【完結】一回ヤッたら溺愛されました〜甘えたがりの甘え下手〜

大竹あやめ

文字の大きさ
上 下
23 / 35

第23話

しおりを挟む
 結局、めまいが治まったところで帰るよう指示され、トボトボと家に帰る。大丈夫だと言い張ったが聞いてもらえず、仕事の続きは明日にしなさいと上司に言われてしまった。同僚ならまだしも、さすがに上司に言われてしまっては従うほかない。

 玄関のドアを開けると、中はしんとしていた。友嗣はもう出勤しているはずだから、当然と言えば当然だけれど、一気に不安と寂しさが襲ってきてすぐに着替えて出かける準備をする。

(会って、少しでも……ハグくらいできたら……)

 そう思って家を出た。こんな時間に行ったら迷惑だろうか、とか今更ながら思うけれど、もう自分ではどうしようもできない。
 早歩きで【ピーノ】に向かう。ビルが見えるとさらに焦燥感が増し、階段を上る。二階から三階へ続く階段を上りかけたところで、友嗣の声がしてホッとした。

「将吾の言う通りだった。シュンが優しいだなんて信じてなかったけど。将吾、ありがとう」

 やっぱり将吾は誰よりも特別だ、と笑う友嗣。駿太郎は思わず立ち止まってしまった。

(え、なに? どういうこと?)

 自分たちが付き合い始めたのは、将吾のひと言がきっかけなのはわかっている。だから自分と同じように、友嗣も自分を信用していないのは気付いていた。あの夜をきっかけにそれがひっくり返った感じがしたけれど、と胸を押さえる。

「……でもね、やっぱり荷が重いかなって思うんだ」
「それは……お前がちゃんとシュンと話すしかないだろ」

 そう言った二人は、店のドアの開閉音と共に気配をなくした。どうやら店の中に入ったらしい。
 どういうことだろう、と駿太郎は思う。友嗣は駿太郎を特別だと言う同じ口で、将吾も特別だと言う。そして、荷が重いというのは、駿太郎が重いということだろうか。

「……ははっ、……そういうことかよ……」

 乾いた笑いが漏れた。
 所詮、自分は友嗣にとって、大勢いる中のひとりだったということだ。特別だと言う友嗣を軽々と信用し、彼となら上手くやれるかもしれないなんて、浮かれて本質を見誤っていた。――やっぱり友嗣は、節操なしだ。
 思えばしばしば会話に出てくる、将吾は特別という言葉。それは本当なのだとわかる。友嗣には将吾が絶対的な存在で、将吾かそれ以外か、という区別しかないのだろう。
 そうでなければ、自分のことを荷が重いだなんて言わない。
 駿太郎が誰かを好きになったら、重くなるのは友嗣も知っていた。最初はそれを馬鹿にしたような発言もあった。本音はそちらだったんだと思う。

(けど、特別な将吾サンが言うから、仕方なく俺と同棲を始めた。将吾サンが言うから、俺のことを特別だと言い始めた……)

 初めから、その片鱗は見えていた。友嗣と将吾はなんでも話せる仲で、それだけでも特別親密な仲なのは知っていたのに。友嗣は将吾のために、駿太郎に付き合っていたのだ。
 それなのに、友嗣の甘い言葉に呆気なく警戒心を解いて……。

「馬鹿だな、俺は……」

 そう呟いて、踵を返す。
 怒る気力もなかった。裏切られたのだと思ったら、相手を信用してしまった自分が情けない。
 ――家に帰ったら、勝手だけど友嗣の荷物をまとめておこう。そして帰ってくるまで待って、出ていけと言えばいい。多分友嗣は、いつものように緩く笑って「わかった」と言うだろうから。

「……っ」

 息が詰まった。目頭が熱くなるけれど涙は出ない。こんなところで泣いてたまるか。自分は、ゲイでも堂々と生きると決めたのだから。
 田舎の長男として産まれ、両親は古いしきたりや考えに迎合していたし、周りは反発する駿太郎を許してくれなかった。環境の良さもあり、世間からは「ハイスペック」と呼ばれる職業とキャリアにいる親戚たちに、引けを取らないように努力してきたつもりだ。ゲイでも人間的には何も劣らないと。……恋愛以外は真面目に生きていると。

「……情けねぇなぁ……」

 こんな姿を光次郎が見たら激昂するだろう。親戚に負けるなと、彼はなぜか対抗意識を持っていた節もある。そういえば正月に無理やり帰ってから、連絡が来ていない。いよいよ本格的に呆れられたのだろう。

「……嫌だ……」

 ポツリと出てきた声は、震えていた。本当は、今すぐにでも友嗣に縋りつきたい。家族にも、嫌われるのは嫌だ。
 人肌がないと眠れないという友嗣。実は駿太郎もそうなのだ。だからベッドに入ってくる友嗣を拒めなかった。気を紛らわすために真面目なルーティンをこなし、想い人一色にならないように自制して。だから、友嗣との夜で一気に箍が外れたのは良かったと思っていた。
 全部、ちっぽけで弱い自分を隠すためのものだったのだ。本当は、他人の意見なんかものとせず生きていきたいのに、憂いている自分がいる。大丈夫、気にすることじゃない、と言ってくれる人が……駿太郎に寄り添ってくれる人がずっと欲しかった。
 自分には、他人に誇れるものなど何もないから。
 自分の弱音や本心を韜晦とうかいし、生きていくのはやはり辛い。

(辛い……そう、俺は辛かった)

 同性愛者だと気付いてから、親戚の何気ないひと言がさらに胸に刺さるようになった。表向きは迎合しているように見せていたけれど、それも辛くなっていた。そんな駿太郎に両親は気付いていたのだろう。光次郎はあからさまに嫌悪感を出していたから、それもしんどかった。
 どうして、好きになる人の性別を選べないのだろうと、何度思ったことだろうか。だから誰でも好きになれる友嗣が羨ましかったし、同時に嫌いでもあった。
 けれど、そんな友嗣もまともな恋愛をしていたようには見えなかったのだ。
 はぁ、とため息が出る。結局、そういうところが見え隠れする彼からは、自分は離れられないな、と感じてしまったのだ。

 自分と、なんとなく似ているな、と思ってしまうから。

 駿太郎は考えるのを止め、心を無にして真っ直ぐ家に戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

既成事実さえあれば大丈夫

ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

シャルルは死んだ

ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...