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まさかの名前

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「ごめんね、驚かせすぎちゃったかな。ちょっとあっちに座ろうか」

びっくりしすぎた僕の手を取って、ソファーに座らせてくれると膝がくっつくほど近くに座って、僕の背中を優しく撫でてくれた。

「あ、あの……僕は、大丈夫です。それで、どうなったんですか?」

「僕は彼の人生を変えてしまった償いをしなければいけなかったんだけど、被害者の彼が僕に償いを求めないと言ってくれて示談……話し合いで解決することになったんだ」

「償いを、求めない? そんな酷い事故に遭ったのに彼はどうしてそんなことを?」

「僕もびっくりしたよ。自分でも罵られてもおかしくないほどのことをしたと思っていたし、もし、自分が一生歩けない立場になってしまったら、決してわざとじゃなかったとしても加害者を恨んでしまうと思っていたから、被害者の彼が償いを求めないと言われて、どうやって自分のしでかした罪と向き合っていいかわからなくなってしまったんだ」

谷垣さんの苦しげな声に、きっとその時のことを思い出しているのだとわかる。
いや、きっと思い出さなくてもいつだってその時のことが頭から離れないに決まってる。
僕も母さんがとんでもないことをしたと知ったあの時のことは、忘れようと思っても忘れられないもん。

「そのあとすぐに被害者の彼に直接謝罪に行くことになったけど、自分がやったことが到底謝罪なんかで済ませられるようなものじゃないってわかっていたから、許されなくてもいいから心から謝ろうって思って彼の前に行ったんだ。そうしたら、折れてしまった骨が太ももから突き抜けるほどの大怪我を負い、命の危険もあったのにその子は……すぐに救急車を呼んでくれて感謝してますって……今、すごく幸せだからもう謝らないでくださいって……笑顔でそう言ったんだ」

「――っ、そんな……」

そんな神さまみたいな人がこの世に存在するなんて……。

「僕はそう言われて、人目も憚らずに泣いてしまったんだ。一生歩けないかもしれないのに、今がすごく幸せだって言った彼が今までどんな生活をしていたのかって想像したら、胸が痛くなった。きっと、歩けないよりも辛い生活をしていたんだろうと思う」

「そう、ですね……」

その被害者の彼とは全然違うけれど、少し僕に似たところもあるかもしれない。
自由に外に出られて学校に行けていたあの頃より、外に出られない今の方がずっとずっと幸せだ。

「それでね、この被害者の家族から、今回の事故の示談の条件として、一つ大きなことをお願いされたんだ」

「条件?」

「うん。僕が理学療法士だってことは話したよね? この被害者の彼の専属理学療法士を引き受けてほしいっていうのが大きなお願い事だったんだ。でも、自分を轢いて歩けなくした加害者にリハビリを教えてもらうのは被害者の彼の気持ちを考えたら、複雑なんじゃないかって思って……心配だったんだけどね。彼は、僕に教えてもらいたいって言ってくれたんだ」

「えっ、本当、ですか?」

自分を怪我させた人なのに、その人に教えてもらうって……。
本当にその人、優しい人なんだな。

「うん。それからはほぼ毎日彼のところに通って、彼に合ったやり方でリハビリを続けていて、このまま頑張れば歩けるかもしれないってところまで回復しているんだ」

「――っ、すごいです!! 谷垣さんも、その彼も!! すっごく頑張ったんですね!!」

「ありがとう。でも……加害者の僕を信じてリハビリを続けてくれた彼が一番すごいよ」

「本当にそうですね……」

「彼とは今は、友だちのように仲良くさせてもらっているけれど、僕が彼にしてしまった罪悪感はいつまでも忘れることはないと思う。でも、それでいいかなって思うんだ」

「えっ……罪悪感を持ち続けることが?」

「自分がしてしまったことは消えないし、忘れてはいけないことだからね。でも、それ以上に彼を幸せにしたいって思うんだ」

谷垣さんの言葉が胸に突き刺さる。
それは僕にも罪悪感と呼べるものを持っているからかもしれない。

「この被害者の彼ね、誰だと思う?」

「えっ、誰って……僕の、知ってる人ですか?」

「彼はね、櫻葉グループの会長の息子で、今は貴船さんの養子になっている、貴船一花さんだよ」

「――っ!!! さ、くらばって、まさか……」

「うん。君のお母さんの事件で連れ去られた、あの子だよ」

「――っ!!! そんなっ!!!」

母さんが病院から連れ去ったせいで、辛く苦しい思いをしていたあの子が……谷垣さんの話してくれた子だったなんて……。


――今がすごく幸せだから……

一生歩けなくても今の方が幸せだって思えるような辛い生活をしてきたその子が、一花さんだったなんて……。

そんな辛すぎる……。
それなのに、あんな神さまみたいなことできるなんて……。
一花さんって、どれだけ強い人なんだろう。
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