上 下
101 / 277

僕の気持ち

しおりを挟む
「僕の母が……彼を連れ出す手伝いをしたせいで、彼は両親と離れて施設で辛い生活をしていたんですよね」

「そうだね、施設が悪い場所だということではないけれど、一花くんの場合は、連れ去った犯人がその施設の責任者だったから、小さな頃から食事も満足に与えられないまま働かされて、学校にも通わせてもらえていなかったと聞いている。大体の施設は原則18歳まで居られるとされているんだけど、高校に進学しない場合はほとんどが中学卒業と同時に退所することになっているって知ってるかな?」

「はい……僕も、もうすぐ15歳で今、施設に入ってもすぐに出ないといけないかもしれないからっていうことで、パパが僕を預かってくれることになったので……」

あの時、パパが僕を引き取ってくれなかったら……今頃、こんなふうに幸せに過ごしては居られないだろう。
あと一年で施設を出なければいけないから、その後どうやって生きていくかを悩んでいたはずだ。
そう考えたら僕は恵まれすぎている。

「そうだったね。一花くんは中学校を卒業する年齢になった時に、ある店に養子という名目である店に引き取られたんだけど、実際には子どもとしてではなく、無料で使える労働力として朝から晩まで働かされていたようだよ」

「えっ……」

無料で、朝から晩まで……。
そんな酷すぎる。

「お金も何も持っていないからどんなに苦しくても逃げ出すこともできずにいたんだ。そんな生活を3年ほど続けていたその時に、たまたま買い出しに行かされていた彼を僕が怪我を負わせてしまったというわけだよ。そして、その店主は一花くんが歩けないとわかったら、もう労働力として使えないと思ったんだろうね。自分には関係ないと言って一花くんを捨てたんだ」

「ひどい……」

いいように使ってきたのに、怪我をして働けなくなったら捨ててしまうなんて……。
一花さんのことをなんだと思っているんだろう。

「その時、捨てられてしまった一花くんを保護して面倒を見ていたのが、貴船さんなんだよ」

「だから、あの時母に怒りを見せていたんですね」

「そうだね。間近で一花くんが苦しんでいたのを知っているから、その元凶ともなった君のお母さんがしたことが許せなかったんだろうと思う」

「当然です……それだけのことを、母はしたんですから」

もし、母さんが病院から一花さんを連れ去らなかったら……櫻葉さんの家で大切に育てられて、怪我もすることなく幸せに暮らしていたはずなのに。
母さんのせいで、一花さんも周りの人もみんな不幸になったんだ。
そんなことをしでかした母さんの息子なんて、敵と思われたって仕方がない。

「でもね、今日こうして僕に直純くんと話をする機会を与えてくれたのは、貴船さん自身なんだよ」

「えっ……」

「貴船さんはね、君が息子だというだけで手を差し伸べてあげなかったことを悔やんでいらっしゃったよ。両親を一気に失って、これから一人になってしまう直純くんに声をかけるべきだったとね」

「そんな……っ、僕は当然だと思ってます。貴船さんは何も悪くないです」

「でも、一番悪くないのは直純くんだよ」

「えっ……」

「僕は、わざとではなかったとはいえ実際に一花くんに怪我を負わせた。それは紛れもない事実で、たとえ一花くんが元通り歩けるようになったとしてもその罪と一生向き合っていこうと思ってる。でも、直純くんは違う。君のお母さんが事件を起こしたのは事実でも、その時に生まれてもなくて、その事実を知らなかった直純くんにはどうすることもできないよ」

「谷垣さん……」

「でもね、罪悪感を持ってしまう直純くんの気持ちもよくわかる。どうしたって忘れることなんてできないもんね。なんて言ったって自分の母親なんだから」

「はい……」

「じゃあ、どうしたい? 直純くんの気持ちを聞かせてくれないかな?」

「僕の、気持ち……」

人として、絶対にやってはいけないことをしてしまった母さんのことを、家族として謝りたい。
けれど謝ったとしても、一花さんの18年間の辛い人生は決して戻ってはこない、
それはよくわかっているけれど、どうしても謝らずにはいられない。
たとえ、一生許してもらえなくても僕は一生謝り続ける。
僕にできることはそれしかないんだから。

「僕は……一花さんに、直接謝りたいです……。決して許されなくても、母がしたことの謝罪をしたいです」

「わかった。それを貴船さんに伝えるよ」

「本当ですか?」

「うん。そのために僕は今日、ここにきたんだ。でもね、一つだけ約束して欲しい」

「約束?」

「うん。もし、一花くんに直接謝罪をして、もう謝らないでと言われたら、それ以上は謝らないであげてほしい」

「えっ、でも……」

「一花くんは、心にないことを言う子じゃないんだ。だから、彼の願いを聞き入れてあげて欲しい」

心にないことを言わない……。
と言うことは、一花さんから出てくる言葉は全て本心?
やっぱり一花さんは、神さまなのかもしれない。

「わかりました」

「うん、ちょっとは気持ちが晴れたかな?」

「はい。こうして自分の気持ちを誰かに話したりするのはあまりないことだったから」

「そうか。僕たちはいわば同志だよ。これからもお互いになんでも話ができる相手になりたいと思ってるんだけど、直純くんはどうかな?」

「――っ!! はい、僕……嬉しいです!!」

「ふふっ。よかった。じゃあ、握手!」

谷垣さんの差し出してくれた手にそっと乗せると、優しく包まれた。
その優しい温もりに僕はホッとしたんだ。



  *   *   *

いつも読んでいただきありがとうございます!
気づくの遅くなりましたが、このお話も前回で100話を迎えました。
ここまで続けてこられたのも読んでくださる皆様のおかげです。
ちょうど節目あたりで100話を迎えられて嬉しく思っています。
完結までしっかりと続けていきますのでこれからもどうぞよろしくお願いします!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子
BL
養子として迎えられた家に弟が生まれた事により孤独になった僕。18歳を迎える誕生日の夜、絶望のまま外へ飛び出し、トラックに轢かれて死んだ...はずが、目が覚めると赤ん坊になっていた? 転生先には優しい母と優しい父。そして... おや?何やらこちらを見つめる赤目の少年が、 え!?兄様!?あれ僕の兄様ですか!? 優しい!綺麗!仲良くなりたいです!!!! ▼▼▼▼ 『アステル、おはよう。今日も可愛いな。』 ん? 仲良くなるはずが、それ以上な気が...。 ...まあ兄様が嬉しそうだからいいか! またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

処理中です...