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 (あの小説確かまだ続いてたのよね。ルビーが侯爵夫人になって終わりかと思ったら『続く』の文字があって驚いたわ。)

 噂を立てられた後ヴィオレットは気になって探して読んでみたのだ。

 すると作り話であることを前提として読めば意外と面白くヴィオレットはハマって読んだ。

 噂が消えたのも件の小説をヴィオレットが読み始めたからだった。

 悪役令嬢だったヴィオレットが本を読んでいるという現実とフィクションの捻じれを感じた者たちの目が覚めてあくまでフィクションはフィクションだったと割り切るようになったのだ。

 ユリアたちがどんなにヴィオレットが非道かを説いたところで『でもそんなの誰も見てないし』『ヴィオレット様がそんなことする理由ないし』『小説と現実の区別つけた方がいいよ?もうすぐ卒業するんだから』と取り合わなかった。
 
 もともと高位貴族は信じてなかったし皆噂よりも目の前の卒業に意識が向いていったのだ。
 
 「聞いているのか!ヴィオレット!」
 
 「え?あ、申し訳ございません。なんでしょうか?」
 
 聞いてなかったことを誤魔化しもせずヴィオレットは聞き返した。
 
 「お前……!お前の悪行を述べていたのだ!お前はコレットの教科書を破き、足をかけてこけさせようとして、噴水に突き落とした」
 
 「ヴィオレット様ひどいんですぅ」
 
 「いえ、やっておりませんが」
 
 コレットの喋り方イライラするなぁと思いつつそう答える。

 「嘘をつくな!コレットは怖かったと言っていたぞ!」

 「今もほら、睨みつけてぇ!コレットこわーい!」

 額をラウルの腕に押し付ける。

 (ああ、そんなことをしては化粧が服に……)

 そんなどうでもいい心配をしてしまう。

 『あの話本当だったの?』『いえ、ただの噂だったわよ?』『そうよね、ヴィオレット様そんなことをする方じゃないものね』『まあラウル様は恨まれてもしょうがないかもしれないけど』『ていうかなんで今更?』

 ひそひそこそこそ、と話し声が聞こえる。確かに噂は2か月後にはすっかりおさまった。

 年明けからひと月くらいの広まるのも早かったが静まるのも早い噂だった。

 卒業間近にはユリアもリリーももうコレットとは一緒にいなかった。ヴィオレットに謝罪もなかったが。


 「お前『君と紡ぐ僕の夢』という小説を知らんのか?いや知っているだろう?それを真似て犯行を重ねたのだからな!」

 「あら。ラウル様『君夢』を御存じですの?」

 「は?」

 「2月頃でしたか、その小説が流行っていることを知りまして私も気になりまして読みましたのよ」

 「語るに落ちたな!やはりおまえは……!」

 「カナ様も面白いことを思いつきますのね。荒唐無稽すぎましたが発想は面白いですわ」

 「え?は…?こうとう、むけい…?」

 にっこりと笑うヴィオレットにラウルは言葉を詰まらせた。

 「ええ。思いませんでした?平民の女性が侯爵令息と結婚しあまつさえ侯爵夫人となるなんて」

 「そ、それは……」

 ラウルも貴族の端くれ。侯爵夫人が平民などと現実ではありえないことは常識として知っている。

 せいぜい妾として囲うのが精一杯。それもある程度教養やマナーを教え込んでだ。

 「ですので非常に興味深い夢物語でしたわ」

 笑顔のままヴィオレットは告げた。ラウルは思いもよらない答えに返事が返せないでいる。

 「ゆ、夢物語じゃないです!私が現実にするんだからっ!」

 「そうですわね。コレット様は男爵家、ラウル様は伯爵家。別に夢物語ではございません。普通に婚約して結婚すればよろしいですわ」

 確かに少しばかり身分差はある。

 だが夢物語というほどでもないし同じ伯爵家でもラウルの家は家格はやや劣る。さして問題はないだろう。

 「俺に婚約破棄されて自棄になったか!ヴィオレット!」

 体勢を立て直したラウルが勝ち誇ったように言った。

 (なんでそうなるのよ。伯爵家と男爵家なら別に婚姻にそれほど障害がないわよ。相手がリュカ殿下とかならともかく)

 ラウルの場合ヴィオレットと婚約解消すれば良いだけだ。ラウルの両親がコレットとの婚約を認めるかどうかはまた別の話だが。

 「……仰る意味が分かりませんわ。私と婚約解消してコレット様と結び直せばよいだけの話。それをわざわざこのような場で宣言するなど」

 愚の骨頂ですわ、とはさすがに続けなかった。ここできちんと解消してもらいたいのだ。

 それもできれば破棄ではなく解消に持って行きたい。たとえラウル有責でも破棄となるといささか外聞が悪い。

 たとえここにいる全員がラウルのせいだと知っていたとしてもだ。

 「ざーんねんでしたーぁ!ラウル様はあたしを選んだのよ!泣いて悔しがってもラウル様は渡さないんだからね!」

 コレットに至っては会話が成り立たない。今まで何を聞いていたのか。

 まあ、なにやらいじめについて捏造を語っていたらしいのを聞いてなかったヴィオレットが言えたことではないが。

 (だからラウルなんていらないって言ってるでしょうに。どうしても私を悪役令嬢に仕立てあげたいのね)

 婚約取りやめならそれでもいいのだ。未練などないしなんならラウルにリボンでもかけてコレットに贈呈したいほどだ。

 ただ婚約は家同士の取り決め。ラウルが両親に話しラウルの両親からヴィオレットの両親へ打診する、というのが本来のルートだろう。

 それを巷で流行りの小説になぞらえて物語のヒーローヒロイン気取りだ。

 (というかラウル年明けの私がコレット様いじめてたっていう噂知らなかったのかしら?)

 噂自体は女子生徒の間でひそやかに話されていた。ただコレットがラウルに話してラウルから男子生徒に広まる可能性があったはずだ。

 コレットなら噂に乗じてラウルに可哀想なヒロインぶって話してもおかしくないと思うのだが。

 「いいか、俺はお前がコレットをいじめていたと聞いたのはつい最近だ。以前からいじめがあったというのにコレットは健気にも耐えていたのだ」

 「はあ」

 「あの小説のヒロインと同じだ。お前にいじめられていたのを俺に心配かけまいと隠していたのだ。なんと健気な……!」

「小説の登場人物と私を一緒にされましても……」

 大丈夫か、こいつ、と半ば呆れた。成り行きを見ている周囲の面々も失笑している。

 「あなたは悪役令嬢なの!だから可愛くて健気なヒロインであるあたしをいじめてたの!でも強くてカッコいいラウル様にあたしは見初められたのよ。私がヒロインなのはこのゆるふわの薄ピンク色の髪が証拠よ!」
 
「え、ええ……?」

 さすがにちょっとついていけない。小説のヒロインルビーについて容姿の描写はなかったはずである。

 健気なのは平民が故の苦労の描写だ。

 コレットは平民ではないからルビーのような苦労はしていない。貴族から差別されたり侯爵令息との身分差に悩んだりだ。

 爵位が低いので多少は思うところはあったかもしれないが少なくともラウルに嫁ぐにはそこまで問題のある身分ではない。

 なのによくまあ健気だと言えるものだと思う。可愛いはまあ認められる。けれど健気と言われれば首を傾げてしまう。

 周囲のひそひそ声も小さくなる。ドン引き、という言葉がぴったりの雰囲気になっている。

 と、その時思いもよらぬ声が上がった。

 「あのさぁ、健気で可愛いヒロインは自分で自分のこと可愛くて健気とか言わないよ。どんだけ図々しいのよあんた」

 少し高いがはっきりした声。ヴィオレットを始めその声の方を振り返る。そこは開始の挨拶をする壇上だった。
 
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