険者ギルドにお集まりください」

 コード・ビレジャー……冒険者ギルド単位の緊急招集で、緊急招集等級としては最も下位にあたるが、通常の選択する依頼では無い分、その脅威度は通常の依頼の脅威度よりもはるかに高い……。だが、参加し無事成功すると、もらえる “モノ” が大きいため、これが発令されると冒険者は我先にとギルドに殺到することになる。

 B等級からは一般に上級冒険者と呼ばれるが、単独の場合は、単独での達成が等級が上がるほど困難なため、一等級下がった評価を下すことが多いので〝C〟までの招集となったと思われる。冒険者ギルドに到着する頃には、中は強制依頼クエストを受注するため、大量の冒険者でひしめき合っている。

 今日は、非冒険者斡旋所……日雇い部門は、緊急招集のため、お休みしているらしく一般人らしき人達は交じっていない。受付まで長蛇の列ができているが、入口の方でギルドの職員が、三人一組での受諾となるため、人数が揃ってない一行パーティー単独ソロの冒険者は、隣で臨時編成申請を出してから、強制依頼クエストを受けるようにと案内している。

 困った……、斥候の男は今朝、口喧嘩の後、一行を抜けてしまった……。臨時の一行を組むとなると、どんな依頼内容かはわからんが、やはり斥候が欲しいところだが、腕の立つヤツで、一向に加入していないのなんて、最近、耳にしたことがない。

「なんだと! チビぃ⁉ もう一回言ってみろ!」

 ん? 少し離れたところで怒鳴り声が耳に入ってくる。なんだ……人相悪そうなやつらと思ったら、あまり良い噂を聞かない三人組だった、またアイツらか……で相手は?

 あれ? 随分と小柄だな……子供じゃないはずだから、小人族か……。

「皆、並んでるから、割り込みはいけないよーって、言ったんだよ、おじさん耳が悪いの?」
「あーーっ、何だってーーー、俺たちがここに入ったからって誰か嫌がる奴なんているのかよ? なーアンタ、俺たちがここに入るのが嫌なのか?」
「あっ、いや……、まあ、一組くらいいいんじゃない……かな……」

 小人族が、注意したが、三人組は悪びれることなく、割り込みした真後ろにいる気の弱そうな冒険者に凄みを効かせて無理やり、了承をもらう。

「ほーら、後ろのお兄ちゃんは、良いって言っているぞ」
「そうなの? お兄さんや後ろの人が良いなら僕も構わないよ?」
「待てや、チビ!? 俺達に失礼働いておいて、詫びも無しで逃げるつもりか? ……うーん、そうだなー、犬の様に地べたに座って、俺の靴を舐めてもらおうか?」

 しゃべっている男の仲間二人もニタリと、下卑た笑いを顔に貼り付け、嬲るよう目で、小人族の子を見ている。

「なんで、僕が、おじさんの靴舐めるの? おじさんの足、臭そうだし、足……随分洗ってなくて汚いでしょ? そんなの舐めたら僕、死んじゃうよ?」

 小人族が、不思議そうに訊き返すと、周囲に並んでいる冒険者たちが、くすくすと笑いを堪えられなくて、忍び笑いが聞こえてくる。

 いかんな、止めに入るか……。三人組の男が無言で、背中や、腰に提げている得物に手を伸ばした瞬間、声が掛かった。

「おい、お前たち何をしているんだ? 緊急招集中の争いは罪に問われるぞ?」

 冒険者ギルドの入口から入ってきたのは、山林国ケルウッドの射手部隊の隊長で、部下と一緒にぞろぞろと入ってくる。国軍もお出ましとは、思ってたより大きい仕事ヤマなのか?

「ちっ」

 三人組の男達は、武器から手を離し、そっぽを向いた。その横を射手部隊の人達が通り過ぎて、ギルドの受付のところに行く。

「国から正式に追加報酬の約束が出た、既に受注してここを出たもの達にも、後で案内かけておいてくれ」

 射手隊の隊長が、そう言って山林国発行の書状を受付の女性に渡すと、まわりの冒険者たちから、大きな歓声が上がる。

 よし、ここは、是非ともこの依頼を受けて成功させないと……。でも、三人目どうしよう?

「テラフさん、あれ……」

 横にいたヒルメイが指差したのは先ほど、三人組に危うく、襲われそうになった小人族の子だ……、皆、あの三人組に目をつけられるのが嫌なのか、人数の足りてない一行パーティーなのに彼の呼びかけに皆、首を横に振っている。

 いやー、俺だって『爆弾』はいやだけど、今回の仕事は見逃せない……、ちょうど斥候できそうな出で立ちだし、声だけでも掛けてみるか?

「おーい、少年、今ちょっといいか?」
「うん、いいよ、おじさんは誰?」
「おっ、おじ……、お前、俺はこう見えても、十九歳だぞ!?」
「そうなの? 老けてて十九歳に見えないねー、三十歳くらいに見えた、苦労すると老けるの早いらしいけど、苦労したの?」
「……」

 ダメだ、コイツ、思った事をそのまま口にするタイプだ……、コイツと組んで冒険に臨むには、ある意味、別の冒険に臨むようなものだ……。

「おじさんとお姉さんは、二人組? 僕は単独ソロだよ、一緒に組む?」

 おいおい、俺はおじさんでヒルメイはお姉さんだと……、コイツさっきの連中とは違うが、ぶっ飛ばしてやりたい……。

「……いいですよ」
「本当! 良かった、じゃあ、臨時一行の申請に行こう?」

 ちょ、ちょっと待っったぁーーー、え? なに勝手に返事してるの? ヒルメイ?

「テラフさん……、いいんですか? 早くしないと依頼票が売り切れちゃいますよ?」

 周りを見ると既に、一行が成立し始めて、うかうかしていると本当に、依頼クエスト自体を受けられなく可能性が出てきた……、くそっ。

 テラフは、「いいか? 今回だけの臨時だからな?」と、小人族の少年に念を押したうえで、手続きを済ませた。

 ★

 臨時一行申請のあと、依頼票を受け取り、依頼内容『複数の女王蟻クイーンアントの討伐』のため、首都カプラルからほど近い森の中を進んでいる。

 女王蟻クイーンアントか……、確か、大量の『兵隊蟻ソルジャーアント』が周囲を見回りして、それを統率する『隊長蟻キャプテンアント』や、女王蟻を直接守護する『近衛蟻ガードアント』に守られているんだっけか? 聞くだけで骨が折れそうだと感じる。

 蟻は、縄張りを持っているので、通常は、そこに近づきさえしなければ、危険はないのだが、今回はカプラルのすぐそばで、その縄張りが『街道に被って』しまっている。

「でも、あれだよなー、なんで複数の女王蟻がいるんだ?」

 俺は考え事をしていて、ついついそれが独り言となって口から出た。

「女王蟻がたくさんいるところはねー、近くに、女皇蟻エンプレスアントがいるんだよー、それでねー、女王蟻は『一体』しか女王蟻を生まないんだけど、女皇蟻は女王蟻を『いっぱい』生むんだって」

 マカロニが返事をする、そう、コイツの名前はマカロニ、まだ、この山林国ケルウッドに来て、数か月しか経っていないらしい、なのにもう単独ソロで〝C等級〟……。

 嘘だろ? もし、女皇蟻ってのが、本当なら女王蟻がどんどん増えて、この世界やばいんじゃ……。というか、女皇蟻なんて名前一切、聞いたことないぞ?

「女皇蟻は、見つけたらすぐに討伐しないとえらいことになるって、僕の『叔父さん』が言ってたよ」

 いや、これってまだ、未発見の新種なんじゃ……、コイツの叔父さん何者なんだ!?

「それで……、その女皇蟻ってヤツ、どうにかして見つけられるのか?」
「うん、できるよー、まず『女王蟻を一匹』捕まえよう!」
「はいーーー!?」


 辺りは完全に暗くなったが、まだ、俺たちは街に戻らず、おまけに野営の支度もせずに、森の中をウロウロしている。

 おいおいおい本当に大丈夫なのかー? さっきの話、実はコイツマカロニの出まかせだったりして……。今までこの一行を結成して以来、なぜか斥候だけは何度も何度も入れ替わる、もはや何かの呪いにでもかかっているのかと疑いたくなる時がある。

 テラフがそんな、猜疑心に駆られているとは知らずに、小人族マカロニは茂みをガサガサしたり、地面を注意深く観察したりしている。

「あっ、見つけたよー、蟻の足跡」

 マカロニが足跡を見つけたとのことで、さっそく、足跡を追い始める。

「ここだね~」

 マカロニが小さい声で前の方を指差し伝えてくる……、見ると大樹の根っこに大きな穴が開いているところがある。

「蟻は昼行性だから、夜間は巣に入ってるんだけど、大きな音とか震動を与えると一気に出てくるんだ」

 へー、そうなの? 全然知らんかった。

「で、どうするんだ?」
「これを使って『燻す』んだよ」

 マカロニが取り出したのは、夕方どっかにふらっといなくなったと思ったら、何か大量の草を袋に入れて帰ってきたものを、もう一度見せる。

 うん……、見てもよく分からん。マカロニがヒルメイに、あるスキルが使えるか確認した後、手順を話し行動に移し始めた。

 マカロニはそっと音を立てずに、大量に草の入った袋ごと火をつけて、穴の中に投げ込むと、すぐにヒルメイが想力系スキル【土壁】で、穴を煙が少し抜ける程度だけ残し、塞いでしまう。穴からカサカサと音が聞こえるが、なんかちょっと怖いので聞こえないフリをする。

「そろそろいいかなー? テラフは戦う準備して、ヒルメイさんは人形出して自分を守ってね?」

 マカロニにそう言われるとヒルメイはすぐに、樹や花、草の妖精と交信して、草木人形グリーンドールを二体造り、自分の前に立たせる。

「……解除しますよ」

「了解」「オーケー」

 ヒルメイの言葉にテラフとマカロニが返事をする。

 土壁が地面に崩れていくと、大量の兵隊蟻ソルジャーアントが出てきた、よく見ると隊長蟻キャプテンアントも混じっている。

 今更だが、俺達だけでこの数、一体どうしようってんだ? 普通、数十人で相手するんじゃ……。俺がそう考えている間に、マカロニが手に持っている小ぶりの細剣レイピアで次々と正確に首の部分の甲殻に覆われていないところに刃を滑らせて、首を狩っていく。

 あ……、コイツマカロニ、とんでもなく強えー。もちろん、マカロニの動きが、尋常じゃないのもあるが、どうも蟻たちの動きがおかしい……、なんか俺たちが見えてないみたいだ……。

 多分、さっき変な草で燻したからなんだろうが、一体どこでそんなこと習ったんだ? 今まで聞いたこともないぞ? 俺も両手にそれぞれ持った片手斧ハンドアックスを構え、マカロニの真似とまでは、いかないものの関節の部分に片手斧の刃を捻じ込み切り取っていく。

 長く感じたが、実際はそこまで掛かっていないかも……、ほとんどの蟻が、絶命、消滅し色見石へと変わる中、ようやく、近衛蟻ガードアント女王蟻クイーンアントが出てきた。やはり、煙への耐性はないらしく、無闇に蟻酸を周囲にまき散らしている。

 四匹の近衛蟻は、マカロニが『』から襲い掛かり、石へと変えた。そういや、女王蟻を捕まえるって言ってたけど、どうやって捕まえるんだ?

『ピシッ、グルグルグルグルッ!』──あっ、なるほどー、そうやって捕まえるのね。俺の足元には、マカロニのスキル【糸】で繭のように全身見えないくらいに、ぐるぐる巻きにされた女王蟻が転がっていた。

 ★

 翌朝、俺たちは周囲の冒険者に女皇蟻の情報を伝え、俺たちの周りに冒険者が続々と集まってくる。

 どうしてこんなに集まって来たかというと、「女皇蟻討伐に参加すると、全員きっと国から凄い報酬がもらえるぞ」と伝言を繋げて拡散してもらったのだ、お昼前には、クエストを受けたほとんどの冒険者が集まったと思う。

「じゃあ、テラフ、そこに立って」
「ん? 何で?」

「女王蟻の顔のところの……そうそう、そこ! 動かないでね~」

『バシュ』──マカロニの細剣レイピアで、女王蟻の頭の部分の糸だけを切断する。

 女王蟻となんか目が合っているような気がする……。

「キリキリキリキリッ」

 突然、とても甲高い金切り音のような鳴き声を女王蟻が発して、度肝を抜かれた。

「マカロニ、何で俺を立たせたんだ?」

「うん、だって、女王蟻って周りに守ってくれる蟻がいなくて、感情が昂ぶるような存在に遭遇したら、仲間や女王の親エンプレスアントを呼ぶって聞いたから」
「感情が昂ぶるってどういう意味だ?」
「さあ? 不快になるってことかなー?」

 ほう……、なんか知らんが、ちょっと馬鹿にされてる気がするんだが……。

「おーい、周りが蟻に囲まれたぞー!」
「行けー!!」

 周囲で、早くも戦闘音が聞こえはじめる。
 俺たちも、すぐに動けるように準備をする。

「うわぁ、やられた!? 一匹デカいのがそっちに行ったぞー!!」

 声のした方向を見ると女王蟻よりも更にひと廻り大きい個体が、近寄ってくる冒険者を、吹き飛ばしながら突進してくる。

 怖っ! これどうすんの?

『シュルッ』──マカロニの【糸】で、女王蟻を巻取り、木の上に吊し上げると、それを見た女皇蟻は跳躍し、牙で【糸】を切断しようとする。

「ほいっ」

 マカロニが、【糸】を足場にし、空中に跳び上がって無防備になった女皇蟻の腹に細剣と短剣を突き立てる。

「ギィィィ!」

 女王蟻よりもさらに一段階大きな音を立てて、女皇蟻が地に落ちると同時に、示し合わせていた周囲の遠距離系スキルの術師たちが『一斉放火』を浴びせる。数十発は撃ち込まれたであろうか……、ようやく女皇蟻エンプレスアントは、息絶え、頭の大きさ程の巨大な色見石へと変わった。周囲は尚も、戦闘が続いており、中央に集まっていたカプラルの有力冒険者達は、ぱっと周囲に散っていく。

「じゃあ、俺らも、行きますかね?」
「うん」、「はっ、はい」

 マカロニとヒルメイの三人で、外周の蟻たちの討伐に移行する。

 いやー、もしかして、今回斥候は当たりじゃないか?

 ★

 蟻と、冒険者軍団の戦闘が終わり、辺り一帯、累々たる色見石が残った。

 こちら冒険者側にも多少の犠牲が出たが、女皇蟻を、序盤で仕留められたのが功を奏して、想定していたよりは被害が少なかった……、少なかったんだが……。

 肝心の女皇蟻の特大色見石が、例の三人組がカプラルに持って帰っていったそうだ……なんで? 先に、女皇蟻を倒した中心地に戻っていたマカロニに聞いてみると。

「なんかねー、自分達が拾ったから自分達のものだって言ってたよー」
「んで、お前はビビッて、あいつらに何も言わなかったのか?」
「なんで? 別に先に拾ったからいいと思ったよー、どうせお金いっぱいあっても使いきれないよー」

 おっ、お前……、その金があったら、俺はお姉さんのお店で豪遊しまくりできたものを……。

 ダメだ、やっぱり今回斥候もハズレかもしれん……。


 ──だが、まあ、もうしばらくはコイツマカロニ一行パーティーを組んでやってもいいかな……。
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