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噂と駆け引き

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緒川支部長は自宅に帰り就くと、ネクタイをゆるめてドサリとソファーに身を投げ出した。

   (泣かせちゃったよ……。めちゃくちゃ大事にするって約束したのに……)

涙を流し体を小刻みに震わせていた愛美の顔を思い出すと、胸が引き裂かれそうに痛む。
ひどい事を言ってしまった。
隠していた自分の弱さを押し付けて、一方的に愛美を責めた。

   (長い間片想いして、嫌いだって言われても一方的に好きだって言い続けて……。やっと俺の事好きになってくれたのに、あんな事して嫌われたかも……)

他の男になんか触れさせたくない。
自分だけを見て欲しい。
もっともっと愛されたい。
愛美を離したくない。
ずっと一緒にいたい。
いろんな想いが頭の中を駆け巡る。
愛美は今、何を思っているだろう?
嫉妬したり焦ったり、必死になっているのは自分ばかりだ。
愛美以外の女性にはなんの興味もないし、疑われるような事は何一つない。

   (もしこのまま俺から何も言わなかったら、愛美は俺のために悩んだり、泣いてくれたりするのかな……。俺がもし他の女の子と一緒にいたら、嫉妬なんかするんだろうか……)

そんな事、今まで思いもしなかった。
顔中涙でぐちゃぐちゃにして、みっともないくらい取り乱して、『好きだからどこにも行かないで、ずっと一緒にいて』と愛美の方から言ってくれたら、ちゃんと愛されているのだと感じられるだろうか。
愛されているのだと確かめられたら、きっと今より安心してそばにいられるのに。
人の気持ちを試すなんて卑怯だとは思う。
だけどどうしても、愛美の本心を知りたい。

   (一人でジタバタして、俺バカみたいだ……)


翌朝。
愛美はベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた。
まともに歩けるようになるまで有休を取れと緒川支部長に言われたけれど、本当にそれでいいのだろうか。
夕べ言われた言葉が、一晩中頭を駆け巡った。

   (政弘さんがあんなふうに思ってたなんて、全然気付かなかった……)

多忙な『政弘さん』を気遣って遠慮していた事はたしかだけれど、一緒にいられる時は甘えていたつもりだった。
健太郎の言う事なら素直に聞けるとか、『政弘さん』には安心して甘えられないなんて、もちろんそんな事は全くない。
幼馴染みなので気心は知れているが、昔ほんの少し付き合っていたからと言って、今の健太郎に対して特別な感情があるわけでもない。
緒川支部長にも職員のオバサマたちにも、健太郎との仲を誤解されたくないし、変な噂を立てられては仕事がしづらい。
誤解は早く解いた方がいい。
健太郎にも、誤解をされるような言動はもうやめて欲しいとハッキリ言わなければ。

   (私が好きなのは政弘さんだけだって、ちゃんと言おう)


愛美はベッドから起き上がり、シャワーを浴びて仕事に行く支度をした。
腫れ上がった右足首に湿布を貼り、しっかりと包帯を巻いた。
それから軽い朝食を取って、病院でもらった鎮痛剤を飲んだ。
この足ではゆっくりとしか歩けない。
愛美は普段の通勤の時には履かないペタンコの靴を履き、いつもより30分早く家を出て、駅に向かってゆっくりと歩き出した。


愛美がなんとか無事に出社して支部に入ると、緒川支部長は佐藤さんの隣の席に座り、二人並んで書類をめくりながら話をしていた。

「……おはようございます」

緒川支部長は少し驚いた様子で顔を上げて、険しい顔で愛美を見た。

「有休取れって言っただろう」
「大丈夫ですので」

愛美はいつも通りの態度で内勤席に着き、パソコンに向かう。

   (佐藤さん、随分早いな……)

朝はいつも緒川支部長が一番に出社して、その後に愛美、高瀬FP、峰岸主管と続く事が多い。
支部全体のほとんどを占める主婦の職員と比べると、独身の佐藤さんは朝の時間に余裕があるのかも知れない。
佐藤さんは緒川支部長の話にうなずいたり、時おり笑みを浮かべ、何かを尋ねたりしている。
時々耳に入る言葉の端々から、会話の内容は仕事の事であるのは間違いない。
どうやら、この間言っていたエステサロンを佐藤さんが担当する事になったらしい。
元美容部員で美容に関しての知識が豊富な佐藤さんは、エステサロンの担当にピッタリだ。
佐藤さんが仕事に慣れるまで、しばらくは緒川支部長が同行するのだろう。
仕事だとわかっていても、緒川支部長が昔の恋人の佐藤さんと長い時間を共にする事は、愛美にとって穏やかではない。
もしかしたら自分の知らない所で、緒川支部長が佐藤さんと……と不安になる気持ちを、愛美は必死でかき消そうとした。



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