テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第一章

1-1 終わりの始まり

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 いつの間にか僕は長い列に並んでいた。真っ暗な一本道に沿って歩く長い長い列。視界はほとんど闇に包まれていて様子などまるでわからないが、前にも後ろにも無限に人が並んでいるかのようだ。
 皆静かに俯きながら少しずつ前に進んでいる。どこへ向かっているのだろう。列から離れる者はいない。僕もただ前を行く人の足元を見ながらそれについていくだけだ。
 どれくらい歩いていたのか、いつの間にか前から光が差し込んでいた。ただ暗闇が永遠に続くかと思われたこの場所で、大きな景色の変化を前にしても列を成す人達の様子に変化はない。誰一人顔を上げることなく変わらぬ速度で前に歩いていた。
 さらに前に進む。だんだんと光が強くなり、今度は強すぎる光で何も見えなくなってきた。どうやらこの列に並ぶ人は皆あの光の元に向かっているようだ、順番に光に飲み込まれていく。

 そして僕の番が来た

「はい、いらっしゃい」
 気がつくと僕は大きな部屋の中にいた。純白で統一されたその部屋はまるで裁判所のようになっていて、自分は証言台の位置に立っていた。
「ここは転生案内所や。ここに来たもんは好きな能力やスキルをもらって転生できる。早速やけど、にいちゃんはどんなチート能力でどんな世界に転生したい?」
 裁判長席に座る目の細い男がニコニコと尋ねてきた。
 「魔王を切り裂く古の剣技か?古代種の血を引く癒しの力か?見る者全てを魅了する魔眼か?好きなもんを言うてくれ」
 男が続ける。相変わらずニコニコと笑ってはいるのだが、何故か歓迎されているようには感じられない。
「仲間だって好きに選べるで。エルフ、ドワーフ、獣人、人工知能、妖精なんでもござれや」
 お伽話の登場人物達が列挙される。
「みんながアンタを尊敬して賞賛するで。街を歩くだけで歓声が湧き上がり、ひとたび力を振るえば大英雄よ。国王は涙を流して喜んで次の王位を勧めてくるし、王女は城を捨てても付いてくる覚悟で告白してくる。賢者は足元に跪いて教えを乞い、悪党は寛大さに心を入れ替える。貧者に施しを与えれば皆が模範とするし、全てのもんが毎日笑顔で幸せに暮らせる夢の世界や」
 大袈裟な身振りを交えての大熱弁だが、一方の僕はというと彼の理想郷のような世界や力にも全く惹かれなかった。やりたいことを頭に浮かべようと考えても全く何も浮かばない。
 彼もそんな僕に違和感を感じたようでこちらをマジマジと見つめてくる。
「なんや何か不安でもあるんか? でもなんも心配はいらん。恐怖や痛みは自分の望むレベルで打ち消されるからどんな高所や暗所も平気で歩ける。虫や魚も怖がらず触れるし、環境も地球そのまんまやで。転生した途端に酸素がないとか重力百倍みたいなこともないし、未知の病気に苦しむこともない」
 男は一生懸命に転生の良さを力説しているが、内容はどうにも俗っぽい。普通は誰かが困っているからそれを救って、みたいに目的があってこその転生だろう、彼はまるで僕自分の欲を満たすために転生をしろと言っているかのようだ。
「特に欲しい能力や行きたい世界みたいなのはないです」
 これだけの熱心な勧めを断ることに多少の申し訳なさを感じながらも、僕は正直に自分の気持ちを相手に伝えた。
「……は?」
 一瞬周囲の温度が急に下がった気がした。しかしそれはすぐに元に戻る。
「どしたんどしたーん。もしかして嘘やと思ってる? 証拠が欲しいんやったらなんぼでも出したるで」
 彼は変わらずニコニコと笑いながら話しかけてくる。
「いえ、単にチート能力や転生に興味が持てないだ……」
 ヒュンッ
 言い終わる前に僕の両頬の横をナイフが通り過ぎて行った。薄皮一枚だけ切られたようで僅かに血が流れる。僕はそんな脅しにも全く動じず男の目を見返している。彼は満足そうに大きく頷いた。
「部屋がイカれたわけじゃないみたいやなあ」
 男は裁判長席からフワリとこちらに飛び降り、僕の目の前でもう一度尋ねる。
「ほんまに何も欲しくないんか? 転生せんかったらこのまま無に還って終わりやねんぞ」
「不要です」
 間髪入れぬ僕の返答を聞いて男は頭を掻く。怒りや苛立ち、というよりはむしろ戸惑っているという方が正しく感じる仕草だった。
「まあええわ、それがウソかホンマかはすぐわかる。ついてきぃ」
 彼は背を向けて両脇の階段でまた裁判長席へと戻っていく。僕もその後ろを黙ってついていくと部屋の最奥にあたる部分、裁判長席の後ろの方に赤く大きな扉があった。
「その扉を開けてみてくれ」
 目の前の扉を見つめる。特に目立った特徴はない両開きの扉に見えたが、僕の握り拳ぐらいの鍵穴が中央に付いていた。その鍵穴を挟むようにリング状の取っ手が両方の扉に付いている。これは引いて開けるタイプの扉なのだろう、これほどの大きな扉を自分で動かせる気はしなかったが、僕は言われた通りに取っ手を握りそのまま引いた。
 扉はあっけないほど軽く、そしてスムーズに動いた。一度力を入れて引いた後は自動でそのまま開いているようで、僕は取っ手から手を離し後ろに何歩か下がって扉が開ききるのを待つ。
 すぐに扉は完全に開き切った。どこに繋がっているのかと中を覗くとそこには……

 この部屋と同じ色の壁があった

「マジか……! ワハハハハ! ほんまやんけ! おい! ちょっと待っとけ! 絶対にそこから動くなよ! 動いたら殺すからな!」
 あっけに取られている僕を尻目に彼は開いていた扉を閉めると再度開いた。すると僕が開けた時と違って、そこには微かに揺らめく水面のようなものが扉いっぱいに広がっていた。
 彼がそれに飛び込むと、扉は音もなくひとりでに閉まっていった。
 一人残された僕は待つ以外にできることがなかったので、階段を降りて元の証言台の位置にまで戻る。裁判長席には彼が座っていたとても高級そうに見える黒い革張りの椅子とその両脇にいくつかの木椅子が置いてあったが、それらに座るのは何となく躊躇われた。

「さて……」
 今の状況について考えてみる。可能性として考えられるのは夢だろう。ワケがわからないことばかり起きているのに、僕はそれを不思議に思うこともなく受け入れて納得している。それに何より自分の真横に刃物を投げつけられて平気でいられるはずがない。
「しかし……」
 僕は切られた頬を撫でながら後ろの床に刺さったままのナイフを手に取る。刃先を指に当てほんの少しだけ力を入れると、プツッという感触と共に僅かな痛みを感じ、少し間をおいて血が滲み出てきた。これほどリアルな夢は今まで経験したことがない。
「わからないことだらけだな」
 初めての経験であるので何とも形容し難いが、僕の脳がまるでかのようだ。普通は『知らない、わからない』事に対しては恐怖するものだ。しかし今の僕なら中身のわからない液体や食べ物でさえそのまま口にするかもしれない。
 そしてすぐに未知に対する興味も失ってしまった。そうなっているのだからそうなのだろうという感想しか出てこない。そもそも今の僕にできる事は彼の帰りを待つことだけなのだし、ここで謎解きをしたところで誰かが答え合わせをしてくれるわけでもない。
 僕は証言台のところまで戻り、まさに裁きを待つ被告人のようにじっと彼の戻りを待つのであった。
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