テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

文字の大きさ
上 下
19 / 107
プロローグ

勇者参上!

しおりを挟む
「ぐわははは! ついにここまで来たな! 勇者どもよ」
「当然だ! 人々を苦しめるお前の存在を、この勇者様が許すと思うなよ!」

「我が魔王の力も数多の封印によって随分と弱くなってしまった。しかしそれでもお前たちに勝ち目はない。聖女の力が消えた今、我にダメージを与えるすべはなくなってしまったのだからな!」
「果たしてそれはどうかな!」
「なにい!?」
「誰の力が消えたって?」 
「グオオオオオオ! 馬鹿な! これは聖女の聖光術!」
「もう一発!」
「ガアアアアアアアア! なぜだ! お前たちは我の力を封印するために、聖女を犠牲にしたのではなかったのか!」

「ハッ! 勇者様が仲間を見捨てるわけないだろうが!」
「私はこんな見た目になっちゃったけどね!」

「き、貴様はまさしく聖女!なぜだ!ならばこの重い封印は一体どうして!」
「確かに『聖女を切り分け九大陸に埋めよ。さすれば魔王の力その数だけ封印されん』なんて石板が出てきた時には焦ったけどよ。ステータス99のこの知性にかかればなんてことはなかったぜ!」
「私も『皆の為に死のう、死ぬしかない』って思ってたわ。でもあんな方法があったとはね。さすが勇者様!」 

「い……一体どうやって……」
「このツルツルになっちまったかわいそうな頭を見てもまだわかんねえのか!?」
「ま……まさか……! そんな……そんな天才的発想が……!」
「そうさ! 俺は聖女の髪の毛を切り分けて九大陸全てに嫌というほど埋めてきてやったんだ!」
「ばかなあああああああああああ」
 

「さすがは勇者。ワシが教えることはもうないようじゃの」
「その声は! お師匠様!」
「ただの小僧だと思ってたがやるじゃねえか! 手助けさせてもらうぜ!」
「ドワーフのおっちゃん!」
「人間がここまでやっているのです。私たちもつまらないことでいがみ合っている場合ではありませんね。共に魔王を倒しましょう」
「エルフ族族長!」
「勇者さまー! 我々も微力ながらお手伝いいたしますぞー!」
「あれは……! 国王軍じゃないか……! みんな……! 本当にありがとう!」

「さあ勇者! 聖女の光を伝説の剣に付与しました! 今ならあなたのステータス99の力とステータス99の素早さで魔王を倒せます!」
「うおお力が沸いてくるぜ! きっと俺の中に眠る古代の血が聖女の光に反応して覚醒したんだ!」

「認めん! 認めんぞおおおお! 暗黒極大無限必殺爆裂術!」
「何ぃ! 魔王にまだこんな力が残っていたのか! ダメだ! かわせない!」
「あぶない勇者! キャアアア」
「き、君は! 自然破壊によって山を追われたがゆえに人間を憎んでいた獣人娘じゃないか!」
「ほ……ほんとは獣人も人間も分け隔てなく接するあなたが好きだったの……絶対魔王をたおしてね……」
「獣人娘ええええええ!」

「うおおお絶対に許さんぞ魔王! なんだ! 鎧が仲間を想う力に反応して! よし! これでもう貴様の暗黒攻撃は通用しないぞ!」
「くそおおおおお! 勇者めええええええ」

「終わりだ! 超絶無敵チート最強斬!!!!!!」




 巨大な聖なる光が魔王城を包み込んだ






「はいクソー」

 しかし勇者の剣が発する目が眩むほどの光は一瞬にして消え去り、代わりにいつの間にか一人の男が立っていた。
「ほんまクソ」
 細めの長身にスーツをしっかりと着込んだその男は、身動きすらできず崩れ落ちている魔王にゆっくりと近づいていく
「なんやねんなほんま。今の流れを延々と見せられるこっちの気持ちにもなってくれや」
 男は魔王のそばまで来るとそこでしゃがみ込み、ゆっくりと頭をなでている。まるで赤子を慈しむ親のようで、顔には微笑をたたえてはいるが、その細い目から感情まではうかがえない。

「なんだ貴様は! さては魔王の手下だな?全て殺してやったと思っていたがまだ生き残りがいたか!」
 勇者は急に現れた謎の人物に驚きつつも剣を構え直し男に対峙する。スーツの乱入者はその言葉を聞いて立ち上がり、勇者の方を向いた。
「だが相手が悪かったな! このステータスオールマックス! さらに神よりチートスキルを与えられた俺の前ではどんな悪の力も通用したりはしないのだ!」
 勇者が高らかに笑うと彼の仲間から大きな賞賛と喜びの声が沸き起こる。聖女や彼のパーティメンバー(どうやらみんな女性のようだ)は彼に強く身体を押し当て、まるで取り合いをするように手を握ったり腕を組んだりしている。
「……かわいそうになあ」
 それを見ていた男の口から憐憫の言葉がこぼれる。無理もない、彼女たちには皆それぞれの人生があったのだ。それが今では醜悪な見世物と化している。しかし残念ながら勇者も彼女たちもそれに気づくことはない。心から今の状況を愉しんでいる、それがより一層哀れなのである。
「なにい? 誰がかわいそうだと! この勇者にそんな口を利くとは! 所詮魔族! 勇者の栄光も威厳も通用しないというわけだ!」
 この世界に転生してからかけられることのなかった哀れみの言葉と見下した目つきに勇者の感情が一瞬で膨れ上がる。
「勇者の怒りに触れた罪は重いぞ! 苦しんで死ね!」
 聖女が魔法を詠唱し勇者パーティーのメンバーに光が降りる。剣士らしき者が巨大な盾を構え突進してくる、その後ろで勇者と弓を持った耳の長い女が遠距離攻撃を放っている。どれもが強い光を放ち、膨大な魔力を感じさせた。彼らの表情から緊張や不安などは一切感じ取れない。相当自信のある布陣と連携なのであろう。確かに放たれた攻撃は速度も数も相当なもので死角らしきものは一切見当たらない。
「よくそんな気軽に人殺そうとできるわなあ」
 しかし男は向かいくる攻撃にも全く動じず、避けるでも構えるでもなく今までと変わらぬ様子で勇者たちを眺めている。
 男の余裕に勇者は一瞬罠の可能性を考えるが、自分たちを苦しめた相手など今まで一人としていなかったし、どんな状況、どんな人数差であろうと勝利してきた。今回もたとえ罠であろうが知略で上回ってみせる、とそのまま戦闘を続行する。
 まず剣士の全速タックルが男に炸裂した。大人を丸々覆い隠せるほどの大きな盾が男の視界と行動を奪う。さらに時間差で数多の魔法や矢が頭上から降り注いだ。いくつかは仲間であるはずの剣士にもあたっているが、聖女が降ろした光によってそれらは全てはじかれている。怒涛の連続攻撃のあまりの威力に男のいたところには大きな砂煙が上がった。
「ふん、口だけは達者だったな。まさしく人間を誘惑し堕落に導く悪魔というわけだ。まあ少しだけでも時間稼ぎができたことを地獄で魔王に褒めてもらうといい」
 勇者は念のため更なる追撃を命じ、自分は伏したまま動かない魔王に向き直る。雑魚にかまっている暇はない。後は自分がとどめの一撃を入れるだけでいいだろう。ようやく世界に平和と光が戻ってくるのだ。改めて聖女と共に剣に光を集め始める。しかし……

「ところでさあ、その髪の毛で封印するってトンチというか屁理屈みたいな方法、失敗する可能性とかは考えんかったん?」
 男の声に慌てて仲間の方を見る。砂埃がゆっくり晴れ、目を凝らすとそこにはなんと四方から仲間の攻撃を受け続けながらもそれを全く気にすることなく、こちらを向いて話を続ける男の姿があった。
「ゆ、勇者様ぁ~」
 一方的に攻撃を加えているはずの味方から驚きと恐怖の声があがる。
「……は?」
 余りに現実離れした光景に思わず情けない声が出てしまった。確かに彼女たちは勇者である自分と比べると天と地ほどの開きがあるぐらいに弱い。しかしそれでもこの世界ではその職業のトップといっていいほどの実力だ。勇者のパーティーに参加しているということはそういうことであり、我々がこの世界で最強の戦力であることは間違いない。それに先ほどの攻撃には自分が放ったものもかなりの数含まれている。
「いや単純な疑問やねんけどね、『髪の毛なんかで我の力が封印ができるわけなかろう~!』みたいな展開になったらどうするつもりやったん?」
 勇者が出した声の意味を取り違え、男は同じ質問をわかりやすく噛み砕いて繰り返す。その間も勇者の仲間たちは様々な術や技の名前を絶叫しながら全力で攻撃を続けている。事の異常さに涙を浮かべているものさえいた。
「ほら、『封印くらってやられた振りしてたけど実は髪の毛程度じゃ強大な魔王の力は封印なんてできてなくて実は元気満々』とかやったらどうするつもりやったんよ?」
 さらに男が質問を続ける。現状の把握にリソースをすべて吐いている勇者には、もはや返事をすることができなかった。茫然と目の前の男を見つめる勇者。しかし彼に与えられた勇者としての能力が、部屋で今起きている別の違和感を無理やり察知した。
 男からなんとか目線を引きはがし魔王が倒れていた方を見る。なんと瀕死寸前で身動き一つできないはずの魔王がゆっくりと起き上がっていたのだ。
 完全に立ち上がった魔王は両手を前に出し、その先に闇の力を凝縮しだした。ビー玉ほどしかない大きさのそれが、まるで世界中の光さえ吸い込んでしまいそうな禍々しい黒さを発している。
「どこにそんな力が!」
 魔王の手に集まる魔力は、勇者でさえ今まで感じたことがないほど強大なものであった。全身から冷や汗が流れる。本能が命の危険を警告しているのだ。
「どうするつもりやったんよ?」
 横から男の声が聞こえてくる。だが魔王の手から目をそらすことができない。足はガタガタと震えだし、今立ち続けていることが奇跡のように思えた。
 魔王の前に現れた黒い闇は少しずつ大きさを増している。あれは間違いなく勇者だけではなくここの全てを飲み込み、全てを消し去ってしまうだろう。
「う……う……うるさあああい!」
 極度のストレスと恐怖についに勇者が限界を迎えた。剣を構え、はじけるようにスーツの男に向かって駆け出す。しかしわずか1,2歩進んだところで彼の身体は何かにつまずいたようにして倒れた。
「ぎゃああああああああ」
 情けない叫び声をあげる勇者。それもそのはず、倒れた勇者の手足はあちらこちらで折れ曲がっていたのだ。
「絶対絶命ってやつやな」
 男が勇者を見下ろしながら告げる。
「ひいいいい! な……なんで! なんで……!俺の手足が! いたい! いたいいいいい!」
 これほどの痛みは味わったことがなかった。いや、そもそも痛みなんてもの勇者になって以来一度も味わったことはなかったのだ。ここまでの冒険は全て自分の思い通りになっていた。自分に転生を薦めてきた案内人だとかいうやつも、転生した後はなんでも思い通りになると言っていた。だがこの状況はなんだ? この痛みはなんだ!? こんなに痛いのなら転生なんてしなかった! こんなに怖いのなら転生なんてしなかった!

「やべで……やべでくだざい……! 許じで……! なんでもじまず! いっしょに! いっじょに人間をほろぼじまず! だからたずげで・・・! なんでもしまずうううう!」
 彼がモゴモゴと身体を動かすたびに色んな部分が折れ曲がっていく。薬を取り出すことも回復の呪文を唱えることもできず芋虫のように身体を揺らし、そのたび絶叫と血反吐を吐く。そしてついに勇者は失禁した自分の水たまりの中でピクピクと痙攣することしかできなくなった。その間にも魔王の出した闇はゆっくりと大きくなっている。
 周りの者達もあまりの出来事にもはや正気を失っているようであった。土下座する者、虚空をみつめるもの、泣きながら神に祈るもの。十人十色の反応ではあったが、誰一人としてこの謎の男とそれ以上戦おうとする者はいなかった。
 
「終わりやね」

 男が言い捨てると同時に、魔王の手から黒い塊がゆっくりと放たれる。すでに人の頭ぐらいに大きさになっていたそれは、ひどく遅い速度でフワフワと勇者の方へ近づいていく。 
「ゎーp……あーぷ……わーぴゅ……」
 なんとかここから脱出しようとしているのだろうか、もう聞き取れないような小さくか細い声で勇者が何かを呟いている。
「お前もほんまは被害者や。怖くないからそのまま目つぶっとき」
「ぁぅ……」
 言われた通り勇者は目を閉じ、そして涙を流す。それは痛みか後悔か、男にはわからない。
 黒い闇は勇者に触れると彼だけを跡形もなく綺麗に飲み込み、そしてそのままなにもなかったかのように消えた。


「さて……」
 男が周囲を見回す。勇者が消えると同時に、魔王も含めた周りの者すべてが糸の切れた人形のように崩れ落ちていた。
「嫌になるなあほんま」
 魔王の玉座に腰かけ一人呟く。すると目の前に巨大な赤い扉が現れた。ひどく重そうなその扉が、音もなくゆっくりと開いていく。

「よお! 終わったかい!?」
 中から一人の女が現れた。胸と尻を簡単に隠しただけの服から伸びる四肢は筋骨たくましく、腹や首の筋肉は鋼を思わせる。長身であるはずの男より、さらに頭一つ分高い背丈から伸びているざんばらの真っ赤な長い髪はまるで炎だ。しかし何より目を引くのは整った顔立ちの額にある一本の角。
「見たまんまや。いつも通りやね」
 改めて周りを見回す。見慣れた光景だがこの後の事を考えるとやはり心が痛む。幾度となく繰り返している作業にも等しくなった転生殺しだが、それでも悔恨の念が消え去るというわけではない。
「それじゃやっちまうけど本当にいいんだね!?」
 女が腕をグルグルと回しながら男に確認する。
「毎回毎回いちいち聞いてくんなやめんどくさい。いつもの通りやゆうてるやろ」
「ママに言われてるんだ! 『ちゃんと確認してあげなさい』って! それにアンタたまに泣きながら『やめてくれ~!』って言い出したりするじゃないか!」
「やかましいわ。誰がそんな転生者みたいな声出すか。泣いたりもしてへん」
「さあどうだかねえ! どっちにしても女々しい事この上ないよ!」
「……俺は先に帰るからな」
 男は女に背を向け赤い扉の中に消えていく。


 
 後ろで世界が壊れる音がした
しおりを挟む

処理中です...