【読み切り】現実は残酷

大竹あやめ

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2.後編

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 ──という妄想を、会社のデスクでしていた。

 危ない、もう少しでイッてしまうところだった。

 俺は前髪で隠した目で課長を盗み見る。すると、課長は俺の視線に気付いてしまい、チッと嫌そうに舌打ちした。

「おい、先週頼んだ見積書、まだできないのか?」
「あ、はい……すみません……」

 課長は俺の言葉にわざとらしいため息をついて、「見積書一枚作るのに一週間もかけるなよ」と言って、その仕事を他の部下に回している。

 俺の後ろがうずいた。微弱ながら震えているバイブが、後ろが締まったことで感覚を敏感に拾ってしまったらしい。ひとりでに吐息が熱くなる。

 ──現実は残酷だ。

 俺は平社員で容姿も性格も根暗だ。対して課長はイケメンで奥さんがいて、子供もいる。社員の憧れの的で、どう考えても俺と釣り合わない。まさか俺が、課長とのあれこれを日々妄想しながら仕事をしているなんて、彼は思ってもいないだろう。

「お前、ちょっと来い」

 課長に呼び出され、俺は大人しくついて行く。行き先は、会議室だ。

 まさか課長と二人きりになれるなんて、と思ってドキドキしながら促された席に座ると、彼は深いため息をついた。

「……来月いっぱいで、この会社を退職してもらう」
「……え?」

 課長の言葉が俺の胸に突き刺さる。

「なぜかは……分かるよな?」
「……分かりません……」

 俺がそう言うと、課長は天井を仰いだ。俺の後ろがまた疼く。

「……そうだな。一応、説明義務はあるか……あのな」

 俺は身動ぎする。さっきから課長の言葉に、俺の身体が反応して、後ろがどんどん締まっていくからだ。課長にはバレてないだろうけど……バレて欲しいと思う気持ちもある。

「仕事にやる気が見られないし、ミスも多い。オマケに責任感もないし、周りとのコミュニケーションを取る気も感じられない」

 課長の言うことは本当だ。彼の言葉がグサグサと胸に刺さり、俺の後ろを締め付けていく。ああ課長、もっと、俺に刺さる言葉をください。

「それにだな……あー……」

 課長は言い淀んだ。

「……著しくコンプライアンスに違反する行動をしている。会社として、お前のような社員は雇えない」
「コンプライアンス……ですか……」

 それは何でしょう? と俺は聞く。微かに声が上擦った。
 課長は何度目かの大きなため息をつく。俺は熱心に課長を見つめた。もっと、そのため息や俺を責める言葉が聞きたい。……もっと、もっと。

「デスクで堂々とオナニーしていることだよ! モノは出してないとは言え、立派なセクハラだ!」

 分かったなら帰れ! そして二度と来るな! と課長は怒鳴って立ち上がり、会議室を出て行く。俺はビクビクと身体を震わせると、はあ、と息を吐いた。

 イッてしまった……。そして解雇されてしまった。

 現実は残酷だ。俺と課長は、永遠に結ばれることはないのだから。


 ──でも、それが良い。

 結ばれてしまったら、こんなに課長の言葉や態度が、俺には刺さらないだろうから。

 俺は今のできごとを反芻しながら、また背中を震わせた。


[完]
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