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人族イーアス編

Chapter 141 僕の決意(おもい)

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 異神──巨大な蛸がブルブルッと身震いすると、体表から大量の魔物がその体から生まれ出た。

 しかしこれはヴァンによって想定済み。すでに周囲に広く展開していた大量のヴァン分身体がその魔物の対応にあたる。ここで、ザ・ナートより新たな一報が入る。

(今『ソイツ』魔物を吐きだしたよね?)
(たぶん、それでなんだと思うけど、秒読みカウントが止まったよ)

 なるほど……力を使わせていけば何とかなる。先ほどチャイチャイが、恩恵スキル『創造【人形創作オートマター】』を発動し、巨大自動人形を造ると攻撃を受けきったうえで、巨大蛸を素手で殴りつけている。

 だが、巨大蛸──異神の次の一撃で大きく吹き飛び、後方で建造物群を道連れに激突しながらやがて静止し沈黙した。同時にチャイチャイは莫大なエネルギーを注いだ巨大自動人形の制御を手放した途端、膝をつく。

 しかし、時間は充分に稼げた。ヴァンは恩恵スキル「祝福【聖戦カーリー・ホーリー】」で仲間全員のみならず自分の分身体にまでその効能を発揮し、スキルの威力を数倍に引き上げた。

 その万能を受け取ったロレウとイーアスがそれぞれ恩恵スキルと、星泳力スキルの極みといえる大技を発動させる。

「息吹【銀色颶風ダイヤモンドダスト】」
「【超新星スーパーノヴァ】」

 白銀の光線と黒い軌跡が巨大蛸を襲う。巨大蛸は二本の足を差し出しつつ、黒い軌跡の方は躱す姿勢を取った。瞬間、二本の腕のうちの一つは凍って粉々に砕け散り、もう一本は黒い大爆発とともに吹き飛んだ。

 イーアスの「超新星スーパーノヴァ」は足を犠牲にしてもなお、本体に傷を与え得る必殺技と判断したのか、警戒した巨大蛸が大きく避けたせいで黒い軌跡となったイーアスは巨大蛸の足を吹き飛ばした後、ずっと後方の方に着地した。

「詰むぞ!」

 ヴァンがそう言うと皆、ここに来て事前に申し合わせていた対異神の詰みチェックメイトへ導くための工程に取り掛かる。

「【樹舞花盛】」──植物も何もないこの枯れた地に花と緑を生み、逞しく謳歌し繚乱する。

 マカロニのスキルで次々と魔物がその花緑の木枝や蔦に縛り付けられ拘束される。

 異神も例外に漏れず絡み取られてもがき始める。

 しかし所詮は植物。
 異神の手に掛かれば数秒もあれば抜け出せるが、それを目の前の小さきもの達が黙って見ている筈もない。

「【天槍驟雨】」──宙から大量の光の槍が降り注ぎ、異神より生まれ出た魔物は次々にその光槍の雨の餌食となり、巨大蛸もその表面に浅いが光槍が突き立ちおびただしいほどの無数の槍孔の痕を残す。

 異神はここにきて急に考えを改めた……これ以上のダメージは自分の存在消去の可能性に繋がる……。瞬時に撤退について己の頭の中で考えを巡らせる。

 しかし、追撃となる一撃は更に苛烈を極める。

「【聖槍ミッシガル】」──残りの足の二本を人柱にするが、荒れ狂う光の渦巻きは二本の足を粉砕し、巨大蛸に届いた。

『ゴアアアアアアアアアアアアアアア!』

 異神は周囲の建造物をその振動だけで壊れるほどの長く大きな悲鳴をあげる。永劫ともいえる時を生きてきて初めて味わう「激痛」。

 八本全ての足がもがれ、もはや身を守ることもままならない……。
 一刻も早くこの場を離れなければ……。
 しかし、目の前のこの小さきもの共は「抜け目がない」。
 確実にこちらを死の淵へと追い込む手を次々と打ってくる。

 しかし、目の前のこの小さなもの達くらいは潰したいし、確実にこの宙域からも逃れたい……。異神はとっておきの「切り札」をこの最終局面となる盤面に叩きつけた。

「【666アポカリプス】」──〝惑星ほしを喰うため〟に、その惑星の核を壊してはいけないので、これまで使用したことのない異神の必殺……。

(……皆、今すぐそこから逃げて、こちらの観測データではあと百秒後に、衛星クレアに巨大隕石が衝突する)

 見上げると宇宙から赤く染まった光が尾を引き、こちらに向かって来ているのが見えた。

「【緊急離脱ベイルアウト)】」──巨大蛸の上部の一部が盛り上がったかと思うと表面が突き抜け、最初に遭遇した時の黒髪の少年の姿の異神が黒い光に包まれて城の上の方に飛んで行く。

「……よし、任務完了──っと、じゃあ撤収するぞお前ら? マカロニ、天使様の加護【空間転移テレポート】を頼む!」

 ヴァンが明るく振る舞い、皆に撤退を促す。

「ちょっと待って」

 僕は、そんなヴァンとそれに従おうとする皆を呼び止める。

「あの異神はどうなるの?」
「……」

 イーアスの質問に皆、沈黙する。

「まあ、それはお前──、逃げたらまたどっかで同じようなことを繰り返すだろ? でもこんだけ痛い目に遭ったんだ。ここ惑星メラにはもう二度と手を出してはこないだろう……」

「それ頂戴」

 僕は、ヴァンとマカロニ君が持っている「黒い玉」を指差す。

「……一応その可能性は俺も考えた……でもやめとけ、俺たちは勝ったんだ。それで十分だろ?」

 ヴァンは、目だけで上に視線を送り、不気味に光る赤い尾を見上げながらこの完全勝利とは言えない状況に僕の理解を求めてくる。

「異神はここで見逃したら、違う惑星ほしで同じひどい目に遭う人たちが出てくるんだよね?」
「向かう先がもし『惑星ダイム』や『惑星アルマニ』だったらどうする?」
「惑星の名前はヴァン達なら勿論知っていると思うけど、僕の祖先である人族は地球という惑星から来たんだ」
「……」
「見たんだ……『幻想劇場ファンタジーシアター』で……、緑は少なかったけど、この惑星と同じく素敵な惑星ほしだった……。」
「だから僕は、あの異神をここで見逃す訳にはいかない」

 僕が続けて言葉を発している間は皆、静かに耳を傾けてくれていた。

「はい、イーアス」

 ポイっとマカロニ君が僕に「黒玉」を投げて寄越す。

「あっぶなっ!」

 僕は必死になって黒玉に衝撃を与えないように全神経を尖らせて、キャッチした。

「行ってらっしゃ~い! もう会えなくなるかもしれないね~、でも大丈夫だよ~僕たちはずっとだからね♪」

 マカロニ君らしい清々しい台詞だ。この子にはいつだってどんな時でも元気がもらえる。

「イーアスさん、絶対に死なないでください」

 ミズナさんは真剣な顔で僕を心配してくれている……トルケルさんには悪いけどちょっと気になるかも……。

「……お気をつけて」

 ロレウさんは相変わらず無口だ。でも僕は知っている……。
 皆が夜、寝静まっている時にコンやクゥちゃん達星獣とモフモフして幸せそうにしている姿を。

「イーアス君、自分は……自分は寂しい……」

 シュンテイさんは、他の皆と違って泣きそうな顔をしている。そんなこと言われたら僕まで泣きそうになるじゃないか……。でも、シュンテイさんってご飯食べたら僕のこと忘れそう。

「イーアスさん、コンやキューのことはお任せください、私とモンテールでしっかり面倒みますので」

 チャイチャイさんはやはり最後まで大人だ……。僕の気がかりである、あの二匹のことを託されてくれた。

「ったく……最後まで世話の焼けるヤツだぜ……気をつけろよ相棒」

 ヴァンは、ちょっと怒ったフリをして僕に拳を差し出してくるので互いの拳をコツンっと合わせた。

 僕ははにかんだ笑顔を浮かべ、スキルの準備に取り掛かる。

 そんな僕にマカロニ君がニコッと笑って

「イーアス、死なないで生きていれば、どうにかなるし、なんとかなるもんだよ~、僕はこう呼んでるよ?」


『明日はいい日がくるよ』



 最後に皆に無言で笑顔を見せてスキルを発動させる。

「【時空跳躍タイムスペース】」

 僕はこの星泳力スキルを二回掛けて、すでに逃げ遂せただろう異神を追って、異界へと続く大門をくぐった。
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