2 / 2
2.後編
しおりを挟む
──という妄想を、会社のデスクでしていた。
危ない、もう少しでイッてしまうところだった。
俺は前髪で隠した目で課長を盗み見る。すると、課長は俺の視線に気付いてしまい、チッと嫌そうに舌打ちした。
「おい、先週頼んだ見積書、まだできないのか?」
「あ、はい……すみません……」
課長は俺の言葉にわざとらしいため息をついて、「見積書一枚作るのに一週間もかけるなよ」と言って、その仕事を他の部下に回している。
俺の後ろがうずいた。微弱ながら震えているバイブが、後ろが締まったことで感覚を敏感に拾ってしまったらしい。ひとりでに吐息が熱くなる。
──現実は残酷だ。
俺は平社員で容姿も性格も根暗だ。対して課長はイケメンで奥さんがいて、子供もいる。社員の憧れの的で、どう考えても俺と釣り合わない。まさか俺が、課長とのあれこれを日々妄想しながら仕事をしているなんて、彼は思ってもいないだろう。
「お前、ちょっと来い」
課長に呼び出され、俺は大人しくついて行く。行き先は、会議室だ。
まさか課長と二人きりになれるなんて、と思ってドキドキしながら促された席に座ると、彼は深いため息をついた。
「……来月いっぱいで、この会社を退職してもらう」
「……え?」
課長の言葉が俺の胸に突き刺さる。
「なぜかは……分かるよな?」
「……分かりません……」
俺がそう言うと、課長は天井を仰いだ。俺の後ろがまた疼く。
「……そうだな。一応、説明義務はあるか……あのな」
俺は身動ぎする。さっきから課長の言葉に、俺の身体が反応して、後ろがどんどん締まっていくからだ。課長にはバレてないだろうけど……バレて欲しいと思う気持ちもある。
「仕事にやる気が見られないし、ミスも多い。オマケに責任感もないし、周りとのコミュニケーションを取る気も感じられない」
課長の言うことは本当だ。彼の言葉がグサグサと胸に刺さり、俺の後ろを締め付けていく。ああ課長、もっと、俺に刺さる言葉をください。
「それにだな……あー……」
課長は言い淀んだ。
「……著しくコンプライアンスに違反する行動をしている。会社として、お前のような社員は雇えない」
「コンプライアンス……ですか……」
それは何でしょう? と俺は聞く。微かに声が上擦った。
課長は何度目かの大きなため息をつく。俺は熱心に課長を見つめた。もっと、そのため息や俺を責める言葉が聞きたい。……もっと、もっと。
「デスクで堂々とオナニーしていることだよ! モノは出してないとは言え、立派なセクハラだ!」
分かったなら帰れ! そして二度と来るな! と課長は怒鳴って立ち上がり、会議室を出て行く。俺はビクビクと身体を震わせると、はあ、と息を吐いた。
イッてしまった……。そして解雇されてしまった。
現実は残酷だ。俺と課長は、永遠に結ばれることはないのだから。
──でも、それが良い。
結ばれてしまったら、こんなに課長の言葉や態度が、俺には刺さらないだろうから。
俺は今のできごとを反芻しながら、また背中を震わせた。
[完]
危ない、もう少しでイッてしまうところだった。
俺は前髪で隠した目で課長を盗み見る。すると、課長は俺の視線に気付いてしまい、チッと嫌そうに舌打ちした。
「おい、先週頼んだ見積書、まだできないのか?」
「あ、はい……すみません……」
課長は俺の言葉にわざとらしいため息をついて、「見積書一枚作るのに一週間もかけるなよ」と言って、その仕事を他の部下に回している。
俺の後ろがうずいた。微弱ながら震えているバイブが、後ろが締まったことで感覚を敏感に拾ってしまったらしい。ひとりでに吐息が熱くなる。
──現実は残酷だ。
俺は平社員で容姿も性格も根暗だ。対して課長はイケメンで奥さんがいて、子供もいる。社員の憧れの的で、どう考えても俺と釣り合わない。まさか俺が、課長とのあれこれを日々妄想しながら仕事をしているなんて、彼は思ってもいないだろう。
「お前、ちょっと来い」
課長に呼び出され、俺は大人しくついて行く。行き先は、会議室だ。
まさか課長と二人きりになれるなんて、と思ってドキドキしながら促された席に座ると、彼は深いため息をついた。
「……来月いっぱいで、この会社を退職してもらう」
「……え?」
課長の言葉が俺の胸に突き刺さる。
「なぜかは……分かるよな?」
「……分かりません……」
俺がそう言うと、課長は天井を仰いだ。俺の後ろがまた疼く。
「……そうだな。一応、説明義務はあるか……あのな」
俺は身動ぎする。さっきから課長の言葉に、俺の身体が反応して、後ろがどんどん締まっていくからだ。課長にはバレてないだろうけど……バレて欲しいと思う気持ちもある。
「仕事にやる気が見られないし、ミスも多い。オマケに責任感もないし、周りとのコミュニケーションを取る気も感じられない」
課長の言うことは本当だ。彼の言葉がグサグサと胸に刺さり、俺の後ろを締め付けていく。ああ課長、もっと、俺に刺さる言葉をください。
「それにだな……あー……」
課長は言い淀んだ。
「……著しくコンプライアンスに違反する行動をしている。会社として、お前のような社員は雇えない」
「コンプライアンス……ですか……」
それは何でしょう? と俺は聞く。微かに声が上擦った。
課長は何度目かの大きなため息をつく。俺は熱心に課長を見つめた。もっと、そのため息や俺を責める言葉が聞きたい。……もっと、もっと。
「デスクで堂々とオナニーしていることだよ! モノは出してないとは言え、立派なセクハラだ!」
分かったなら帰れ! そして二度と来るな! と課長は怒鳴って立ち上がり、会議室を出て行く。俺はビクビクと身体を震わせると、はあ、と息を吐いた。
イッてしまった……。そして解雇されてしまった。
現実は残酷だ。俺と課長は、永遠に結ばれることはないのだから。
──でも、それが良い。
結ばれてしまったら、こんなに課長の言葉や態度が、俺には刺さらないだろうから。
俺は今のできごとを反芻しながら、また背中を震わせた。
[完]
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる