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第22話

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 それから仕事初めがあり、世間も駿太郎も慌ただしい生活に戻る。すると予想通り、友嗣とはすれ違いの日々になった。
 友嗣は駿太郎が寝てから帰ってくるし、朝は彼が朝食を作ってくれて二人で食べるものの、ゆっくりはしていられない。

(これって、いつデートするんだ?)

 基本的に友嗣は平日が休みだ。それに駿太郎は仕事があるので、遅くまで起きていられない。いっそ友嗣が土日に休みを取るか、自分が平日に有休を取るかと考えるけれど、そこまでしてやりたいことがあるわけじゃない。

(狭いシングルに、二人で寝るのも限界があるしな)

 友嗣は相変わらずベッドに入るとくっついてくる。しかも正月に買ったルームウェアも一緒に抱いて。いい加減着ろよと言ったけれど、モコモコのトップスに、嬉しそうにすりすりしている友嗣相手に、それ以上のことは言えなかった。
 しかし、甘えられる相手がそばにいるのに、それができないとなると、ストレスが溜まるのも事実で。

(……してぇなあ)

 あっという間に同棲を始めてからもうすぐ一ヶ月。友嗣も年始のあの件からは電池が切れることもなく、安定して過ごしている。

(優しいし、メシ美味いし、かわいいし……)

 甘えさせてくれる相手が駿太郎の理想だ。その点、友嗣は子供っぽく振る舞うことがあるものの、基本的に駿太郎を甘やかしてくれる。でも、ふとした瞬間にくっついてきて、それが困ると思い始めたのはよくないな、と感じるのだ。
 友嗣の体温が安心するのと同時に、触れたところが痺れたように熱を持つ。その熱は今まで押さえつけていた欲望に火をつけ、何もかも忘れて身体を開きたくなるのだ。

(……っと、仕事仕事)

 駿太郎は書類を持って席を立つ。社長印をもらうため移動すると、秘書課に行く道すがらに大きな声で話す女性社員の声がした。

「仕事はできる人だと思うよ? けど人としてどーなの、って……」

 普段なら、言わせておけと思っただろう。けれど彼女が続けた言葉に、思わず立ち止まってしまった。

「勇気出して言ったのに無下にされて。なんか私の方がムカついて。後をつけたら店に入っただけだし。何が用事がある、よ」

 外食するなら、断ることもないじゃない、と彼女は言った。
 ――覚えがある話の流れに、完全に自分のことだ、と駿太郎はまた歩き出す。社内で好かれているとは思っていなかったけれど、こうハッキリと嫌悪を見せられたのはショックだった。

(いや、自業自得だな)

 駿太郎が冷たくあしらったから、先日声をかけてきた女性社員の代わりに怒ったのだろう。その怒りは正当だと思うけれど、と拳を握る。
 では、どうすればよかったのだろう? 食事に乗った上で、告白されたら断ればよかったのか? そこまで期待させてしまうのは嫌だし、過去にそうして、無理やりホテルに連れ込まれそうになったこともある。あれは男である駿太郎にとっても、トラウマだった。

(泣かれたら、一気に立場が悪くなるもんな)

 だからその気がないことをハッキリ示したのだ。あれ以上の最適解はない、と思った瞬間、足もとがふらつく。

(あ、やば……)

 駿太郎はすぐに立ち止まった。壁に手を付き、ふわふわとするめまいにじっと耐えていると、しばらくして治まってきたのでホッとする。

(はあ、……友嗣を充電したい)

 今のは、強いストレスを感じると起こるものだ。二年前に発症し、ここのところ安定していたのに、と歩き出した。

(ダメなんだよ。ただでさえゲイで心象悪いってのに、仕事くらいはちゃんとしなきゃ)

 プライベートはひた隠しにして、仕事は真面目にやる。それで上手くやれていたはずだった。仕事さえきちんとこなしていれば、家族も光次郎も、周りも何も言わないから。

「お疲れ様です、社長印をいただきたいんですが」
「……ああ上藤さんお疲れ様です。ここに使用目的を……って、ちょっと顔色悪くないです?」

 目的の場所に着くと、社長秘書の男性社員は、社長室手前の受付で笑顔で応えてくれた。しかし今のめまいの尾を引いていたのだろう、顔色が悪いと指摘される。

「ああ……いえ、大丈夫です。……これでいいですか?」

 駿太郎は笑みを浮かべると、社長秘書は「そうですか」と納得してくれたようだ。無理はしないでくださいね、と言われ、それにも笑顔で返す。

(俺から仕事までなくなったら……)

 前の職場を退職したあとの、漠然とした焦燥感はもう味わいたくない。誰もが自分を責めているように見え、両親、光次郎とも話すことが怖かった。見ず知らずだった将吾に話してしまったのも、限界だったんだなと今ならわかる。

(とりあえず友嗣……友嗣が欲しい)

 あの、広い胸に甘えたい。そうすればきっと、自分は頑張れる。
 しかし、それがどれだけ危うい思考なのか、駿太郎は気付かなかった。相手に縋り、仕事に縋り、自分を保ってきた部分もある。自分の価値、存在意義を他人に委ねるのは、知らず知らずのうちに責任を相手に押し付けることになりかねない。
 たった一人の意見、しかも偏ったそれにここまで心が乱されるなんて、思ってもみなかった。そしてそれがきっかけとなり、脆い部分からポロポロと崩れていく……それに駿太郎は気付いていない。

(……嫌だ)

 今まで、誰になんと言われようと関係ない、そう思い込んできた。仕事さえちゃんとしていればいい、年に数回実家に帰って顔を見せればいい、――ゲイだって、なんら恥じることはない。そう思い込んできた。
 でも、ちょっとしたことでそれが揺らぐのは、自分が弱いからだ。硬い殻を破れば、柔らかい中身が露になる卵のように、ぷちりと膜を突いたら弱音が溢れ出てくる。そんなのは長男として、兄として、――成人男性として許されない。
 ふわりと、また足もとがふらついた。転びそうになって先程と同じように壁に手をつく。けれど今度はめまいが治まらず、立っていられなくなり座り込んだ。

「え、上藤さん? 大丈夫ですか?」

 近くにいたらしい女性社員に見つかり、ああ、迷惑をかけてしまったと思う。放っておいてほしいけれど動くこともできず、すみません、と謝る。

「なんで謝るんですか。……動けます?」
「めまいがしてるだけです。大人しくしていれば治るので」

 そうは言うもののグルグルと視界が回り、目を閉じてもその感覚は治まらない。まずいぞ、と思うけれど、どうにもままならず、駿太郎は動けないまま耐えるしかなかった。
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