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第13話

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 その日の夜、仕事が終わって帰ってきた友嗣は、駿太郎のベッドに潜り込んできた。シングルベッドだし狭いからやめろと抵抗したけれど、人肌がないと眠れないという友嗣を、駿太郎は突き放すことができなかった。手は出さない、という条件を出し、抱きつかれながら眠る。こんなこと、今まで誰にもさせたことがないのに、と赤面し、内心悶えたのは黙っておくことにしよう。

 そして三十日。友嗣には、三日まで帰ってこられないことを伝えると、案の定寂しがられた。なるべく早く帰ってくるから、となだめて背中を撫でたら、「大好き」と抱きつかれる。なかなか離れないので、諦めて好きなだけ抱きつかせていたら、友嗣の出勤時間までそのままだった。どれだけだよ、と友嗣にも自分にも呆れてしまう。

◇◇

「ただいまー」

 帰省するのも年間行事となったいま、実家というのは落ち着く場所というより『別の人の家』だと感じる。そこにただいまと言って入るのも変な感じだよな、と駿太郎は家の中へ入っていった。
 そこそこの田舎の一軒家なので間取りは広いが、居間にいる両親を見るたび、家が広く感じるのは両親が小さくなっていくからかな、なんて思う。

「あらおかえり。悪いねぇ無理言って早く帰ってきてもらって」

 コタツに入っていた母が振り返る。父はこちらを一瞥しただけで、再びテレビを眺めた。

「いや。……光次郎は?」
「部屋にいるんじゃない?」

 母の言葉を聞いて一つ頷き、そのまま自室だった部屋に向かう。弟のことを聞いたのは極力会うのを避けたいからだ。ただでさえ気が重い帰省なのに、小言まで言われたくない。

「兄さん」

 しかしそういう時に限って、しっかり鉢合わせをしてしまう。駿太郎は引き攣りそうな顔を抑えながら、「ただいま」と挨拶をした。
 すると光次郎は眉間に皺を寄せる。

「ちょっと……太ったんじゃないか? 自己管理ちゃんとできてる?」
「おま、……久々に会った兄貴に開口一番それかよ」

 そう言いながら階段を上り、自室に向かうと光次郎もついてきた。昔は好意的についてきていたのに、今は正直監視されているようで落ち着かない。それに、駿太郎はのではなく、適正体重にだけだ。二年前のゴタゴタで、かなり痩せていた自覚があるから、その時に比べたら太ったように見えるのかもしれない。

「……何?」

 ついてくる弟に嫌な顔を隠さず言うと、とりあえず部屋に行けというので、どうしてそんなに偉そうなんだよと思いながら部屋に入った。

「兄さん」

 部屋に入るなり呼ばれる――ちなみに古い家なので全部屋和室だ――弟の好意的でないその声に、駿太郎はうんざりしながら荷物を下ろした。

「いつまで遊んでるつもりなんだ?」
「……遊んでるつもりは……」
「じゃあ電話した時どこに行ってたんだ? わざわざ家まで行ったのに」
「あれは、出張だったって言ったろ?」

 やっぱりな、と駿太郎は畳に座る。今は家具をほとんど運び出したので、来客用の布団と、空になった本棚があるだけ。落ち着かないな、と思い、やっぱり今の駿太郎が帰る場所は、違うのだと思い知らされた。

「もう……実家には戻って来ないつもりか?」
「お前に両親を任せてしまってる罪悪感はある。けど……」
「ふざけんな!」

 ここに来る度繰り返される会話に、駿太郎はいつも通り返す。そしてやっぱり光次郎は声を荒らげ、駿太郎の発言を遮るのだ。
 けれど、今回は違った。こちらの思いも少しは理解して欲しい。そう思って駿太郎は口を開く。

「聞けよ光次郎。お前だっていずれ結婚するだろ? お相手だって俺がいたら気を遣うし、そもそもお前も、両親と離れて暮らす選択肢があるはずだ」
「……っ」

 いくら古臭い風習が残る家系だとはいえ、それを生真面目に守る義務などまったくない。風当たりは強くなるだろうけれど、そもそも本人の幸せを願えない人たちのそばに、いる必要はないのだ。

「……親戚中で、兄さんは笑いものだぞ?」

 光次郎は視線を鋭くしてこちらを睨んでくる。地元の有名校に入学できなかった時から、駿太郎の評判はガタ落ちだ。それは痛いほど自覚している。

(そもそも受験の時は、それどころじゃなかったし)

 自分の性指向に気付き、アイデンティティが崩された直後だったのだ。自分が何者なのかもわからなくなり、勉強に身が入らない日々だった。
 それでも、このまま実家にいたら両親と弟に迷惑がかかるのはわかっていたので、大学進学と共に実家を出たのだ。

「父さん母さん、光次郎が笑われるよりいい」

 微苦笑をたたえてそう本音を呟くと、光次郎は弾かれたように部屋を出ていく。バタバタと階段を下りる音がして、駿太郎はため息をついた。

「あー……憂鬱だな、ほんと」

 天井を仰いだついでに寝転がると、つい本音が漏れてしまう。
 実家を出たあとに、自分の生き方を考え、固めた。そのはずなのに、周りがそれを許してくれない。おおごとにして争うつもりはなく、淡々と説いていけば、わだかまりも消えていくかと思ったけれど。

「甘かった、のかなぁ……」

 ふう、と大きく息を吐き出した。しかし性指向は変えられないし、自分に嘘をつくことも嫌だ。それに、駿太郎がいま暮らしている環境は、駿太郎をありのまま受け入れてくれている。そうなると、そちらにいたいと思うのは自然だろう。旧態依然とした実家よりも、断然外の方が過ごしやすい。

「光次郎は……もう少しかかりそうだな……」

 受験失敗の辺りから、光次郎からは嫌われていると自覚している。一家の恥だ、親戚中の笑いものだと思うのも、わかるから咎めはしない。自分のことを認めないのは結構だが、いちいち絡んでくるのは勘弁して欲しい。

 なんにせよ、やっぱりここは自分の居場所じゃないな、とそのままゴロゴロすることにした。
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