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女神アリア編
Opening 至福の絶頂から叩き落とされる気持ちってわかります?
しおりを挟む宇宙の天界と呼ばれるところで、とある女神が蹲り身体を震わせている。
「んんっ─よっしゃぁ! ヤッタァーッ!!」
女神はひざまずいたまま両手を高く振り上げ、歓喜に打ち震え始めた。
円形の半球形状の会場内で、辺りは薄暗い中、彼女に大量の局所照明が降り注いでおり、会場内の大勢であろう無数の視線をその一身に集めている。
しかし、そんな周囲の視線など気にする風でも無く「歓喜の表現」を決めこみ、悦に浸っている。
「それでは、惑星『地球』所属の女神"アリア"に、この度、竣工した新築惑星"メラ"の単独当選による惑星授与を行います。それでは女神アリア……舞台までお上がりください」
司会から名前を呼ばれ、壇上に上がった女神アリアは、惑星授与式を受けるもその表情は終始、感極まりない様子で周囲の視線など全く意に介した様もなく、愉悦にどっぷり浸かって心は一足先に当選惑星に小旅行に行っている。
黒い瞳に黒く長い髪を円環状に左右に丸く結留め、透き通るような白い肌に小柄で華奢な体つき。
神というだけあって神秘的な雰囲気にその身は包まれているが、如何せん表情がだらしない。
表情と態度だけで女神の品格を地の底にまで自ら叩き落としているが、本神は一向に気に留めていない。
彼女は勤め先の日本という国では違う呼ばれ方をしている。
「女神アリア、良かったわねぇ……ものすごい幸運に恵まれて……ちなみに新しい惑星は賃貸物件として、他の神にも貸し出してくれるのかしら?」
授与式の自分の番を終えて壇上を降り自分の座っていたところに戻ろうとしていたアリアに途中、声をかけてきた面識の無い神物がいた。
「いえいえ、とんでもないです。 せっかく手に入れた本拠地ですから、しばらくはひとりで満喫しようと思ってますよ~。貸し出しはまだ何も考えていませんね……それでは失礼します!」
アリアは声を掛けてきた女神に笑顔でそう答え、自分の座っていた座席に戻った。
「アリアちゃんおめでとう!! すごいねっ─! やったね! これで毎回、私と飲みに行った時によく愚痴をこぼす社畜生活から開放されるね!」
「ありがとう、アブちゃん、でも……まだ当たったって実感湧かなくて……夢だったら泣くわ、これ……」
アリアの隣の席に、いかにもお嬢様チックな女神が腰かけていて、席に戻ったアリアへ祝福の言葉を贈り、アリアもそれに素直に応える。
仲のよい女神──「アブちゃん」ことアブンダンティアと喜びを分かち合って談笑している中、舞台上では、天界のお偉いさんが幕を下ろす為の閉会の挨拶を述べている。
「それでアリアちゃん、新しい惑星にはいつ引っ越すの? いつか私も遊びにいっていい?」
「うーん、すぐにでも引っ越ししたいけど、今の仕事って結構忙しい職場環境だし、急に私がやめちゃったら職場に迷惑かかるんだよなぁ……」
「やっぱり、ちゃんと引継ぎしてからだから、いつ引っ越すかは何とも言えないなぁ……でも、もちろんアブちゃんなら大歓迎! いつでも遊びに来てねっ!! きれいな惑星眺めながら、お茶しよっ」
アリアは、アブンダンティアと会話しながらも、引っ越しに向けてこれからやるべきことがたくさんありすぎて、何から手を付けようかと意識を遠くに飛ばしていると、いつの間にか閉会式も終わり、式典会場となった円形のドーム会場には明かりが灯り、会場の各出口に向かって神達が群れをなし始める。
「じゃ、アブちゃん、そろそろ私たちも帰ろっか?」
アブンダンティアと一緒に会場を出て、そのまま、天界中央広場の無数にある転送門の一つをくぐる。
転送門の先は、地球の衛星「月」のちょうど裏側にある地球神の役所前の扉に繋がっており、そこからまた、そばにある地球の各神域に移動する転送門ゲートに向かって移動する。
「新居に越して、しばらくして落ち着いたら連絡ちょうだい」
「OK、じゃあ、また今度ね」
それぞれ別の転送門をくぐり、アリアは日本のとある霊峰の火口の前に出て、火口のそばで神力を発動し、アリアの住む社宅が敷地内にある自分の職場へと帰ってきた。
かつて地球は、その豊かな自然エネルギーを求め、多くの神達がそれを求めて移住してきた惑星で、宇宙の中でも千年に一度の住みたい惑星ランキング番付の上位にランクインする程、優良な物件惑星であった。
しかし、近年では、天界に近く好立地、好環境であることから地球圏へ転入する神が増え続け、現在、地球の神口密度は高くなってしまったことから、神々に閉塞感をもたらし、それに追い打ちをかけるように人族という知的生命体の誕生、進化に伴い、自然エネルギーが減り始め、息苦しさを感じる神も数千年前から出始めた。
天界近くという好立地で地球以外の良質の物件は多少あるものの、富裕層神力が高い神が別荘として単独所有しており、移住したくても手が出せない神が大半だった。
女神アリアも日々、自分の仕事である「地球地熱エネルギー循環管理業務」に励み、いつかは郊外にマイホーム本拠地を取得するべく毎日仕事に励んでいた。
そんな中、宇宙第一三八〇回大抽選会の特等商品として、新築物件「惑星メラ」の単独所有権を得た女神アリアは、神の中で今もっとも波に乗っているといっても過言ではない幸運つきの持ち主である。
★
「そうなの、あのコ、ちょっと言い方があまりなものだったから、ついつい貴方に話しちゃった 」
「あの小娘、よくもそんなことが平気で口にできるもんだ!!」
女神アリアが社宅に帰宅した頃、日本の神域とはまた別のとある神域で、話し声が聞こえる。
一柱は宇宙大抽選会場でアリアに当選後に声を掛けてきた女神、もう一柱は男神だが、女神の話を聞き、興奮を抑えきれず息巻いている。
「賃貸物件として、貸し出すかどうか聞いただけで『もうお前ら庶民一般神と一緒にしないでくれる? 貧乏になったらどうしてくれるの! 私に口を利いていいのはもう上流階級だけなの……』 ってなんだその遥か上からの物言いはッ!! いったい何様なんだって俺がその場にいたら言い返していたものを……。なーんか腹が立つなぁ……」
男神はそう言うと腕を組み何事か思案を巡らせるような素振りを見せたところ、男神にもう一柱の女神がほんの少し口角を上げつつ男神にささやく。
「ねぇ……チョットだけ悪戯してみない?」
★
日本時間の朝がやってきて、女神アリアは昨日の出来事を思い出し、寝台から起き上がり、再び両手でガッツポーズを作る。
「っくぅぅ─っ、ホントに当たったんだぁ……。よっしゃ! すぐに職場に報告して、退職する方向で今日から調整していかないと……」
急いで身支度を整え、社宅から出たアリアは、社宅と同じ敷地内にあるすぐそばの建物に足を踏み入れる。
「おはようございま~す。あっ! ボス聞いてください~ッ♪ 私……なっ、ななんとぉぉぉっ─!! 昨日、宇宙大抽選会で特等の惑星当たっちゃいました~っ!!」
「ああ、おはよう。昨日の夜に天界放送で特番やってたやつだろ? 見たぞ~っていうか、ボスと呼ぶのはいい加減やめろ!!」
アリアが、入室して一番最初に目にとまり挨拶した神物は、少し鬱陶しそうに振り向きながらそう答える。
「……こりゃ相当浮かれてるなぁ、もう惑星もらったから、すぐにでも飛んで行きたいだろ?」
「それはそうですよ、課長……だって一戸建てが当たったんですよ? 独占ですよ? 働かなくても誰にも怒られないんですよっ!」
課長と呼ばれた神は少し険しい顔をし、目の前で今にも小踊りでも始めそうな女神に向かって、バツが悪そうに口を開く。
「あぁ……お前の気持ちは痛いほど、よぉぉく分かるんだが、昨日の深夜にちょっと問題が生じてなぁ」
「ふぇ? 何かあったんですか?」
「あっ! アリアさん!! 遅いですよ~。昨日はやっぱり興奮して眠れなかったんですか?」
アリアが、課長に深夜の出来事について、質問した傍から、同僚の男神に声を掛けられた。
「もう、昨夜は大変だったんですよ! 地熱エネルギーが勝手に急上昇しはじめて、自動警報の通知で俺、非番なのに呼ばれて、応急点検したらコントロールシステムにバグが見つかっちゃって……」
「そういや昨日の夕方までアリアさん当番でシステムチェック担当してましたよね?自動監視に切り替えなかったりとか、もしかして、なんかやっちゃいました?」
「しぃぃぃ──つれいなッ!! 私がそんなミスする訳ないでしょっ!!」
同僚に疑いの目を向けられ、アリアはぶんぶんと高速で首を横に振り全力で否定する。
「んーまぁ、そのなんだ……。当面の応急処置はやったんだが、システムのバグの完全除去とシステムの安定化と日本の地熱エネルギーが上がってしまって被害が出てしまった関係者へのお詫びに直接行かないといけないなぁ」
「え~~ッ、ボスっ! 私を疑ってるんですか? そんなヘマなんか絶対しませんよ、私!!」
「あぁ……そうだと思うんだが、現に影響が出てしまった後だからなぁ……悪いがちょっとつきあってもらうことになりそうだ……って、いい加減ボスと呼ぶのやめろ、ボスはっ……? ところで、なぜ俺をボスと呼ぶ?」
段々と涙目になるアリアに向かって、諭すように説得を始めた課長だが、なぜか自分の呼称について気になり始めた。
「ちょっとって、どれくらいですかぁ?」
「まぁ様子も見なきゃならんから、二~三年ってところだろう?」
「ふぇ~~ッん、愛しの惑星が遠のいていくぅぅ~~ッ!?」
「いやいや、惑星が無くなるって訳じゃないんだから……大したことないでしょ、ほんの二・三年くらい?」
課長に宣告された期限に悲鳴をあげるアリアに、同僚の男神は、容赦なくアリアの心の傷口に塩を塗ってきた。
その日から、アリアは己の心を無の境地に至り、システムの復旧や上司とともに手土産持参で関係各所への謝罪廻りに努めるのだった。
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