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本当の思い
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火の手が広がって、都の朱雀大路を人々が右往左往している頃。
在御門家の門が荒々しく叩かれた。
門前には数人の法師陰陽師達がいた。
「怪しい式神を出せー!!」
と叫んでいた。
忠保は、反射的にあやめを背後に庇った。
しかし、あやめは忠保の背中に顔をうずめると、
「騒ぎにはしたくありません、子供達をよろしくお願いします」
そう言って、ついっと忠保の前に出た。
忠保はあやめの袖をぎゅっと掴んだ。
「行かせたくない!」
つい、本心が出てしまった。
「忠保様、出てきてはなりません!」
あやめが叫んだ瞬間、忠保は金縛りにでもあったかのように体を動かせなくなった。
あやめは一番上の袿を脱いで、忠保の手を振り払い、急ぎ足で門に向かった。
「あやめ…」
忠保は小さな声であやめの背後に声かけた。
あやめは、門の屋敷側で控えている下男に、門を開けて自分が出たらすぐに閉めるようにと指示を出した。
ギギギ…
門の少しだけ開いた隙間から、するりとあやめは外に出た。
すぐに外にいた法師陰陽師達に囲まれた。
「出てきたな、もののけめ!お前を封じれば都の騒ぎも収まる、さあ来てもらおう」
あやめは法師陰陽師達の指示通り、高台にある寺に連れて行かれた。
寺の中には、あやめを封じる為の祭壇や護摩が焚かれている。
高台にある寺だけあって、通された部屋の奥にある勾欄の下は崖になっていた。
法師陰陽師達があやめに手を伸ばした瞬間、一寸の隙を見てあやめは勾欄まで駆け出し、勾欄に手をかけてその上に立った。
下を見下ろすとクラリとしてくる高さだった。
吸い込まれそうな闇が広がっている。
この下は木々が生い茂った鳥葬地になっている。
「逃げられんぞ!大人しく封じられるがよい」
法師陰陽師達がジリジリとあやめに詰め寄って来る。
あやめは、勾欄の上で一呼吸した。
そして、あろうことか、次の瞬間、外の何も無い空間へ一歩足を踏み出した。
一歩、また一歩…
誰もがその場から落ちると予想していた。
だが、あやめは落ちなかった。
落ちるどころか、
勾欄から数メートル離れた空間に浮かんでいた。
「なっ…」
驚く一同。
「おのれ! やはりあやかし!」
法師陰陽師の一人が叫んだ。
あやめは懐から扇を取り出して開き、舞を舞うような動きをした。
月明りの中、あやめの体がぼうっと輝く。
「ときつかさの舞」
あやめがそう呟いた後、空から雷鳴が響いた。
一瞬で雷が落ち、眩しい光が広がって、あやめは真っ逆さまに落ちていった。
地面に叩きつけられて、骨が砕ける嫌な音もした。
目の前で起きた出来事に驚いた法師陰陽師達は、すぐに勾欄から暗い地面を見下ろしていた。
その一連の流れを、少し離れた草むらから静かに見つめる者があった。
緊縛から解き放たれた忠保が、法師陰陽師達に気づかれないように追いかけてきたのだ。
あやめが虚空に浮かんでいる時は、目を見張り、息を飲んだ。
何もかもかなぐり捨てて、飛び出していきたかった…
雷と共に、あやめの肉体から青く光る御魂二つが飛び出した。
一つは白い龍体となり都の街中へ飛んで行った。
もう一つは別の所へ。
『わたくしは…忠保様の事を愛しておりました…』
茂みに隠れる忠保にだけ聞こえた最後のメッセージ。
「!!」
忠保は目を見開く。
その直後、静かに雨が降り出した。
上の寺の勾欄から眺めていた法師陰陽師達が、松明を片手に降りてくるのが見えた。
「頭から血を流しておる…」
1人が足であやめの体を軽く小突く。
「死んでおるようじゃな」
「龍が飛んでいくのも見えたし…」
「だたの人間だったようだの、龍憑きの女というのは本当らしいわ」
「まあ、関係の無い女とも言っておったし、我らも朱雀大路の方に戻るとするか」
法師陰陽師達はぞろぞろとその場から離れていった。
人気が無くなった所で、忠保は茂みの中から走り寄る。
「あ、やめ…」
シトシトと雨の降る中、屍となったあやめの体を抱きしめ、嗚咽を堪えて泣いた。
「最後の最後であんな言葉を残すなんて、ね」
まだ温かさの残る体は、まるで、口づければ目を開いて、また微笑んでくれるような、そんな気がした。
「私だってね、あなたの事を愛しておりましたよ…」
忠保はそう呟いてあやめに口づけた。
数刻前までは、一緒に居た最愛の人…
口も目も心も…
もう、開く事は、無い…
だんだん体温が消えていくのを感じて、さらに強く抱きしめた。
そこへ、龍様からの声が響いた。
『荼毘に付したりしてはならない!それは話したよね? 関わりがある事を一切残すな!
人って、御魂が抜けた【肉人形】にまでそんな思いを持つのだね…あなたの愛情は、ずっと見守ってきたよ…。
葵という人の思いが、どうしてもあなただけに残したかった言葉だそうだよ』
「……」
忠保は懐から二つ折りの御料紙を取り出して開く。
中には菖蒲の花が一輪。
そっと菖蒲の花をあやめの胸元に手向けて、名残惜しい気持ちを吹っ切るように立ち去った。
静かな雨は段々と強くなっていった。
在御門家の門が荒々しく叩かれた。
門前には数人の法師陰陽師達がいた。
「怪しい式神を出せー!!」
と叫んでいた。
忠保は、反射的にあやめを背後に庇った。
しかし、あやめは忠保の背中に顔をうずめると、
「騒ぎにはしたくありません、子供達をよろしくお願いします」
そう言って、ついっと忠保の前に出た。
忠保はあやめの袖をぎゅっと掴んだ。
「行かせたくない!」
つい、本心が出てしまった。
「忠保様、出てきてはなりません!」
あやめが叫んだ瞬間、忠保は金縛りにでもあったかのように体を動かせなくなった。
あやめは一番上の袿を脱いで、忠保の手を振り払い、急ぎ足で門に向かった。
「あやめ…」
忠保は小さな声であやめの背後に声かけた。
あやめは、門の屋敷側で控えている下男に、門を開けて自分が出たらすぐに閉めるようにと指示を出した。
ギギギ…
門の少しだけ開いた隙間から、するりとあやめは外に出た。
すぐに外にいた法師陰陽師達に囲まれた。
「出てきたな、もののけめ!お前を封じれば都の騒ぎも収まる、さあ来てもらおう」
あやめは法師陰陽師達の指示通り、高台にある寺に連れて行かれた。
寺の中には、あやめを封じる為の祭壇や護摩が焚かれている。
高台にある寺だけあって、通された部屋の奥にある勾欄の下は崖になっていた。
法師陰陽師達があやめに手を伸ばした瞬間、一寸の隙を見てあやめは勾欄まで駆け出し、勾欄に手をかけてその上に立った。
下を見下ろすとクラリとしてくる高さだった。
吸い込まれそうな闇が広がっている。
この下は木々が生い茂った鳥葬地になっている。
「逃げられんぞ!大人しく封じられるがよい」
法師陰陽師達がジリジリとあやめに詰め寄って来る。
あやめは、勾欄の上で一呼吸した。
そして、あろうことか、次の瞬間、外の何も無い空間へ一歩足を踏み出した。
一歩、また一歩…
誰もがその場から落ちると予想していた。
だが、あやめは落ちなかった。
落ちるどころか、
勾欄から数メートル離れた空間に浮かんでいた。
「なっ…」
驚く一同。
「おのれ! やはりあやかし!」
法師陰陽師の一人が叫んだ。
あやめは懐から扇を取り出して開き、舞を舞うような動きをした。
月明りの中、あやめの体がぼうっと輝く。
「ときつかさの舞」
あやめがそう呟いた後、空から雷鳴が響いた。
一瞬で雷が落ち、眩しい光が広がって、あやめは真っ逆さまに落ちていった。
地面に叩きつけられて、骨が砕ける嫌な音もした。
目の前で起きた出来事に驚いた法師陰陽師達は、すぐに勾欄から暗い地面を見下ろしていた。
その一連の流れを、少し離れた草むらから静かに見つめる者があった。
緊縛から解き放たれた忠保が、法師陰陽師達に気づかれないように追いかけてきたのだ。
あやめが虚空に浮かんでいる時は、目を見張り、息を飲んだ。
何もかもかなぐり捨てて、飛び出していきたかった…
雷と共に、あやめの肉体から青く光る御魂二つが飛び出した。
一つは白い龍体となり都の街中へ飛んで行った。
もう一つは別の所へ。
『わたくしは…忠保様の事を愛しておりました…』
茂みに隠れる忠保にだけ聞こえた最後のメッセージ。
「!!」
忠保は目を見開く。
その直後、静かに雨が降り出した。
上の寺の勾欄から眺めていた法師陰陽師達が、松明を片手に降りてくるのが見えた。
「頭から血を流しておる…」
1人が足であやめの体を軽く小突く。
「死んでおるようじゃな」
「龍が飛んでいくのも見えたし…」
「だたの人間だったようだの、龍憑きの女というのは本当らしいわ」
「まあ、関係の無い女とも言っておったし、我らも朱雀大路の方に戻るとするか」
法師陰陽師達はぞろぞろとその場から離れていった。
人気が無くなった所で、忠保は茂みの中から走り寄る。
「あ、やめ…」
シトシトと雨の降る中、屍となったあやめの体を抱きしめ、嗚咽を堪えて泣いた。
「最後の最後であんな言葉を残すなんて、ね」
まだ温かさの残る体は、まるで、口づければ目を開いて、また微笑んでくれるような、そんな気がした。
「私だってね、あなたの事を愛しておりましたよ…」
忠保はそう呟いてあやめに口づけた。
数刻前までは、一緒に居た最愛の人…
口も目も心も…
もう、開く事は、無い…
だんだん体温が消えていくのを感じて、さらに強く抱きしめた。
そこへ、龍様からの声が響いた。
『荼毘に付したりしてはならない!それは話したよね? 関わりがある事を一切残すな!
人って、御魂が抜けた【肉人形】にまでそんな思いを持つのだね…あなたの愛情は、ずっと見守ってきたよ…。
葵という人の思いが、どうしてもあなただけに残したかった言葉だそうだよ』
「……」
忠保は懐から二つ折りの御料紙を取り出して開く。
中には菖蒲の花が一輪。
そっと菖蒲の花をあやめの胸元に手向けて、名残惜しい気持ちを吹っ切るように立ち去った。
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